その剣の先に
翌朝、エドの剣が、変わっていた。
幻の訓練場の体術修行が終わった後、フリッツがエドと向かい合った。
毎日の個別課題だったが、その日は違った。
フリッツが「……今日は私が相手をします」と言った。
エドが構えた。
試合が始まった。
30秒後、フリッツが動いた。
エドが受けた。流した…
しばし、緊張が走り、エドが攻めた。
フリッツが捌いた…
数回その様な事が、まだ続いていた…
俺は、横で見ていた。
ミア姉様も見ていた。
フリッツとエドの試合が、2分以上続くのを、俺は初めて見た。
最終的にはフリッツが制したが、エドがこんなに長い時間「持った事という事実が、そこにあった。
フリッツが驚いた様子で、「……何が変わりましたか?」と聞いた。
エドが「……わからない。でも昨日より、動く理由がある」と言った。
「……それです!」とフリッツが言った。
「理由がある剣は、折れにくい…」
ミア姉様が俺の隣で小声で言った。
「……ルーク、何かしたの?」
「……少し話しただけです。」
「……何を話したの?」
「それは…、エドに聞いて下さい。」
ミア姉様が少し俺を見た。
それから「……そっか。」と言った。
それ以上聞かなかった。
その週、グレン卿とエドの修行が変わった。
グレン卿が「構えろ…」と言った。
エドが構えた。
試合が始まった。
グレン卿の速さに……、エドが追いついてきていた。
無論、まだ全部ではない。
でも、徐々に半分は、追いついていた。
五合目、エドがグレン卿の剣を弾いた。
グレン卿が、止まった。
「……今、弾いたな…」
「……出来ました。」
「……なぜ弾けた?」
エドが、少し考えた。
「……弾かなければ守れない理由があった。」
「……何を守ろうとした?」
「……まだ、はっきりとはわからない。でも、守らなければならない、気がした…」
グレン卿が。剣を下ろした。
「剣に目的が生まれかけているな…」
「……?!、そうですか…」
「……お前は。誰かのために剣を振ったことがあるか?」
エドが── 少し黙った。
「……施設にいた頃、小さい子がいた。名前も顔も、はっきり覚えていない。しかし、その子が泣いていた時、俺はその子を庇った。その時だと思います!」
「……その時の剣と、今の剣は、同じか?」
「……違います。」
「では、何が違う?」
「あの時は、反射的だった…、今は……、そう、選んでいる…、そんな感じです。」
グレン卿が── 静かに頷いた。
「……明日も来い。」
それだけだった。
その「明日も来い」は、いつもより少し、いやかなり重かった。
夜、3人が宿に集まった。
ミア姉様が財務省の資料を広げていた。
北部の税収の追跡が、まだ続いていた。
エリカからの報告が週に1度届いていた。
「ルーク、ハルト商会の動きが…、また変わったの……」とミア姉様が言った。
「……どう変わりましたか?」
「……北部だけじゃなくて、東部にも入り込み始めてる。徴税吏の入れ替えが、また3名あったの…」
「東部か……」
俺は、地図を思い浮かべた。
東部は、第3王子、ハインツ王子がいる場所だ。
「……エリカに続けてもらいます。但し、深追いは、決してしないように…」
「?!、何故です?」
「たぶん…、相手がもし気づいたら…、エリカが相当危ない。」
ミア姉様が、少し黙った。
「……わかった。」
エドが、黙って飯を食っていた。
黒パンを、均等に食べていた。
「……エド」と俺は言った。
「……、なんだ?」
「……グレン卿に何か言われたか?」
「……剣に目的が生まれかけていると言われた。」
ミア姉様が「目的?」と顔を上げた。
おれは、右手をすっと差し出し、ミア姉様を静止した。
「……剣を振る。理由についてのことだ」とエドが言った。
「グレン卿に、誰かのために振ったことがあるかと聞かれた…」
「……で、なんと?」
「……あると答えた。」とエドが言った。
ミア姉様がエドを見た。
「それはいつなんですか?」と、ミア姉様が聞いた。
「……施設にいた頃、それと最近……」
「最近?!、いつです?!」
エドが、少し間を置いた。
「……テッセン街で、リナが手を繋いできた時……、あの時、 何かが変わった気がした。」
ミア姉様が、少し目を細めた。
「そっか……」
それ以上、誰も何も言わなかった。
宿の空気が、少し変わった気がした。
翌日の幻の訓練場、フリッツが仮想演習を組んだ。
「……今日は、エドに単独で動いてもらいます」とフリッツが言った。
エドが「……単独か」と言った。
「そうです。殿下の策なしで、エドだけで状況を打開してもらいます。」
俺は、少し引っかかった。
エドの単独、俺の策なしで、エドが動く。
それは、エドへの試練であると同時に、俺への問いだった。
俺はエドがいないと一手が出ない。
その欠けをフリッツは、まだ覚えていた。
「……殿下、殿下はは見ているだけです」とフリッツが言い、「絶対に口を出してはいけません」と続けた。
「……わかりました。」と答えた。
演習が始まった。
エドが1人で考え、動き始めた。
フリッツの部下たちが敵役として動いた。
5名で…
エド1人対5名だった。
エドが、動いた。
速かった。
しかも、速さだけではなかった。
動きに…、一手一手に…、明らかに守るものへの意識があった。
数分後……、エドが制していた。
五名全員を……。
俺は、黙って見ていた。
勿論口を出さなかったし、出したくなかった。
いや、出さなかった。
エドが、俺を見た。
「……どうだった?」
「……お前は、1人でも動ける」と俺は言った。
「……そうか。」
「……でも、俺はお前を1人で動かせたくない。」
エドが、少し目を細めた。
「……なぜ?」
「……隣にいてほしいからだ。」
エドが、しばらく俺を見た。
それから、短く言った。
「……わかった。」
その「わかった」が、どういう意味かを、俺はすぐには理解しなかったが、エドの目が、その瞬間に明らかに変わった。
フリッツが、静かに言った。
「……では、今日はここまでです。」
ミア姉様が「……2人とも、何の話してるのですか?」と言った。
俺とエドが、同時に「何でもない」と言った。
ミア姉様が「えっ?!絶対何かある!!」と言った。
その夜、エドが素振りをしていた。
いつもの夜の素振りだった。
しかし、音が違った、いや変わった。
なんだろう…、重かった。
剣の軌跡が、重くて速かった。
俺は窓から見ていた。
エドが1度だけ、根付を見た。
それから、また素振りを続けた。
止まらなかった。
守るものをエドから完全には言葉にできていない。
でも、剣がその答えを知っていた。
それで十分だった……。
「事有りて備え有れば、其の難くこと少なし」
ーー韓非子ーー
事が起きる前に備えがある者は、困難が少ない。
エドの剣は3ヶ月かけて、ようやく理由を見つけかけていた。
言葉にはならない。
しかし、剣が、知っていた。
それがエドの「研がれる理由」だった。




