九歳の秋
「死地に陥れて、然る後に生く」
ーー孫子ーー
死地に追い込まれた者だけが、本当の力を出す。1年が過ぎる頃、それぞれの「本気」が見え始めた。
秋が来た。修行が始まって、1年が経った。
木の葉が赤くなった。
朝の息が白くなった。
あの朝から1年。
10人は、変わっていた。
変化は言葉より先に、体に出た。
フリッツが課題を出す前に、全員が動いていることが増えた。
ラウルが方向を示す。
クルトが壁になる。
エドが最短で制する。
ヴィクターが全体を見て穴を埋める。
エリカが情報を走らせる。
ニコラス、マルティン、ヴォルフガングが細かい隙間を埋める。
ミア姉様が、全員の状態を把握して、一番疲れた者に水を渡す。
言葉がない。
しかし動いている。
「集」が、形になりつつあった。
しかし俺の個人修行は、まだ手こずっていた。
ある日、フリッツが俺に言った。
「……殿下の「暗」が進まない理由が、少しわかってきました。殿下は、仲間のことを考えている時は、待てます。しかし1人で向き合っている時は、早く動きすぎる。つまり、殿下の「暗」は、「誰かのため」でないと機能しない…」
……誰かのため。
俺は1人で待つことが、苦手だ…
「……どうすればよいですか?」
「わかりません。それを見つけることが、修行です…」
フリッツが答えを出さなかった。
これは、自分で見つけるしかない。
1年の締めにフリッツが全員を集めた。
「今の自分を一言で…」
ラウルが言った。
「一人で動けるようになった。まだ足りないけどな…」
クルトが言った。
「待てるようになった。まだ遅い時がある…」
ヴィクターが言った。
「……読まれることが少しできるようになった。自分では気持ち悪い…」
ラウルが「正直すぎる」と小声で言った。
クルトが笑いをこらえた。
エリカが言った。
「情報を取る速さも、使う速さも 少し上がった。」
ニコラスが言った。
「来年はもっとエドが動きやすいようにしたい。」
マルティンが続けた。
「同じです。」
ヴォルフガングが言った。
「右腕の傷が教えてくれた。まだ遅い。もっと速くなる。」
全員の顔が、少し変わった。
エドが最後に言った。
「……狙って、待てるようになった。」
俺はエドを見て、エドが俺を見た。
鞘の根付が夕陽を受けて、わずかに光った。
あの夜の言葉が、エドの体に入った。
俺が教えたのにエドの方が先に、体で掴んだ。
フリッツが俺を見た。「殿下は…」
「……仲間の「欠け」が見えるようになりました。しかし、自分の「暗」は、まだ手こずっています。「誰かのため」でないと待てない、そういう欠けが、自分にはあります。」
フリッツが静かに頷いた。
「正直です。そしてそれを言葉にできたことが、前進です。来年はその欠けと向き合ってください…」
夜、フリッツが俺の部屋に来た。
「一つ、お伝えしたいことがあります… ヴォルフ卿の周辺に、動きがあります。」
……ヴォルフ卿。レオンが言っていた名前だ。
「……どういう動きですか」
「直属の補佐官が3名、交代しました。不自然な速さで…」
「……誰が動かしましたか?」
「……上から命令が来た、としか…」
上から… 王城の上から静かに、人事が動いた。
「その人事を動かせる立場の者は、何人いますか?」
「……陛下を含めて、5名です。」
5名、父王を含めて、5名。
その中に……いる。
レオンが言いかけた二音が、頭の中で、鳴った。
「……引き続き、情報を探ります。」
フリッツが退出した。
窓の外で風が葉を揺らした。
修行の1年が終わった。「集」は育っている。しかし俺の中の「個」は、まだ、完成していない。
外の世界は、静かに動いていた。
間に合うか…
「上に好む所あれば、下は必ずこれより甚だしきものあり」
ーー韓非子ーー
権力の中枢が動く時、その波紋は必ず下まで届く。1年目が終わった。
波紋は、もうすでに広がっていた。




