chapter24 亡霊
「こいつはまた、圧巻だな」
教会内に入った矢先、思わず口をついて出てきたのはそんな言葉だった。言っちゃなんだが、どのゲームでも教会の造りってのは大体似通ってるもんで、入ったところで感動とは程遠い気持ちを抱くのが大半だった。それだけ慣れちまってたんだ。ゲームに教会は定番中の定番でもあるし。
がしかし、ここは違う。とんでもない豪華さに圧倒され、抱いたことのない気持ちになった……という展開などもちろん無く。むしろその真逆だ。
元は豪華だったんだろうが内部は酷く荒らされており、そこかしこに突き立てられた槍には白骨化した首無しの遺体が無数にぶら下がっている。天井からも同じく夥しい量の白骨死体が吊り下げられている光景は、まさに異様の一言に尽きた。
教会を訪れた人々が座るであろう長椅子には、びっしりと髑髏が並んでいる。骨だけとなった今なら直視できるが、肉体が存在していたなら流石の俺でも吐き気を催していたかもしれない。
「いやぁとんでもない事故物件。神聖な場所が今や墓場もびっくりな死体遺棄現場とは笑えない冗談だな。
買い手が付かなくて困ってんじゃないのか? そこんとこどうなんだよ、オーナーさん」
普段から1人で呟くことは多々あれど、今回のは独り言ではない。ここに入った直後に俺はそれの存在を認識していたから。
教会内の一番奥。十字架を背にしながら槍を抱きかかえ、眠るように座り込んでいる鎧を着た何者か。それに向けて放った皮肉交じりの言葉は、確かにそいつへと届いていた。
「……」
「おはよう。お目覚めかな?」
錆びついた鎧が軋みを上げながらぎこちなく動き始める。どれだけの時間そうして居たのか、なんてことを思わず考えさせられる不気味な姿だ。
ぎこちなかった動きは途端に滑らかなものへと変わり、持っていた槍を大きく掲げ横に一振り。風が駆け抜け埃やら骨やらが舞い上がるが、それに動揺することなく俺はそいつを見据え続けた。
錆び付いていても上等な鎧に槍。どちらも刺々しいデザインで見るからに雑魚ではなさそうだ。実際『 処刑人 ダムド 』という表記が浮かび上がっている。
鉄のスケルトンと同じく中ボスか、或いは大ボスなのは間違いない。強敵であるとも理解できた。何故なら――。
(よぉ恐怖デバフくん、昨日ぶり)
鉄のスケルトンと戦っていた時に感じた恐怖心。それとまったく同じものを俺は今まさに感じていた。それも、あの時よりもずっと強く。これでコイツがそこ等の雑魚と一緒だと考える奴が居たらただのアホである。
(相手は槍。普通に考えれば清鷹に習って遠距離武器で対処するべきなんだろうが、それは専門外。
こっちも同じく槍……いや、同じ槍でも扱いが俺より上手ければこちらが不利だな。ならやっぱり)
相手が踏み込んでくる素振りは無い。とは言え影の王みたいな化物じみた瞬間移動も無いとは言い切れないので、警戒は最大限のまま、インベントリから短剣を2本取り出して両手で構えた。
所謂双剣スタイル。シャドダンでも対槍用の武器としてお世話になった。まぁ、普通のプレイヤーがやるとリーチの差やら何やらで大体薙ぎ払われるから相性最悪で有名だけど。俺に限ってそれは当て嵌まらない。
「お手並み拝見。どんな攻撃をしてくる――」
「随分と小さき存在となったものだ。何故そのような不完全な復活を遂げたのだ、影人よ」
「っ!?」
今まさに一歩を踏み出そうとしたその時、低い声が奴から発せられて硬直してしまった。
まさか言葉を話すとは露ほども思っていなかった。瞠目する俺を余所に処刑人ダムドは落胆したように頭を振る。
「何者をも支配せんとした、強欲で傲慢で怠惰な哀れなりし精霊の子よ。何故、そのような体たらくで我が前に立っている」
(俺を……いや、このキャラのことを知ってる敵か。どうする、何か答えるべきか? 返答によって行動パターンが変わるとかなら慎重に――)
「沈黙か。そうであったな。貴様は言葉よりも、こちらで語らう方が好みであったか」
ほんの一瞬、ダムドが足を引いた。次の瞬間、遠くに見えていた筈の槍の切っ先が、文字通り目の前に迫ってきていた。誇張でも何でもなく、瞬きの間にこの距離を詰められた。
「っっっ!!!!?」
反射的に上体を反らしてこれを回避。鼻先を掠めていった切っ先に映る自分の顔。酷く驚いた表情をしているもんだと呑気に考えながら、そのままバク転する形で距離を取る。
避けられたのは奇跡に近い。予め影の王の理不尽踏み込みと超神速の刺突攻撃を経験してなけりゃ、たぶん今ので終わってた。
「ふむ……貴様が避けを選択したか。余計に分からぬ。何故そのような姿で我と対峙する。勝ち目など万に一つも無いというのに」
「黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれるじゃねーか。ちっとばかし予想外だっただけだ調子乗んな」
「見苦しいな。かつての貴様ならば、自らの肉体を犠牲にしてでも手痛い反撃を打ってきたはずだ。
何者にも退かぬ傲慢さが故に、たとえ傷を受けてでも、その上で相手を叩き潰す。……そう、貴様はそういう存在であった」
「1人で昔を懐かしんでるとこ悪いが、こちとら記憶が無いんでね。お前が誰で、どんな存在なのかなんて知らねーんだわ。勝手に盛り上がるのやめてくんない?」
「記憶が無い……? ならば何故、此処へ来た。貴様の首を刎ねた我に復讐せんが為ではないのか?」
え、マジ? まさかの重要キャラだったりするのかコイツ……。ダムドの言葉を信じるなら、俺のキャラにとどめを刺した因縁深い相手ってことになるが……あぁ、これあれだ、たぶん今挑むべき相手じゃないわ。
色々と仮定すっ飛ばしてボス戦に来ちゃったよくあるパターン。おそらく此処に至るまでに、奴の言う影人とやらの情報をいくつか拾うことになってたんだろう。
でも俺は、探索を放り出してレイスに追われるがまま辿り着いちまったもんだから、情報ゼロ。それ以前からすっ飛ばしてた可能性もあるな……どっちにしろやっちゃったぜ。
「何故って……まぁ……成り行き?」
「……つくづくふざけた存在だ」
ふざけた返答っぽくても事実である。俺の返答にカチンときて攻撃でも仕掛けてくるかと思ったが、何故かダムドは槍を下ろして背を向けた。
「失せろ。もはや貴様との決着は数百年も前についている。小さき存在へと成り下がった貴様を屠ったところで意味も無い。
愚かなことはせず、人知れずこの墓所にて慎ましく暮らすがよい。他種族に危害を加えぬのならば、無害と同じ。裁く価値も無い」
「…………は?」
なんだ? コイツは何を言ってる? え、なに、つまりはこういうことか?
見逃してやるから消えろ、と?
「……ふ、はは」
自然と笑いがこみ上げる。確かに、コイツから見れば俺という存在は小さく、弱くなったのだろう。全盛期の頃がどの程度のもんだったのかなんて今の俺には知る由もない。
でもなぁ、名無しという存在を知りもしないたかがボス敵の分際で、何を分かった風な口で語ってんだ?
アノマスを始めたてなのは事実だ。しかし、此処に至るまでに俺は数え切れない程の死線を潜り抜けてきた。
あらゆるゲームで何度も何度もやられて、それでも最後には勝って、ついには世界的な偉業すらも達成した。
もちろんゲーム内の存在がそれを知らないのは当たり前だ。だから、それにいちいち腹を立てるのは時間の無駄だとも分かっている。
だが、それでも……コイツの言葉は、今まで俺が積み上げてきたもの全てを否定するような言い草で……そう、心底――。
「はぁ……クソムカつくな」
ここで怒りに身を任せて突撃するだけならば簡単だ。しかし先の一撃を身を持って体験した以上、その行動がどれだけ愚かであるかなど誰でも分かること。
思考は冷静に。だが魂は荒ぶらせる。深く呼吸を繰り返し、そして俺は言い放った。
「俺がふざけた存在なら、そうだな……お前はつくづくマヌケな存在ってとこか」
「なに……?」
「まだ気付かねーの? お前自分で言ったよなぁ? 俺なら反撃を打ってきた筈だと。ならお望み通りの反撃、くれてやるよ」
「っ!?」
「黒刺、起動」
刹那、ダムドの足元から暗黒の刃が飛び出した。バク転で床に触れた際、どさくさ紛れに仕掛けておいた黒刺のスキル。やっぱ罠はとりあえず仕掛けておくべきだよな。
残念ながら複数本の刃のうち、命中したのはたったの2本。ダムドが直前に体を傾けて避けたせいだ。
肩と腕にそれぞれ突き刺さりはしたが致命傷には程遠い。が、それで十分。一瞬の隙を作ることが出来れば――。
「踏み飲むのは容易いってなぁ!! 闇ノ一閃!!!」
「ぬ、ぅぅ……!」
一息に奴の懐へ潜り込み、双剣をクロスさせて上段に構える。スキルの発動と共に刃先は暗黒のオーラを纏い、そのまま切り払えばオーラは刃となってダムドの体を激しく吹き飛ばした。
盛大に教会の壁へ叩きつけられたダムドに切っ先を向けて、言い放つ。
「油断大敵って言葉知ってるか? 大層な装備で身を固める前に勉強しとけよ勘違い野郎」
「……なるほど。いいだろう」
当然、スキルを数発当てた程度でやれる存在ではないと分かっていた。黒刺の一撃も、闇ノ一閃の刃もまるで効いていないと言わんばかりに、再びダムドが槍を構えて迫り来る。
二度目の突き。再びゾワリと恐怖心が背筋を駆け抜けた。喰らえば死ぬと理解し、それでも俺は冷静さを失うことなく双剣を下段に構える。
デジャヴだ。先程と全く同じ展開。槍の切っ先が目の前まで迫ってきたその瞬間、下げていた双剣を槍の矛に合わせて一気に打ち上げた。甲高い音が響き渡り、見るからに重々しい槍はいとも簡単に空を切る。
ジャストパリィ。やはりこれに限る!
「な、に……!?」
「覚えとけ。今の俺は、お前が知る俺より強いってことをなぁ!」
「っ、貴様……! なっ!!?」
流石はボス敵。直ぐに体勢を立て直して二撃目を放ってきた。が、それも予測の範囲内。
逆手持ちに切り替えた双剣を引き、体を捻って今度は横方向へのジャストパリィ。大きくブレたダムドの体は、斬ってくださいと言わんばかりに脇腹を晒していた。
お言葉に甘えて超速で双剣をインベントリに収納。代わりに鉄のスケルトンを倒して得た長剣を引っ張りだし、勢いそのままにダムドの鎧を切り裂いた。
しかし傷は浅い。驚愕はしていてもダムドの意識はしっかりと俺を捉えている。ここで無理な追撃は悪手だと一旦距離を取った。
「確かにお前の槍捌きは見事なもんだ。生半可な奴なら何も出来ずにそこらで串刺しになってる連中と同じ末路を辿ってたんだろうさ。
でも悪いな。生憎とお前より速い奴なんざ腐るほど知ってんだわ。例えば、お前如き足元にも及ばない、クソで理不尽で悪意マシマシなどっかの王様とかなぁ。
俺を下に見てぇなら、せめてそいつを越えてからにしてくんない? 雑魚鎧くん」
「貴様は……いや、違う。奴ではないな。何者だ、貴様……!」
「それ、重要?」
「答えよ。貴様は――!? その、剣は……!」
「あ?」
ふと、ダムドが酷く狼狽した様子で俺が持つ長剣を指差した。どう見ても動揺してるが……ははーん?
「あぁ、これ? ちょっと前にスケルトンから掻っ払った戦利品だよ。ステータス強化のおかげでようやく装備できるようになってさ。
いやぁ、見るからに頑丈そうなお前の鎧を一撃粉砕なんて、いい拾いもんしたわ~。やっぱ強敵とは戦ってみるもんだよ、うんうん」
「奴を、シェレナをどうした! 何をした!」
シェレナ? え、なに、あの鉄のスケルトンってそんな名前だったの? 随分と人間っぽい名前だこと。
でもまぁ予想通り、ダムドと鉄のスケルトンは知らない仲ではないらしい。へぇ? ほぉ? それはそれは……んじゃあ、それを利用しない手、無いよねぇ?
「これを持って俺が此処に居る。それが答えだろ。地べたに這いつくばってるところを頭かち割って粉々にしといてやったよ」
「っ……死の間際……我等を呪って尚も、我等から奪い、愚弄するのか。許さぬ……貴様も、貴様に与する信者も、等しく我が断罪してくれる! 影人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ハッハー! いいねぇ! そうこなくちゃ面白くねーよなぁ!!」
淡々と話していた様子から一変。激昂したダムドが修羅の如く突撃してきた。冷静に的確な一撃をお見舞いしてきていた動きから大きく変わり、突きはもちろん薙ぎ払い、振り上げ振り下ろし、柄による打撃と、攻撃の嵐が俺に襲いかかる。
一見すれば対処の難しい連続攻撃。実際多くのプレイヤーが初見で手こずる動きなのは間違いない。距離を置いて攻撃が止むのを待ち、攻撃後の隙を狙ってデカイのを叩き込むのがセオリーではあるが、普通じゃないのが俺である。
もちろん、従来のゲームなら俺もその行動に習ったかもしれない。しかしこのゲームは今までの常識が通用しないアノマスだ。
NPCを始め、コイツのように感情や知性を持つ敵には言葉による精神的な揺さぶりがかなり有効。他ゲーでは対プレイヤーにしか通用しない手も、ことアノマスに於いては攻略手段の一つ!
冷静さを欠いて闇雲に振るわれる攻撃ほど見切りやすいものはない。だからこそ!
「馬鹿な……馬鹿なっ! 有り得ぬ! 貴様に我が槍が届かぬことなど! 誰なのだ貴様は!?」
「それ、重要ですかぁ~? ハッ、軽いんだよバーカ!」
双剣に切り替え、迫り来る一撃一撃を避ける選択はせず、全てをジャストパリィで相殺する。最初の一撃に比べれば遥かに見切りやすくなった。揺さぶり作戦大成功。
あと、軽いとは言ったがそれは嘘である。普通にダムドの一撃はクソ重いので、少しでもパリィがズレたら体ごと吹っ飛ばされるだろう。
だがここで弱みを見せるわけにはいかない。ヤバくても表面上は余裕さを崩すな。PvPに於いても先に焦りを見せた方が不利になる。
笑え笑え! どれだけ恐ろしくても笑い続けろ! このクズ鉄に恐怖心を気取られるな! 只管に優位に立ち続けろ! コイツの攻撃全てを真正面から弾き続けろ! 退くな怯むな狼狽えるな! 奴の心を折ってからが本番なのだから!
「っ! 獲物が無ければ――!」
「ざーんねん! まだまだストックはた~くさんあるんだよねぇ!」
「~~っ! お、のれぇぇぇぇぇぇ!!!」
幾度となくジャストパリィを決め続けていれば、当然武器の耐久値は減り続ける。渾身の振り下ろしを弾いた瞬間に双剣が砕け散り、それを好機と見たダムドが仕掛けてくるが、すぐさま代わりの双剣をインベントリから引っ張り出して難なく弾いた。
いくら仕掛けても攻撃は届かず。やっとの思いで破壊した相手の武器が、次の瞬間には復活している。苛つくよなぁ? 分かるぜその気持ち。俺も似たような経験したことあるからな。
「はあぁぁぁぁ!!」
「そぉい!」
「ぐっ、まだまだぁ!」
「ぃよっとぉ!」
「ぬっ、ぐ……おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「オラオラオラオラァァァァァァァァっ!!! でぇぇぇいっ!!」
「ちぃ……! がっ……!?」
止むことのない暴風の如き連撃。極限まで神経を研ぎ澄まし、その全てを相殺する。分かりやすく焦りの色を浮かべたダムドが大振りの連撃を繰り出してくるが、もちろんそれ等も全て捌ききった。
床へ叩きつけるように弾いた槍を踏み台にして、持ち替えた長剣でダムドの頭を狙う。その一撃は寸前で回避されてしまったものの、オマケとして手痛い蹴りを顔面に叩き込んでやった。
その衝撃で、ダムドの兜が宙を舞う。
「あらまぁ良い男だこと。ちょっと骨ばってんのが残念だが」
「っ……貴様……!」
もちろん100%皮肉である。現れた顔はすっかり骨となった姿。その状態でどうやって声出してんだって話だが、まぁそこはゲームなので深く考えたら負けだろう。
さっきダムドが言っていたことから考察するに、おそらくコイツがこんな姿になってるのは俺が原因っぽい。正確には、以前この地に居た俺か。相当に恨まれてるみたいだし、よっぽどろくでもなかったんだろうな。
「ぼやぼやしてて良いのか? 足元がお留守だぜ?」
「ぐぁっ……!?」
蹴りの後、着地と同時に仕掛けておいた黒刺を発動。クールタイムは50秒と個人的には長めな部類ではあるが、斬り結んでいるうちに溜まるから許容範囲。十分に実用可能。
飛び出した刃はほぼ全て命中。その場にダムドを縫い付けることに成功した瞬間、再びの接近。
黒刺の刃は槍を持つ奴の腕も貫いてくれているため、反撃が来る可能性も低い。ならば当然こちらが撃つのはデカい一撃!
「さぁて、今度はこの鉄の長剣によるスキルぶっぱだ! どれだけの威力か見せてもらおうかぁ!」
闇ノ一閃は使う武器によって威力が変動する。さっきはレア度の低い短剣2本によるものだったが、これから放つのは鉄のスケルトンから掻っ払った長剣を使った闇ノ一閃。
否が応にも威力を期待しちまう。それがゲーマーってもんだ!
「闇ノ一閃!」
長剣を振り上げて、上段から思い切り叩き付ける形で放つ一撃。先程とは比べ物にならないオーラがダムドを飲み込んだ。
暗黒の刃は床を削りながらダムドを後退させ、再び奴を壁に叩き付けた。教会中に衝撃が走り抜ける。
「おっほー! 威力全ッ然ちげー!
序盤で得るスキルは終盤で腐りがちだが、コイツは武器さえ新調していけば威力は保証されるからなぁ。当たりだぜ」
「……戦いの最中でヘラヘラと。そういうところは何も変わっておらぬ、か」
「ピンピンしてんのかよ……ま、今ので沈んでくれるほど柔じゃねーわな。それでこそボス」
「ぬぅん!」
「甘ぇよ!」
漂う埃を切り裂いて槍が飛んできた。ほとんど奇襲に近いそれも、最小限の動きで躱す。槍は入口の扉を突き破り、遥か後方へ。やがて轟音が響き渡る。
「自らの強さに驕り、どのような一撃であろうと避けず防がずの貴様が、こうまで……今一度問う。貴様は誰だ」
「誰だと言われてもねぇ。悪いが名無しなんだわ」
「……そうか。あくまでも語る気は無い、と。であれば」
不意に、奴の周りに奇妙な光の紋様が浮かび上がった。魔法陣にも似たそれは瞬く間に教会中を照らし出す。骸骨の癖に妙な神々しさすら感じた。
「その程度でいちいち驚かねぇぞ。ボスに形態変化は付きものだ。さぁて何が来る?」
たとえ何が来ようとやることは変わらない。真正面から堂々と全部弾いて――。
「今再び貴様の首を落とし、我が同胞達に一時の安らぎを与えん。愚かなる大罪人よ、受けるがいい」
「……マージか」
前言撤回。全部は弾けない。
教会内の至る所に突き刺さっていた槍が不思議パワーで次々と引き抜かれていき、奴の元へ集まる。何百という数がズラリと並ぶ様は圧巻の一言に尽きたが、そんな呑気なことを言っている場合じゃない。
吹っ飛ばしたことで逆に冷静さを取り戻させてしまったようだ。そんで、そんな状態の奴から今まさにとんでもないものが放たれようとしている。
ダムドが俺の方へ手を向ければ、それに追従するように槍が一斉に切っ先を向けてきた。
「滅べ。古の愚者よ」
その言葉を合図に、ふわふわと空中を漂っていた槍達が射出。
「数の暴力ってやつかぁぁぁぁぁぁ!!!」
男なら被弾覚悟でぶつかる! なーんて戦法が出来るほどキャラは強化していない。というより防御面にはほとんどポイント振ってないから今の俺は紙装甲だ。食らえば最悪一撃死。
なので必然的に長剣をしまい、代わりに動きやすさ重視で短剣を装備して回避行動へと移った訳だが……。
「うっひぃ! どっ、あっぶ……! ぬほぉぉぉぉぉぉ!?」
絶え間なく降り注ぐ槍の雨。長椅子やら柱やらを使って射線切りを意識して動いちゃいるが、とにかく数がヤベェ! 避けても避けても次が来る!
しかも一度突っ込んできた槍は直ぐに復活して再び襲い掛かってくる鬼畜の所業! 弾切れも無ぇってか! ふざけやがって!
「ちょっ、ちょい一息……! ふぅぅぅぅ……ん? どぅえぇぇぇぇいっ!!?」
ダムドの死角になっているであろう柱の陰に隠れて一度深呼吸をと思ったのだが、槍はご丁寧に左右から回り込んできやがった。その場で咄嗟に跳び上がって槍同士は正面衝突。それでもまだ俺を狙って向きを変えてきた。
「チート級のホーミング性能じゃねーか!」
どれだけ逃げてもしつこく追いかけてくる上に弾数は実質無限。仮に破壊を試みたとて被弾せずに捌ききれるかどうかは相当な賭けだ。
育ち切ったシャドダンのキャラならおそらく何とかできるだろう。でも今は違う。
「無様だな、影人よ」
「お、らぁ……! ちぃっ! ハッ、無様上等! 泥水啜ってでも勝利をもぎ取るのが俺なんでね! あっっっっぶねぇな!!」
会話途中で攻撃の手が緩むなんてことも無く、むしろどんどん激しさを増している。我ながら曲芸師もビックリな動き、且つ全力疾走で教会中を走り回っての回避に次ぐ回避。
「んなろぉ!」
どうしても躱しきれないと判断した槍だけパリィで防ぐ。衝撃がビリビリと腕に走るのを感じて、改めてマトモに食らうとヤバいと冷や汗を流した。
(攻撃が止む様子は見えない。こっちにはターンを譲らないってか? ゲーム調整ミスってね? シャドダンを思い出すなぁ)
俺だから捌けてるものの、ライトユーザーからしたらたまったもんじゃないだろう。……ま、それが嫌ならパーティ組んで役割分担しろって話なんだろうが――。
(でもまぁ……やっぱ、ソロはこのヒリつきあってこそ!)
相変わらず恐怖デバフはガンガンに効いてる上に、この攻撃の嵐だ。一瞬の判断ミスが負けに直結する。
ああ、たぶん。俺は今……最高に笑えている。怖くて怖くてたまらないってのに、それ以上に楽しさが勝っている。
「高難易度ゲームはこうじゃねぇとなぁ!」
左手にも短剣を装備。再び双剣スタイルとなった俺は、ダムドへと突撃した。




