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  ミナはひとしきり空を連れ回されたあとで、どこかの川べりに着陸した。ミナの視点では、さらに西に移動した気がしている。雲海の上は星の海が開かれいて、地表の出来事を忘れさせてくれていた。ただ月の位置が方角を知らせてくれた。

 四辻家の管轄する地域から近畿地方まで来ているかもしれない。近畿周辺は八雲家の管轄になっている。

 

「ルゥちゃん大きくなっちゃったね」


 もふもふの形からずいぶん遠く離れてしまっていた。召喚獣の進化はかなり大幅に姿形が変わるものもあると聞いていたけど、それでもミナにとっては予想の遥か上だった。翼はなくなり、色も青くなっている。

 召喚獣がミナに頬を寄せてくる。


「ルゥちゃん、大きさ考えて」


 巨大な龍の姿で頬ずりをされると、その力でミナの身体のバランスが崩れてしまいそうになる。

 龍の姿になった召喚獣はしょんぼりしていた。中身は子どものままで、外側だけ成長してしまっているようだ。もしミナの頭や肩に乗ろうとされたら押しつぶされてしまう。


 ミナは川の流れる方向を見た。まだ夜でそれほど遠くまでは分からない。見えたとしても、木々が茂っているだけだろうが。夜の森なのに恐ろしさを感じないのは、召喚獣の圧倒的な存在感のおかげだろう。


「これから、どうしようか」


 ミナの全財産は、普通の高校生が所持できる程度の資金。つまり、1週間も過ごせば食費のみで0になる。しかも、宿泊をしない前提で。

 さらに悪いことに、追跡者が追ってくることは確実で、その情報を得ることもできない。


 六識会議の結果は多数決だ。ミナの処刑の反対の票もあったかもしれない。十条家はおそらく棄権票を投じているだろう。ミナの処刑を四辻家の勢力範囲で行おうとしたのだから、四辻は十中八九賛成だ。

 残り四家の何処かに運任せで保護を申し込むか、それとも怪しげな四聖獣教、もしくは一人で逃避行。

 ミナは梢の隙間か見える雲を眺める。掴みどころのない雲のような悩みだ。いきなりの展開で情報がなさすぎた。


「わたしの絶対の味方は召喚獣だけかぁ」


 もっと六家の関係を知っておけばよかったと今更思ったけど、ミナはそういうことに興味を失って久しかった。召喚師として召喚獣を戦わせるより、可愛い召喚獣を愛でればいいだけだった。


「はぁ、それにしても、なんだかしんどい」


 魔力がどんどん減っていっているような気がする。バケツに穴があいているように。

 我慢できなくて膝をつくと、じわりと汗が額からもたれてくる。


「ルゥちゃん、ごめんね」


 ミナは、非顕現状態に召喚獣を移す。さすがに、二体の巨大な召喚獣を顕現させ続けるのは無茶だった。

 大きな存在感のある召喚獣が消えると、森のざわめきを強く感じる。

 ミナは、そのまま疲れのせいか、川縁の岩に背をあずけて、少し休むことにした。




 太陽の光で、ミナは目を覚ました。

 仮眠のつもりが、ぐっすりとしてしまったらしい。

 

「ん、はふぅ、もふもふした感触だぁ――ルゥちゃんっ」


 小さな竜がミナをくるんでいた。青龍のサイズからすると、圧倒的に小さいけど、人間の三倍ぐらいの全長はある。ふわふわなのは、元々の毛玉の羽毛部分が煙のような姿で周りについているからだ。

 このサイズだと、あんまり負担は大きくなさそうだ。カメ、玄武の方も消しておいたから、徐々に魔力が回復してきている。

 どうやら青龍はサイズの調整ができるようだ。元のサイズほどは戻れなさそうだが。さすがにマフラーにはできなさそう。


「ありがとう」

 

 竜の姿の召喚獣の頭を撫でる。

 それから、モフモフの箇所を堪能した。


「よし、降りよっか」


 何も決定したことはないけど、都市部に降りないと。このまま山生活できるようなサバイバル知識は持っていない。竜のルゥちゃんがいなければ、眠ってそのまま凍死していたかもしれない。

 竜は宙に浮いて、ミナの頭ぐらいの位置でついてきた。




 たどり着いたのは、神戸のようだった。六甲の山に不時着していたことが分かった。都市に入る前に、竜にその姿を消してもらった。さすがに目立ちすぎるから。かわいそうだけど、こればかりは仕方ない。サイズがデカすぎる。

 

「と、り、あえずぅー、お腹すいた〜」


 うんと伸びをして、ミナは街中で朝食を取れそうな店を探す。貴重な資金でも、疲れたので少し座って食事をしたい。チェーンのハンバーガー屋があることを発見し、さっそく転がり込んだ。


 もぐもぐと頼んだハンバーガー2つを食べて、食後のコーヒーを飲んでいた。

 学生の身分よろしく長居しようと考えていた。お勉強している同じくらいの学生もいる。とにかく、これからどうするのか、腰をすえて考えないといけないとミナは、十色家から出奔する前に持ち出した物を入れているリュックから、ノートとペンを取り出した。


 そしてーー。


(なにから考えればいいんだろう……)


 考えないといけないと分かっていても、なにをどうすればいいのやら、ミナはペンを止めていた。

 六識会議、四聖獣、マッカム、青龍、玄武、処刑、四辻、十条家、単語だけとりあえず書き出してみる。

 私にできることってあるのかなー。六識会議の追手を振り切れる気がしない。それはつまり、この国の召喚師全てから追われるということ。現実的な選択は、竜とカメに乗って、国外逃亡ぐらい。かなり現実的じゃない選択だけが、現実的に思える。

 もともと、逃げるつもりもなかったのだし……。 

 

「最後の晩餐。うーむ、死ぬ前の執行猶予?死にたくないなー、ふわぁ」


 まだ眠い。ミナが眠ったのはベッドではなかったわけで、あまり睡眠の質は良くなかった。答えの出ないことに頭を使ったせいで、眠たくなっていた。頬杖をついていた腕はグデっと机に伸ばされて、ミナはうつ伏せになっていく。

 店の喧騒を忘れて、ミナは再度の眠りについた。






 起きると、お昼のランチの時間で、人が大勢いた。

 さすがに長居しすぎたとミナは、食事を終えたトレイを返そうと立ち上がった。


「僕はね、月見バーガーが好きなんだ」


 ミナは隣の席の男性の独り言が、なぜだか自分に言われている気がした。一度、周りを見て、わたしに言ってるのかなぁ、と小首をかしげる。

 ダサい丸メガネに、ブカブカの帽子。ダボっときたコート。ダメな大人という感じだったが、目だけは鋭く光っている。ハンバーガーをキツネの指で持っている。

 できれば関わりたくないような……。

 

「四聖獣教のシュテム――」


「ーーどう見ても日本人なんだけど」


「本名はひ・み・つ。ーーうむ、普通のハンバーガーや」


 ハンバーガーを咀嚼するズボラおじさんをどうしようかと迷う。まだ起きたばかりで少しぼんやりしていた。


「おじさん、最後に食べるものはなにがいいと思う」


「おじさんって、まだ20代前半だよ。それに、唐突になに。ぼく、殺されちゃうん」


 オーバーなリアクションをする。関西の人っぽい。

 

「まぁ、ここではなんや。もっと静かなとこ、行こか。ついてき。どうせアテなんてないんやろ」


 知らない人にはついていかない、という当たり前のことがあるけど、もう危険には片足どころか両足を突っ込んでいる、底なし沼に。


「もう少し、女の子受けしそうな人、いなかったのかな」


「ちょいちょい、本人前に、辛辣やわ」


 ミナは状況に流されることにした。少なくとも四聖獣教の場合は、召喚獣のためにミナに危害を加えることはないはず。最後まで人生は楽しまないと。

 




 どこに行くのかと思ったら神戸の美術館だった。

 静かなところってーーオシャレな喫茶店とかじゃないんだ。

 神戸の美術館の一般展示を無言で見て回った。この人、会話する気ないのかな、とミナは所在なげに西洋の影響を受けた日本近代の絵画をみていた。

 特設展示に行く前のスペースで長椅子に座ると、シュテムはやっと口を開いた。


「いやー、分からん。なにがいいのか。芸術には縁が無いなぁ」


「あの、四聖獣教は、わたしをどうするつもりなんですか」


 待たされたから、ミナは直球で訊いた。

 ミナが彼に目線を向けると、シュテムの眼光は思ったより鋭く光っていた。


「どうしようか。うちも揉めてるんよ。二体の聖獣を確認したし、保護することは決定したけど、さて、どうするか。一つは、妹や家族を人質にとってしまう。二つは、あま〜く懐柔してしまう」


「ユナに何かしたら、わたし許さない」


「うんうん、そうやろ。だから、優しくしないとな」


 シュテムは優しそうな目だけしていた。奥に潜むのは冷たいものだ。本当は優しくするつもりもない人間がみせる、利用するためだけの視線。


「冗談や」


 シュテムは柔らかな雰囲気に戻った。


「大切な姫君なわけやからな」


 男は立ち上がって、特設展示場へと向かっていった。

 ミナもそれに続いた。



「うわー、現代って感じ。絵が派手や」


 ミナの目から見ても、ド派手な色使いの絵が多かった。全然知らない特設展だからあまり気にはしない。なにを描いているか分からない。写実性がない抽象的な絵画たち。


「それで結局、ついていけば、わたしはどこかで監禁されるってことですか」


 ミナとシュテムは大きな長方形の絵画の前で立ち止まった。ただの長方形が重なっているだけの絵。色だけが鮮やかな。赤、青、緑、黄、原色に近い濃い色。


「まぁ、外に出すと危ないし。箱入り娘になるなぁ」


「そう」


「嫌そうやなぁ」


「結構好きだよ。なんにもしないの――――でも、六識会議の追手に勝てないでしょう」


「あんなん、まともに相手するもんじゃないなぁ。三十六計逃げるに如かずや。でも、戦わずして勝つことはできる。君は核爆弾みたいなもんやからな」


「そんなに力あるの?」


 ミナの召喚獣は、四聖獣と呼ばれているが、いかに強いといっても、上位六家の召喚師を返り討ちにできるようには思えていなかった。

 

「まだ力を引き出しきれてないんよ。それは、おいおい」


「じゃあ、結局、抑止力にはならないんじゃない」


 ミナは、龍を顕現し、身体にまとわりついてくるその子の頭を撫でてあげる。


「だから逃げるんよ。力がつくまで。かくれんぼに追いかけっこやな」


「じゃあ……、よろしく」


 ミナは、流されていくことにする。どうしようもないことには逆らわない。今は、こっちの流れ。流されながら、なるようになれば、どうにかなるだろう、と。

 胡散臭い連中だけど、きっと殺されるわけではない。本当に危ない人たちだったら、その時に逃げよう。ミナは、キュッと龍の腕を握る。


「他人任せかーい。まぁ、いいか。若いうちはな。でも、自分で決めんといかんことがでてくるんよ」


 帽子を深くかぶりなおし、シュテムは、長方形の絵に手をかざす。長方形は絵の中を動き、分裂して四角形の魔法陣を作りだす。


「さて、お姫様。我らが、四聖獣教は、貴女を歓迎します」


 スタスタとシュテムは絵の魔方陣の中へと歩を進めていく。

 ミナはそれに続いて、えいっとジャンプして絵に入った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! 読んだあと、感想書いたら負担になるかな、と書いたものかどうしたものかと悩んでおりました。 きっとリアルも忙しい事かと思います。 無理なく、ご負担のない形で、…
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