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  ミナが絵の中に着地すると、水が滝のように流れている円形の空間にいた。紋様の張り巡らされた白い金属の壁を水は流れ続けている。人工の光が上からぼんやりと光っているが、天井がどこまで上にあるのかは分からない。


「ここは……」


「日本で一番大きな人工島ヒスイ。太平洋上の結界島の一つの地下や」


 結界島。

 妖魔を日本国内から出させないために造られた人工の島々だ。太平洋と日本海に点在する、六家の何処かに管理されている重要な島。

 ヒスイは一般人も住めるような日本最大規模の結界島だ。ショッピングモール、ホテル、空港、ビーチ、カジノーー普通に暮らせるどころか、観光スポットでもある島。


(結局、太平洋上に逃避行になっちゃのかな、わたし)


 ミナは自分のいる場所に全く実感はないけれど、なんとなく亀の召喚獣との距離は美術館から近づいた気がした。


「十色ミナ。四聖獣教のトップに挨拶や」


 ついてこいと、先にシュテムは歩いて行く。

 滝が逆U字の形に一部流れていない穴がいくつかある。その一つに二人は向かった。暗い通路は、歩き始めると青白い明かりがつき始める。


「いいの。秘密組織じゃないの?」


「有名人やからな。四聖獣教のトップは」


「そうなんだ」


 ユナは四聖獣教を知らなかったようだけど。裏の世界では有名ということだろうか。


「一ノ宮家。聞いたことぐらいあるやろう」


 ミナは、全く心当たりがなかった。

 六家の名字に数字が入っているわりには飛び飛びなことは多少頭の片隅で不思議だな、と思うことはあったぐらいだ。


(一ノ宮? なんて聞いたこともない)

  

「知らなさそうやな」


 振り返ることなく言いあてられて、ミナはドキリとする。


「昔のことや。この結界島もない時代。まだ六識会議、六家が十家だった頃の話や。召喚獣を用いて外国と戦争しようとかバカなことしていた時代やな。

 当時、一ノ宮家を筆頭に、三翠、五士、七瀬、九鬼が、妖獣と召喚獣の存在を完全に過去のものにする計画を立てていた」


 靴がコンクリを打つ音が二つ。水の流れが後方から、まだ聞こえている。

 ミナは、六識会議にプラス五家だと十一家だと算数をしながら、そうすると、あとで五家が抜けた後に、一家入ったのかな、と思った。

 

「召喚によって次元は歪み、それによって、次元の狭間から妖獣は出現する。そもそも召喚獣を召喚するから、今のように日本は次元の歪みの中心地になっている。

 なぁ、どう思う。こっちが正義だって思わんか。さっさと、終わるべきなんや。もう召喚師の時代じゃないんや」


 シュテムは、淡々と語る。ミナも特に応えることなく聞いていた。

 道の奥から光が漏れている。この先に、四聖獣のトップがいるんだ、とミナは身構える。


「召喚師なんていうものは、昔の特権階級の遺物なんよ。盛大なマッチポンプや。自分たちが強力な力を得るためにした行為でできた災禍を自分たちで払っているだけで。

 四聖獣教は、召喚を二度と誰もできないように、聖獣で完全に次元の扉を封じる。それだけや」


 シュテムが言い終えたあたりで、奥の部屋にたどり着いた。

 部屋は正方形に近い狭い場所。執務室のような大きな机を挟んで、一人の女性がいた。銀色の髪をした20代後半の凛々しい女性。


「アイズ様、十色ミナ様をお連れいたしました」


「シュテム、未成年の誘拐は犯罪だ」


 アイズと呼ばれた女性は、冗談めかして言う。

 未成年じゃなくても犯罪、とミナは口にはしなかった。


「保護やで」


 シュテムの敬語はさっきの一回で終わって、くだけた調子に戻った。

 

「まだ二体の四聖獣の確認だったな。――では、普通に学生の本分は勉強だ。ヒスイの学校に転入させて、日常生活をするといい。監視役は、リヤナが同じ学年か」


「危険やないかな。バレへん。オンラインで学ばせば、十分やろ」


 ミナを無視して、ミナ自身のことが決まっていく。実際、ミナの立場的に文句を言うことはできない。

 それに、六識会議の暗殺よりかは、人道的に扱われはされそうだった。四匹揃ったら、何をされるのかわからないけれど。

 現状、魔力量的に、もう一匹召喚は不可能だろうから、まだまだ先のことになりそうだ。もしミナが全ての四聖獣を召喚しないといけないとしたら―。


「バレたら、その後、完全に隠そうじゃないか。なぁ、シュテム。――十色ミナちゃん、それでいいかな」


 ようやく、アイズはミナの方に目を向けた。愛想を張り付けた笑顔で。


「はい」


「固いな。怪しげな組織に誘拐されたわけだから仕方ないか。安心していい。私たちは、君を害することはない。聖獣は絶対に必要だから」


 笑みを浮かべるアイズ。けれど、ミナには、その言葉から利用価値で生かされていることを感じた。

 少女の生きていた世界とは、違った大人の世界――。

 友情や愛や思いやりよりも、他の何か冷たいモノが人を動かしていく世界。

  

「名前は何がいいかな。好きに決めていいよ。さすがに本名で通わすわけにはいかないからね」


 ミナは、すぐに一つの名前が思い浮かんだ。

 隣で、ルゥと鳴いていた召喚獣から、『ルナ』にしようと。

 

「ルナ。ルナにします」


「じゃあ、月宮ルナ。それで登録しておくから」


 名字はすでに決めていたようだった。

 ミナとしては、面倒がなくていいが。


「じゃあ、子守りは子供同士に任せる。バイバイ、また、いつか会いましょう。具体的には、三匹目を召喚できるぐらいになった頃にね」


「失礼します。アイズ様」


 不意に切り替えて、シュテムは礼をして、元来た道に踵を返す。ミナはそれに遅れないようについていった。


「木を隠すなら森ん中とは言うけど。核シェルターにでもぶち込む方が安全やと思うけどなぁ」


 シュテムは、距離を取った後に、ボヤきながら帽子を深く被り直した。

 



「じゃあ、ミナちゃん、いやルナちゃん。これからヒスイに行くわ。学園生活や。ただ、あくまで、ただの学園やからな。召喚師なんて1人も通ってない、一般の学園。あんじょう楽しくやりや」


 シュテムは円形の広場に戻って、別の道を選んで入ると、そこには一つの絵。美術館で見たものと似ている図形が散らばった絵画。


「転移が上手なんですね」


「そりゃ、召喚獣も元は一ノ宮の技術やからな。空間の操作は得意なんよ。理解しがたいぐらいな」


 ここに来た時と同じように、シュテムに続いてミナが絵画を超えると、一室にいた。

 ミナの目には、すごく少女趣味に思えた。大きなクマのぬいぐるみが一番目についた。ファンシーなパステルカラーが家具のメインのカラー。

 その部屋には、1人の少女がベッドに腰をかけて、パクパクと口を開けて驚いていた。


「サービスいいなぁ。直通かぁ。山じゃなくてーー」


「アイズさーん、なに、人の部屋に勝手に繋げてるんですかーっ」


 少女は聴こえるわけもない相手に向かって叫んでいた。

 そして、シュテムの顔面に、初級法術が撃たれた。放たれた青白い弾をシュテムは軽く腕を払って防いだ。あまり威力を込めてはいず、軽い衝撃だけのようだ。


「おー、痛ったぁ。八つ当たりは良くないよ。だいたい、僕も被害者なわけやから。泣きっ面に蜂はごめんや」


「シュテムさん、今後、わたしの部屋に空間を繋げないようにアイズさんに言っておいてください」


「それぐらい結界を張りや。もしもっと酷い場面に転移していたらと思うと、ゾッとするわ」


「普段から張り続けるわけにはいかないです」


 そんなことをすれば、少女の魔力は数十分で枯渇する。代わりに結界石でも買って防犯すれば費用はいくらになるのか。現実的にあり得ない。

 少女は、ジロッとシュテムの後ろにいたミナに視線を向けた。


「シュテムさん、この子が、十色ミナさんですか」


「そうや、月宮ルナって名前で学園に通わすから」


 シュテムはミナの両肩を持って、少女に突き出す。


「人の苗字を勝手に……わたしとどういう関係になるの」


 少女はあたまを抱えて、目の前のふざけた上司に問う。


「遠い親戚。これから一緒に暮らすわけだし、二人で詰めておいてな」


「丸投げっ。それ、丸投げですよね。最重要人物なんでしょ。なんでわたしにまるっと放り投げてるのっ」


「後進の育成のために。獅子はウサギを谷に落とすんや」


「落としたら食べれないでしょ。混ざってるから、色々と」


 ミナは感情が荒ぶっている少女を見ていると、目があったので、とりあえず作り笑いだけ浮かべた。


「月宮リヤナ、あなたのお姉ちゃんね」


 リヤナはそう言って、手を伸ばす。

 おずおずとその手を握ろうとしたが。


「いや、ミナちゃん、実際お姉ちゃんだし、逆の方がーー」


「シュテムさん、後進から後ろから撃たれたいんですか?」


 リヤナはそう言って、召喚師には不似合いなゴツメな銃を見せる。スカートの下のホルスターに、ミナに伸ばした手とは逆の手が添えられていた。普通の召喚師ならお札が隠している位置だ。


「近代兵器とかヤボやわぁ。ごめんごめん、ミナちゃん、妹に世話されるタイプだし、うんうん、ちょうどいいちょうどいい」


 ミナはなんで知っているのか、問い詰めたい気持ちになったけど、まだそこまで緊張が抜けているわけではなかった。敵の敵は味方のような状態で、実際、リヤナもシュテムもミナが逃げないように監視するための人員。気を緩めすぎるのも問題だった。


「じゃあ、僕は、消えるね。あとは若い二人で。週末にでも、必要な書類持ってくるから。それまでにこの島での生活に慣れといてな」


 シュテムはそう言うと、玄関の方に歩いていった。

 転移は一方通行で、戻れないようだ。


「わたしのプライバシー。てか、この家に二人暮らしって。ベッドも一つしかないんだけど。もっといい部屋よこせーっ!」


「じゃあね」


 シュテムはリヤナの叫びを完全に無視して去っていった。

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