エンディング
「ってなワケ。信じらんねぇだろ、美智子ちゃ〜ん!」
「本当よね〜。相手はあのむさくるしいオヤジでしょ? 私は同世代か年下にしか興味ないから理解できないわ〜」
「へー、そうなんだ」
「……美智子ちゃんて、お前。どういうつもりなんだよ他人のオンナに」
あの後すぐに全員合流したが、一番重傷だった賢吾は救急車で搬送されることになり、美智子はそれに付き添って病院へと移動した。
流たち高校生は手当を受けた後、軽く事情聴取を受けた。戦闘行為については正当防衛だったこともあり、注意はされたが特にお咎めはなかった。
そして、異国でいきなりトラブルに巻き込まれてどうしていいか戸惑っているだろう賢吾たちの様子を見舞いがてらおしゃべりしに病院に寄ったのだった。
賢吾の寝ているベッド脇で、これまでの話をペラペラしゃべっていた流。だが、美智子へのチャラい呼びかけに、賢吾の額に青筋が立った。
「ひぇっ」
「まぁまぁ。いいじゃないの、賢ちゃん。私が許可したんだもん」
飛び上がる流と、宥める美智子。
「流がすみません」
「……いいってことよ」
なぜか代わりに晶が頭を下げるので、賢吾としてはそう答えるしかなかった。
「賢吾さん、もう動けるんでしょう? おじさんがホテルまで送るって。病院に泊まったらけっこうお金取られるから」
明日菜が明るく言う。賢吾が受けた傷はすでに縫合済みで、点滴が終わったら帰っていいと言われていた。だが実際には痛み止めだけ処方されて、追い出される形に近い。
「それはありがたいな。タクシーだといくらかかるか不安だったんだ。だが、車は? あのバンはもう帰ってきてるのか?」
「ううん。点検に出しちゃったからレンタカーなの」
「それと、明日の夕方、今回の関係者を集めて船上パーティーを開くことになったんです。美智子さんと賢吾さんも、来ていただけませんか?」
ふたりは顔を見合わせた。
「船上パーティー? クルージングってこと?」
「さすがハリウッドは規模が違うな……」
「無理にとは言いません。でも、もし日程が合うなら、ぜひいらしてほしいんです」
晶が遠慮がちにそう言うと、美智子は彼女を安心させるように笑顔で頷いた。
「もちろん、喜んで参加させていただくわ」
「ありがとうございます!」
「やったぁ! さっそくおじさんに教えなくちゃ!」
明日菜が本当に嬉しそうに笑うので、美智子たちもつられて笑った。
そのパーティーにはもちろんニールも招待されていた。特に、明日菜を助けたことで監督には大いに感謝された。
仕事についても、今回のことで撮影スケジュールには少し遅れが出るが、被害は軽微で済んだと言える。スタジオの機材の破損については保険が効くし、怪我人はいるが死者はなく、資金も奪われずに済んだ。
「まぁ……誘ってくれるんだったら行ってみっかな」
今回は完全に内輪のパーティーなので、新規開拓の機会はないに等しい。普段はこういった人付き合いをほとんどしないニールだったが、今回は明日菜からぜひにと誘われて参加することにしたのだった。
ディナーパーティは未成年に配慮したのか、かなり早めの十七時からで、ドレスコードもカジュアルでアットホームなものだった。小さい船なので提供される料理は地元のレストランからケータリングしたビュッフェ形式だ。
客たちはあちこちに散らばり、皆、昨日の傷がまだ癒えないながらも、ゆったりと落ち着いた雰囲気で歓談している。
流は晶と、賢吾は美智子と、そしてニールは明日菜に捕まってペアで動いていたが、いつの間にか自然と六人で集まっていた。
「美智子さんたちはこれからどうするんですか?」
「そうねぇ。ロサンゼルスは今回のことでケチがついちゃったから……。バルボアパークとかを見て回りたいわ。まだ日数は少し残ってるもの」
明日菜の問いかけに美智子が答える。ふたりは予定を変更して、ビーチシティとしても名高いサンディエゴ近辺を集中的に見て回ることにしたのだ。
美智子がここを選んだのは怪我をしている賢吾の負担を思いやってのことだ。なにせ肩の銃創だけでなく、肋にはヒビ、足首はひねっていて、おまけに身体中打ち身だらけなのだ。
サンディエゴはもちろん観光客あふれるリゾート地ではあるがビーチや公園、美術館などは人混みも比較的少ないだろうという見込みだ。
「いいなぁ〜、サンディエゴ! 動物園に水族館にホエールウォッチング!」
「美術館やイタリア街、それにメキシカンフードも魅力よね」
明日菜と晶が羨ましそうにしながら盛り上がっているのを横目に見て、流はそっとため息をついた。流たち三人は一日遊園地コースだが、どうせそのほとんどが並ぶことに費やすことになるのだ。
(どうせならオレもサンディエゴに行きたいよ……)
その隣に、無言の賢吾が横にやってきた。思わずビクリとなる流に、賢吾は静かに言った。
「お前、怪我はいいのか」
「へっ、オレ? お、オレはべつに……」
「あの子を庇って身体痛めてたろ」
「う。うん、まぁ」
そこで会話が途切れる。元々口数も少なく、コミュニケーションに長けているわけでもない賢吾は、こういうときに上手く場を繋ぐ方法を知らない。だから、勝手に言いたいことを言うことにした。
「……美智子が世話になったな」
「えっ!? あ、いや、むしろお世話になったのはコッチですし……」
「だとしても、ひとりきりにさせておくよりはよかった」
「はぁ……」
流からは気のない返事しか帰ってこない。賢吾はイラッとしたが怒鳴りつけたいのを耐えた。
「お前のカノジョ、危なっかしいぞ。少し気をつけて見てやれ。じゃあな」
そう、言い捨てて離れる。そんな賢吾の背中を見送って、流は口をへの字にした。
「……ンなこと、言われなくてもわかってるっつーの」
「どうしたの?」
「おわっ、晶!?」
いつの間にか晶が隣りにいて、流の顔を覗き込んでいた。艷やかな黒髪が夜風に揺れる。流はドキリとした。
今日の晶は大人びた青と黒のワンピースドレスを身につけている。髪の毛はいつもと分け目を変えて、メイクもキラキラしている。それだけに左のこめかみに当てられたガーゼや手足の包帯が痛々しかった。
「あのさ、晶……」
「なぁに?」
吾妻 晶は才色兼備、大和撫子、文武両道と天から二物も三物も与えられた奇跡の美少女だ。真面目で責任感も強く、生徒会と華道部を掛け持ちして、その上、合気道とキックボクシングの達人でもある。
彼女の輝かしい功績はすべて、晶自身のの不断の努力によって積み重ねてきたものだ。それを流は知っている。
そして、華々しい表舞台の裏側にある闇もすべて。欲に目がくらんだ親族たちのおべっかや、嫉妬に駆られた女たちの陰口や、愛を履き違えた男たちのいやらしい視線、実家の格に引け目を感じた敬遠……。
表舞台での笑顔は崩さずに、晶は独りぼっちで泣いていた。家族の前ですらそうだった。流はそんな晶のことを、昔からずっと気にかけていた。
「あのさ、オレ、晶のこと好きだぜ。ずっと一緒にいたいと思ってる」
「え……!」
晶の目が大きく見開かれ、頬が薔薇色に染まる。流は思い切って、恥ずかしいセリフを口にした。
「愛してるぜ、晶」
「流……! それってプロポー……」
「ちがいます」
流は即座に否定した。
「なぁんだ。ようやく決心してくれたと思ったのに」
「だってお前の家族、こえーんだもん」
その答えに晶は手で口を押さえながら大きく笑った。
「まぁ、いいわ。私はずっと待っているから」
「今度はさ、銃が出てこないとこに旅行しようぜ。……ふたりきりで」
晶は爪先立ちをして、流の唇にそっとキスをした。
「なっ」
「うん。楽しみにしてるね」
「ああ。そうだな」
晶がそう言って大輪の花のような笑みを咲かせるので、流も笑って応えるのだった。
To be continued…




