第24話 悪因苦果
どんどん出てこい 働くくる〜ま〜
センヤが赤龍を倒し、サナと共に城へと戻る途中。
そして、ダン・ディーノが1人、草原を歩いている最中、時を同じくしてラグディスへと向かう、商人の姿があった。
商人が乗っているのは『アラクネイラ』と呼ばれる、魔力を糧としてクモの様な足で地を進む乗り物であった。
大きさは2トントラック2台分程の幅があり、中には大量の武器や防具が積まれていた。
『アラクネイラ』は昨晩、ある技術者に頼み、作り上げて貰ったものである。
中に乗り込んでいる商人は、広げた地図の町が載っている箇所に、幾つか赤のペンでチェックを入れていた。
「ギャザル、インーリカ、カマラペ……うぅむ…まだまだだ」
商人は難しそうな表情で顎をポリポリと掻く。
しかし直ぐに口元を緩ませ、大笑いを始めた。
「だが……ハハハハ!!このタイミングで地脈が蘇り、結界破りが何件か起こるとは!ハッ!三流の業者に任せるからだ!やはり私は持っている!これはチャンスだ!次こそ私が幸せになる番だ!!ハハハハハハ!!!」
「ヤヤガ殿、楽しそうですな」
ヤヤガ、と呼ばれた商人の対面に、先程、ラグディスに居たローブの者が、いつの間にか腰掛けていた。
「おお!ギンベッガ殿!」
ギンベッカと呼ばれたローブの者は、革製の手袋を付けた手でローブを捲った。
そこには一目で人間ではないと分かる、フクロウと人間が混ざったような『魔人』の姿が現れた。
ギンベッカは緑色の目を狡猾そうに細め、ヤヤガと話を始めた。
「どうですかな?我々の魔武器や魔防具は儲かっておりますか?」
「えぇ!それはもうお陰様で…」
「いやぁ、最初にギンベッカ殿が現れた時は驚きましたが…まさか私のビジネスパートナーになって頂けるとは思いもよりませんでしたよ」
「いえ、こちらとしてもこの大陸は手に入れておきたいのです。ならばどうするか…そう、『人間の中に協力者を作る』方法がベストなんですよ」
「そしてなにより、ヤヤガ殿は使える者が数少ない『結界魔法』も修めておられる…」
『結界魔法』
魔法の一種で、勿論『白』と『黒』の2つが存在する。
『黒』は人を弾き、『白』は魔物を弾く。
街はこの結界と、それを維持する装置が存在するおかげで、魔物の侵入から守られている。
『結界魔法』においてはこの世界における『善性』と『悪性』は無視され、人であれば『白』、魔物であれば『黒』と固定される。
結界魔法を使える者は、かつて先祖が敵対する相手から、命に関する程の危害が加えられた際に、自身の命を守る為に、結界魔法に目覚めたという例が多い。
1人が目覚めれば、その血を継ぐものは誰しも結界魔法を使用でき、魔力が極端に薄い、又は存在しない地域でも、自力で体内から魔力を生成する特異体質となる。
しかし結界魔法はコツとセンス、前述の体質が重要であり、特異体質を持つ人々ですら、使いこなす事は難しかった。
故に使用出来る者があまり少なく、使える者は重宝され、村1つに結界魔法を張る度に世王から報奨金が与えられた。
ヤヤガは元々、結界を専門とした魔法商人だったが、近頃は新しい街や村、建物が造られる事も少なくなり、貯金を切り崩しながら細々と暮らしていた。
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ある朝、隙間風が吹き抜ける、お世辞にも立派とは言えない家で、ヤヤガがテーブルに着きながら朝食のパンを齧っていた時だった。
出ていった嫁が座っていたテーブルの対面に、フクロウ型の魔物がいつの間にか腰掛けていた。
「ま、魔物…ンッ!?ンーッ!ンーッ!」
「おっと、お静かに。これはお茶です。変な物は入っていませんので安心してください」
魔物はパンを喉へ詰まらせたヤヤガへお茶を手渡した。
ヤヤガはそれを一息に飲み干すと一息ついた。
「ふぅ…ふぅ……ふー……」
「落ち着きましたか?驚かせて申し訳ございません。私はギンベッカと申します。魔物ではあるのですが、その上位種に当たる『魔人』でございます」
ギンベッカは自己紹介をしつつ、帽子を外し礼儀正しく頭を下げた。
ヤヤガはギンベッカの態度にポカンと口を開き、目をまん丸にしていた。
「は、はぁ……そんなギンベッカ殿は何故、私のような何も持たない寂しい男の元へ?」
「それはですね。『結界魔法』を使用できる貴方が、私共にはとても必要なのです」
「『結界魔法』…?魔物の街でも作るのですか?あいにく、私は人間ですので『白魔法』での人間用の結界しか…」
特に失う物も無かったヤヤガは、ギンベッカが満足する答えが出せずに殺されてしまっても仕方ないと思い、正直に言った。
しかしギンベッカは緑眼を細め、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「だからこそ必要なのです……結界を破る為に」
(………)
(……)
(…)
ヤヤガは魔人ギンベッカと同じテーブルの席に着き、持ちかけられた提案を聞いていた。
ヤヤガは自分が夢を見ているのではないかと何度も確認したが、やはりこれは紛れもない現実であった。
「……そしてヤヤガ殿は商人として、適度に破壊された街を巡り、我々の作った魔武器、魔防具を販売。どちらにも『黒魔法』魅了の五章『仕組まれた偶然』を事前に掛けております」
「武器、防具は普通のものと同じ性能ですが、並の鑑定士ですら『これは良い物だ』と錯覚するのです。魔力は『魔薬』を我々のグァンダレラ大陸から定期的に送り届けて頂くので心配は無用です」
「街を破壊され魔物への復讐を誓う人々、武器が良ければ自分の腕も良くなると都合のいい勘違いをする者、えぇ。えぇ。特に前者の場合は『仕組まれた偶然』と合わせればシチュエーションも働いてほぼ確実に購入するでしょう」
「そしてこれはトップシークレット……他言無用です。遠隔、大量なので人を殺す程の威力は出せませんが、私の合図1つで各地の魔武器、魔防具の装飾が暴発し、それらにダメージを与えます。残るのは丸腰の戦士や冒険者のみ…」
「それと同時に、制御装置を取り付けた魔物達が結界を破り、街へと侵攻。私も便乗し、結界魔法維持装置を破壊。事前にヤヤガ殿は多くの資産とともにリズアニア大陸へと逃亡。私が提供し、貴方が売った武器防具を購入した者は追っ手とならぬ様、全員殺害します。ノーリスクで人生を、奥様を取り戻せますよ」
「し、しかし、それでは…人が……」
流石に人を犠牲にしてまで金を稼ぐ程、この時のヤヤガは腐りきってはいなかった。
「ハハハ、ヤヤガ殿はお優しいですな。しかし……貴方は憎らしくないのですか?」
「…な、何がでしょうか?」
ギンベッカの緑眼が大きく見開き、ヤヤガの目を真っ直ぐと見つめる。
自身の皮膚、筋肉、骨、臓器、その内側にある、形無い心までもが、まるで質量を持って存在し、それがハッキリと覗き込まれているような錯覚を覚える。
「過去に貴方を頼り、囃し立て、祭り上げた人の世…」
「それは……」
「権力者たちは次から次へと貴方を求め、貴方は毎日が忙しく、とても充実していた」
「……」
「人々は貴方に救い、庇護を求め、貴方は結界という名の救いを与えた」
バンッ!!
「…ところがどうだ!?」
「…ッ!」
「人々は結界が安定し、魔物の脅威が無くなると、貴方への感謝を忘れていった!!」
「なっ…!」
ギンベッカはテーブルを叩くと椅子から立ち上がり、身振り手振りを加え、芝居がかった演技でヤヤガの悲劇を演出する。
「権力者共は用済みとなった貴方を見捨て、結界魔法の維持装置のメンテナンスを、昔から贔屓にしていた機械業者に任せ、貴方は職を失った!」
「もう……」
「愛する妻には愛想を尽かされ!最早貴方には何も残っちゃいない!!」
「もう…止めてくれませんか…!!」
ヤヤガは肩を震わせ、テーブルへうなだれていた。
ポタポタと涙がテーブルへと落ち、木目へと染み込んで行った。
「…少し言い過ぎてしまいましたか…申し訳ありません」
ギンベッカはヤヤガの背へと回り込み、背中へと手を添えた。
そして顔をヤヤガの耳へと近付け、囁くように言う。
「貴方は、もう一度幸せになる権利を得た。…これはチャンスだと思って頂ければ良いのです」
「……ギンベッカ…殿…」
「良いですか?世は弱肉強食。強き者が弱き者を食らい、世界は廻るのです……次は貴方が、かつての人々を『喰らう』番なのです」
「私が………」
少しして、冒険者たちが頻繁に滞在する辺境の小さな村が襲われた。
その数時間後、ヤヤガは偶然を装い、恐る恐る街を訪ねた。
犠牲者はそこまで出なかったようだが、確かに人は何名か死んだらしい。
見ず知らずの人間だが、心が傷んだ。
魔物を撤退させた冒険者たちが、ヤヤガの武器や防具を見掛けると、彼らは我先にと金を出し、それらは飛ぶように売れた。
緊張していた鼓動が、安堵の鼓動に変わり、気持ちが良かった。
不意に、自分の掌の上で、踊らされているに過ぎない人々を見るのも、悪くは無いと思ってしまった。
2回目は断ったが、再び村が襲われ、ギンベッカに言われるがまま、そこへヤヤガは出向いた。
またひとつ、またひとつ。
武器や防具は売れに売れる。
暫くして数名程度の犠牲者等は気にもならなくなった。
村や街の規模が大きければ、犠牲者も増えるがその分儲けは増えた。
ヤヤガは見ず知らずの人々より、目の前にある金だけが現実だと思うようになっていた。
最早何人死のうがヤヤガには関係の無い事だ。
ヤヤガは、もう戻れない……いや、
戻る気も無かった。
こんなに気持ちの良い事が、他にあるだろうか。
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「ところでギンベッカ殿が移動中に現れるとは珍しい。どうかなさったのですか?」
「あぁいえ、些細な事です」
するとギンベッカは手袋を外した。
およそ人間のものではない、羽に覆われ、鋭い爪を尖らせた手が露になった。
その手でギンベッカは指を鳴らし、アラクネイラの魔力供給を止め、その場に停止させた。
「…ギンベッカ殿?」
「えぇ、結論から言いますと、今ラグディスに向かうのは得策ではありません。日を改めるべきです」
「そ、それは…」
「制御装置を埋め込んだ赤龍にラグディスを襲撃させたのですが、新領主なる謎の男の手によって、阻止された挙句、制御装置を奪われました」
「なっ!?なんとっ!?」
経験した事の無いイレギュラーに、ヤヤガは驚きのあまり椅子から床へと転げ落ちた。
「その男の居場所は突き止めたのですが…私の魔物を派遣するには制御装置が不可欠。あちらで倒されてしまえば更に情報を与えてしまう…」
「えぇ!えぇ!ギンベッカ殿!心配は無用!場所さえお教え頂ければ私がボディガードとして雇ったアサシンを派遣しましょうぞ!」
「ほう、それは頼もしい!では、お頼み頂けますかな?場所はラグディス奥の放置された荒城。連れの女が居るようですが、戦える者ではありませんでした。必要ならば人質にする事も可能かと。それと、今夜は休息の為に早く就寝するでしょう」
「成程!では……聞いていたな?」
ヤヤガが上を向くと、アラクネイラの天井が開き、黒っぽい緑色の髪を垂直に垂らしながら、男が逆さまに顔を出した。
「ん。請け負った。オイ。魔人の技術屋。こちらは何人程必要だ?」
「そうですね…彼は制御装置付きとは言え、赤龍を一瞬で倒しました。そこそこの技量を持っています」
「了解した。何人か連れてこよう。報酬は人数分だぞ。じゃ」
男は逆さまに顔を出した状態から屋根を飛び上がり、回転しながら着地し、すぐに走り出した。
「あっ!また…!こちらが金額を提示する前に行ってしまう。これだから金の無い育ちの悪い者は…」
「ハハハ、なに、障害が無くなればまた金など幾らでも稼げましょう」
「それもそうですな!ハハハハハハ!!!」
金と自身の幸せのみを、追求する男になったヤヤガは、既に人としての善性を失い、悪意と本能のままに生きる魔物と大差が無くなっていた。




