番外編 ダンディが街を出てから
番外編です。アイツです。
センヤが巨大級の赤龍を討伐した丁度その頃、時を同じくしてラグディスの街を抜けて、道ではない道を、心ここに在らずといった様な面持ちで歩く男の姿があった。
(俺は…なんて駄目な奴なんだ…龍種の姿すら見ていないのに…逃げ出してしまった。何がダンディだ……こんなの、全然ダンディじゃねぇ…)
彼はダン・ディーノ。
先程まで屋台で優雅にコーヒーを飲んでいた男だ。
しかし、今や本当に同一人物か?と思えるほどに、顔からは自信が失われ、鎧や剣の輝きも心なしか鈍くなっていた。
「…俺は……うわっ!?」
ゴロンゴロンゴロンゴロン……
ザバンッッ!!
………
ダンは足を踏み外し、斜面をゴロゴロと転がり落ちた。
どうやら気が付かない内に、小高い丘を登っていたらしい。
落ちた先は川で、ダンは浅瀬に大の字になっており、顔だけが水面から浮き出ていた。
ダンの心とは真逆に、高く広がる青空は雲一つない快晴であった。
「…ぐっ…散々だな……」
心が折れてしまった。
そんなダンに追い討ちをかけるような斜面からの転落、落水。
なんだかとても惨めになり、意識しない内に目には薄らと涙が滲んでいた。
「へへっ…そろそろ潮時か…リズアニア大陸へ戻るかな…実家の仕立て屋を継ぐのも…悪くないか。お袋、元気にやってるかなァ……」
ダンはゆっくりと上体を起こし、これからの人生について考え始めていた。
ダンディな髭は水に濡れ、ポタポタと雫を垂らしている。
水は滴るが、今のダンはノット・ダンディである。
そんな時、付近から子供の助けを求める声が響いた。
「だっ!誰か!」
「子供の…声か?」
バシャバシャと水をかき分ける音が聞こえる。
子供が居る場所はダンが今落ちた川と繋がっているらしい。
穏やかな水面は波打ち、子供がダンの元へと近づいている事が分かった。
「わぁぁぁ!!!たっ!助けて!」
カーブした川の先から、男の子が魔物に追われ、足を水に取られながらも必死に逃げようとしていた。
(あれは…小型級の妖魚人か)
妖魚人
手足の硬軟自在の水かきは移動にも武器にも使える。
知能はとても低く、他の魔物との意思疎通も不可能で、同種間でしか群れることは無い。
新米の剣士でも簡単に倒せるような貧弱な魔物だが、武器を持たず戦闘経験もない子供では殺されてもおかしくは無い程の脅威である。
「せっ!戦士のおじさん!助けて!」
「………俺はもう、戦士では…」
既に自身は戦士ではないという事を伝えようとするが、男の子はダンの後ろに回り込んだ。
ダンを敵と認識した妖魚人は、水かきを硬質化させ、ダンへと襲いかかって来た。
「キュララララララッッッッ!!」
「…くッ!…ハァッ!!」
ザンッ!!
「キュッ……!?」
腰から瞬時に剣を抜き、抜刀そのまま妖魚人の腰を両断する。
真っ二つになった身体は川の中へ水しぶきを上げて落下した。
赤い血液がゆったりとした川の流れに乗って流れて行く。
ダンは魔物が完全に死んだ事を確認し、男の子を背負い、草をかき分け傾斜を登って行った。
そして傾斜を登り終えた所で男の子を背中から降ろした。
「…大丈夫か、少年」
「ありがとう!おじさん!…遊んでたら…川に落ちちゃって……」
「街の外は結界が無いから魔物が出る。危ないから気を付けるんだぞ」
「…ありがとう!戦士のおじさん!…僕、大きくなったらおじさんみたいに困ってる人を助ける強い戦士になるよ!」
「…ッ!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
暗い森の奥、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている少年が居た。
周囲はオオカミ型の魔物に囲まれ、絶体絶命である。
しかし、そんな少年の前に、輝く鎧を身に付けた戦士が現れた。
「ヒック…ヒック…お、おじちゃん…誰…?」
「ハハ、名乗る様な者じゃねぇ。俺は只の『ダンディ』さ」
「ダ、ダンディ…?」
「うーん…説明するのは難しいな、ま、『自分がかっこいいと思える事を、気取らずに突き詰めて行け』って事だと俺は思ってる」
「さ、お前も男なら泣くな。『ダンディ』じゃねぇぜ?俺が来たからにはもう安心だ」
髭の戦士は懐からハンカチを出し、少年の涙を拭いてやった。
「さぁ、魔物共…俺の『ダンディ』の錆になってもらうぜ!!」
(………)
(……)
(…)
気が付けば少年は森の入口の前で気を失っていた。
そこには狼の魔物の群れも、ダンディな髭の戦士も既に居なかった。
これが、少年と『ダンディ』の出会いだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…ッ!……あぁ。頑張るといい。君は街へと転移させよう」
少年の純粋な瞳を見て「俺は強くもなければ、戦士ですら無い臆病者だ」という言葉をダンは飲み込んだ。
ダンは高価な転移緑晶を少年に使い、ラグディスの街へと転移させた。
男の子の姿は消え、草原にはダンだけが残された。
「大きくなったら、か……ハハ、久しく忘れていたよ。ガキの頃、死にそうな俺を救ってくれたアンタの目。そして、戦士としての旅立ちの日の俺をな」
…そうだ、俺も…救われたんだ。
紳士な髭の、戦士に。
俺はアンタみたいな立派な戦士を目指して、この道へ進んだんだ。
お礼が言いたくて、目立つ様に名前まで変えた。
アンタに出会うまで、俺は…!
パンッ!
「い、痛てぇ……さぁ、一から出戻りだ。敵を目の前にして逃げるだなんて…ダンディじゃないからな!!」
自分の頬をダンは両手で思い切り叩く。
そして、再び心にあの頃の熱い思いが、炎のように煌めき始めたダン・ディーノの表情は、挑戦と自信に満ち溢れていた。




