第13話 甘さと優しさ
少し離れた位置でグェネリロとセンヤ、2人の戦いを遠目に見つめる者たちがいた。
ファテナ率いる聖騎士軍だ。
別件の仕事が片付いた矢先に『街の外れの家が燃えて、グェネリロの一味が1人の男と争っている』と、聖騎士軍宛てに複数の通報があった。
『1人の男』と聞いて、グェネリロの一味とそんな事が出来るのは、歴戦の傭兵や、人ならざる者くらいであろう。
(ここは魔力濃度が極端に薄く、体内に大量に魔力をストック出来るレベルの人間じゃないと、低級魔法すら使うのは困難だ。故にこの大陸での実力者は全て、己自身の『武』が試される……ま、あの兄ちゃんだろうな)
そんな思惑を抱きながら部下たちと駆け付けたファテナだったが、やはり勘は当たっていた。
しかしグェネリロとセンヤの戦いが激化している為、下手に介入すれば怪我人が増えるだけだと、部下たちを待機させていた。
戦いを見ている部下が、独り言を呟く。
「オイオイ大丈夫かよあの男………」
「違う、わざと見逃してるんだ」
「へ?グェネリロ相手に…?うっそぉ…あんな血みどろになってますよ?」
「あの男が本気を出したら、10秒も掛からずにグェネリロは死んでるよ。周りの転がってる奴らを見てみな。半数程、骨は折れているがすぐに治るレベルだ。別の奴らは気絶。殺さないように加減してる」
「自分が怪我をしてでも相手を殺さない様に……優しすぎるというか…」
「ま、甘さだな。……だが、嫌いじゃない。アタシも昔あんなんだったし」
ファテナは新兵の頃の自分を思い出していた。
しかし、その表情はあまり晴れやかなものでは無かった。
(だが…早いとこ片付けないとその優しさが裏目に出るぞ…!)
「ハハハッ!さっきのはハッタリか!身体中傷だらけじゃねェか!!抉ってやんよォ!!!」
距離を取ったグェネリロが、再び短剣をセンヤに投げつける。
センヤの意識は本調子では無かったが、これ以上ダメージを受ける訳にはいかない。
グェネリロの6本の短剣が迫る。
すると、センヤは腰から細身の剣を抜き、ワイヤーに繋がれた6本の短剣を全て絡めとった。
「油断したな………グェネリロッ!」
「なッ!?」
「オォラァッ!!!」
細身の剣を後ろへと思い切り引き、吸血鬼の腕力で腕を引かれたグェネリロは、身体ごと浮き上がり、センヤの元へ引き寄せられる。
鋼鉄の紐はグェネリロがあれだけ激しく使っていても決して壊れる事が無い。
センヤは紐がグェネリロの腕の奥に強固に固定されていると踏んだ。
「俺が寄るんじゃねぇ…お前が来るんだッ!」
「チィッ!」
「ハァァッ!」
グェネリロがセンヤへと迫る。
このまま…腹へ一撃、それでこの戦いは終わる。
ゴッッ!
「うッ…ぐォ…オ……ッ!」
鈍い音と骨が折れる音が響き、センヤの拳にもそれが伝わった。
しかしグェネリロは懐へ当たる直前に自身の左腕を間に滑り込ませ、衝撃を軽減させた。
が、軽減しても尚、グェネリロは衝撃で後ろへと吹っ飛ぶ。
それと同時にグェネリロのワイヤーが数本、グェネリロ本体から切り離された。
センヤがまだ離れていないワイヤーを絡めとっている為、グェネリロはワイヤーの伸縮が限界を迎えた所で止まり、他の一味と同様に地へと倒れ込む。
グェネリロは右手で短刀を地面に突き刺し、それを軸にヨロヨロと立ち上がる。
左腕がブラブラと力無く揺れている事から、完全に折れているようだ。
ワイヤーが切り離されたのは左腕のみで、それはワイヤーが限界を迎え、折れた左腕が更に引っ張られるのを防ぐ為の様だった。
「グッ……ハァ……ハァ……チッ…左が使いモンにならなくなったか……」
「グェネリロ…お前はもう左手が使えない。既に勝負は決した!負けを認めろ!俺はお前を殺したくはない!」
これ以上の戦いは無意味だった。
既に結果は見えている。
しかし、グェネリロはまだ負けを認めるつもりは無かった。
奴から、奴からその甘ったれたガキくせぇ言葉が二度と吐けなくなるくらいの、モノを奪ってやる。
「甘ェ…甘ェ甘ェ甘ェ甘ェ!!!デロッデロに甘ェなァ!!テメェが今、俺に向けているのは『優しさ』でも何でもねェ。それは『甘さ』に他ならねェ!」
「アァアァアアアァアァ……!!吐き気がするぜ…テメェにはよォッッ!!!」
センヤが捨てきれない甘さに、怒りを爆発させたグェネリロは、口で自身の肩付近に噛み付いた。
すると右手に付いていたワイヤーもグェネリロの元を離れ、センヤの腕の中のワイヤーは力無く垂れ下がる。
瞬時に袖口から出した短刀を右手に持ち、今までの戦闘に於いて最も速いスピードで短刀を投げ付ける。
「…ッ!?」
この男は、あろう事か、今戦っているセンヤではなく、キリナ目掛けて短刀を投げたのだ。
「ヒヒハハハハ……!!!……は?」
メギィ…………!!
しかしその短刀はキリナの身体ではなく、センヤの手の中に握られていた。
短刀を握り潰したセンヤの周囲には、およそ人間が発する事は出来ない、実際に視認が可能な程の、ドス黒いオーラの様なモノが渦巻いていた。
『……テメェ………どこ狙ってやがる……』
「………だ、誰だ……テメェ……なんなんだ、テメェは…!」
グェネリロは目の前の男が、先程とはまるで別人の様な雰囲気になっている事に驚き、数歩、後ろへと引き下がる。
グェネリロは焦り予備の短刀を投げ付けるが、センヤの発する黒いオーラに触れた時点で、その短刀は速さを失い地へと落ちた。
「バ………化け物が…!!」
絡まっていたグェネリロのワイヤーもブチブチと千切れ、センヤは剣を持ちながらゆっくりと1歩、また1歩とグェネリロの元へと進んでいく。
『………あまり我を嘗めるな………人間ッ!!』
ザンッッッッッ!!!!
常人が目で捉える事は不可能な速度で細身の剣を振るい、グェネリロの胴を真っ二つに両断する。
余りにも鋭すぎる切り口は本人に切られた事すら知覚させなかった。
徐々にグェネリロの首がズレ始める。
やがて首は肩を伝い、地へと転がり落ちた。
「ハァ………ハァ………ハァ………」
センヤから黒いオーラが消え、雰囲気が普段通りに戻る。
しかし、センヤは今、自身が先程抱いた思いが肥大化し、『内なるモノ』と共に全身を飲み込んだように感じた。
(なんだ………今のは、俺は今…何をしていた?)
「……よう、吸血鬼の兄ちゃん。派手にやったな」
煙草を吹かしながら、ファテナがゆっくりと歩み寄ってきた。
「…ファテナさん…」
センヤは膝から崩れ落ちる。
実感、そして記憶は無かったが、心には自分の意思で人を殺してしまった、という事実が重くのしかかっていた。
「…すまん。アタシ達も別件があってな…。下手に兄ちゃんの邪魔も出来なかった。怪我した子は今、聖騎士軍の救護部に診させてる。兄ちゃんが殺さなかった連中は全員纏めて裁かれる。その点は感謝してるよ」
ファテナはセンヤの背中を手のひらで軽く叩く。
「それとな、兄ちゃん。グェネリロ達はこの辺りで好き放題しててな。規模が大きくてアタシ達も中々手が出せなかったんだ。一応賞金首にもなってるから殺しも不問だよ。気にすんな」
ファテナの人の良さに、センヤは軍長殺しの事を、黙っているのが申し訳なくなった。
「…ファテナさん、もう知っているかもしれないが…俺は貴方たち聖騎士軍の軍長を殺めてしまった。決して殺すつもりは無かったんだが、剣を受けようとした弾みで……」
「…あぁ、実はな、アタシが兄ちゃんと初めて会った時には既に情報は入ってたんだ。アイツはグェネリロの一味と繋がってたからな。こっちが掴もうとしてた、違法な金貸し業の証拠の事も横流ししてたみたいでさ。少し泳がせてたんだ」
「だがこれ以上情報を流されると困るんで、城の巡回を命じてたんだが…ま、これも運命かね。兄ちゃんは本来なら、即捕縛から重い量刑が課されるが、相手は犯罪者だ。恐らくはそれなりの罰金刑辺りかな。これが軍長じゃなかったら一発アウト。アタシらは兄ちゃんを地の果てまで追い掛けるさ」
聖騎士軍たちは負傷したグェネリロの部下たちを担架で運んでいく。
それを遠目に見るファテナの表情が、重苦しいものへと急変する。
「……動揺してる時に申し訳ないが1つ、兄ちゃんに警告しとく事がある」
これは、相当悪い知らせのようだった。
とても言いにくそうな感じだったが、ここまで言ったからには言わなければならないな、という表情をしていた。
「……そろそろ『勇者』が聞き付ける頃だ。アイツは地獄耳だからな…もし奴を相手にするなら、兄ちゃんの優しさ、甘さは命取りになる」
〜魔王統治領域・グァンダレラ大陸〜
「スキル『武神の咆哮』…これで貴方達の武器は暫くの間、壊れる事も刃こぼれする事も無くなりました」
既に廃村となった村に、熟練の兵たち10人×5の部隊を率いる者がいた。
兵たちは、自身らを率いる者へ向け、各々が武器を掲げていた。
その者のみ、武器である大きな剣を背中の真っ白な鞘に仕舞い、兵たちの武器へ『何か』を施しているようであった。
「おお!流石は勇者様!ありがとうございます!」
勇者と呼ばれた兵を率いし者は、にこやかな笑みを浮かべる。
頭の中心から白、銀、金のグラデーションのある髪を腰まで伸ばしており、女性の様な見た目ではあるが、彼は立派な男である。
「しかし不思議な物だ…魔法ですらあの領域には至る事が出来ない。勇者様、そして限られた『転生者』と呼ばれる者が使える『スキル』という代物……」
「どうやったかは分からないが『スキル』を身に付けたのは最近らしい。だがな、俺が気になるのは専ら別の事だ……」
兵士の男は、人目を気にしながら小声で話し始める。
話を聞いていた男も、訝しげな表情を浮かべながら顔を寄せた。
「これは一部の連中だけが話してる密かな噂なんだが…あの方は18代目の勇者様、という事になっているよな?…だがな、違うんだ、あの勇者様は千年前、実際に魔王と吸血鬼を倒した本人…らしい」
「は?人間がそこまで生きれる筈無いだろ……」
「じゃあよ、お前、勇者様の伴侶、両親、子供……見た事あんのか?」
「………」
男は押し黙る。
そう、確かに見た事が無い。
魔王が蘇ったのもつい最近の話で、今の今まで勇者の血族を隠して育てる意味なんて無い筈だ。
魔王が蘇るまで千年間もあった。
その間、勇者の家族が出たという事も聞かないし、世界を救った英雄の血族が結婚をするなら、多少なりとも民へ伝わるだろう。
…背筋に寒気を覚えた男は、別の話題を振る事にした。
「………そっ、そういえばダチから聞いた話なんだがな、吸血鬼が復活したんだってよ。聖騎士軍の軍長が真っ二つに切り殺されたらしい。あの城の壁に埋め込まれた棺桶も偽物じゃなかったんだな」
「…ハァ?ありゃ偽モンに決まってんじゃねぇか。あそこに行く連中は『限りなく一般人に近い聖騎士軍』って言われるレベルだぞ。んな奴らが吸血鬼に会ったら全滅だろうが。んな話なんて届いてねーよ」
「吸血鬼…………?」
話し込む男たちの元へ勇者が歩いてくる。
どうやら吸血鬼の話が気になったようだ。
「吸血鬼がどうかしましたか?」
「ゆ、勇者様!あっ、いえ、これはまだ噂話でして…実際に確証がある訳ではないんですが……なんでも、吸血鬼が蘇ったそうで」
男はしどろもどろになりながら、噂話を勇者へと話した。
こんな与太話を勇者に話すのも、申し訳ないし、何よりも勇者に失礼だ。
「そうですか。じゃあ念の為に行ってきます。噂だとしても見過ごせませんしね。脅威は減らしておくべきです」
「えっ!?勇者様!それではここは…!?」
「任せましたよ。何、村の周りには『護神の慈悲』を掛けておきました。魔物には見つかりません。今日はここで泊まるといい」
勇者はスキルを使い、雲一つ無い夜空へと飛び去ってしまった。
「勇者様も何か…雰囲気が怖ぇーよな…」
「あぁ…なんつーか…人と話してるって気がしねぇ。マジであの噂は本当かもな…」
勇者は、自身を不気味に思う男たちの事など知りもせず、雲一つない星空を飛び、大きな月明かりに照らされていた。
その表情は楽しげでもあったが、どこか暗い影をも感じさせた。
「千年…か。君は今の私を見てどう思うだろうか。……王よ」
目指すは千年前、勇者と吸血鬼が命を掛けて戦った城の在る土地、城主である、吸血鬼の王の名を冠した大陸。
デュラハルド大陸。




