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魔物資源活用機構  作者: Ichen
三度目の最終戦
3216/3222

3216. 棘の梯子・しんゆう

☆前回までの流れ

フォラヴが死んだとドルドレンは聞いて、その頃、魔界繋がりで戦っていたタンクラッドたちも不利に陥っていました。オーリンは負傷し、シャンガマックも魔力が減り、獅子は倒れ、センダラは初めて妖精の姿をとって、彼らを助け・・・

今回は、ヨライデの崖上、サブパメントゥから始まります。

 

 魔界繋ぎの戦場が、危険へ傾いている時。外では、サブパメントゥの棘が地面から離れ―――



 ザハージャングが過去に落とした棘を、世界各地で集め続けたサブパメントゥの集団は、今、ヨライデの崖上に運んだこれらが、浮かび始めた光景に歓喜する。


 騒めくも人間と違い、音は限りなく低い種族だが、それぞれの意思疎通では大騒ぎに近い状態。興奮で姿を保てず、伸びたり消えたりする者もあり、それを横目に『呼び声』は馬鹿々々しそうに首を傾げた。


『当然のことが起きているだけだ。これから挑むのに、無駄に力を使うな』


 太い首を左右へ傾け、虚ろな紺色の目で荒天を見上げる。あの向こう。あの雲の上に。龍共がのさばっている。


 音として生まれた『呼び声』は、親たちが遺した宿命を全身で感じながら、突き動かされて戦歌を繰り返す。

 この言葉を理解する者はおらず、同じサブパメントゥでも意味を掴んでいない。誰もが、遥か昔に聴いた歌。存在に染みこんで抜けない音。


 それだけ濃く残るものでも、この日になるまで使えなかった。今、コルステインさえ反応を起こしたのは、『今日がその日』だからだ。


 話しかけるように静かな歌は、ごうごう吹く風の隙間を縫って同族へ流れ込む。



 ミット スロットゥエ サーブパメン

 ウォルテミネグ ウンドゥ サーブパメン

 ミンヴァィエド イーニガ ブロニエ


 ディーブリェネン マーニュレネン ソンヘッケルウンドゥ ジョディグ

 ドラギソン スティージャール ヒムネ ラオスルッキ シェルネットバ 

 ドラギナネグ デンスコール メッガ ベクトゥ 

 テレンイルーニァ


 空を仰ぐ『呼び声』の歌は、風に関係なく、ゆっくり浮かんだ大量の棘も支える。斜めや縦に浮いた棘は、少しずつ向きを変えて水平に。階段の蹴上(けあげ)準備は、残党サブパメントゥを一層鼓舞させた。



 この場に揃ったコルステインもまた、次々に浮かぶ黒ずんだ棘を呆然と見ていた。


 霧の形で地上へ出たものの、今は人の姿で翼を畳み、風雨の叩きつける崖の端に立つ。コルステインを濡らすことは出来ないが、長い月光色の髪を躍らせる風は、宿命に煽るよう。


 意識がうまく働かず・・・でも、喜ぶ集団の感覚も理解出来ず。サブパメントゥを守ってきた最強は、腑抜け同様で突っ立っているだけ。


 その精気も憎しみもない顔を、反逆のサブパメントゥたちはどう思うか。それも大した影響はない。


 他の者にとって、コルステインは『いれば良い』存在。

 誰より強力で、サブパメントゥ広しといえど叶う者がいないので、こちらの味方に付いたなら好都合としか。


 嘘を吐けない種族だけに、そして、つい数時間前まで味(・)方(・)殺(・)し(・)をしていただけに、皮肉ではあるが、味方を殺すほど止めたがっていたコルステインが寝返ったのは、それこそ、意思を持たないザハージャングの従う様と同じ扱いだった。


 コルステインは、頭が足りない。裏があるわけもない。この日に集ったのは種族の頂点として初心・・・本能に戻り、いわば当然の結果と認めるところ。

 率いて空取りへ挑むのがコルステインでも、それはそれで構わない。コルステインが、龍の相手になるなら、尚良い―――



 ザハージャングにしろ、コルステインにしろ、反逆のサブパメントゥには『武器』以上にも以下にも思えない、ただの道具。


 武器として前に出されることを、コルステインが理解しているかと言うと、それは無かった。ここにいることすら、何故なのか分かっていない・・・ 今、何が起きているのかも。


 ぼんやりと、掌握された意識を傍観する具合で、ただただ、嵐の風に舞う髪に絡まれなる地下の最強は、ず(・)っ(・)と(・)遠(・)く(・)か(・)ら(・)聴(・)こ(・)え(・)る(・)話(・)を流していた。


 誰もそれを知らないが―― 崖上に足を止めたコルステインの魂に、語りかけているのは、『闇を飛ぶ翼』を、旅の始まりに送り出した精霊(※734話参照)。無反応で心許ない状態に陥っても、純粋なサブパメントゥに、これから何をすべきか教え続ける。



『コルステイン。お前が・・・ 』


 丁寧に、子に言うように、本当のお前を知っているよと、お前は強い子なんだから、と精霊は根気良く説き、放心のサブパメントゥを導く。助(・)け(・)る(・)わ(・)け(・)で(・)は(・)な(・)い(・)、その内容だが。



 そうしている内に、梯子を思わせる浮かび方の棘が、揺ら付きながら段を成し、一本、また一本と、あちこちで間隔をあけて高さを作り始めた。大量に集めたと言っても、ここにある分で空へ届く期待はないが、そこは棘の主―― ザハージャングが来れば楽に解決すること。

 ジワジワと空への道が実現する様子は、古代サブパメントゥを昂らせる。



『コルステイン、覚えてる?昔に』


 精霊が小さな記憶を手繰る声。コルステインは理解どころか、語られる声も風と似て、意識自体が飛んでしまっている。純粋な存在だから、こうなるともう少し工夫が必要かもと、精霊は考えた。


 精霊としては、努力した全てを見ているので、救いにはならなくてもコルステインの意思が最後まで自身のものであるように、導いてやりたい。

 望まぬ服従の内にある今、サブパメントゥの挑戦が開始したら、否応なしに前へ出るのは言わずもがな。


 でも、意思が戻れば。コルステインは空を取る輩と共に行動する羽目になっても、きっとす(・)べ(・)き(・)こ(・)と(・)を選ぶだろう。それはコルステインの最後の尊重でもある。



 ふと、精霊は気づく。

 この純粋で強力なサブパメントゥの心に、ちらっと掠った思い出を。

 その思い出は、本当にささやかではあったが、コルステインが大切にしているからこそ、呼び掛けに反応しているのだと分かった。

 誰の声も届きそうにない状態で、消え入りかけた自己のもがきのように。たった一つの、未練の如く。心残りはこれだけとばかりに。


 遥か昔の思い出かと、思いきや―――


 考えた精霊が、どこまで行なって良いか確認し、コルステインへの呼びかけを止めて・・・少ししてから。コルステインは、聴こえた音に瞬きした。



『おい』


 ぱちっと、大きな目の瞼が上がる。ぱち、ぱちと、長い月光色の睫毛が動き、空耳のような音を探す。さっと顔を動かしたコルステインに、遠くから見守る精霊は微笑んだ。『もう少し話して』と、隣にいる黒いダルナへ頼む。


『おい、俺だよ。分かるか。スヴァウティヤッシュだ』


『スヴァウティヤッシュ』


 あっさり戻った、コルステインの意識。精霊は可笑しそうに苦笑して、黒いダルナも少し笑った。


『どこ?どこ。スヴァウティ』


『遠いんだ。話がある』


『どこ。行く』


『近付けない。分かってくれ。それでな、急ぎだ。聞いてくれ』


『何』


 ずっとずっと気にしていた、仲良くなった友達のダルナの声に、コルステインは自分を取り戻す。


 会いたかったダルナ。言い訳したかったダルナ。自分と同じくらい強く、一緒に戦ってくれて、一緒に進んだダルナの頼みに、コルステインの目が光った。


『いいか、コルステイン。これから辛いだろう。でも、お前はお前だ。龍を攻撃しても、本当はイヤだって分かってる』


『サブパメントゥ。コルステイン。イヤ。出来る。無い』


 自分がサブパメントゥだから、嫌でも抵抗できないと伝えた答えに、遠く離れた黒いダルナは頷きながら、いつもの調子で教える。


『コルステインは、俺の声に気づいたじゃないか。サブパメントゥより、俺を選んだ。お前は大丈夫だ』


 言ってる意味が難しくて、コルステインが止まる。スヴァウティヤッシュの横で、精霊が平易化した表現を促し、黒いダルナがもう一度繰り返すと、コルステインの涙が落ちる。


『大丈夫だ。だから、何しても俺はお前を嫌いにならないよ』


『どこ。いる。あう。する。もう。無い。終わり。来る』


 サブパメントゥが終わる前に会いたいと頼むコルステインの心が、スヴァウティヤッシュを切なくする。精霊をちらと見ると、精霊は小さく横に首を振り、コルステインたちごとサブパメントゥが排除されることを理解した。ここで言い返しても何もならないし、今は繋がった時間を守ることに決め、黒いダルナは息を吸い込み、簡潔に思いを届ける。


『なぁ。俺が見つけるから大丈夫だ。コルステインがどこに行っても。探す。見つける。次は一緒にいら』


『どこ。スヴァウティヤッシュ。今。どこ。する』


『コルステイン。俺も会いたいよ。俺の友達だ』


『ともだち』


『もっと仲がいいよな。特別だ。親友っていうんだ。特別な友達だから』


『しんゆう。コルステイン。スヴァウティヤッシュ。しんゆう?』


『そうだ。絶対に見つけるよ。約束する』


 姿の見えないダルナの一言一言が、コルステインの涙の一粒一粒に変わり、ボロボロと大きな涙が落ちては、地表に届く前に霧散する。


『お前は、俺の大事な親友だから、何したって気にするな。戦うんだろ?誰と戦っても良い。イーアンたちでも大丈夫だ。イーアンもお前が大事だし』


『いや。イーアン。戦う。イヤ』


『分かってる。でも、もし戦っても、イーアンもお前を好きなままだ。絶対そうだ』


 側にいたら、撫でてやれるのに。スヴァウティヤッシュも胸が苦しい。コルステインは黙り、考えているのか泣いているのか、慕う気持ちがダルナに向けられ、精霊もダルナも、これ以上言えることはない。



 精霊はダルナに礼を告げ、『あとは待ちなさい』と告げて離れる。

 コルステインを正気にした存在が、異界の精霊ダルナとは思わなかった。長く尽力したコルステインのため、黒いダルナを自由にしてやりたいところだけど・・・


『今の状況。外へ出られるダルナは一(・)頭(・)』


 そのダルナはもう、決まっている。これは変更できない。じきにこちらの世界へ回され、姿を現すだろう。



 ダルナとの会話が、中途半端に終わってしまったコルステインは、再び話しかけた精霊に『会わせてくれ』と訴えた。

 だが、精霊の目的は既に済んだ。コルステインの正気を取り戻し、最後まで自分であるよう伝えたら、起こした目的は果たしている。聞き分けのないサブパメントゥを宥め、精霊は去った。



 雨が飛び散る風。嵐の暗さにあっても、夜の闇ではない明度で、サブパメントゥのコルステインは、来た時と同じように立っていたが、その目には光が宿る。


 相変わらず、こびりつく歌が近くから聞こえていたし、気を緩めるとまた乗っ取られかけるのだが、それでも、気がかりで仕方なかった黒いダルナと話せた後、やるべきことを見据えた。



『しんゆう』


 頭の中で繰り返す。教えてもらった、特別な友達のこと。

 繰り返しても、スヴァウティヤッシュからの返事はない。長い睫毛を下ろして、会えなかった寂しさを抱え、もう一度『しんゆう』と自分に言い聞かせた。



 *****



 空取りは、刻一刻と実現へ進んで――― 三本柱に異変が。


 ぐいっと体を捻じった動きは、見えない鎖を引っ張るように強く、骨だらけの銀色の双頭龍を奇妙な体勢にする。八本の手足をぎこちなく乱暴に振り、不意に、龍は解き放たれた。


 行って良いと。誰かが押し出したかのように。

お読みいただきありがとうございます。

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