3106. 二ヵ所目西部・『死霊の長』と血の祠情報・デオプソロ姉弟の件
二ヵ所目は先ほどの祠から、北部西へ向かう。
あちらは北部中心から見て南方面だった。西だと、海が見える低い地が多く、小さい山や丘陵地帯を道が抜ける。
「あった。何とも・・・ 」
見つけると同時に、眉根も寄る。こちらでも悪鬼溜まり状態で、見下ろすと黒々した地面が広がっていた。
何なのこれは、とうんざりして呟く女龍。動きが無い状態は一見して助かるが、考えてみたら力をつけているのだし、悪鬼が走ると大地がやられる。
ヨライデの国を壊す気なのか。地味に感じても、攻撃の質としては長期戦でたちが悪い。
人の生きていけない環境に変える=人間が減るので、ヨライデで蠢く魔物も悪鬼も侮れないところ・・・ 放っておいたら難儀するのが目に見えているし、イタチごっこであれ見つけ次第倒すのは、初めの頃と同じに思えた。
結局のところ、悪鬼増量を手伝う『血の祠』に手が出せないなら、こちらが必死に動くよりない。
地味で面倒臭い、解決手段も阻まれる問題。イーアンはとりあえず空から祠を探し、土手状に地面が上がる地帯の先に、黒い屋根を発見した。
木々は悪鬼のせいで枯れ、付いている葉すら茶色に変わった木々が、祠を囲んでいた。生命を失い、枯れ色に変化した木々の隙間、祠だけが力漲る状態など何とも憎たらしい。
悪鬼が来ると、こうなるのだ。
どっさり密集した黒い背中、異臭悪臭、奇妙な唸り声。これらの溜まるところ付近、緑色の植物が消える。土も汚れ、川の水は濁って腐ってしまう。
祠を壊せばいいはずが、そうもいかないイーアンは、仕方なしここでも龍の首に変えて応急対処をするだけ・・・ 牙の並ぶ口が向いた地面は急に明るくなる。祠の間近にはいないので、そちらを気にしつつ悪鬼の群れを消し切った。
「龍気で消毒も出来ますけれどね。私が消した後、龍気が触れた土は色が少し戻るから、消毒していそうですが、それこそ祠に影響したとか言われても」
言いそうなんだよあいつ~(※『原初の悪)とぼやきつつ、まだるっこしいことが嫌いなイーアンは、早く対決した方が大地のためとか、そんなことも思うけれど今はどうにも無理。
―――でもこれは、今、のこと。
想像しない力が解決へ運ぶのを知るのは、まだ少し先・・・・・
下方に目を凝らして飛ぶ時間、ビルガメスが心に浮かぶ。『原初の悪』の再登場前に、龍王を準備しないと――― 龍王が誕生したら、私はどうなるんだろう。
空から降りられないなんて、決戦前で他人事も行き過ぎである。そんなの冗談ではない。万が一を考慮したタイミングも考えるし、こうしている間に『原初の悪』が出てきたら間に合わないし。
決定しづらく悩みながら、ふと、イーアンは空中に止まった。それは悪鬼を見たからではなく、視界の端に揺れた煙一筋・・・ 龍王の悩みは意識から外される。
民家の煙では?と、すぐにそちらへ向かった。近づいて、家の煙突から煙が上がっていると分かり、降りようとして不意の気配に気づいた。
死霊の? ここで気配―――?
だが、見回した目が捉えたのは意外続きで、家の壁側にいる人物だった。全く動かないので分からなかったが、これはデオプソロ!とピンとくる。彼女は、午前の民家の塀に寄りかかっていた。
デオプソロを捕まえる発想はイーアンにないが・・・野放しも大丈夫なものかと懸念はある。そして民家の住人が、死霊に何をされているかは気になった。
でも死霊とコンタクト途中で保留にされた人間がいるのも聞いているので、外で様子見をすることにして変化を待つ。
死霊が、あの家にいるなら。住人は死ぬのだろうか?
交渉で死ぬのなら、世の理の一部として手を出す範囲ではない。闊歩する死霊の攻撃で人間は被害を受けるが、少なくともこの状況は違うくらいイーアンも分かった。
イーアンがじっと見ていた、数十分。
デオプソロも同じ場所から動かず、やはり彼女は『死霊の長を待っている』と決定づけた。なぜ生きた人間が、死霊と。魔導士の話で、彼女は守られた印象だったが、契約でもしたのか。
デオプソロの謎と悪鬼の増幅を、思い巡らしていた待ち時間は過ぎ―――
ふいに、生臭い風が吹く。顔を下に向けるが、風は背後から吹き付け、イーアンは振り返った。
少し離れて、筋肉剥き出しの身体、ぼろ布のクロークと長革靴、剣を帯びる男の姿が浮かぶ。ぐっと眉間に力が籠るイーアンだが、違和感もあった。
最初に会った時、『アソーネメシーの面』を持っていたけれど(※2743話参照)、今は持っている気配もない。死霊の気配だけとは。
「・・・いい度胸だ。私に姿を現すとは」
あの精霊を意識して、イーアンは龍気を高める。消しては、『原初の悪』にいちゃもん付けられかねない。ここは適当に押さえ込むかと思ったところで、ふざけた返事が戻った。
『気にしていたのは、俺じゃないよな?』
真っ赤な筋肉の死霊が、見かけと合わない声で訊く。細く吹く風に似た声を発する相手に、イーアンは顔を歪め『お前も倒してやる』と、自分の首に向けた親指を横一文字に引く。
『おお、蛮勇だ』
「侮辱は即行、消滅行きだぞ」
『消滅させると、悪鬼の行方に困らないか?』
急に挟まった、本題。スッと瞼半分下げたイーアンに、死霊の長は離れた祠へ顎をしゃくり『準備が始まったようだ』と言った。
「お前が私に教える気?そんな話を鵜呑みに」
『しても、悪くないと思うが』
こんなことを唐突に言い出した、死霊の魂胆さておき―――
死霊の長は、『原初の悪』から何を聞いたわけでもない。だがあの精霊が戻ってくるのは分かる。
ティヤーで死霊を従えた精霊が、ぱたりと消えた後、事情は変わったのだろう。
死霊は、あの精霊の手から外された様子。預かっていた『アソーネメシーの面』が消えた後。
外した経緯は分からない。ただ、無視されているのは伝わっていた。それを答えと判断したのは、悪鬼と祠が繋がり始めたからだった。
祠を通して、黒い精霊の意志を感じる。死霊は既に当てにされておらず、こちらに何も来ないまま。
石橋を叩くほどの慎重振りはないが、死霊の長は魔物に取り憑かせるのも控え、しばらくこの状況に手をつけず静観した。
死霊が動かなくても、幽鬼を呼び込んだ祠は、魔物と幽鬼を馴染ませる。それが今度は、悪鬼にも力を流しているので、もう死霊はお役御免と判断して良い。
分かりやすい裏切り行為などしなければ、放っておかれる・・・死霊は用済み。ティヤー戦で減ったのは、魔物だけではなく死霊もだった。数も質も下がったのが、手放された理由にも思えた。
あの時。世界は死霊を引きずり込み、使えるだけ使ったから(※2857話参照)。
こんな裏付けに納得を繰り返し、自分の役目を果たすだけの最小限で、動きを留めることにした。
黒い精霊を敵に回す行為は取らないが、状態維持は自分が龍にやられる立ち位置にあり、この要素を引っこ抜いておきたいところ。
俺が消えても、次の長は選ばれる。
消えることに執着などないが―― 執着ではないが。
塀の側にいる女を見ることなく、死霊の長は自分を睨む女龍へ『鵜呑みも悪くない』と少し口端を上げ、同じ言葉をなぞる。
『俺は死霊をまとめている。祠は、死霊と距離が出たようだ』
「遠回しに、『龍の攻撃対象じゃない』って言いたいわけだ」
『助かる理解だな』
「お前らを潰しても、私に問題なさそうだけどね」
『この世界に死霊はまだ必要だ。空の龍よ』
そういうことを言われると、まーそうねと思うイーアン。
ビルガメスも話していたので、深堀しない。それなら聞くだけ聞いておこうと、白い角の頭をぐらりと傾けた。
「話があるなら、聞いてやる」
『では、教えよう』
死霊の長は、自分の手を放れたことを強調し、幽鬼・悪鬼を使い始めた血の祠の起因も、事実の範囲で女龍に教えた。
イーアンにとって皮肉ではあったが、思い当たるのは『刺激を続けた合図』がきっかけで・・・それは、女龍が壊した森の祠から始まり、ヘズロンもそう。
血の祠と連動しているかは定かでなくても、所有物破壊や意図的な攻撃を、あの精霊が見逃しはしない。イーアンは自分たちの行為が『原初の悪』再始動を早めたらしいと、思わざるを得なかった。
早く龍王の準備をしないとならない・・・ 悩みは掠めたものの、今は向かい合う死霊に、イーアンは頷いた。
「死霊を、お前を攻撃する理由がない、と。敵ではないから?でも魔物についたり、人を襲ったら私たちに倒されるけどね」
『それで済むなら、敵視とは思わない』
ふーん・・・ アソーネメシーの遣いと胸張っていた奴だが。引き継ぎ前のアホに比べたら、この長は会話が出来るので、イーアンは相槌を数回して『覚えておく』と下を見た。そしてすぐ、指差す。
「あれは」
あれ、と人差し指が真下に向いた先、デオプソロの姿あり―――
死霊の長はイーアンから目を逸らさず『あれか』と静かに応じる。どう答えるにせよ・・・デオプソロに持った情は。
ちらっと見た女龍の鳶色の目は、威圧のように刺さる。早く言えと視線で答えを急かす女龍に、死霊の長は太い首を軽く回した。人間の魂の癖が、人間じみた間合いを作る。
「お前が知らないわけないよなぁ?死霊。あの女は、ティヤーのインチキ宗教の頭だった。弟は」
『イソロピアモは死んだ』
「何?」
『デオプソロの望んだ結果だ』
はたと、空気が固まる。思いがけない一言に疑いかけたが、死霊の長から感じ取る気配は、どことなく脆さを感じ・・・人間臭さというかそんな雰囲気に、イーアンは首を傾げた。
「話せ。お前が知っている話を。鵜呑みにしてやってもいい」
*****
デオプソロは自分の頭上――― 雲までの高さで、自分について話し合われているなど、つゆほども思わず。
いい加減、待ちくたびれて塀に付けていた背を起こすと、塀向こうを見た。板の隙間は指一本分はあり、家と庭、それと玄関や窓もはっきり覗ける。
死霊の長が玄関を出るわけではなくても、何となく戸口へ視線は彷徨い、また顔を戻して大きな息を吐き出した。毎日毎日・・・休みがある仕事ではないけれど。
ヨライデ中を飛び回って、人の住まいを巡る意味は何か。ちゃんと聞いたこともないし、死霊の都合に首を突っ込むのも違うのだが。
「でも。長いわ。私はすることもなく、起きてから寝るまであちこちへ連れて行かれるだけ。独りになったら危険と思って、同行をお願いしているけど。ふー・・・ 」
簡単に言えば『退屈』。非生産的、消化するだけの日々。生き残って、死霊の長という心強い同伴者が、不安定な世界の行く末で守ってくれるけど。
刺青だらけの手の甲を額に当て、目を閉じた女は『贅沢を言う気はない』と自分に言い訳するように呟いた。もう少し、目的のある時間を過ごせたら・・・ こう思うのは決して贅沢ではない、と―――
腕組みして宙に浮かぶ女龍は、長い尾をゆらゆら左右に行きつ戻りつ、話を聞き終わる。
「お前の仕事とやら、何してるかどうでもいいけど。それで毎日デオプソロ連れて、ヨライデ回ってるだけが最近、と」
『あの女が身の安全のために一人を嫌がって、無理やりついてきている。捨てて良いなら捨てる』
ふーん。パッとしない言い方に、女龍も突っ込みはしないが・・・ 変なの、と感じるところ。
でもこれは本題ではない。ちょっと地上を見て、待ち惚けに飽きたらしい女のそわそわする様子に、『暇そう』と他意ない感想がこぼれた。
目が合った死霊の長は、解せないように『暇だろうが何だろうが、俺の知ったことではない』と言い返す。
この反応も何だかちぐはぐな印象で、イーアンは肩を竦めた。そして脱線を戻し、もう一つ大事なことを、この際だから聞き出す。
「イソロピアモは死んだ。それは確実か?」
『死霊が魂を抜いて、確実以外はないだろうに』
どことなくふざけた余裕が気になるものの、死霊の長の話は今回に限り密度が高く、貴重な内容である。
『血の祠』は悪鬼に鞍替え、『原初の悪』は死霊を手放し、イソロピアモはついこの前死んだばかり。
そして、イソロピアモを殺すと願ったのは姉のデオプソロで、鉢合わせた場でデオプソロの代わり、力を貸した死霊・・・デオプソロは、自分の魂と引き換えに契約したそうな。
尤もらしい流れではあるが、イーアンはそれ以外の要素も感じた。それはともかく。
死霊の長を通じて聞いた情報は、つい他のことも質問したくなるが、死霊は死霊。訊いたところで範囲外に通じている気もしない。
そう。逆を言ってみれば、範囲内なら通じる質問がある。
「お前に一つ質問だ。これも、鵜呑みにしてやってもいい」
『高飛車な・・・イーアンは』
「私の名前を軽々しく呼ぶな。ちっ」
イヤそうに舌打ちする女龍に黙る、死霊の長。
どこまで態度が悪いのか・・・生意気な女に、性根の癖が疼く。こんな強気で生意気な女を追いかけたくなる衝動がある、が。
相手が相手。軽く鼻で笑って『質問は』と問い返した。これが、聞かなければ良かったと思う一瞬を跨ぐ。
イーアンは腕組みしてふんぞり返った姿勢で、事も無げ、こう言った。
「お前は、『憐みの刃』に従うのか?」
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