3105. ダルナの絆・『血の祠』悪鬼溜まり
アイエラダハッドの湖奥。潜った門の向こうに広がる書庫、イーアンの城・・・に入ったあと。思いがけない言葉をダルナから聞き、すぐに出発するつもりが出来なくなった。
「ちょ・・・ちょっと、待ってて下さい。ここにいる分には大丈夫だと思うから、出ないで」
出ないよと、軽く尻尾を揺らしたレイカルシに頷いて、イーアンは急いで御堂へ駆け込み階段を降りた。
降りて即、青い布アウマンネルに『今の!今の、どういうことです』と布を引っ張る。
「私のところにいれば、連れて行かれる心配はない、って仰いましたよね。彼らにやり過ぎな仕事は頼んでいないと思うのですが、なぜ」
『落ち着くように。イーアン』
「落ち着いていますよ!(?)ですけど、こんな急に・・・何かあったからでしょう?また予定変更で」
イーアン、とほんわり光る青い布に制されて、女龍は引っ張った布に黙る。
だって。いきなり、そんな。レイカルシとイデュが呼ばれたなんて話に、焦らずにいられるわけがない。
―――どう呼ばれたか。
頭に届いただけの『来い』のメッセージ、それはイングだったと、二頭は口を揃えた。
自分たちがどこにいるのか、それはイングが知っている様子でもなく、ただ呼びかけられた雰囲気を持っていたが、二頭は『行くべきだ』と判断していた―――
「アウマンネル。外へ出たら、レイカルシたちは。ええっとその前に、ホントかどうかも分からないなら出せませんし。だけどイングの声らしいから・・・頭の中で誰それの声と分かる要素があるかは不審でも」
『イーアン、少し落ち着いて下さい』
「教えて下さい。落ち着くから」
掛け合いのようだが、アウマンネルにも言えないことはある。伝えられる内容を選ぶのだが、イーアンは動揺しており、どうして何でと焦っているため、仕方なし大まかに教えてあげることにした。
『奪われるわけではない。二頭には行くべき場所があるだけのこと』
「イングたちも同じではありませんか。ここにいる彼ら以外は、皆一度に連れて行かれて」
『あなたは女龍です、イーアン。異界の精霊があなたを慕うのは、多くの精霊も知ります。信じて送り出しても大丈夫です』
悪いようにはならないのを、アウマンネルは前置きで強めるが、女龍はそれすら『諦めろ』に聴こえる。
「・・・だって。それは」
『うーむ。彼らは今から、この世界の精霊と話します。全員揃っていた方が良い』
「話す?揃う?今から?え!」
ここまでしか言えないと、青い布は光を落とし、慌てたイーアンは『待って、教えて下さい、アウマンネル?もうちょっと話して!』と叫んだが、だんまりを通された。
愕然――― アウマンネルの言った『今から精霊と話すために全員が揃う』ことを考える。
「それは。イングが呼んだなら。もしや。イングのことだから・・・・・ 直談判するんだろうか。異界の精霊を皆集めて、出たいと精霊に訴えるのか」
やりそう、と布から離した両手に顔を突っ伏し、イーアンは悩む。
いつ出られるか知れない場所で『まんじりともせず待機で過ごす』をイングが選ばないのは想像できる。
ただ、彼は強引ではないから、準備や状態を見て動くだろう。この呼びかけは、イングの見計らった時期なのか。少しの期間、状況を見つめてからの実行。イングだけの決定ではないはずで、満場一致なら。
「イング~・・・(悩)」
この動きのせいで待機が長引いたら、それこそ困るでしょうに~と、呻くイーアン。
「うう、ダルナの忠義というか。タンクラッド曰く、ただの習性(※正論)だけど。こんな土壇場で、何しようとしているの。今日、今、レイカルシたちの手が必要なのに・・・ 」
アウマンネルが教えたということは、現実に生じる。つまりもう。イングは精霊に、交渉を頼んだ後である。
失敗する可能性が高過ぎて、泣きたくなるイーアン。大人しくしていてほしかった。今日のタイミングで、なぜこうなるのか。
どーすりゃいいのよーと嘆きつつ・・・表に待たせる二頭の元へすごすごと戻るよりなく、そして、しおしおと出発を許可した。
ものすごく落胆している女龍に、レイカルシは心配する。『行くのやめようか』と言いかけて、イデュに尻尾をつつかれて口ごもった。
「レイカルシ。出るぞ」
「・・・そうだけど、イーアンが」
「ううううう~ 辛い~」
正直に本音を漏らす女龍が可哀想で、レイカルシは小さな女龍を両手に持ち上げると、垂れ目がさらに垂れているイーアンに同情。
「ごめんね。俺たちだけでも、イーアンの力になれたら良かったんだが」
「いつでも力になって下さっていました。だから、送り出すのがキビシイ。でも行かないといけないのも・・・分かるから」
心の中でイングに『なぜ今』と訴える女龍だが、もう進んでしまった展開となれば、ここで二頭を引き留めてはイングたちの不利になる。
心底惜しそうに『行ってらっしゃい』を喉から絞り出すイーアンに、イデュもレイカルシもすまなくなるが、女龍は二頭を連れて書庫の世界を出た。
ぎゅっと抱きしめたレイカルシに『またすぐ戻ってくる』と言われ、本気で頼むよと心で叫ぶ・・・のみ。
下手したら、世界が終わっても出られないかもしれないのだ。彼らがどこかへ飛ばされるのも、このどんでん返しだらけの世界決定で有り得ない話じゃない。
「帰ってきて。ものすごく待ってます」
「ああ、行きにくいなぁ。そんなに悲しそうな顔しないで。これ、俺だと思って持っていて」
行っておいでという割に、ひっしとしがみつく女龍に同情しかないので、赤いダルナはお花を渡す。一輪の白い花を受け取り、力なく頷いたイーアンは彼を離した。
じっと見ていたイデュの横に行き、その茶色い硬い鱗を撫でて『すぐ会えますように』と願掛けする。
願掛けされる側の女龍なのだが、どこに祈っていいか不明な今は、とにかく彼らの無事な戻りを祈願するしかない。
こうして、名残惜しいダルナとの別れ―――
急な、唐突過ぎた、離れる日の訪れ。湖上に浮かんだ二頭は、瞬きすら惜しんで見つめる悲しそうな女龍に『また』と声をかけて、薄く透けながら消えた。
*****
イーアンは一人でヨライデに戻る。今日から暫く一人で・・・ いや、『暫く』どころかずっとかもしれない。そう思うと沈んだ。
「レイカルシ、イデュ。あなた方がいてくれて、心強かった。いなくなると一層身に染みます」
一輪の花を落とさないように腰袋に入れて、イーアンは高い空からどこともなし、さらに遠くの空へ視線を投げる。
この空とまた違う別の空間に、彼らは閉ざされている。一枚壁を挟んだパラレルワールドかもしれないし、時空が捻じれた複雑な空間かもしれない。トポロジーみたいに、繋がっているのに出会えずすれ違う互いの世界を、私と皆は行き来しているかもしれず。
「どこにいるんだろう。でも、精霊が預かってくれているから、安全なはずなのよ。イング、交渉なんかしなくてもいつかは会えるよう・・・きっと、設定されていただろうに」
保険も保証もない世界に何を言ってるんだろう。だけど、引き離されて二度と会えないとは、思い難かった。
イングの話では、ここの精霊に願って飛び込んだ世界。始祖の龍から始まって、壁の絵として長い時を超え、彼らは現代に蘇った。そして妖精の女王は夢で言ってくれた。
『あなたによって、存続の機会を得るのは、何も不思議ではない』―――(※2106話参照)
あれを信じている。きっと大丈夫。私と異界の精霊は、繋がるべくして繋がった。そう信じているから、このまま終わることはない。
「そう、思うのです。イング・・・ でもあなたは、私の側にいようとするんですよね。ダルナは皆、そう・・・ 」
ふと、トゥもそうかと思った。広い広い空に渡る陽光は、雲の層を白く縁どり、風は強く、走る雲間に銀色の光が散るのを見て、あの巨大なダルナもまた、タンクラッドに会いたがっているのを考える。
「トゥは、イングよりもっと我が強い。彼がここまで行動を起こさずにいたのであれば、それは彼に、非常に不利だからでは・・・ 」
想像は落ち込む方へ転がる。トゥが我慢したくらいの条件に於いて、イングは直談判を試みたということか。周囲を顧みないわけではないだろうけど、ダルナ共通の習性『従う相手から離れない』それは、損得勘定抜きに働く。
ダルナの絆は、仲間内に留まらない。それは、忠誠を誓った相手との絆も。
ヨライデの空に浮かぶイーアンは、複雑な心を抱えて溜息を吐くと、静かに降下して、北部の調査に向かった。北部の海側にある、あの城を気にしながら、シャンガマックが教えてくれた危険な祠を探す。
*****
残っていた二頭のダルナも失い、イーアンは気持ちが凹んだまま『血の祠』を探した。
以前は、悪鬼が動物の群れであったことから、よく見かける場所も大体見当がついたのだが、もうそれは通用しない。人間の住まいも通過する悪鬼であれ、現状、人々は極端に減っているので、民家を目安にするのも違う。
血の祠経由で増幅する悪鬼・・・ シャンガマックたちは、魔物は倒していないようだった。そういえばと、低空飛行でイーアンは下方を見渡す。
「魔物がめっきり。いないことはないだろうけれど、見えない」
どこかに集められているのかもしれない。悪鬼が増えたから?『血の祠』と分担した想像もあるが、『原初の悪』が動いていなくても、そんな風に魔物の肩を持つのだろうか。
「最終的には、女龍の足を引っ張る『原初の悪』と、ドルドレンの対決する『魔物の王』が敵なのだから、手を組んでも不思議ではないけど」
それにしても、死霊も減った。幽鬼はこの前から、度々魔物と混ざっているが、死霊も魔物同様で見かける率が下がっている。
「死霊、か。デオプソロが死霊の長と行動しているみたいだから、それも関係あるのかしら」
魔導士もそう話していたし(※2947話参照)、モデス村でも二人が一緒だったのをドルドレンたちは見ている(※3013話参照)・・・・・
考えながらゆっくりと、シャンガマックが教えてくれた場所へ近づくイーアンは、風景の特徴と方角で大まかなアタリをつけていたが、不意に悪鬼の気配を掴む。こっちか、と急いで降りると、大当たりだった。
増えすぎた、と思った時もあったけれど。それの比ではない。
「何これ」
溜まる習性も聞いている。一ヵ所に溜まって動かなくなるとか何とか。回復しているのか、栄養でも取っているのか、とにかく動かずにいる時もある話だが、眼下の光景はまさにそうだった。そして端の方にあの祠の屋根が見える。
平地続きの終わり、川を跨いだ先は低い崖となって段差があり、その段差に黒ずんだ密集が見えた。崖下は窪地の具合で遠くまで斜面が続く。崖の凹凸に隠れたところに、あの祠独特の黒い屋根が、太陽の光を照り返している。
女龍が側に降りるや、悪鬼の群れが動き出した。逃げるのか、攻撃するのか。そんな暇は要らないので、イーアンは龍の首に変えて、黒い地面を掻き消すのみ。
くわっと開けた龍の口は、何の音も立てずに悪鬼を消し去った。黒いシートをペロッと剥がすように、呆気なくそれは終わる。
ただここで解決はしない。倒すだけなら簡単だが、また増える。崖からややはみ出す黒い屋根に、イーアンは視線を据えた。
「どうしましょうね。シャンガマックは、刺激しない方を選んだけれど」
ホーミットに止められた彼は、魔法を近くで使うのも気遣ったのだ。振動、魔力。魔力の放出状態で魔物が集まるヨライデなので、一々考えないとならないのは確か。
「このことか。川が出ている意味は」
祠付近、悪鬼の消えた地面の一部に目を凝らす。
実は、イーアンの目に映らない。だが蜃気楼に似た揺れる空気が一部集中しているので、それは分かる。
実際に視覚で捉えているのではなく、気配として受け取っているのだが、蛇行する蜃気楼状態は、恐らく、見える人には川なのかもしれないとイーアンは思った。それはさておき、対処に悩む。
「何も思いつかない。鱗や結界で龍の痕跡を残すことも出来ないし。それこそ刺激ですよ」
参ったなーと黒い巻き毛をわしわし掻く女龍は、一先ず、悪鬼を一頭残さず消しておくことは肝に銘じる。この場には残っていないと思うが、確認のために祠へ近寄らないよう飛んで調べた。
「少しくらいなら近くへ行っても問題ないのは、これまでの経験で知っているけれど。悪鬼待ちにさえ思える誘導の川が出ているとなると、龍に反応するかもしれない」
気を付けて通巻きに、盆地の空を丁寧に飛行し、どこからも悪鬼の気配がしないので、イーアンは次へ向かった。
シャンガマックたちがしこたま倒した後でも、あれだけの量が屯している。まだ数時間ほどしか経っていないものが。
「ホーミットが、どれくらい消したかにも依りますね。彼らは地上戦だから」
獅子の一括削除も相当な威力がある。それでも地上から消すのと、空から消すのでは差が生まれるので、見えない所に潜んでいた悪鬼が増えたとも思えた。
もう一ヵ所の教えてもらった先へ移動する。途中、魔物がいないのを気にしつつ・・・イーアンは別の、意外な相手に会う。
独り言で上った名が、目的地にいるとは。
お読みいただき有難うございます。




