小話・罰として…
小話一つ目。
ご指摘がたくさんあったため、大急ぎで書き上げました。が、まだ甘いかもしれません…
側近のトリストと、彼の妹であり自分の元恋人のリリシアナを、フェルディアドは執務室に呼び出した。ここに呼ぶとまた勘違いをさせるかとも思ったが、トリストの叱責があったからかリリシアナはここしばらく、昔ほど目に余る行動はしていないので大丈夫だろう。
「さぁ、最後の我が儘は聞いてやったぞ。地方視察に付いて行きたいなどと、本来なら許されないことだ。なぁ、トリスト?」
「はい…陛下の、妹への寛大なご配慮に感謝致します。」
リリシアナは唇を噛みしめ、うつむいたままだ。国王の前では、自分の身分では許可がなければ発言できないことを学んだようである。
これまでの王妃リシュエールやフェルディアドへの不敬を考えると、これは甘いというのはフェルディアドも自覚していた。
しかし、結婚後もずるずると恋人関係を続けたままだったのは、フェルディアドも悪い。今までの不敬を許していたのも、すべてフェルディアドだ。彼女のみを責めるのは違うと思って───すべてはフェルディアドの不甲斐なさ、愚かさが招いたことなので───せめてあと一つ仕事をしたいという我が儘を聞いたのだった。
「リリシアナ嬢、地方視察では災難だったな。」
テレリア公国との一件の際に、リリシアナは一時だが人質になってしまった。もちろんすぐに助け出されたが、騎士という身分を賜っている者としては情けないことこの上ない。彼女がそう思っているかは謎だが。
「いえ、わたしの実力が及ばなかったのです。」
「そうか。だが、もう鍛えることも意味はないだろう。」
意味は伝わるか。
これまでの懲罰を与えなければならない。だが、これもどうしても甘くなる。…これが自分の良くないところだ。
「リリシアナ嬢、これまでの王妃への不敬ならびに騎士団の風紀を乱す行動を許しておくわけにはいかない。」
「はい。」
「いつだったか、元第一騎士団長アレン・ディートの復職の直談判にも来ていたが、あれももちろん叶うことはない。」
「…承知しています。」
リリシアナの殊勝な態度は初めて見るもので、フェルディアドは少々驚いていた。
「…リリシアナ・クレリー・ザーツヘイン。この度そなたの騎士の職を解き、領地謹慎を命ずる。令嬢として、社交界に姿を見せることもまかりならない。よいな?これでも甘いくらいなんだ。」
「承知致しました。陛下の……寛大なお心に感謝致します。」
涙を流すのを堪えているといった声音である。だが、もうそれに心を揺らされることはない。
「話は以上だ。…トリスト、妹を見送ったら戻ってこい。お前にはまだ話がある。」
「かしこまりました。」
リリシアナはトリストに連れられ部屋から出ていく。その背中をじっと見つめ、それから目を反らした。
「陛下、お呼びと伺い参上致しました。」
トリストたちと入れ違いに、レクリス・テスラ・フォーレン第一騎士団長が入室した。
「あぁ、待っていたよ。」
慇懃に礼をとったのち、直立不動でフェルディアドの次の言葉を待っている。レクリスは騎士のなかの騎士と言われる男であった。
「第一騎士団長が忙しいことは知っている。その上で新たな仕事を頼みたい。受けてくれるか?」
「陛下のお言葉です。それが道を外れないことでしたら喜んで。」
「ふっ、そうか。」
つまり道を外れるようなことをすれば、この有能な第一騎士団長はフェルディアドに牙を剥くということか。
騎士団にはレクリスを慕う者が多い。もしそんなことになったら、フェルディアドとてどうなるかわかったものではない。
「まだ、レクリスが味方のようで安心した。」
「さて……私は自分が認めた者にしか仕えませんので。」
「…それは良かった。」
認めてもらえているらしい。その期待に答えるためにも、フェルディアドは今よりも、王に相応しいと思われるような人物にならなければいけないと思った。
「トリスト、ただいま戻りました。」
リリシアナを見送ってきたトリストが、フェルディアドの執務室に戻ってきた。
「ご苦労。では本題に入ろうか。」
トリストとレクリスにはソファに腰を下ろしてもらう。それを見て、フェルディアドは立ち上がると、
「すまなかった。」
と頭を下げた。
「私が愚かなばかりに迷惑をかけた。」
「へ、陛下!いいえ、本来なら私もお諌めすべき立場で…」
「…トリストの助言を、私は幾度も無視していた。」
主君に頭を下げられて、トリストは立ちあがり慌てる。
やめてください、と言うトリストに未だに頭を下げるフェルディアド。その様子に、レクリスがふっと笑い声をこぼした。
「フォーレン騎士団長…?」
トリストが訝しげにレクリスを見る。くすくすと控えめに笑うレクリスは、まるで可愛い弟でも見るかのような表情をフェルディアドに向けた。
「そうしていると、少年のころのようですね。」
フェルディアドは驚いて目を丸くした。彼が王となってから、レクリスのこのような態度は久しくなかったからだ。
フェルディアドとレクリスは、剣術において兄弟子と弟弟子だ。二人の剣の師匠のリヴァイエ将軍は、なよなよとした子どもだったフェルディアドにこれ以上なく厳しく接した。フェルディアドは叱責されるといつも悔し涙を浮かべながら、兄弟子のレクリスに教えて欲しいと頭を下げる王子だったものだ。
「即位したばかりの頃は気を張っていらっしゃったんでしょうが……かのご令嬢に手を抜くことでも教えられたんですか?近年はずいぶんと気が抜けていらっしゃいましたね。まぁ、休むことがよくないとは言いませんが。私も王都を離れていましたし、そろそろ……鍛え直しが必要でしょうか。」
先程までのクールな騎士はどこへ行ったのだと思うくらい、レクリスはにやりと悪どい顔をした。それを初めて見るトリストは、頬をひきつらせる。フェルディアドは懐かしくて笑ってしまった。
「そのことでお願いがあるんだ。もう将軍には話を通してある。」
「さて、どのような?」
レクリスはわざとらしく首を傾げた。
「先程レクリスが言った通りだ。…もう一度鍛え直してもらいたいと思う。」
「ほお……私も、暇ではないのですが?」
「わかっている。だから…トリスト。」
察したトリストは、あっと声をあげる。
「私が、私がお手伝い申し上げます!騎士団のことは、陛下の秘書官をするにあたって一通り頭に入れております。雑用でもなんでも致します。」
「だそうだ、レクリス。」
「そうですか。では喜んでお受けしましょう。ですが陛下、ご自身のご公務に支障が出ることのないよう。」
「わかっている。それも私自身の向上のためだ。両方が出来るようにしてみせよう。」
仕事が精度が落ちることのないようにしつつ、鍛練の時間もつくらねばならない。
「もう子どもではありませんから……手加減はしません。」
「望むところだ。宜しく頼むよ。」
これからしばらく、仕事と鍛練に明け暮れるフェルディアドと、二倍の仕事に追われるトリストの姿に、官吏たちがおののいたのだとか。
レクリスが騎士団に戻ると、フェルディアドは独り言だぞ、とトリストに言うと呟く。
「そういえばザーツヘイン伯爵領の隣には、リヴァイエ将軍の三男が婿入りした領地があったなぁ。あそこは国境地域だから私設騎士団があったはずだ。あ、でもリヴァイエ将軍の息子ってことはもれなく怖い…もとい厳しい人だろうね。王立騎士団のことも良く知っているだろうし。あそこの騎士団に勤めるのはきついだろうなぁ。でも騎士に憧れるけど王立騎士団に入れなかった者が集まると聞いたことがある。入団試験は狭き門だし、厳しいけど、切磋琢磨してきっと良い騎士に育つんだろうね。夢は諦めないで欲しいかなぁ。」
こほん、と咳払いをする。
「すまない。長い独り言だったね。さぁ、仕事をしようか。」
「陛下……」
トリストは息をのみ、そっと礼をした。
「……ありがとうございます。」
「なんの感謝かな?私は独り言を言っただけだろう。誰がどうしようと勝手だが。」
「そう、ですが……」
俯くトリストを一瞥して、フェルディアドはザーツヘイン伯爵のサイン入りの書類を出す。
「ザーツヘイン伯爵から爵位返上を申し出た。領地の縮小、男爵位への降格、そしてその爵位のトリストへの譲渡を命じようと思う。おまえも忙しくなるとは思うが、これまでの罰として受け入れて欲しい。」
「……リリシアナのことも含め、陛下は私たちに甘すぎます。」
「わかってる。だが、トリストがいなくなったら私に仕事をさせるものが居なくなるだろう?」
冗談めかして言うと、トリストはふっと表情を緩めた。
「精一杯務めさせていただきます。これからは例え陛下であろうと、間違いは正させていただきますのでそのおつもりで。」
「あぁ、頼もしいよ。」
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実は、彼の妃はそれを知らされていない。
「フェル?こんなところで眠っては風邪を引くわ。フェルったら、起きて。わたくしでは運べないのよ?」
「む…すまない……」
国王夫妻の私室のソファに沈んでいたフェルディアドを起こして、リシュエールは寝室のベッドまで連れていく。と言っても、彼は自分で歩いているので、リシュエールはくっついて行ってるだけだが。
「……お休み、リシュエール。」
「お、おやすみなさい。」
ベッドに潜ると、フェルディアドはすぐに眠りに落ちた。寝息が聞こえてくる。
「疲れているのかしら…?」
泥のように眠る夫に戸惑いながら、リシュエールもベッドに入った。
地方視察から帰ってきた後に行われたであろう一話。このときから最終回までレクリスに鍛えられていたかと思うと話が変わりそう…。
トリストはあれはあれで鍛えられるかと。フェルディアドより賢くなりそう(笑)
お粗末様でした。




