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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
序章 千年樹の森

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11話 規格外

 翌朝、ヤマトは寝苦しさで目が覚めた。体の右半分が重く、左からは顎をぐりぐりと冷たいものが押してきている。


 ――なに、これ?

 重い目蓋を薄く開いてみると、ヤマトの右胸にはルノが縋りつき、セタの足と思われるものがヤマトの顎に伸ばされていた。どうやらセタは左腰のあたりで反対向きに丸まって寝ているらしい。

 穏やかな寝息を立てているルノのぬくもりは心地よく、その柔らかい髪がヤマトの口元をくすぐる。ヤマトの呼吸に合わせて上下する形の良い頭が、ヤマトを何とも言えない暖かい気持ちにさせた。しかし、なによりセタの足が痛い。

 ヤマトはそっと身動きをしてセタの足を顎からずらした。


「……だめっ!」


 セタが寝ぼけてくぐもった声を上げ、足を執拗に踏ん張った。

 きゃっ――セタの足がルノの頭を蹴り、ルノが小さく悲鳴を上げて顔を上げた。


「おはよう、ございます……」

 ルノは呆然と眼前のセタの足を眺めていたが、ヤマトと目が合うとほんのりと顔を赤らめ、一緒にくるまっていた外套から静かに身体を抜いた。

「あの、夜中に起きた時ヤマト様が寒そうだったので、セタと一緒に三人で固まって寝ようと……」

「ありがとう……暖かかったよ」

 ヤマトは自分も顔が赤くなっているのが分かった。

「ルノは……良く寝れた?」


「はい、なんだか元気いっぱいです」

 輝くような笑みをルノは浮かべ、そして、少し首を傾げて続けた。


「私、ヤマト様の傍で眠ると、本当に力を貰ってるみたいで……」

 ヤマトは思わず目を逸らし、俯いてしまった。目が見えるようになった話といい、真顔でそんなことを言われると困ってしまう。

 そんなヤマトを見て、ルノは慌てたようにヤマトの手を取った。

「本当ですっ! 目も昨日より細かいところまで見えるような気がしますし、それに――」

 そこまで言ったルノは急にヤマトから手を放し、その自分の手を不思議そうに見つめた。

「――いえ、なんでもないです」


「おはよーさん」

 ツゲが石のかまどの向こうから声を掛けてきた。すっかり火は熾してあり、朝食の準備も進んでいるようだ。足元ではブータローがつぶらな瞳でこちらを見ている。

 ヤマトは慌てて起き上がり、ツゲを手伝おうとルノと一緒にかまどを覗き込んだ。

「お、もうじき出来ちまうから大丈夫だ。そんなに立派な朝メシじゃねーが、栄養は満点だぞ」

 かまどにかけれらた鍋の中では、雑穀と周囲に生えている薬草が煮立てられていた。何とも言えない甘い香りが漂っている。

「栄養、ですか?」

「おうよ。ルノは知らないかもしれないが、こうして毎朝、緑のもんを食べると体に良いんだぞ。マレビトの習慣さ」

 マレビトのメレネに育てられたヤマトにとっては当たり前のことだったが、狩猟を主とするコシの民のルノにとっては目新しいものだったようだ。

「んーそろそろ良さそうだな。ぼちぼちそこのねぼすけ嬢ちゃんを起こしてやってくれ」




 賑やかな朝食を終えた一行は再び歩き出した。

 夕方、そろそろ日が傾きかけ、ツゲが言うその日の宿営場所まであと少しというところで、ブータローが唸り始めた。


「魔物さんのお出ましかもしれん」

 ツゲの言葉で一行に緊張が走る。

 ヤマトは無言で荷車から弓を取り出し、ブータローが低く唸る先に向き直った。軽く目を瞑り、集中して気配探知を目一杯伸ばす。


 ――いた。数体、獰猛な気配が物凄い速度でこちらに向かっている。

 ツゲがブータローを荷車から解放し、ルノとセタを荷車の後ろに匿った。


「……来る」

 ヤマトの言葉から程なく、林の奥から藪を蹴散らしながら、灰色の巨大な狼が飛び出してきた。


「グレイウルフかよ、ついてねえなっ!」

 ツゲが鈍色に光る両刃の剣を引きずるようにして狼に突っ込んで行った。マレビト特有の鋼の武器で、瞬く間に先頭の二匹を斬り伏せる。流れるような早技をヤマトが見惚れていると、油断なく次の狼と対峙していたツゲが肩越しに叫んだ。


「ヤマトッ!」


 我に返ったヤマトが、左から回り込んでくる狼に慌ててエアショットの魔法を放った。

 巨大な狼は信じられない反射速度で横っ飛びにそれを躱し、ヤマトを迂回するように荷車の後ろのルノ達に飛び掛かった。

 ヤマトは咄嗟とっさにありったけの霊力を体に巡らし、身体速度を上げて狼と荷車の間に身体を割り込ませた。空中にいる狼の前脚がヤマトの肩を払う。激痛が走ったがヤマトは地面を踏み締め、ガラ空きの狼の喉元を痛烈に蹴り上げた。


 ギャイン――濁った悲鳴と共に宙に舞うグレイウルフ。そして次の瞬間、その巨大狼は背骨が折れる鈍い音を残して真横に吹っ飛んでいった。


 驚いたヤマトが狼から視線を戻すと、そこには、やはり蹴りを放った姿勢のツゲがニヤリと笑っていた。ツゲの背後には三匹のグレイウルフが血に染まって倒れている。ツゲは瞬く間に自分の魔物を殲滅し、ヤマトの救援に来たのだった。


「相変わらずお前さんは――いや、俺が手を出すまでもなかったかい?」


 ヤマトはブンブンと首を振って、後ろを振り返った。

 荷車の後ろではルノとセタが目を真ん丸にしてヤマトを見詰めており、ブータローはまだ息のあるグレイウルフに噛みつき、止めを刺している。


 危なかった――ヤマトは、自分がツゲに見惚れて作った隙のせいで、二人に怪我をさせそうになっていたことが許せなかった。

「……ごめん」

 痛む肩を押さえて謝るヤマトに、ルノとセタは予想外の反応を見せた。

「ヤマト様、守ってくれたんですね!」

「ヤマト兄ちゃん、格好いいっ!」

 セタが荷車を迂回してヤマトに飛び付いてきた。ルノは空色の淡い瞳をキラキラさせてヤマトを見詰めている。

「ね、セタも戦いたいっ! 教えて、ヤマト兄ちゃんっ!」


 ヤマトは二人の反応に戸惑いながらツゲを見遣った。

「えーあー、俺も格好良かったと思うんだけどなー」

 子供のように口を尖らすツゲに、ルノがクスリと笑った。

「はい、ツゲさんも格好良かったです。ありがとうございました」

「も? ツゲさんも、なの? 俺ってば、ヒュン、バスッ、ドン、キラッ――、って凄かったでしょ?」

「あはは、ツゲのおじちゃんも強かったけど、キラッ、はしてないよー」

 身振りを交えておどけるツゲに、セタも笑い出した。


「……さっき、見惚れてた。ごめんなさい」

 緊迫した戦いから皆の気持ちがなごみ、笑いがひと段落したところで、ヤマトが初動の遅さをツゲに謝った。

「おう、あれはいかんぞ。戦いは初っ端が大切だ」

 顎を引き締め、真剣な顔に戻るツゲに、ヤマトは噛み締めるように頷いた。


「しっかし、お前さんの魔法の速さはやっぱり出鱈目だな。町に着いたら知り合いに見せてやりたいぜ。でも、それより、グレイウルフの前に飛び込んだ時のあの動き――」

 ツゲは一度遠くを見るような眼をして、それからヤマトの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。

「ありゃ、マレビトの動きじゃ、ないぞ」


「どっちかというと、あれはコシの民の動きだな。マレビトには真似できない速さだ。俺が知ってる中じゃイメラって奴があんな動きをする」

 いつになく真剣な顔を崩さないツゲにヤマトは狐につままれたような気分だったが、イメラという名前にルノとセタが反応した。

「その人、知ってる! 有名だよ!」

「雷光のイメラ。その動きは雷の如く、狙った獲物は必ず仕留める――コシの狩人の英雄です」

 ヤマトがポカンとした顔のままなので、ルノが補足してくれた。ツゲが頷く。

「そうだな、スーサの町でも有名な奴だ。コシの民なら修業次第で素早く動けるのが多いが、イメラは別格だ。何度か一緒に戦ったことがあるが、ヤマト、お前さんのあの動きはイメラばりに速かった」


「あれは……千年樹様にきっかけを教えてもらって……練習すれば、たぶん誰でも……」


「はあ。そいつは俺とか普通のマレビトには無理だと思うぞ。魔法といい、つくづく規格から外れたやつだな……」

 呆れたように空を仰ぐツゲ。場に流れた微妙な沈黙に、セタが割り込んだ。

「ね、じゃあセタにも教えてっ! 誰でも出来るんでしょっ?」


 ヤマトの手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねるセタに、ヤマトは、いいよ、と頷いた。誰でもできる、ということを証明したかったのだ。


「おっとと、ちょっと待った。もうじき日が暮れちまうぞ。先に移動しちまおう」

 ツゲの言葉に一行が周囲を見回すと、確かに日が暮れかけていた。まだ林の奥も見通せるが、じきに薄闇に包まれていくだろう。

 ぜったい後で教えてね、と騒ぐセタをなだめながら、一行は慌てて移動を再開した。




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