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マレビト ~少年ヤマトの冒険~  作者: 圭沢
序章 千年樹の森

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12話 それぞれの力、ルノの誓い

 幸いなことに、一行は真っ暗になる前にツゲが予定していた宿営地に辿りつくことができた。

 今日の宿泊場所は、林の中を流れる川のほとりに、慎ましやかに存在するちょっとした崖の窪みだった。

 狩りをする余裕はなかったので、焚き火を囲んで干し肉中心の簡単な夕食を済ませ、いよいよヤマトがセタに身体強化を教える時となった。


 夕食の時と同じように焚き火を囲んで座り、皆がヤマトに注目している。ツゲはゆったりと寛ぎながらも興味津々といった顔、ルノはいつものように膝を抱えて丸まるように座り、まっすぐヤマトを見ていた。セタは鳶色の瞳から溢れんばかりの期待と好奇心を覗かせながら、小さな体を揺すらせてそわそわと落ち着かない。


 ヤマトは一度目を瞑り、歩きながらずっと考えていたことを頭の中で再確認した。念のため、自分が千年樹に教わった時の感覚をもう一度思い出し、今度は自分が教える立場としてその感覚を分析してみる――あの時、千年樹が自分にしてくれたことをそれなりに理解できたつもりだった。間違いはないはずだ。


 よし、小さく呟いてヤマトは立ち上がり、膝を崩して座っているセタの後ろへ移動し、腰を下ろした。

「そのまま……僕にもたれて……力を抜いてて」

 首を捻って見上げようとするセタにそのまま正面を向かせ、背後からヤマトは両肩に手を置いた。やや乱暴にお下げにされたセタの赤い髪が、ヤマトの手首をくすぐった。


「ほー、初めて見るやり方だな?」

「なんか緊張するっ!」

「もう、みんな黙ってください」


 いつの間にか少し緊張していたヤマトだったが、いつもの賑やかさで肩の力がすっと抜けた。そのまま下腹部にたゆたう霊力をすくい上げ、左腕からセタの左肩へ少しだけ流し込む。


「ひゃっ!」


 ビクンと跳ねたセタの右肩から、すかさず注ぎ込んだ霊力を吸い取った。左肩から流し込み、右肩から抜き取る。セタの身体が自分の体であるかのように、セタを経由して自らの霊力を循環させていくのだ。

 何度か小分けに霊力を通し、セタの身体も馴染んできたようなので、今度は途切らすことなく循環させてみた。初めは細々とした流れだったが、徐々に抵抗が小さくなり、ある程度の量を途切らせずに回せるようになってきた。


 ヤマトはふとセタの静かさに不安を感じ、集中でいつしか瞑っていた目を開けた。背後にいるヤマトから俯くセタの表情は見えないが、ツゲとルノは固唾を呑んで見守っている。問題はなさそうだった。たしか自分が千年樹にやってもらった時は、ほわほわした暖かいものが体の中を動いている感覚だったはずだ。


 ヤマトは次の段階に移ることにした。今はセタの左肩から右肩へと直線的に回している霊力を、たわませるようにして今度は体中に迂回させていくのだ。まずは、左肩から左腕を経由して右肩へ。セタ自身の霊力が眠る下腹部は避けておいて、最終的に左肩から入った霊力がセタの四肢を巡って右肩から戻ってくるようになった。


 そこまで操作をして一息ついたヤマトは、セタが小さく震えていることに気が付いた。いつの間にかツゲとルノがセタを押さえつけている。

「……セタ?」

 その声がきっかけだったのか、セタが破裂したように笑い出した。


「きゃはははははっ!」


 反射的にセタの両肩を押さえつけたお陰で、なんとかここまで築いた霊力の循環を途切れさせずに済んだ。


「あはは……体全部、くすぐったい……ひゃは……笑いすぎて……苦しい……ひゃめて……」


 ヤマトは、呆れ顔のツゲとルノにセタをもう少しだけ押さえているように頼むと、もがくセタに循環が切られない内に最後の段階を済ませてしまうことにした。

 最後の段階は、セタの下腹部に眠る自身の霊力を目覚めさせ、今循環させているヤマトの霊力の代わりに自ら循環するよう導くことだ。ヤマトは、セタの下腹部の脇を流れる霊力でセタ自身の霊力をこするように刺激し、動き出したセタの霊力を循環の流れに引っ張り込んだ。右肩まで巡ったところで、ヤマトの体内には戻さずに左肩へ繋げて回す。

 上手くいったようだ。ヤマトはセタの霊力の流れを壊さないよう、そっと自分の霊力を抜いていった。


「すごい……。セタの中を光が巡っています。ヤマト様みたい」

 笑いが収まりきょとんとした顔で座るセタを見て、ルノが囁いた。

「お、終わったのか?」

「……セタ、どう?」

 ヤマトの言葉にもセタは反応しない。

「……ね、セタ……立ってみて」


 重ねたヤマトの言葉に、セタはおずおずと立ち上がった。


「あれ? あれれっ?」

 セタは突然走り出した。物凄い速度で焚き火の明かりの向こうへ消えて行ったかと思うと、飛び跳ねながら帰ってきた。

「きゃはは! すごいっ! 身体が軽いっ! ほら、ルノ姉ちゃん、見てっ!」

 その場でとんぼ返りをするセタ。足場が悪いにもかかわらず、綺麗に着地を決めている。


「ヤマト、お前いったい何をした?」

 ツゲが眉をひそめて聞いてきた。その向こうでは、見て見て、とセタが飛び跳ね、ルノはあたふたとそれを落ち着かせようとしている。

「霊力を循環……千年樹様と同じ……」

「おい、修業もなしにコシの民の力を活性化させるなんて、これっぽちも聞いたことないぞ?」

 溜息と共に首を振るツゲ。

「いや、まてよ……千年樹――つまり、八百万の神――お前さんのあれやこれやは、その辺から来てるのか? それにしても、八百万の神か……ちょっとあのじいさんに聞いてみないといけないな……」

 尻すぼみに独り言へと変わっていくツゲに、ヤマトは、せっかく上手く出来たのにそんなこと言われても……と小さくため息をついた。


「ねえ! ねえ! すごいよヤマト兄ちゃんっ!」

 セタは相変わらず飛び跳ねている。自分の時はそんなに長時間続かなかったのに――ヤマトはハッとしてセタに声を掛けた。

「セタ! 止まって!」

 滅多に上げないヤマトの大声にセタは吃驚びっくりして飛び跳ねるのを止めた。


「……やりすぎは、反動が来て大変……ちょっとづつ練習……」

「えー、大丈夫だよっ!」

「霊力、使い果たすと……一日、歩けない」

 ヤマトはそう言って、セタの霊力があるおへその下を指差した。

「たぶん、大丈夫だよ?」

 セタは口を小さく尖らせた。その手は自分のお腹を守るようにさすっている。


「セタ、あなたの霊力はかなり減ってるわ」

 ルノだった。セタの前にかがみ、優しく諭すようにセタに話しかけた。

「お姉ちゃんには分かるの。目が見えるようになる前から、それだけは見えてたから」


 それでも駄々を捏ねたそうなセタを見て、ツゲが援護に入った。

「ルノが言うのは本当らしいぞ――おじちゃんにはさっぱり判らんけどな。でも、今のぐらい動けるんだったら、おじちゃんが格闘を教えてやれる」


 かくとう?――セタが首を傾げた。


「そ、つまり戦い方だな、格闘の達人になりゃ、素手で敵をバンバン倒せて恰好いいぞ?」

 セタの表情がコロリと変わった。

「格闘、やるっ! 教えてっ!」

「あはは、今日はもう寝る時間だけど、じゃ、寝る前に構えだけ教えたげよう。これだったらそんなに動かなくてもいいしな」

 ツゲはそう言いながら、まとわりつくセタの頭越しにニヤリとおどけた顔を寄越した。


 格闘を教わるときはおじちゃんのこと師匠と呼ぶんだぞ――はい、ししょーっ!


 ツゲが焚き火の反対側の広いところへセタを連れて行くと、ヤマトとルノはお互いに顔を見合わせ、同時に溜息をついた。どちらからともなく、思わず柔らかい笑いがこぼれた。

「霊力……まだ見えるの?」

「はい、セタにヤマト様が何をしたのか良く見えました。あんなことが出来るなんて、さすがヤマト様です」

 ヤマトはようやく認められて嬉しかったが、照れ隠しにずっと気になっていたことを突っ込んだ。

「ルノ……あの…………様、はやめて……」

「え? いや、でも――」

「ヤマト、って呼んで」


 ヤマトの照れ混じりだが強い視線に、ルノは少し躊躇ためらいながらもコクリと頷いた。


「では、えと、ヤマト……さん、ちょっと確かめたいことがあるのですが」

 さん付けか――ヤマトは更に訂正するか悩んだが、この場は流すことにして話の先を促した。

「ご存じのとおり、私はヤマト……さんが言うところの霊力、が光として見えます」

 ルノは一旦言葉を切って、言葉を選びながら続けた。透明感のある水色の瞳が真剣にヤマトを見詰めている。

「今朝から、私の手が輝いて見えます。さっきのセタやヤマト……さんのように体を流れるのではなく、手に集中して」


 ルノがヤマトの前に手を差し出した。その手は繊細で美しく、そして、ヤマトには暖かさを感じる不思議な力を発散しているのが感じ取れた。


「これはひょっとして――」ルノは自分の手を愛おしむ様に眺めた。

「私のひいおばあちゃんは、私と同じように白子だったと聞いています。そして、精霊の巫女として生き、癒しの手を持っていたと」


 ヤマトはまじまじとルノの手を見詰めた。ルノが大きく掲げたその手は、白く神々しい輝きを放ち始めた。


「さっきの肩の怪我、まだ痛むのではないですか?」

 輝きを放つ手が、ゆっくりとヤマトの肩に置かれた。輝きが広がり、ヤマトの体に吸い込まれるように消えていく。


「え……?」

 ヤマトの肩から、しつこく続いていた鈍い痛みが嘘のように抜けていた。その顔を見て、やっぱり、と呟くルノ。お母さまの言うとおり……と口の中で囁き、しっかりとヤマトの目を見詰めた。

「この輝きは、癒しの力。万能ではありませんが、大概の傷や病を治すことができます。どうか、お役に立ててください」

「え……あ……ありがとう?」

 深々と頭を下げるルノに、とりあえず痛みを取ってもらったお礼をするヤマト。グルグルと肩を回してみる。痛みは全くなく、すっかり治ってしまったようだ。

「ルノ、すごいよ……本当に、治ってる」

 ルノは微笑むばかりだった。淡く輝く白金色の髪に、整い過ぎて逆に個性が薄いとも言えそうな、どこまでも端正な顔立ち。ヤマトは肩をグルグルと回した姿勢のまま、ルノの静謐な美しさに惹き込まれるように見惚れてしまった。



 ――あちょーっ!!


 素っ頓狂なセタの掛け声で、ヤマトの硬直がすとんと解けた。セタが妙な構えをしながら二人に駆け寄ってくる。


 ね、セタ、強そう?――ひと通りポーズを決めながら尋ねるセタの後ろから、苦笑いを浮かべたツゲが歩いてきた。

「嬢ちゃんはなかなか筋がいいぞ。続きは明日、おじちゃんはもう眠くなっちまったよ」

「はい、ししょーっ!」

 セタはすっかりのめり込んでしまったようだ。ヤマトはルノと微笑みを交わした。

「あはは、良い返事だな。じゃ、ブータローに寝てる間のお願いをして、寝る支度をするんだぞ。ヤマトとルノももう遅いから早く寝とけよ」


 ツゲの言葉に従って、皆寝ることになった。

 ルノ曰く朝方が冷え込むということで、昨晩と同様ヤマトとルノとセタ、三人で固まって毛皮に包まる。


「ヤマト兄ちゃん、セタにあれ教えてくれてありがとー」

 セタは本当に嬉しいの、そう言ってセタが毛皮の中でヤマトに抱きついてきた。ヤマトはその接触に少し緊張して、明日また練習方法を教えてあげるよ、と言って誤魔化した。本当はルノの方を向いて寝たかったのだが、セタを振りほどくのも可哀想だ。そのまま目を瞑ってセタの頭を撫でていると、ヤマト自身もあっという間に眠りに落ちていった。




 ヤマトの寝息が規則的に響く中、ルノはその背中をじっと見詰めていた。

 しばらくひたむきな眼差しをヤマトの後ろ姿に注ぎ、やがて小さな声で厳かに囁いた。


 お父さま、お母さま、見てますか? 私はこの方のお陰で精霊の巫女となれます。目も見えるようにして頂いて、今、私はとても幸せです。これからはどうか安心して見守っていてください――


 そして、ヤマト様――

 あなたは間違いなく、私の精霊さま。こんな私に霊力を授けて頂いて、感謝の言葉もありません。

 私は、あなたの巫女。生涯の忠誠を捧げ、常しえに仕える者です。どうか末永くお側に置いてください――


 ルノは長いことヤマトの後ろ姿を見詰めていた。

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