表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ブレイク・ネクサス』改訂版  作者: 嵗(sai)
第一部 フェイク・ファクター

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/36

第十四章:太刀に託す、命の一閃

14.1. 荒野の閉鎖空間:前哨戦の限界


Ⅰ. 凍りついた戦場と虚無の巨躯


ネバダ州の不毛の荒野。ポイントN423を包み込む夜は、深まるほどにその温度を奪い、死者の吐息のような冷徹さを増していた。千姫率いる玄武チームの移動指揮車。そのルーフに設置された高出力サーチライトが、漆黒の闇を暴力的に切り裂き、大地に奇怪なほど長く伸びた影を投影している。だが、その光の束でさえ、眼前にそびえ立つ「それ」を完全に照らし出すことはできなかった。


「アビス・ラ」――。全長数十メートルに及ぶその巨躯は、光を反射することなく、むしろ周囲の光子フォトンさえも飲み込むかのような深い虚無を纏っている。


千姫の脳は、この異常事態を冷静に、かつ高速に処理していた。彼女の精神は、女性の柔らかな肉体という殻を借りた、歴戦の男性指揮官そのものである。情動を排し、勝率という名の数値を最大化すること。その一点において、彼女は今、戦場の支配者として君臨していた。


「白虎、右翼から攪乱しろ。青龍、中央の陣を維持。……朱雀、解析の進行状況を報告しろ」


指揮車内から発せられる千姫の指示は、無線を通じて現場の二人へ叩きつけられる。そこに労わりや激励はない。あるのは、機能としての各個体への要求のみだ。


Ⅱ. 絶望の火花:白虎の焦燥


「朱雀! 解析はまだか! こいつのせいで、肺の中まで凍りつきそうなんだよ!」


白虎は、改造された大型テーザー銃を抱え、不規則に飛び散る砂利を蹴りながら吠えた。彼に立ち塞がるアビス・ラ。その体表からは、目に見えるほどの密度で「絶対零度の障壁」が立ち上っている。それは単なる冷気ではない。対象の分子運動を強制的に停止させ、物理的な因果関係を凍結させる「事象の静止」である。


「食らいやがれッ!」


白虎が引き金を引く。バックアップユニットから供給された数万ボルトの電流が、昇圧器を経て超高周波のパルスとなり、放電極からアビス・ラへと向けて放たれた。夜闇を紫電が走り、オゾンの焦げる匂いが一瞬だけ荒野を満たす。しかし、その必殺の奔流は、アビス・ラの体表に触れる数センチ手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのように霧散した。


電気エネルギーという名の「熱」が、アビス・ラの能力によって瞬時に中和され、無力化されたのだ。


「……嘘だろ、火花にすらなりゃしねぇ」


白虎の顔に、苦い汗が滲む。その汗さえも、次の瞬間には微細な氷の粒へと変わっていた。アビス・ラは、その岩塊のような巨体に見合わない、流麗で俊敏な動きを見せた。白虎の放電を予見していたかのように、最小限の予備動作で軸をずらし、間合いを詰める。その動きは、本能的な捕食者のものではない。


「周辺の熱エネルギーを最大限に奪い、対象を効率よく凍結粉砕する」という、最適化された物理法則の体現。そこに意志はなく、ただ純粋で冷酷な「殺意」の現れだけが存在していた。


Ⅲ. 空間の檻:青龍の術式


「待て、白虎! 深追いは死を意味する!」


青龍が、懐から取り出した数枚の符を荒野の地面に叩きつけた。彼は精神を極限まで研ぎ澄ませ、自身の生体磁場を古代の幾何学、すなわち「四方八卦」の理論に基づいて展開する。


けんしん……。四方八卦の陣、展開!」


青龍の指先が描く印に応じて、荒野の地面から青白い、燐光のような波動が立ち上った。それはアビス・ラの足元を囲むようにして巨大な円形を形成し、不可視の重圧となってその巨躯を抑え込む。


「これで、十数分間は動きを鈍らせられるはずだ! 朱雀、今だ! 早く弱点を特定しろ!」


青龍の叫びは、悲鳴に近い。アビス・ラは、自身を束縛しようとする空間の歪みを認識し、不快そうにその身を震わせた。巨体から放たれる凍結の波動と、青龍の術式が生成した干渉場が正面から激突する。物理法則の極北にある「冷気」と、空間を固定しようとする「意志」の衝突。その摩擦によって、凍てつく荒野には不釣り合いな、真っ白い湯気が立ち上り、視界を遮る。


「……千姫、青龍の術式強度が低下しています。アビス・ラの排熱――いや、『排冷』とも言うべきエネルギー干渉が、術式の結節点を物理的に破壊し始めています」


指揮車内の朱雀が、眼鏡の奥で冷徹に事実を告げる。モニターには、青龍の生命バイタルが急激に摩耗していく様子がグラフ化されていた。


「構わん。限界まで絞り出せ。青龍もそれを望んでいる」


千姫の声には、一片の慈悲もなかった。彼女の視線の先には、モニター越しに映るアビス・ラの「核」と思われる光の乱れがあった。


「……見えてきたな。死ぬにはまだ早いぞ、貴様ら」


移動指揮車を揺らすアビス・ラの咆哮。それは、人類という種の限界を嘲笑うかのような、終焉の調べであった。


________________________________________


14.2. 解析班の極限


Ⅰ. 虚無を解剖する指先


ネバダの荒野に停泊する移動指揮車「玄武」のコンテナ内部は、電子機器が発する異常な熱気と、外部から忍び寄るアビス・ラの冷気が衝突し、奇妙な大気の歪みを生じさせていた。サーチライトの逆光を浴びた千姫、戦略解析官の朱雀、そして情報オペレーターの秋吉博子。彼らの視線は、空間に投影された巨大なホログラム・ディスプレイに釘付けになっていた。そこには、外部の観測センサーが捉えたアビス・ラのエネルギー分布図が、不気味な脈動を伴って立体的に構築されている。


「千姫、このエネルギー密度……。もはや『異常』という言葉では生ぬるい」


朱雀は、指先で震える眼鏡のブリッジを押し上げた。彼の視神経には、数秒ごとに更新される数テラバイトの解析ログが直接投射されている。


「通常の生物学的熱力学を完全に逸脱している。奴の体表温度は推定でマイナス270度……。宇宙空間の背景放射温度、すなわち絶対零度に近い。この極低温が、周囲の空気中の水分だけでなく、分子そのものの運動を奪っているんだ」


朱雀が操作パネルをスワイプすると、アビス・ラの透過図が表示される。


「だが、見てくれ。この中心部だ。分子凍結現象の起点であり、同時に莫大なエネルギーをどこからか『供給』し、また『吸収』し続けている特異点。……我々が“コア”と仮定している高密度反応を、ようやく捕捉した」


朱雀の指し示した先――アビス・ラの胸部、肋骨に相当する構造のさらに奥深くには、針の先ほどの微細な、しかし銀河の核のように眩く明滅する高密度エネルギー反応が存在していた。


Ⅱ. 分子凍結装甲の絶望


「捕捉したなら話は早い。そこを叩けば終わる、そうだろう?」


千姫は、コンソールの縁に手をかけ、身を乗り出すようにして問うた。その瞳には、女性らしい揺らぎなどは欠片も存在しない。あるのは、戦場の最短距離を見極めようとする、獰猛なハンターとしての冷徹な意志だ。


朱雀は、苦渋に満ちた表情で首を振った。


「問題は、その“核”に至るまでの障壁だ。……見ての通り、奴の全身を覆う黒い体毛のような外殻。これが、核から放出される分子凍結フィールドによって極限まで硬化している。通常の物質であれば脆くなるはずだが、奴の場合は違う。分子間の結合エネルギーが凍結によって無限に固定され、結果としてダイヤモンドを遥かに凌駕する剛性と、衝撃波そのものを停止させる慣性相殺能力を獲得しているんだ」


朱雀の声が震える。「熱線は到達前にエネルギーを奪われ、物理的な弾丸は接触した瞬間に運動量を凍結される。この核を破壊するには、理論上、装甲の分子結合を力ずくで引き剥がすほどの……すなわち、核が維持している結合エネルギーを上回る『別異のエネルギー』を、減衰させることなく直接ぶつける必要がある」


千姫は、無意識のうちに唇を強く噛み締めていた。彼女の「異質の精神核」は、朱雀の提示したデータを瞬時に戦術的価値に変換し、そして冷酷な回答を導き出していた。


「……つまり、現状、我々の手札には『決定的な攻撃力』が存在しない。そういうことだな」


朱雀は、もはや答えることさえ苦痛であるかのように、沈痛な面持ちで頷いた。


「……はい。白虎の改造テーザーも、青龍の物理攻撃も、あの分子凍結装甲の『閾値』を超えるには程遠い。現状の科学兵器、および既知の武術の範疇では……あの核を壊すことは不可能です」


指揮車内に、重く、粘つくような沈黙が落ちた。外では、白虎の叫び声と、改造テーザーが放電する不気味な高周波音が、アビス・ラの咆哮にかき消され続けている。


Ⅲ. 術式の氷結:青龍の悲鳴


その沈黙を切り裂いたのは、コンソールから発せられた鋭い警告音だった。


「! 千姫さん、青龍のバイタルが限界値を突破! それに……術式の干渉場が逆転しています!」


秋吉が叫ぶ。彼女の手元のモニターには、青龍が展開している「四方八卦の陣」の波動グラフが表示されていた。本来ならアビス・ラを拘束しているはずの青い波動が、その外縁から白く濁り、結晶化し始めている。


「奴の冷気が、術式の波動エネルギーそのものを凍らせているというのか……!?」


朱雀が立ち上がった。本来、術式とは精神エネルギーによる空間干渉だ。物理的な熱力学とは無縁のはずの「意志」の力さえ、アビス・ラの絶対的な虚無は停止させようとしていた。


「千姫さん! 青龍の陣が解けかかります! 結界の維持率、40%……20%……急速に低下! もう持ちません! 限界です!」


秋吉の悲鳴に近い報告が響くと同時に、指揮車が激しく揺れた。アビス・ラが、拘束を力ずくで引き千切ったのだ。外部のサーチライトが、術式の青い光が粉々に砕け散り、吹雪となって荒野に散っていく様を映し出す。その中央で、膝をつき、口から鮮血を吐く青龍の姿が見えた。


「……朱雀、秋吉。解析を続けろ。コンマ一秒でも長く奴のデータを吸い上げろ」


千姫は、腰のホルスターから、重厚な自動拳銃を引き抜いた。「詰み」を理解しながらも、彼女の心は折れていない。


「決定的な攻撃力がないなら、俺たちが盾になって時間を作るまでだ。……リクトが来なけりゃ、ここで全員、仲良く凍りつくだけの話だ」


千姫は、荒野へと繋がるハッチに手をかけ、乱暴に押し開いた。そこには、全てを飲み込もうとする「死の風」が、牙を剥いて待ち構えていた。


________________________________________


14.3. リクトの介入:”視る”能力


Ⅰ. 荒野に差す青白い絶望


移動指揮車「玄武」のコンテナを、アビス・ラが放つ衝撃波が激しく震わせる。青龍の術式が砕け散り、死を待つばかりとなった戦場。千姫が最後の一弾を放とうと自動拳銃を握り締めた、その刹那だった。彼女の耳元、インカムのノイズを突き抜けて、西野シホの叫び声が響き渡った。


((シホ))『千姫さん……! 聞こえますか、千姫さん! リクト君が……戦うと言っています! 彼は、アビス・ラの正体を、その核の所在を完全に“視る”ことができると……!』


「何だと……?」


千姫は、己の聴覚を疑った。彼女の「異質の精神核」は、リクトという少年を「不安定な不確定要素」として切り捨てていたはずだった。だが、彼女が指揮車の窓の外に視線を投げた瞬間、その合理的な思考回路は、眼前の光景によって再定義を余儀なくされた。


荒野の端、月の光さえも届かぬ闇の境界に、一際鮮やかな、そして凍てつくような青白い輝きを放つ「影」が立っていた。テロス・ギア完全体となったリクト。彼の傍らには、息を切らしながらもバイクを降り、祈るように立ち尽くすシホの姿がある。


「リクト君……! 貴様、そこで何をしている! 逃げろと言ったはずだ!」


千姫はマイクをひったくるように掴み、吠えた。その声には、部下を案じる女性的な慈しみなどない。ただ、貴重なサンプルであり、人類最後の切り札を無策で死地に晒すことへの、指揮官としての純粋な激昂があった。


Ⅱ. 境界を越えた同調シンクロ


リクトは、もはや千姫の叱咤を聞いてはいなかった。彼は、シホの「助けて欲しい」という、あまりにも青臭く、しかし純粋な願いを、自身の魂の奥底で受け入れていた。これまで彼を縛り、侵食し続けてきたテロス・ギアという名の「呪い」。それを拒絶するのではなく、彼は自らの意志でその深淵へと身を投じたのだ。


彼の肉体は今、テロス・ギアという名の生体金属と完全に融合していた。皮膚は高密度のナノマシンによって再構成され、血管には血液の代わりに青白い冷却触媒が流れる。全身から立ち上る微細な氷晶の霧――。それは、リクトの存在そのものが、物理法則の極北へとシフトし始めた証左であった。


「千姫さん……。白虎さんたちを退避させてください」


リクトの声が、指揮車の全スピーカーから響き渡った。それは通信機を通した音声ではない。テロス・ギアが放つ高周波パルスが、指揮車の電子的回路を直接震わせ、千姫たちの脳に直接語りかけているのだ。


「これ以上は、彼らでは耐えられません。アビス・ラの“核”は、僕が……僕の眼が捉えています」


アビス・ラ――。その漆黒の巨躯が、術式の束縛を完全に粉砕し、静かに、しかし地響きのような威圧感を伴ってリクトへと向きを変えた。無機質な破壊者であったはずの怪物が、初めて自分と「対等」な存在を見つけたかのような、冷徹で残忍な好奇心を剥き出しにする。


Ⅲ. 絶対零度の衝撃:高速移動と事象の凍結


「リクト君、待て! 迂闊に近づくな、危ない!」


千姫が叫んだときには、世界はすでに加速していた。リクトの足元で、荒野の砂利が爆発した。いや、テロス・ギアが重力慣性を無視して空間を蹴ったのだ。彼の姿は一瞬でかき消え、サーチライトの光さえ追いつけない超高速で、アビス・ラの懐へと飛び込んでいく。


アビス・ラは、自らの領域を侵す不遜な異物に対し、その巨躯を震わせて応じた。怪物の体表から、漆黒の衝撃波が放たれる。それは「分子凍結の波」。空気中の窒素や酸素さえもが瞬時に液化し、次いで固体へと変わる、絶対零度の物理的防壁だ。空間そのものが凍りつき、透明な壁となってリクトを粉砕しようと迫る。この波に触れれば、ダイヤモンドでさえも分子間の結合を失い、一瞬で塵へと還るだろう。


「視えている……」


リクトの瞳――テロス・ギアのセンサーと直結したその視覚には、アビス・ラが放つ凍結の波の、わずかな「エネルギーの継ぎ目」が視覚化されていた。彼は超高速移動の最中、物理法則を逆手に取るような軌道を描き、死の波動を紙一重で回避していく。


指揮車内で、朱雀が絶叫に近い声を上げた。


「千姫、信じられん……! 彼、テロス・ギアの演算能力を使って、アビス・ラの攻撃パターンをミリ秒単位で予測、回避しています! 彼の“眼”は、我々のセンサーが捉えられなかったエネルギーの『不連続面』を直接感知しているんだ!」


千姫は、唇を噛み切りそうなほど強く噛み締めたまま、モニターに映る青い閃光を見つめていた。彼女の異質の精神核が、今、確信を抱く。この少年なら、理屈を超えた絶望に、理屈を超えた一撃を叩き込めるかもしれない、と。


「……行け、リクト。その化け物に、人間の意地を見せてやれ」


千姫の声は、低く、重く、そして期待に満ちていた。荒野の静寂は、今や光と闇、熱と冷気が衝突する、神話的な戦場へと変貌を遂げた。


________________________________________


14.4. 超感覚と核の理解


Ⅰ. 演算される戦場:回避可能な未来


荒野の夜気は、もはや単なる「冷たさ」を超え、物質の存在そのものを否定するような絶対的な静寂へと変質していた。その中心で、青白い閃光と化したリクトは、アビス・ラが放つ死の波動――「分子凍結の波」の網を、物理限界を超えた機動で潜り抜け続けていた。普通の人間の動体視力では、そこには何も存在しないように見えるだろう。しかし、リクトのテロス・ギアに内蔵されたNCUネクサス・コア・ユニットは、周囲の環境データを一兆分の一秒単位でサンプリングし、再構築していた。


アビス・ラが放つエネルギーの放射パターン、大気の密度変化、重力子の歪み……。それらすべてが、極彩色の高解像度ARデータとしてリクトの網膜に直接投射される。(……“流れて”いる。エネルギーの奔流が、可視化されている)リクトにとって、世界はもはや確率的な混沌ではなかった。アビス・ラの予備動作、筋肉の収縮、そして核から溢れ出す凍結エネルギーの指向性。それらはすべて、数秒先の未来を確定させる「明確な予兆」として読み解くことができた。


アビス・ラの攻撃は、彼にとって「回避可能な過去の残像」に等しい。「うおっ……!」突如、空間が歪んだ。アビス・ラの巨大な鉤爪が、真空を切り裂きながらリクトの喉元を掠める。リクトは反射的に頸椎の駆動系を最大出力で稼働させ、コマのように身体をねじってその一撃を回避した。爪が通過した瞬間に発生した衝撃波が、テロス・ギアの外殻を激しく叩く。だが、その死の瞬間において、リクトの瞳はさらなる「真実」を捉えていた。


朱雀が先ほど指摘したアビス・ラの胸部奥深く。そこには確かにエネルギーの源流がある。しかし、リクトのNCUが導き出した動的な解析結果は、静的な観測データを嘲笑うかのように上書きした。(……違う。核はそこに留まっていない)アビス・ラは、戦闘機動に合わせて、自身の心臓部である「核」を体内のエネルギー循環網パスに沿って、流体のように移動させていたのだ。ある時は腹部へ、ある時は背部へと。リクトは、その移動パターンと、現在の正確な座標を、暗闇の中に浮かぶ一点の「炎」として明確にロックオンした。


Ⅱ. 指揮官の震撼と、物理的限界


「千姫さん!……アビス・ラの“核”が、見えますか?」


リクトの声が、移動指揮車の全スピーカーを震わせた。それはもはや通信機を通した音声ではなく、情報の激流そのものが物理的な音波となって溢れ出したかのようだった。千姫は、コンソールにかけた手が、自身の制御を離れて微かに震えるのを感じた。それは恐怖ではない。あまりにも美しく、あまりにも絶望的な「勝利への糸口」を提示されたことによる、魂の戦慄だった。


「リクト君……! “核”の正確な位置を捉えたのか!」


「はい。アビス・ラの核、それがこの怪物の唯一の弱点です。……ですが、今の僕の拳では、あの分子凍結装甲の閾値を超えて破壊することはできない。……武器が欲しい。一撃で核を砕き、エネルギーを直接ぶち込むための……“器”が必要なんです。……そちらに、そんなモノは無いですか!?」


「器……?」


千姫は、その言葉の意味を瞬時に咀嚼しきれなかった。最新鋭のレールガンか、熱核徹甲弾か。いや、それらはすべてアビス・ラの冷気の前では無力化されることが証明済みだ。リクトが求めているのは、既存の兵器体系には存在しない「高密度な意志の伝導体」としての何かなのではないか。その逡巡を、無慈悲な現実が断ち切った。アビス・ラが、突如としてその機動を変化させたのだ。怪物の赤く光る眼が、リクトの動きに「適応」し始めた。


「がぁっ……!」


回避不能のタイミング。アビス・ラの巨大な爪が、リクトの左肩を真正面から捉えた。バキバキと、テロス・ギアの超硬質装甲が、まるで硝子のように軋む不気味な音が響く。リクトの肉体に、神経を直接焼かれるような激痛が走り、彼のバイタルデータがモニター上で真っ赤に染まる。


((シホ))『リクト君!!』


「アビス・ラの反射・戦闘速度が指数関数的に上昇しています! リクト君の速度とパターンに適応し始めた! このままでは……リクト君の戦闘データをすべて吸収し、奴はさらなる次元へ成長する!」


秋吉の悲痛な報告。朱雀もまた、ディスプレイに並ぶ絶望的な数値に顔を歪めた。「千姫さん! 彼を下げさせましょう! このままでは確実に……」


「……」


千姫は、リクトが言った「器」という言葉、そして目の前で展開される、人類の進化と旧神の再臨が衝突する地獄絵図を、極限の集中力で俯瞰していた。科学が通じない相手に、科学で挑むのは愚行だ。リクトという強大なエネルギーを、物質的な限界を突破して一点に集束させ、あの分子凍結装甲を物理的に「斬り裂く」ための触媒。この荒野において、唯一、その条件を満たし得る「器」は……。


「!! 青龍! 貴様の太刀をリクト君に投げ渡せ! 白虎は死ぬ気で全弾斉射、一瞬でもいいから奴の意識を逸らせ!」


________________________________________


14.5. 太刀の継承:最後の希望


Ⅰ. 狂気の陽動:白虎の焦土作戦


「あああああッ! 喰らいやがれ、このバカ野郎ッ!」


白虎の咆哮が、凍てつく荒野の静寂を暴力的に引き裂いた。彼の両腕に抱えられた大型改造テーザー銃は、もはや本来の設計寿命を遥かに超越していた。昇圧トランスは白熱し、絶縁被覆が溶け出す不気味な異臭を放っている。だが、白虎はその過負荷を無視し、トリガーを限界まで引き絞った。放電極から放たれたのは、もはや火花ではない。それは「プラズマの奔流」と呼ぶべき、青白い破壊の光条だった。


アビス・ラは、自らの領域を侵すその不快な熱源に対し、漆黒の巨躯を僅かに揺らした。白虎の一撃は、アビス・ラの絶対零度の障壁を貫くには至らない。しかし、その強烈な光と電磁ノイズは、怪物の「感覚器官」とも呼べる事象感知能力を一瞬だけ飽和させ、その注意をリクトから逸らすことに成功した。


「今だ! 青龍ッ! 行けえええッ!」


白虎の叫び。それは、自身の武器が自爆し、両腕を失うリスクさえも度外視した、決死の陽動であった。


Ⅱ. 術式の媒体:青龍の太刀


青龍は、千姫の怒号に近い指示を、脳の最も深い領域で受理していた。彼は、荒野を裂くように疾走した。その手には、背から引き抜かれた一振りの太刀が握られている。それは玄武チーム、ひいては人類が秘蔵してきた「オーパーツ」の一つであった。刀身には、科学によって解析不能な超古代の幾何学模様と、後世の陰陽師たちが重ねて施した呪術的な増幅回路が、微細な彫刻となって刻まれている。


「リクト! この太刀を、貴様に託す……!」


青龍の声が、リクトのテロス・ギアが放つ高周波ノイズを切り裂いて届く。「これは単なる刃ではない。数千年の時をかけ、人間の『意志』を物理的な硬度に変換し続けた、術式の“究極の媒体”だ! 地球上で、これ以上に固いエネルギーの伝導体は存在せん!」


青龍がリクトに接近したその刹那、アビス・ラの反撃が二人の空間を薙いだ。「分子凍結波」の再来。それは目に見える大気の断層となって押し寄せ、触れるものすべてを「静止」へと追い込む。二人は、超人的な反射神経でその「死の境界」を回避した。波が通り過ぎた後の地面は、乾燥した土壌が瞬時に水分を凝結させ、ガラス細工のように鋭くヒビ割れた氷の海へと変貌していた。


Ⅲ. 融合する新旧の力:NCUの解析


リクトの右手が、青龍から放り投げられた太刀の柄を捉えた。その瞬間、リクトの視界を覆うテロス・ギアのNCUネクサス・コア・ユニットが、異常な警告アラートを点滅させた。


【警告:未知の構造を持つエネルギー増幅体を検知】


リクトは、手に取ったその太刀を“視た”。NCUが提供する拡張現実の視界の中で、古い刀身に込められた術式の痕跡が、青白い血管のように脈動し始める。それはリクト自身のテロス・ギアが発する反作用性エネルギーと、驚異的な親和性を示した。


(……これなら。これなら、あの凍結装甲の『硬度』を超えて、中心の『核』を物理的に断ち切れる……!)


リクトの口元に、戦慄にも似た、微かな笑みが浮かんだ。彼は太刀を両手で保持し、その冷たい刃の背を、自身の額に当てた。テロス・ギアのバイザー越しに、彼は静かに目を閉じる。周囲で荒れ狂うアビス・ラの咆哮も、白虎の絶叫も、すべてが真空の彼方へと消えていく。リクトの脳内では、テロス・ギアのNCUがフル稼働していた。自身の「テロス・エネルギー」と、太刀に秘められた「古代の意志」を融合させるための、唯一の共振周波数を探り当てる。


(繋がれ……。僕の『熱』と、この『刃』……!)


リクトの全身から立ち上る青い冷気が、太刀の刀身へと吸い込まれ、銀色の刃が未知の輝きを放ち始めた。それは、科学と神秘が手を携えた、人類史上最も鋭利な「反撃の火蓋」であった。


________________________________________


14.6. 決死の陽動と炎の嵐


Ⅰ. 鉄錆と呪符の死線


ネバダの夜。ポイントN423は、もはやこの世のものとは思えない異界へと変質していた。リクトが太刀を掲げ、意識を深淵へと沈めるその背後。一秒、いやコンマ一秒の時間を稼ぎ出すため、白虎と青龍の二人は、再び「死の権化」であるアビス・ラへと向かって踏み出した。白虎は、過負荷で焼き切れた改造テーザー銃を荒野の砂礫へと投げ捨てた。代わりに腰のホルスターから引き抜いたのは、タクティカル・ナイフ。


「……はは、こいつはとうとういけねぇな。ナイフ一本で神様に喧嘩を売るなんて、俺も焼きが回ったぜ」


「黙れ。……行くぞ、白虎」


青龍の静かな、しかし確信に満ちた声が響く。彼は懐から、これまでの戦闘で消耗しきった残りの呪符をすべて取り出した。指先に籠めるのは、自身の生命力を直接変換した濃密な呪力。それは意志を持つ光の刃となり、アビス・ラの視覚センサーを攪乱すべく、全方位から殺到する。「うおりゃあああッ!」白虎が、その隙を突いて地を這うような低空移動で肉薄する。アビス・ラの脚部、その黒い体毛が密集する部位に向けて、渾身の力でナイフを突き立てた。だが、手応えは最悪だった。分子凍結現象によって硬化し、ダイヤモンドに匹敵する剛性を得た体毛は、ナイフの刃先を無慈悲に弾き飛ばす。火花が散り、白虎の腕には骨を砕くような反動が走った。


Ⅱ. 黒毛の雨と絶望の連鎖


戦況を支配するアビス・ラに、変化が生じた。怪物は、自身の体表を覆う無数の黒い体毛を一斉に逆立たせた。それは、周辺の冷気を一点に収束させ、物理的な「弾丸」へと転換するための予備動作であった。


「伏せろッ! 白虎ッ!」


青龍の絶叫が響くのと同時だった。シュシュシュッ、という空気を切り裂く高周波の音と共に、数千、数万の黒毛が全方位に向けて射出された。それは単なる物理的な矢ではない。一つ一つが絶対零度のベクターを持ち、接触した物質の分子構造を瞬時に破壊する死の雨だ。白虎は、本能的な危機感知能力で地面に伏せ、砂塵の中に身を隠した。だが、空を舞っていた青龍の式たちは逃げ場がなかった。光を失って粉々に砕け散っていく。霊的な干渉さえも、アビス・ラは「静止」という暴力で解決してしまったのだ。


「……もはや、掠り傷一つ付けさせねぇってか」


立ち上がった白虎が、再びナイフを構える。だが、眼前のアビス・ラは、全身の体毛をさらに硬化させ、鉄壁の要塞と化していた。指揮車内。朱雀は、モニターに表示される二人のバイタルサインを見て、唇を噛んだ。「まずい! 二人とも、心拍数と酸素消費量が限界値を越えている! このままでは、ショック死するか凍死する!」


Ⅲ. 覚醒の白熱:理を焼き切る刃


その時、情報オペレーターの秋吉博子が、悲鳴にも似た歓喜の声を上げた。「千姫さん!……リクト君が!」


リクトの手にある太刀が、異常な変容を遂げていた。最初は微かな黄色。それが鮮烈な紅へと変わり、ついには人間の視覚が捉えきれないほどの「純白」へと到達する。刀身の周囲の大気は、あまりの高熱によって陽炎のように歪み、アビス・ラが作り出した絶対零度の領域を、力ずくで物理的に抉り取っていた。


「熱エネルギーが、指数関数的に上昇しています! 推定中心温度、五千度を突破!」


「! 分かった……テロス・ギアの反作用エネルギー、すなわち『存在の否定』に抗う力を、あの太刀の古代術式が『熱』という物理現象に変換し、一点に凝縮しているんだ!」


モニター越しに、リクトの声が届く。それは、これまでの混乱や苦悶が嘘のように澄み渡り、絶対的な自信に満ちた響き。


「……千姫さん。白虎さんと青龍さんを、退避させてください。ここからは……人間の領域ではありません」


千姫は、その声に宿る「王」の威厳に圧倒されながらも、即座に叫んだ。


「白虎、青龍! 全速で離脱しろ! 退避!! 後の舞台は、リクトに譲れ!」


荒野を、白熱した光が支配し始めた。二つの極北が激突する、神話の終幕が始まろうとしていた。


________________________________________


14.7. 運命の一撃:炎嵐


Ⅰ. 白熱の序走と守るべき未来


荒野の夜、絶対零度の帳を強引に引き裂き、一条の純白の光が屹立していた。リクトの掲げた太刀。それはもはや鉄の塊ではなく、テロス・ギアの反作用エネルギーを「熱」という物理現象に変換・増幅し続ける、制御不能の核融合炉と化していた。


「リクト君……! 嘘でしょう、バイタルが……全回路がオーバーヒート寸前よ!」


シホの悲鳴に近い通信が、リクトの脳内に直接響く。リクトは、血の混じった吐息を一つ、白く輝く空気の中に逃がした。


「シホさん、大丈夫です。……みんなの未来、ここで守って見せますから」


リクトの足が砂礫を蹴る。踏み出すごとに、周囲の大気は断熱圧縮と高熱によって爆ぜ、彼の背後には真空の道が拓かれる。リクトという「希望」を信じ、地獄の底のような荒野を駆け抜けてゆく二人の背中に、光が降り注ぐ。


Ⅱ. 蹂躙と献身:肉薄する死の顎


リクトは超高速移動を開始した。リクトの足元で、荒野が爆ぜる。


(ズルッ!)鈍く、重い衝撃音が戦場に響き渡った。


リクトの右肩が、アビス・ラの巨大な牙によって、装甲ごと、肉ごと、無慈悲に食いちぎられていた。テロス・ギアの超硬質ラミネートが、硝子が砕けるような音を立てて飛散し、鮮血が噴き出す前に、アビス・ラの冷気がそれを赤黒い氷へと変える。だが、その激痛と喪失の刹那こそ、リクトが待ち望んでいた唯一の勝機だった。


「……捕まえたぞ」


リクトの右腕――太刀を握り締めたその腕は、肩を失いながらも、慣性と執念によってアビス・ラの胸部、あの分子凍結装甲が最も薄くなる接合部へと深く突き刺さっていた。アビス・ラは、誕生以来初めて受けた「決定的なダメージ」に、その動きを完全に停止させた。


リクトは、視界が真っ赤に染まる中で語りかける。「アビス・ラ……。お前も、人間のエゴが生み出した『拒絶』の成れの果てなんだな。寂しかっただろう? ……もういい。ここで、終わりにしよう」


リクトは残った右足で太刀の柄を強引に蹴り上げ、刃をさらに怪物の体内へ、深淵へと沈め込む。太刀の先端が、ついにアビス・ラの核、その高密度エネルギーの特異点に到達した。


Ⅲ. 爆縮の炎嵐:事象の終焉


リクトは残された左手で、アビス・ラの巨大な首元に抱き着いた。自らを燃料とし、怪物を炉心とする、心中にも似た抱擁。炎嵐の中心で、リクトはなおも“視て”いた。テロス・ギアのNCUが、アビス・ラの核が完全に崩壊していないことを告げる。彼は左手で太刀の峰を掴み、自身の全生命エネルギーを、反作用性エネルギーの奔流として太刀に叩き込んだ。


太刀の先端が溶け出し、液状化した超古代の金属がアビス・ラの核を物理的に包囲し、中和し始める。アビス・ラは、核を焼かれる断末魔の苦痛ゆえか、狂ったように荒野を粉砕し始めた。だが、その咆哮が消えぬうちに、核の完全被覆が完了した。


(ゴウン!!!)


空間が内側に吸い込まれるような重苦しい衝撃。アビス・ラの内部から、行き場を失った光の激流が漏れ出し、怪物の巨躯は内側から弾け飛んだ。


飛び散るアビス・ラの破片――それはかつて世界を凍らせた漆黒の絶望であったが、もはや分子凍結のエネルギーを失い、ただの灰色の霧となって大気中に霧散していく。白い蒸気は地に落ちることなく、朝を待つ荒野の空へと溶けて消えた。


荒野に、再び静寂が戻った。砂塵が舞い降りる中、リクトのテロス・ギアを彩っていた青い燐光は、完全に消えていた。そこには、右肩を失い、ボロボロになった少年の肉体だけが、静かに横たわっていた。


「EOF」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ