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第84話 数値の暴力

挿絵(By みてみん)


 港区の一等地。かつて子供たちの声が響いていた私立小学校の跡地は、今や世界中が最も注目する「聖域」へと生まれ変わっていた。

 外観こそ趣のある赤レンガ造りのままだが、大講堂の内部は異様な空間と化していた。床や壁には太いケーブルが無数に這いまわり、ステージ上には巨大なモニターとサーバー群が鎮座している。


 そこに集められたのは、書類という名の「心眼」と「直感」の選別を突破した、数百名の第一次選考通過者たち。

 その八割は、日本全国から選ばれた10代の少年少女たちだ。彼らの顔には「自分が新しい時代の主役になるのだ」という期待と、特有の緊張感が入り混じっていた。


「……選別は終わっていない。ここからは数字で現実を見てもらう」


 ステージの中央に立つ源田壮一郎が、冷徹な声で講堂全体を制圧した。


「文句は一切受け付けん。己の価値を、その目で確かめろ。……始めろ、木島」


「ひひっ! 待ってました!」


 配線の山の中から、ボロボロの白衣を着た木島博士が飛び出してきた。彼の手には、多数のセンサーとコードが繋がったヘルメット型の機械が握られている。


「諸君、自分の『価値』を数字で突きつけられる準備はいいか? 聖女教科学技術局の叡智の結晶、『きじま君2号スカウター』、起動だぁ!」


          ◇


 測定が始まった。

 候補者たちが次々とステージに上がり、ヘルメットを被らされる。

 モニターには『魔力値:30 / 放出系』『魔力値:45 / 体感系』といった数値が表示されていく。どうやら、50前後が一般の合格ラインのようだった。


 やがて、有名進学校の制服を着た、いかにもエリート然とした10代の少年が自信満々に登壇した。

 ヘルメットを被り、深呼吸をする。


『ピピッ』


 モニターに表示された文字は、【魔力値:120 / 変質系】。


「120……素晴らしい!」


 木島がマイク越しに叫んだ。


「一般枠としては文句なし、1000人に1人の天才だ!」


「よっしゃあっ!」と少年がガッツポーズを決め、講堂の候補者たちから「120だと……!?」「さすが神童だ」と驚嘆のどよめきが上がる。

 少年は誇らしげな顔でステージを降りた。彼らはまだ知らなかったのだ。ここから始まるのが、才能のインフレという名の「絶望の階段」であることに。


「次! クライ国特別枠、ニコラ!」


 呼ばれて登壇したのは、泥を落とし、真新しい服を着せられた少年だった。しかし、その瞳の奥には、凄惨な戦火を潜り抜けてきた者特有の、研ぎ澄まされた刃のような光が宿っていた。

 言葉の通じない異国の少年に、木島がヘルメットをセットする。


『ピピピピッ!』


 ゲージが先ほどの「120」を瞬時に置き去りにし、けたたましい音と共に跳ね上がった。


 モニター表示:【魔力値:680 / 変質系】


「……680だ。ひひっ、変質系か」


 木島が喉を鳴らして笑う。


「こいつは魔力を何に変質させられるのか楽しみだ。実戦で磨かれた魔力は次元が違うぜ!」


 講堂が水を打ったように静まり返った。

 先ほど「天才」と持て囃された少年が、顔を青ざめさせて絶望している。680。それはもう、努力や才能で埋められる壁ではない。


 だが、インフレは止まらない。


「次! 自衛官……」


 呼ばれたのは、筋骨隆々の現役自衛官の男性だった。背筋を伸ばし、微動だにせずヘルメットを被る。


 モニター表示:【魔力値:750 / 放出系】


「750! 放出系か!」


 木島が興奮で声をひっくり返した。


「鍛え上げられた精神力が、そのまま純粋な火力になってやがる!」


 さらに、金髪の愛らしい少女がSPを伴って登壇する。


「アメリカ合衆国特別枠、アリス・ハワード!」


 アリスは堂々とステージに上がると、審査員席で暇そうにしているヒミコに向かって笑顔で手を振った。ヒミコも、もぐもぐと口を動かしながら「ん」と小さく頷き返す。

 木島がアリスにヘルメットを被せた。


『ピピピピピピピ!』


 これまでで最も強烈な警告音が講堂に鳴り響く。


 モニター表示:【魔力値:800 / 干渉系】


「……は、800……干渉系だと!?」


 木島が目を見開いて叫んだ。


「何に干渉できるんだ!? 超大国の令嬢は中身まで怪物か!」


 候補者たちの心は完全にへし折られていた。800。一個師団を相手にできるほどの、国家戦略級の数値。やはり大国の切り札が最強なのか。誰もがそう確信した、その時だった。


          ◇


「次。……スーパー勤務」


 呼ばれて上がってきたのは、くたびれたカーディガンを着た30代の男性だった。どこにでもいる、少し猫背の冴えない風貌。

 彼は、ヒミコが不合格の山から「おにぎりを美味しそうに食べるから」という理由だけで拾い上げた男だ。

 エリート候補生たちが「なぜあんなおっさんが」と訝しむ中、男は申し訳なさそうにヘルメットを被った。


『ギュィィィィン!!』


 モニターのゲージが、アリスの800を粉砕して突破した。


 モニター表示:【魔力値:1200 / 体感系】


「1200!?」


 木島がマイクを落としそうになった。


「馬鹿な、体感系でこの数値だと!? ただの店員じゃねえ、こいつは神経系が完全にバグってるぞ!」


 審査員席のレイナがサングラスをずらし、『心眼』でその男を見るなり、ゾクッと背筋を震わせた。表面の凡庸さの下に、底知れぬ深海のような魔力が渦巻いている。


「次! ……無職」


 さらに登壇したのは、前髪が長く、人と目を合わせようとしない10代後半の引きこもりの少年だった。これもまた、ヒミコ銘柄である。


 モニター表示:【魔力値:1500 / 干渉系】


「……1、1500……!?」


 木島の声が、ついに悲鳴に変わった。


「干渉系!? アリスの倍近い出力だと!? ひひっ、お前、部屋に閉じこもって何を練り上げてやがったんだ!」


 大講堂は、もはや静寂すら通り越して、絶対的な「虚無」に包囲されていた。

 120で天才と呼ばれた神童たちは魂を抜き取られたような顔になり、アリスですら目を丸くして彼らを見つめている。

 自分たちが積み上げてきた努力や経歴が、名もなき一般人たちに文字通り「蹂躙」されたのだ。


          ◇


「……さて」


 阿鼻叫喚の空気を一刀両断するように、源田が立ち上がった。


「最後に、お手本を見せてやろう。校長、前へ」


「……もぐもぐ。ん。お手本?」


 ヒミコは、半分食べたツナマヨおにぎりを片手に持ったまま、のてのてとステージ中央へ歩み出た。そして、木島から受け取ったヘルメットを、サイズも合わせずに無造作に頭にポンと乗せる。

 1500という驚愕の数値を叩き出した者たちを前にしても、彼女の関心は「おにぎりの海苔が少し湿気ってきたな」という程度にしか向いていない。


 木島が、震える指で測定開始のボタンを押した。


 その瞬間。


『ピーーーーーーー! 警告! 警告! 測定不能オーバーフロー!』


 モニターの数字が1000、5000、9999と無限回転を始め、画面全体が真っ赤に発光してエラーメッセージを吐き出す。

 限界を突破した魔力の波動が、機械そのものの許容量を物理的に破壊し――。


『ドォォォォォン!!』


 けたたましい爆発音と共に、きじま君2号が激しい火花を散らして木っ端微塵に吹き飛んだ。

 大講堂に真っ黒な煙が立ち込める。


「あああああ! 俺の最高傑作がああぁぁぁ! 何てことをしてくれたんだヒミコ様ぁぁ!」


 配線の残骸を抱きしめ、床に崩れ落ちて泣き叫ぶ木島。

 煙が晴れると、そこには焦げて真っ黒になったヘルメットの残骸を頭に乗せたまま、パチパチと瞬きをするヒミコの姿があった。

 もちろん、彼女自身には傷一つない。


「……あ。壊れた」


 ヒミコはそうポツリと呟くと、何事もなかったかのように、手に持っていたツナマヨおにぎりの残りを一口で放り込み、幸せそうに咀嚼し始めた。


 呆然と立ち尽くす数百名の新入生たち。

 彼らは骨の髄まで理解した。この学校のトップは、文字通り「次元が違う」のだと。


 その光景を見渡した源田は、極めて事務的に告げた。


「……まあ、そういうことだ。解散」


 規格外の怪物が集う魔法学院の初日は、機材の爆発とツナマヨの香りとともに、圧倒的な絶望と畏怖を刻み込んで幕を閉じたのだった。



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