第83話 選別
港区の廃校跡地、その旧体育館。
そこは今、紙と電子データの海に沈んでいた。
「……応募総数、百十万四千三百二十二通。しかも、今この秒間にも増え続けている」
源田壮一郎は、特設サーバーの稼働状況を示すモニターと、体育館の床を埋め尽くすように積まれた物理的な郵便袋の山を交互に見やり、深くため息をついた。
魔法学院の設立と、その破格の募集要項が発表されてからわずか数日。世界中がパニックに陥る中、文字通り世界中から応募が殺到していたのだ。
「国籍を『日本限定』にしたにも関わらず、偽造パスポートや怪しげな帰化申請中の連中までが送りつけてきている。……一通あたり一秒で目を通したとしても、開校までに全員寿命を迎えるぞ」
源田が肩をすくめると、傍らで準備運動をしていたレイナが、自慢のサングラスをクイッと頭の上に乗せた。
「お任せあれ、ゲンさん。こんな紙切れの山、私が一瞬で『お掃除』してあげるわ」
レイナは郵便袋の山に向かって歩み寄り、両手をかざした。
彼女の瞳の奥で、神秘的な魔力の光が瞬く。
「『心眼』、フル稼働!」
瞬間、レイナの視界が極彩色の情報空間へと切り替わった。
履歴書というものは、書いた人間の強い念が宿る。特に「魔法使いになりたい」という強烈な欲望を込めて書かれたものであればなおさらだ。レイナの目には、封筒やデータ越しに、応募者たちの『魂の残滓』が色となってはっきりと視えていた。
「はい、この束は真っ黒! 祖国への忠誠心と潜入工作の意図がドロドロにこびりついてるわ。共和国とどっかの国のスパイね。全部シュレッダー行き!」
レイナが指を弾くと、剣崎が目にも止まらぬ神速で該当する段ボール箱を抱え上げ、業務用大型シュレッダーへと放り込んでいく。
「こっちのデータはドブ色に濁った黄色ね。『魔法の力で一攫千金』って邪念が透け透け。はい、デリート! ……あ、この子は綺麗な青色だけど、魔力が全然足りてないわ。不合格!」
レイナの仕分け速度は、もはや人間業ではなかった。
書類を一瞥するどころか、段ボール箱やサーバーのフォルダに視線を向けるだけで、「黒」「泥色(強欲)」「灰色(無能)」を次々と弾き出していく。
各国が血の滲むような思いで用意した完璧な経歴の「偽装履歴書」が、名前すら読まれることなく、ただ『色』が汚いという理由だけで物理的・電子的に粉砕されていった。
◇
「ひひっ! レイナの直感もいいが、科学的な裏付けも必要だろ!」
書類の山から飛び出してきたのは、ボロボロの白衣を着た木島博士だった。
彼が愛おしそうに抱えているのは、無数のコードが繋がったヘルメット型の奇妙な機械だ。
「聖女教科学技術局・第二号発明品! 『魔力適性測定器・きじま君2号スカウター』だ!」
「……また変なものを作ったな」
源田が呆れる中、木島は近くで段ボールを運んでいた三上翔を捕まえ、無理やりヘルメットを被せた。
「おい三上! ヒミコ様のことを全力で思い浮かべてみろ!」
「へ? ヒミコ様ですか? そりゃもう、ヒミコ様は天使で、毎日おにぎり食べてる姿が尊くて、僕の人生のすべてで――ッ!」
三上がオタク特有の早口で語り始めた瞬間、ヘルメットに繋がったモニターの数値が爆発的に跳ね上がった。
『ピピピピッ! 警告! 魔力値オーバーフロー!』
「ひひっ! すげぇ! 推しへの愛(魔力)が臨界点を突破してやがる! 完全に魔力放出系のカンスト値だ!」
木島が狂喜乱舞する横で、今度は真壁楓が静かにヘルメットを被った。
彼女が静かに目を閉じ、『絶対防御』のイメージを脳内に描く。すると、モニターの波形が一切のブレをなくし、一直線の美しい安定した数値を弾き出した。
「完璧だ! 真壁の魔力制御力は精密機械並みだぜ! この二人のデータを基準値にすれば、レイナが弾き残した候補者の中から、正確に『才能の原石』を数値化できる!」
科学と魔導の悪魔合体による、あまりにも効率的すぎる足切りシステム。
百万通あった応募書類は、わずか数時間で数百通にまで絞り込まれていた。
◇
「……サクッ。もぐもぐ」
そんな大人たちの狂乱の仕分け作業をよそに。
ヒミコは、高く積まれた不合格の段ボール山の頂上に座り、ツナマヨおにぎりを幸せそうに頬張っていた。
彼女は、ふと足元に落ちていた一枚の履歴書を拾い上げた。レイナが「灰色(無能)」と判定し、シュレッダー行きになったゴミの束からこぼれ落ちたものだ。
「……ゲンさん。この人、ほしい」
ヒミコが指差した履歴書を見て、源田は眉をひそめた。
「ヒミコ、それはレイナが魔力ゼロだと弾いた不合格者の山だぞ。ただの30代のスーパーの店員じゃないか」
「ううん。この人、おにぎり、すっごく美味しそうに食べるお顔してる」
ヒミコの独自のすぎる「おにぎり基準」に、源田がため息をつこうとしたその時だった。
「……ちょっと待って」
レイナが慌てて駆け寄り、ヒミコが持っている履歴書の写真を『心眼』で凝視した。
サングラス越しのレイナの目が、驚愕に見開かれる。
「……嘘。私、見落としてた。表面は平凡な灰色でコーティングされてるけど、その奥底に……『無色透明』な、とんでもなく巨大な原石が眠ってるわ!」
レイナの言葉に、木島も慌てて「きじま君2号」のセンサーを履歴書に向けた。
ピリッ、と機械が微弱だが異常な波長を捉える。
「ひひっ……マジかよ。魔力ゼロじゃねぇ、『無自覚すぎて魔力が内側に完全に隠蔽されてる』だけだ! こいつ、育て方次第で化け物になるぞ!」
源田は、ツナマヨおにぎりをもぐもぐと咀嚼するヒミコと、その履歴書の写真を交互に見比べた。
最新鋭の魔導科学スキャナーと、超感覚の心眼。それらすべてをすり抜けた原石を、ただの「直感」で拾い上げたのだ。
「……やれやれ。校長先生の直感には勝てないな」
源田は不敵な笑みを浮かべ、その履歴書を『合格』のファイルへと移した。
「よし、選別は終了だ。残った精鋭たちに、第一次選考通過の通知を送るぞ」
源田がノートパソコンのエンターキーを、重々しく叩き込んだ。
◇
その日の夜。
各国の諜報機関や政府の中枢では、信じがたい報告に絶望の悲鳴が上がっていた。
「……長官! 我が国の誇るトップエリート工作員たち、偽装書類を完璧に仕上げた者も含めて、全員『一次選考落選』の通知が届きました!」
「なんだと!? では、一体誰が通過したというのだ!?」
「それが……現在判明している限りでは、しがないフリーターや、地方のパン屋、定年退職した老人など……全く基準が分かりません! 我々の分析チームは完全にパニック状態です!」
世界最高の頭脳たちが、どれだけ計算しても導き出せない合格基準。
その裏で「おにぎりを美味しそうに食べるか」という超次元の直感が働いていたことなど、彼らが知る由もなかった。
港区の夜景を見下ろす洋館で、第一期生たちの運命の歯車が、静かに回り始めていた。
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