第41話 歴史の煤
港区の洋館。そのリビングには、場にそぐわない重苦しい空気が流れていた。
三上翔と真壁楓の二人が、テレビのニュース画面を食い入るように見つめている。画面の向こう側では、爆撃によって瓦礫の山と化した街並みと、黒煙に包まれる平原が映し出されていた。
「……これ、今朝の映像か?」
三上が呻くように呟いた。
画面には「連邦国によるクライへの全面侵攻、激化」というテロップが踊っている。魔法でビームを放ち、絶対的な盾を展開できるようになった彼らでさえ、国家規模の暴力がもたらす凄惨な光景には言葉を失っていた。
「ええ。連邦国のミサイルがクライの居住区を直撃したそうよ。死傷者は増え続けているわ」
真壁が、元刑事としての鋭い眼差しを画面に向けながら、怒りに拳を震わせる。
一万円で病を治し、目の前の悪を「お掃除」する。そんな自分たちの日常のすぐ外側に、一瞬で数千、数万の命を奪い去る「巨大な汚れ」が厳然として存在していた。
「……なぁ、ゲンさん。なんでこんなことになってるんですか?」
三上が、背後でコーヒーを淹れていた源田に問いかけた。
源田はカップに黒い液体を注ぎながら、冷淡とも取れる冷静さで口を開いた。
「あれは、一人の悪党をお掃除して済むような単純な話じゃない。数十年、いや数百年にわたって積み重なった『歴史の煤』が発火したんだ」
源田は椅子に深く腰掛け、ニュース画面を指差した。
「原因の第一は、クライの『西側シフト』だ。連邦国にとって、かつての同胞であるクライが欧州連合や安全保障条約機構――つまり西側諸国へ接近することは、喉元に刃を突きつけられるような致命的な脅威だった」
「……でも、どの国と仲良くするかは、クライが決めることじゃないんですか?」
三上の純粋な問いに、源田は皮肉な笑みを浮かべる。
「理屈ではそうだが、連邦国という巨人はそれを許さなかった。転換点は2014年だ。『ユーロマイダン革命』で親連邦国派の政権が崩壊したことで、彼らはクライへのコントロールを完全に失うことを恐れた。その直後だ、連邦国がミリア半島を一方的に併合し、東部での紛争を煽り始めたのは」
真壁が頷く。
「ミリア半島の強制併合……。あれが全ての始まりだったのね」
「連邦国のトップには、特有の国家観がある」
源田は言葉を継いだ。
「彼らはクライと自分たちが歴史的に一体の民族だと言い張っている。相手を主権国家として認めず、自分たちの勢力圏に取り戻そうという強烈な野心。そこに2022年、『住民保護』や『非ナチ化』という名目を無理やりくっつけて始めたのが、この全面侵攻だ」
リビングの隅で、レイナがサングラスをずらし、モニターの向こう側に広がる「色」を読み取ろうとしていた。
「……酷いわ。あの戦場、もう何色も見えない。巨大な憎しみと、支配したいっていう醜い執着が混ざり合って……どす黒い灰色の霧が立ち込めているわ」
レイナの言葉に、三上が唇を噛む。
画面には、泣き叫ぶ子供の手を引く母親の姿。
独立を守ろうとするクライの必死の抵抗。
そして、自国の影響下を死守しようとする連邦国の圧倒的な暴力。
二つの国の思惑が、取り返しのつかない泥沼の中で激しく衝突していた。
「一万円を握って行列に並ぶこともできない連中が、広い大地で殺し合っている。……滑稽な話だ」
源田は飲み干したカップをテーブルに置いた。
彼の言葉は冷たい。だが、それは国家という巨大なエゴが、いかに個人の尊厳や奇跡を無力化させるかを知り尽くしている者の言葉だった。
「さて、仕事だ」
源田が立ち上がり、玄関の方を顎でしゃくった。
外からは、いつものように行列のざわめきが聞こえてくる。
「世界中の『歴史の煤』までは掃除してやれんが……せめて、ここに並んでいる一万円の客くらいは綺麗にしてやろうじゃないか」
三上と真壁は顔を見合わせ、深く頷いた。
海の向こうの戦争を止める力は、今の彼らにはない。
けれど、自分たちが守るべき場所――この洋館と、そこにいる聖女だけは、決して歴史の汚れに染ませはしない。
騎士たちはそれぞれの持ち場へと向かう。
洋館の外では、今日も変わらず、一万円の奇跡を待つ人々が列を作っていた。
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