シーン2:感情反応の排除
教室でも、回廊でも、食堂でも。
行事の前後に生じる、避けようのない接触の中で、主人公は王子と何度も顔を合わせた。
そのたびに、やり取りは同じ形を取る。
挨拶は、過不足なく整えられている。
声量も、言葉の選択も、相手の立場に即している。
早すぎず、遅すぎず、誰が見ても正しいと判断できる速度で行われる。
敬意は示される。
だが、そこに感情は含まれない。
親しさを誤認させる柔らかさも、距離を詰める含みも排されている。
会話は要点だけで完結する。
必要な確認、形式的な応答、簡潔な謝意。
話題が広がる余白は、意識的に残されない。
王子が言葉を足せば、主人公は受け取り、整理し、返す。
そこに遅延も、跳躍もない。
感情的な反射が起きないため、会話は常に平坦なまま終わる。
王子側に、不快感は生じない。
無視されたという感覚も、拒絶されたという認識もない。
同時に、特別な興味が喚起されることもなかった。
彼の中で、評価はすぐに収束する。
――礼儀正しい生徒。
――問題を起こさない相手。
それ以上でも、それ以下でもない。
周囲の反応も同様だった。
視線が集まることはなく、噂が立つこともない。
二人の関係性は、注視される対象にすらならなかった。
教師の記録には、「正常な交流」とだけ残る。
側近や友人の記憶にも、特筆すべき出来事は保存されない。
誰も、この反復を停滞とは呼ばない。
なぜなら、何一つ破綻していないからだ。
正しく接し、正しく終わる。
その繰り返しが、日常として積み重なっていく。
この段階では、
世界はまだ、何も起きていないことを、問題として扱わなかった。




