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シーン5:王子・悪役令嬢との非イベント
回廊の先で、人影が一瞬、視界に入る。
光の具合と人の流れのせいで、それが誰であったのかは、はっきりとは定まらない。
王子だったかもしれない。
あるいは、悪役令嬢だったかもしれない。
肩越しに視線が触れたような気もするし、
単に同じ方向を見ていただけかもしれない。
立ち止まる者はいない。
声をかける者もいない。
足取りは互いに変わらず、距離はそのまま保たれる。
会話は発生しない。
挨拶も、確認も、別れの言葉も存在しない。
ここには、物語的な決着がない。
和解も、対立も、感情の清算もない。
主人公は歩きながら、静かに理解する。
誰も、自分を必要としていない。
それは拒絶ではない。
切り捨てでもない。
ただ、事実として成立している状態だ。
王子は王子として在り、
悪役令嬢は別の配置へと進み、
学園は学園として機能を続けている。
そのどれにも、彼女は不可欠ではなかった。
この非接触こそが、
彼女がヒロインではなかったことを、
最も雄弁に示している。
物語は、ここでも起動しない。




