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シーン4:学園内での最終日常
教室は、いつもと同じ配置の机と椅子を保っている。
窓から入る光の角度も、黒板に残る薄い白墨の跡も、特別な意味を帯びてはいない。
主人公は、その中を静かに通り過ぎる。
回廊では、数人の生徒とすれ違う。
軽く会釈をする者がいる。
視線だけで挨拶を済ませる者もいる。
何事もなかったように、彼女を認識しない者もいる。
彼女が学園を去ることを、
すでに知っている者もいる。
まだ知らない者もいる。
だが、その違いが、行動の差として現れることはない。
誰も足を止めない。
誰も声を上げない。
理由を問う者も、思い出を語り始める者もいない。
中庭では、昼休みの名残が残っている。
笑い声が遠くで弾み、木陰では談笑が続いている。
その中心に、主人公の姿はない。
ここで、はっきりと理解される。
学園の日常は、彼女を軸に構成されていなかった。
彼女がそこにいたことも、
いなくなることも、
日々の流れを歪める要因にはならない。
世界は、彼女を押し出すこともしない。
引き留める必要も感じていない。
主人公は歩き続ける。
その背中を、物語が追うことはない。
学園の最終日は、
特別な出来事を生まないまま、
日常として、正しく消費されていく。




