ラザルスの告白
女王との決戦が避けられない状況の中、誰もが日々忙しそうに過ごしている。
最近は三兄弟と会う機会もほとんどない。知略に優れたユリウスはずっとティベリオやファビウス公爵と会議をしているし、ルークには避けられ続けている。ラザルスは諜報の要としてしょっちゅうユリウスたちに呼び出されているから、やっぱり多忙だ。
そんな時、ラザルスが大量の荷物と共に人気のない作業場に入っていくのが見えて、つい後を追いかけてしまった。顔を見るのも久しぶりだ。
「ラザルス、何か作るの?」
「矢だよ。戦では幾らあっても足りないくらいだからね」
作業場を覗きこむ私に笑顔で答えた後、ラザルスは鳥の羽根で器用に矢を作り始めた。
「私にも手伝わせて」
手先は結構器用な方だし、久しぶりにラザルスと話がしたい。
ラザルスは優しく微笑みながら丁寧にやり方を教えてくれる。少しづつコツが掴めると結構楽しくなってきた。幼い頃よく二人で遊んでいたっけ。ラザルスとはこうした穏やかな時間を過ごすことが多かった。
女王軍には多くの魔物が味方をしていると聞く。魔を追い払う破魔矢をイメージしつつ魔法を籠めながら矢を作っていった。
どうか味方をお守りください。敵の魔を打ち砕きますように。
神様にお願いしたら叶えてもらえるかしら……。あれ? そういえば……。
「ユリア、どうかした?」
ラザルスに尋ねられてぼーっとしていた私は慌てて首を振った。
「ううん、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて……」
すると完成した矢がぼぉっと淡い光を放った。
「何か魔法を籠めたのかい?」
「うん。魔を祓いますようにって祈りながら作っていたから…」
「そっか…それはいいね。本当に悪魔を祓ってくれるといいのにね」
「悪魔…?」
聞き返すとラザルスはハッとしたように苦笑いした。
「ああ、魔物のことだよ。今度女王が攻めてくる時は魔物が勢ぞろいしているだろうからね」
「そうね…。昔、魔を祓う矢の話を聞いたことがあるの。破魔矢って呼ばれていたわ。そんな矢を作れたらいいなって」
前世のことは避けつつ破魔矢の説明をする。
ラザルスは真剣な顔で頷いた。
「そうだね。魔に憑かれると人が変わってしまう。そんな魔を打ち砕いてくれるような魔法を頼むよ」
そう言いながら冗談っぽく私の頭を撫でる。
「……ルキウスの様子が最近変なんだ」
ラザルスの言葉に私の全身がビクッと震えた。胸の中の不安を隠すことができない。
「ユリア、ルキウスと何かあった?」
「う…ん、実は私がルキウスを怒らせてしまったの」
クレメンスとの諍いについて説明するとラザルスが大きく息を吐いた。
話の合間もラザルスの作業をする手は全く止まらず、スピードも落ちない。私も慌ててつい止まっていた作業の手を早めた。
「ルキウスはユリアが好きすぎるからな。嫉妬したんだと思うよ。他の男を庇うのは止めた方がいい」
意外な言葉に私は呆気に取られた。
「…? 嫉妬? そんな感じじゃなかったよ」
ラザルスはふっと笑った。
「ユリアは…もう少し男の気持ちを勉強した方がいい。鈍感すぎて不安になるよ」
ど、鈍感…。確かにそれは否定できないけど、そんなにひどいかしら?
「例えば、僕が子供の頃からユリアのことが好きなのも気づいていないでしょう?」
いきなりの爆弾発言に理解が追いつかず、私は同じ姿勢のまま固まってしまった。
「え……?」
私の強張った表情を見て、ラザルスはクスクスと笑い声を立てた。
「やっぱりね。ホント鈍感だなぁ。心配だよ」
「……その…家族として?」
「いや、一人の女の子として。子供の頃、一緒に過ごせるのが何より幸せだったんだ。ユリアといられるだけで嬉しかった」
「その…恋愛的な…?」
ラザルスは手の甲で一瞬口元を隠して頷いた。でもすぐに作業に戻る。矢を凄い速さで仕上げていく指は止まらない。
「揶揄っているのではなくて?」
無神経な言葉が口をついて出てしまった。真剣な顔のラザルスが作業の手を止めて私の手首を掴んだ。
「ユリア、僕はこんな冗談は言わないよ。ずっと……ずっと好きだった。でも、気持ちに応えてもらえるとは思っていないから安心して」
私は自分の発言を心底後悔した。
「あ、ご、ごめんなさい。あの…いきなりで…びっくりしちゃって…。でも、あの…その、安心してって言われても…」
ラザルスは表情を緩めながらも作業を再開した。
「僕はさ…ずっと片思いでも良かったんだ。ユリアの傍にいられればいいと思っていたし。でも、ユリアは鈍すぎるから。もう少し男の気持ちを知ってほしかったんだ」
「あの…なんで私なんか…」
「僕が好きになったんだ。『私なんか』って言わないでもらえるかな?」
ラザルスは再び作業の手を止めて、私の頭をポンポンと撫でる。
「僕はずっとユリアに恋していたよ。多分、物心ついたころから。君は綺麗だ。容姿だけじゃない。心のありようが綺麗だと僕は思う」
彼の言葉からは深い愛情が感じられた。
有難かった。こんな私を好きになってくれて…。同時に申し訳なかった。気持ちに応えることができなくて…。
こんな風に言ってもらえる資格が自分にあるとは思えない。でも、ラザルスの気持ちには真心が詰まっていて大きな感情の波が涙になって零れ落ちた。
私の目から滝のように一気に涙が溢れ出して、ラザルスはぎょっとした顔で慌てだした。
手元にあった布が綺麗かどうか確認した後、ラザルスは恐る恐る私にそれを差し出した。
……最近もこんなシーンがあったな。
有難くそれを受け取ると私は涙を拭った。今度はちゃんと自分でハンカチを用意しよう。いろいろ最低だ。
泣き止んだ後、気まずい雰囲気の中私たちは黙々と作業を続けた。
ラザルスは告白の返事が欲しいようには見えなかったし、私も何と言っていいのか分からなかった。
大量にあった材料がどんどん減っていき、もう少しで作業が終わるという頃になって、ラザルスがようやく口を開いた。
「僕はユリアの気持ちを分かっているつもりだ。ルキウスが好きなんだろう?」
咄嗟に感情を隠せなかったし嘘をつきたくなかったので黙って頷いた。
「だったら、それをルキウスに伝えてやってくれないか? あいつは今…自暴自棄になっているんだ。色々と拗らせているからな」
「あの…ルキウスに告白したのよ。でも、振られちゃったの…」
ラザルスが驚いた様子だったので私は一連の失恋劇の説明をした。
「そんなことがあったのか……。ユリアに告白されたのに、あいつはなんでこんなに拗らせてるんだ…」
「ルキウスには他に好きな人がいるから仕方がないのよ」
ラザルスは呆れたように溜息をついた。
「よく分からない状況になっているんだな……。ユリウスが『放っておけ』と言った意味が分かった気がする…。でも! もう一度、もう一度でいいからルキウスに気持ちを伝えてやってくれないか?」
「…一度振った女に再告白されるなんて、鬱陶しくない?」
ラザルスはもどかしげに首を横に振った。
「大丈夫だ! 僕が保証するよ。間違いなくルキウスは喜ぶから。頼むから、もう一度だけでいい」
正直気が進まなかったけど、何故か必死なラザルスの言葉に仕方なく頷いた。
***
しかし、その後もルークには会う機会がないまま女王との決戦の日は近づいていた。
王都周辺の斥候から女王軍が出発したという連絡が入り、辺境伯城は完全な臨戦態勢となったのだ。