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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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罪と罰

*精霊王視点です。



「ぎゃあ~~~」

「…どうか…どうかお許しください」

「二度と…二度と精霊王様の森には近づきません!」

「申し訳…申し訳ありませんでした…」


****


ブルーノたち破落戸に最初に対峙した時、奴らは相変わらず傲慢で威張りくさっていた。


「たかが池の花を引き抜いたくらいで?」

「大した罪にはならないでしょう…っへへ」


反省する素振りも見せない奴らに思いっきり仕返しすることを決めた。奴らを全員荒野に転移させた頃、大雨が降り始めた。ふっ、ちょうどいい。


精霊王が天候を操れると勘違いしている人間は多い。大いなる自然を操るなど不可能に決まっている。しかし、多少は当たっている部分もあり雷を操ることはできるのだ。


滝のように降る雨の中、奴らの近くに何十発も落雷を落としてやった。


命を奪うのは後味が悪いので感電させないように気をつけたが、至近距離に雷が落ちる度に「ひぃいいいい!」と悲鳴を上げていたので恐怖を与えるには十分だったろう。


大雨の中泥水にまみれて、土下座する破落戸どもを冷たい目で見おろした。


「あの女王は我の敵だ。女王の味方をするなら次はお前たちを全員殺してやる」


多少誇張しつつ脅しをかける。


「…それに聖女やジェラルドに手を出した場合も命はないと思え。我には多くの精霊が仕えている。お前らが悪事を働けば、すぐに分かるからな」

「は…はい。二度と…二度と…ご迷惑はおかけしません…どうかお許しください」


地面に這いつくばる男たちを放置して私は森に帰った。


まぁ、死にはしないだろう。


***


精霊王の森では、スイレンとジェラルドが待っていた。二人は心配そうに私に駆け寄ってくる。


「あなた…大丈夫?」

「ああ。奴らはもうこの森には手を出さない」


そして私はジェラルドに視線を向けた。


「次は…イリスだな。助け出すぞ」


ジェラルドは感極まったように瞳を潤ませると目の前に跪いた。


「精霊王様に心からの感謝を。生涯の忠誠を誓います」


彼の言葉には誠実さが感じられたので私は頷いた。


再び地の龍神に留守を頼み、私とジェラルドはムア帝国に転移した。


ムア帝国には魔法が使える人材がほとんどいない。いきなり皇宮内に転移しても止められる者はいなかった。


今は辺境伯領だけでなくムア帝国にも激しい雨が降っている。天の龍神に頼んで雨の範囲を広げてもらったのだ。


皇帝と呼ばれる男は貧相で卑しい男だった。


こんな卑小な男にジェラルドがいいように使われていたのかと思うと内心の苛立ちがつのる。


兄のルーペースを殺した一族だ。許されると思うな。


皇帝は何かを喚き続けており警備の兵士や騎士らが襲いかかってきたが、精霊王の敵ではない。


全てを弾き返た後、天に掌を向けると大きな雷が皇宮を直撃した。物凄い音がして皇宮の一部に穴が開く。


もう一撃。もう一撃、と何度も雷を皇宮に落とした。まだ夜になっていないのに空が真っ黒だ。雨風が激しく皇宮の中に入りこんできたせいで皇宮の中も灯りが消えて薄暗い。あちらこちらから女の悲鳴や慌てふためく人間たちの声が聞こえてくる。


皇帝と呼ばれる男は怒りで顔を真っ赤にしながらも罵倒を止めようとしない。


これほどの力の差があってもまだ傲慢な態度を崩さぬか。

魔法も使えないくせに。


内心呆れながら私は指を動かした。途端に糊でくっついたように皇帝の口が無理矢理閉じられた。


口が開かないので喚き声も出てこない。腕を振り上げて威嚇しているようだがサルの人形が踊っているようにしか見えなかった。


やれやれ、ようやく静かになったか。


周囲に奴を守るものは誰もいない。


もう一度指を動かすとバンと大きな音がして皇帝と呼ばれる男の体が天井に打ちつけられた。


そのまま天井から逆さづりにする。男の目が恐怖に見開かれた。


「ジェラルド」


私がすることを呆然と眺めていたジェラルドがハッと我に返った。


「皇帝。どうかイリスを今すぐ解放してください。さもないと…国が滅びますよ」


ジェラルドの言葉を聞いた皇帝の顔が怒りで歪む。指をジェラルドに突きつけて罵倒しようとしているのだろうが、如何せん口が開かない。


私は皇帝と呼ばれる男を睨みつけた。


「今すぐイリスを解放せよ。さもないとこの国を滅亡させる。この嵐も我が起こしたものだ。これ以上我を怒らせるならこの国そのものを自然災害で滅ぼしてやる」


多少の誇張を交えつつ脅しをかけると、皇帝よりもその場にいた高官らしき人間たちが顔面蒼白になりぶるりと震えた。


試しに皇帝と呼ばれる男の口を開いてみると、大量の唾とともに喚き声が撒き散らされた。


「貴様ら! こんなことをしてただで済むと思うな! 絶対にお前たちを殺して…」


再び口を塞ぎ今度は鼻も閉じてみた。逆さに吊るされ息もできなくなった男の顔は真っ赤になり、目尻から涙が溢れている。憤怒が絶望に変わり、最終的には必死に憐れみを請うような表情に変わった。


そろそろ…か。


再び口と鼻を開放すると、はぁはぁと大きく肩で息をする。自分を守る騎士たちはとっくの昔に撃沈していることをようやく理解したのだろう。


「イリスを地下牢から連れてこい」


周囲を見回して助けてくれそうな人間がいないことを確認した後、小さな声で近くにいた文官に銘じた。


「はっ、すぐに!」


慌てて走り去った文官の背中を見送ると、近くにいた高官らしき男が私に向かって跪いた。


逆さ吊りにされた男は衝撃をうけたようで「裏切者!」だのなんだのと喚き始めた。うんざりして、再び口を塞ぐ。


跪いた男はムア帝国の宰相だと名乗った。


「精霊王様の怒りを買ったのは、イリス殿を人質にしたからでしょうか?」

「ジェラルドは私の甥だ。甥を奴隷のように使い、兄を殺したムア帝国を決して許さない」


宰相の目が丸くなり肩が大きく震えた。


「……ま、まさか。あのルーナ皇女の夫君は…」

「私の兄のルーペースだ」


宰相の頭がガクリと落ちる。この国が許されることはないと悟ったのだろう。


「……民衆だけでも助けていただくくことはできないでしょうか?」


宰相の言葉を聞いて『おや…』と思った。


「お前は貴族だろう? 貴族は救われなくていいのか?」

「この国の皇族や貴族は腐っています。でも民衆は日々必死に生きている善良な者たちなのです」

「精霊王様。それは本当です。両親が住んでいた村の住民は皆優しかったとイリスが言っていました。俺が育った村の連中も皆親切にしてくれました」

「なるほど…」


私が指を鳴らすと逆さに吊るされた男の姿は消えた。


「おお! 皇帝陛下が……!?」


周囲の人間は皇帝と呼ばれていた男が忽然と消え慌てている。


「あの男は遥か遠方の山奥に転移させた。命まで取りはしないが、もはやこの国の皇帝ではない。よいな」


宰相と他の高官たちは「はっ」と頷いた。


悲しんでいる者が一人もいないところを見ると、良い皇帝ではなかったのだろう。


その時、文官らに支えられて酷く痩せた女性が入ってきた。


牢獄の過酷さを反映するようにやつれているが、ジェラルドを見つめる瞳はキラキラと輝いている。


「ジェラルド!」

「母さん! イリス!」


抱き合う二人を眺めて安堵の気持ちがこみあげてきた。イリスは瘦せ細っているが、命に別状はなさそうだ。


その時イリスが私の方を見て即座に跪いた。


「精霊王テララ様でいらっしゃいますね。御目文字の機会を頂き、この上ない光栄でございます。このような卑しい姿で大変申し訳ありません」


「私を知っているのか?」


私の問いにイリスは目に涙を浮かべながら答える。


「はい。ルーペース様はしょっちゅうテララ様のお話をされていました。どれほど優秀で素晴らしい弟君がいらっしゃるのかと。弟君をとても誇りに思っておいででした。ご存知のようにルーペース様は金色の瞳をお持ちでした。相手を石のようにして動きを封じてしまう瞳です。テララ様は土、大地の精霊でいらっしゃいます。美しい大地を示す茶色の瞳をされている、と何度もお話を伺いました」


ルーペースの言葉を聞いて胸がギュッと熱くなる。そんなことを言ってくれていたのか…。


「ルーペースは石になったと聞いた。落ち着いたらその場所に案内してもらえるだろうか?」

「はい、勿論です! ルーペース様もルーナ様も喜びます」


目尻からポロポロと溢れる涙を拭おうともせずにイリスは私に笑顔を向けた。


強い女性だ。ユリアを思い出す。


ジェラルドとイリスならこの国を任せてもいいかもしれない。


私は宰相に声をかけた。


「ジェラルドとイリスにこの国の運営を任せるのであれば、この国を滅ぼすのを考え直してやっても良い」


そう言っている間にも、ひっきりなしに強い雨や激しい雷の音が聞こえる。


宰相には思いがけない言葉のようだった。


「…そ、それは…次の皇帝をジェラルド様にするように…ということですか?」


即座に反応したのはジェラルドだった。


「俺は皇帝になんかなりたくない!」


まぁ、そうだろうな。精霊は縛られるのが嫌いだ。


「国を立て直すまでの間でどうだ? 暫定的なものだ。国を存続させたいならそれが最後の機会だな」


「ジェラルド様。どうか…どうかお願い申し上げます! 我が国をお守りください」


宰相とその場にいた人間は全員ジェラルドに向かって平伏した。


ジェラルドは大いに困惑していたが、イリスにも懇願するような微笑みを向けられて嫌とは言えない。


「分かった。国を立て直すまでの間だ。ただし皇帝とは呼ばないでくれ」

「では執政官ということで、皇帝代理として国の運営をお任せしても宜しいでしょうか?」


宰相は如才なく畳みこむ。


まあ、これで何とかなりそうか。それにムア帝国が辺境伯領を攻撃することはもうないだろう。


「大雨はこれまでの罰だと思え。まだしばらくは続く。後は任せた」


簡潔に告げると私は愛しい妻のもとへ転移した。


…一仕事終えた後は妻の顔を見るに限る。



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