女子会
話し合いが終わると精霊王様はジェラルドと一緒に消えた。
ティベリオは辺境伯領内の警備とムア帝国への対策のために緊急会議を開くという。
「母さんに元気な顔を見せてやってくれ」
ユリウスに言われてエミリアに会いにいくと、エミリアだけではなく、アガタ、モニカさん、ディアナ様が涙ながらに私を迎えてくれた。特にアガタは号泣していて言葉が出てこない。
「大丈夫。大丈夫よ。私は無事に帰ってきたから」
「…も、申し訳ありません…私が…私が一緒にいたら、お守りできたのに…」
アガタを宥めて抱きしめるが、彼女は手の甲で涙を拭いながら謝り続けた。
みんなが泣き笑いで喜んでくれて胸が温かくなる。ただ、一方でアルバーノさんのことが気にかかっていた。
クロエさんがあんなことを言うなんて想像もしなかった。
今更だけど…人間って怖い。綺麗で優しそうでアルバーノさんにお似合いだと思ったのにな。
女王とムア帝国が手を組んだという新情報に対応するため彼は今忙しいだろう。忙し過ぎて考える時間がないのは時には救いになる。
「それで…ユリアに何があったか詳しく教えてもらえる?」
モニカさんに真剣な顔で問われて、私は背筋を伸ばした。
ふと周囲を見渡すとテーブルに完璧なアフタヌーンティーが用意されている。遠慮するアガタも全員で無理矢理座らせた。
まるで女子会みたい。思わず顔をほころばせた。
しかし皆の顔は真剣で、普通の女子会のようなふわふわした華やかさは皆無だ。全員に注目されて戸惑ったが、心配かけた分ちゃんと説明しなきゃいけないとお腹に力を入れる。私は慎重に何が起こったのかを時系列に説明していった。
全て話し終わると喉がカラカラに乾いていて、冷たくなった紅茶を口に含んだ。
……良い紅茶は冷めても美味しい。気づくとゴクゴクと飲み干していた。
エミリアがまた泣きそうな顔になり私をぎゅーっと抱きしめた。
「本当に無事で良かった。大変な目に遭ったわね…」
「それにしてもユリア様を裏切って危険な目に遭わせるなんて!」
アガタはひたすらクロエさんに腹を立てている。無理もない。他の皆も黙ってはいるもののやはり彼女に対して怒りを覚えている様子だった。
話を変えたほうが良さそうだ。
「私ね、婚約者だったけど王太子のクレメンスが苦手だったの。でも今回のことでちょっとだけ見直したわ。彼が助けてくれなかったら私は逃げられなかった。本当に感謝しているの」
「そうね。クレメンス殿下がそんな行動に出るなんて正直驚きですわ!」
モニカさんの言葉にアガタも力強く頷く。
「ええ! こんなろくでなしが王太子なんて国が滅びるとずっと思っていましたもの!」
アガタの遠慮ない言葉を聞いて全員がぶっと噴き出してしまった。
「まぁ、噂は聞いたことありましたけど……そんなに酷い方だったのですね」
ディアナ様はモニカさんとアガタの剣幕に少し圧倒されている。
「婚約者のユリア様に暴力を振るったり他の女性と同衾したり、そりゃもうやりたい放題でした!」
アガタは昔の怒りがよみがえったようだ。
「うん、そうだったわね……で、でも今回のことで見直したから…。彼も良い方向に変わったんだと思うわ。ただ、私を逃がしたことで酷い目に遭っていないかどうか心配だけど……」
「大丈夫じゃないですか? だって女王の実の息子ですよ?」
モニカさんの言葉に一応は頷いたが、あの女王に普通の感覚での愛情があるのかどうか分からない。クレメンスの安否を確認できないか、後でラザルスに相談してみよう。
「ユリア様は優しすぎます! あんな浮気者の王太子に!」
アガタはまだ怒っている。私は苦笑いを浮かべた。
「クレメンスが他の女性といてくれて私は有難かったのよ。婚約者と言っても彼のことが好きだったわけじゃないから…」
「それはユリウス様がいたからですか……?」
いきなりディアナ様が口を挟んだ。
質問の意味が良く分からなくて不躾にも「は?」と聞き返してしまった。
いけない。いけない。
「え、あ、す、すみません。あの……ユリウスと何の関係が…?」
私が聞き返すとディアナ様の頬が真っ赤に染まる。
「あ、ご、ごめんなさい! あの…ユリウス様はユリア様をとても大切に思っていらっしゃって…その…お二人は恋人同士なのかもしれないと…」
え!? どこをどうしたらそんな誤解が……?
「いいえ! 全然そんなことありません。私にとってユリウスは大切な兄というか…恋人という感じでは全然ありません! ユリウスも同じだと思います!」
手と首を同時に横に振りながら訴えると、ディアナ様が少し安堵した表情で息を吐いた。
「…あ、そう……なの?」
「ね! だから言ったでしょ?」
モニカさんが笑顔でディアナ様の肩を叩いているのを見て、私はきょとんとした。
「ディアナはね。ユリウスはユリアが好きに違いないって、ずっとずっとずっと落ちこんでいたの。そんな恋愛的な雰囲気じゃないわよ、って何度言っても聞いてくれなくて!」
モニカさんの説明に今度は私が赤くなった。
えっと、ということは、ディアナ様はもしかしたらユリウスを…?
ディアナ様は私と目が合うと、近くにあったクッションで恥ずかしそうに顔を隠した。ハッキリ言って可愛い。
「あ、あの…ごめんなさい! その、ルキウス様には婚約者がいらっしゃるしラザルス様はアガタと仲が良いから、ユリウス様とユリア様がもしかしたら…って。…三人ともユリア様のことをとてもとても大切にしていらっしゃるので…つい…」
「……それは間違いないわね」
落ち着いた声で言ったのはエミリアだった。
「あの三人は小さい頃から誰よりもユリアを守りたいと思ってきたからね…。でも、それは必ずしも恋愛感情だけではないのよ。家族として守りたいという気持ちが一番強いのは多分ユリウスだわ」
穏やかに微笑むエミリアはとても綺麗だった。さすが美形三兄弟の母親だ。
「ユリウスはユリアに恋愛感情を抱いていた時期もあったけど、今は家族として守りたいという気持ちが勝っている気がするわね」
それを聞いて私は愕然とした。
え……? 私に恋愛感情? そんな時期があったの?
まったく気がつかなかった…。
「ユリア様はそういう鈍いところがいいんです!」
アガタに思いっきり『鈍い』と指摘され若干胸に刺さるものがあるが、事実なので受け入れるしかない。
そっか……。でも、私にとってユリウスは昔も今も大好きなお兄さんだ。それに彼にとっても、もう昔の話なのだろう。
それを説明するとディアナ様はあからさまに安堵した表情を浮かべた。
こんな素敵な女性に好意を寄せられるなんてユリウスもラッキーね。
恋愛といういい意味で浮ついた話題のおかげで、自分は無事に帰ってこられたんだ、という実感がようやく湧いてきた。
また監禁されるのかもと不安で仕方がなかった。だから、こうして信頼できる人たちのもとに帰ってこられて本当に嬉しい。
クレメンスも無事でありますようにと祈りながら寝台に入った。
***
数日後、辺境伯領に猛烈な雨が降り出した。
絶え間なく滝のように空から落ちてくる雨に、あらためて自然の驚異を突きつけられた気分だ。
騎士団と国軍は毎日びしょ濡れになりながら、水害を最小限に留めるべく出動している。私も手伝いたかったが絶対に城から出るなと厳命され、仕方なく自分の部屋で窓から外を眺めていた。
魔法で土嚢を積むくらいはできそうなのにな…。
何の手伝いもできないなんて役立たず感が半端ない。
ああぁ、もう畑もダメだろうな…野菜を全部収穫しておくんだった。
堰は上手く稼働しているんだろうか?
いろいろとやり残したことが気になって、つい溜息が出る。
「ユリア様。お茶でもいかがですか?」
気を紛らわせるようにアガタが優しく声をかけてくれる。アガタは二十四時間ずっと付きっきりだ。誘拐されたことで余程心配をかけてしまったんだろう。
その時バリバリバリという物凄い雷鳴が聞こえた。
アガタと二人で窓の外を見ると辺境伯領の中心付近におびただしい数の稲光が集中している。
何度も繰り返し雷が一ヵ所に落ち続けている。恐ろしいほどの迫力だ。
真っ黒な空に金色の光が蜘蛛の巣のように広がっている。
「……あの辺って荒野だよね? 人は住んでいない…よね?」
「はい、ユリア様。その通りだと思います」
「なんか異常な数のカミナリが落ちてるね? あそこに集中して…」
「そうですね。被害がない場所で良かったです。精霊王様も配慮してくださっているのでしょう」
「アガタもそう思う? やっぱり精霊王様の怒りのイカヅチ…かな?」
「そのように拝察します」
アガタは冷静だ。しかしよく見ると彼女の額に怒りの青筋が浮かびあがっている。
「アガタ…怒ってる…?」
「はい。恐らくユリア様の誘拐に加担した連中が、精霊王様から罰を受けているのでしょう。ザマ―ミロという感想しかありません!」
「……そうね……」
うん…。尋常ではない数の雷が一ヵ所に落ちているのは偶然ではないと思う。
精霊王様がスイレン様を殺そうとした連中に怒りの雷を喰らわせているのだろうな…。
あの清廉なスイレン様を害した輩に同情の余地はない。ただ大雨が酷くなると洪水の危険性が高くなる。
早く天気が良くなりますようにと祈るばかりだった…。




