邂逅
翌日、教会関係者の人たちと会い旱魃・飢饉対策についての話し合いを行った。
驚いたのは旅の途中でお世話になったお婆さんも来ていて、さらに彼女がここでも影響力のある実力者であるということだった。
教会トップの枢機卿ですら彼女に話しかける時は低姿勢だ。
え~っと。えっと、お婆さんの名前はカロリナさん、って言ったはず。うん、別れ際にようやく名前を教えてもらえたんだ。
私の顔を見た瞬間、お婆さん……いや、カロリナさんは嬉しそうに笑った。
「あの聖女様は大したもんだよ。教会はあの方を大事にしないと罰が当たるからね!」
そして得意げに枢機卿の背中をバーンと叩いた。
「そ、そりゃもう…もちろん、大切にさせて頂きます……はい」
枢機卿はたじたじだ。
「カロリナさん、先日は大変お世話になりました。甘藷畑の様子はいかがですか?」
私が尋ねるとカロリナさんはカラカラと笑った。
「いやもう、甘藷の大豊作だ! 焼いても蒸かしても茹でても食べられるし、甘いから子供たちにも大人気さ。食糧難は超えられそうだよ。それに有難いことに井戸はいつもたっぷりと水をたたえていてくださる。あんたの龍神様のおかげだよ。井戸水のおかげで他の作物も少しずつ育てられるようになった。あんたが教えてくれた…なんだっけ、点滴…なんとかっていう水のやり方は今まで考えたこともなかった。畑には一気に大量に水を撒くものだと思っていたからね。あんたのおかげで水を節約しながら作物を育てられることが分かった。感謝しているよ」
カロリナさんの後ろで町長さんがニコニコと頷いている。
良かった。とりあえずあの町の食糧難は何とかできた。他の町でも同じようにしてもらえれば、きっと領内で餓死者が出るといった最悪の事態は避けられるだろう。
その時ティベリオとアルバーノさんが現れた。
アルバーノさんが目をひんむいた。
「え!? 母さんも一緒に来たの? 長旅は辛いって言ってなかった?」
母さん……?
アルバーノさんとカロリナさんは、親子…だったんだ……。
「来ちゃ悪いかい!? あんたはいつもそうやってあたしを年寄り扱いするがね。あたしだってまだまだ現役だよ!」
ティベリオが口元を覆いながらくすくす笑う。
「カロリナ、息災で何よりだ。聖女殿一行が大変お世話になったと聞いている。また、今回は甘藷栽培の他地域への伝播のためにわざわざ指導者として来てくれて心から感謝する。ありがとう。ずっと元気でいてほしい」
優しく声をかけながら彼女の手をそっと握って淑女に対する礼を示すティベリオの顔は愛情に満ちていた。
うん。彼は本当に良い人だ! 私の(前世での)経験上、高齢者に優しい男性に悪い人はいない。
カロリナさんは少し照れたようだ。
「あたしのような者が乳母だったのに、ティベリオ様はご立派に育ってくださった。うちのバカ息子に爪の垢を煎じて飲ませたいよ」
アルバーノさんは「バカ息子って……」とぶつぶつ言っている。
「照れているんだよ。カロリナはいつもアルバーノのことを自慢しているよ」
町長が口を添えると、カロリナさんが町長の頭を張り倒した。
ティベリオは声をあげて笑った。
「カロリナ、アルバーノ、私はアルバーノなしには何もできない。私が多少なりとも良い仕事ができているのなら、それは全てアルバーノのおかげだよ」
アルバーノは真っ赤になって照れている。
う~ん、いいなぁ。こういう関係。上司は優秀な部下の手腕を認め、感謝して褒める。それが社会のあるべき姿だよ。私はなんだかとても幸せな気分になった。
ニコニコしながらみんなの会話を聞いていると、ティベリオが咳ばらいをした。
「ユリア、今日は君に特別なお客様が来ているんだ」
特別なお客様……?
そして町長の後ろから現れたのは……
*****
忘れもしない。私を産んでくれたお母さん!!!
生まれてすぐに引き離されて、名前すら教えてもらえなかった実のお母さんだ。
でも、温かい愛情に包まれて眠った一夜は絶対に忘れない。
お母さんは不安そうな顔をしておずおずと現れた。
涙腺崩壊だ。涙が滝のように溢れてくる。
「お、お母さん……?」
「ユリア? ……り、立派になって」
お母さんの顔も涙でぐちゃぐちゃだった。
思いっきりお母さんの胸に飛びこむ。ぎゅっと抱きしめられると、お母さんが嗚咽する声がすぐ耳元で聞こえた。
ああ、温かい。そして柔らかい。私にはエミリアお母さんという大切なお母さんがいるけれど、やっぱりこの人もお母さんだ。
優しいぬくもりに包まれ、今世で二人の素晴らしいお母さんを得られた自分の幸運に感謝していた。
「ごめんね。ごめん…。ユリアを手放して…。でも。こんなに立派になって。本当に…本当に良かった…」
「また会えて……とても嬉しいです。お元気そうで良かった…」
再会を喜び合っているとエミリアたちが現れた。
育ての親のエミリアと三兄弟を紹介すると、お母さんは再び号泣しながら平伏しようとした。
「ありがとう…ありがとうございます。ユリアをこんなに立派に育ててくださって…本当にありがとうございます……」
私たちは慌ててお母さんを助け起こした。
「ユリアは大きな喜びを与えてくれました。育てさせてもらって感謝しているのはこちらのほうです」
お母さんとエミリアは涙に濡れた瞳を見合わせて、そっと互いを抱きしめた。
ユリウスはニッと笑いながら私の頭をぐりぐり撫でてくれた。ラザルスは私の肩を抱いて、隣に立つ。…大きくなったなぁ。幼い頃の面影はあるけど、すっかり大人びたラザルスの横顔に少し見惚れてしまった。やっぱり美青年だしね。
ルークは何も言わずに少し離れた場所で私たちを見ている。その目が切なそうで、胸がきゅっと締めつけられた。
お母さんとエミリアは意気投合したようでしんみりと語り合っていた。
その内にエミリアとユリウス、ラザルスは、なぜかそれが使命であるかのように生き生きと私の話をしだした。なんというか…自慢話のような…(汗)。
その度にお母さんは嬉しそうに頷いて、私の肩をギュッと抱いたり、手を握ったりしてくれる。
「ユリアのおかげで、飢饉で飢え死にする人もいなくなるだろうって、教会の枢機卿様も仰っていたよ。あなたは自慢の娘だわ」
優しく微笑んで私の頬をそっと撫でてくれる。
照れくさいけど私を誇らしく思ってくれているのが分かって、とても嬉しかった。褒められ慣れてないから、どんな顔をしていいのか分からないけど…。
その日はお母さんとずっと一緒に過ごすことができて嬉しかった。でも、その日の内に家に戻らないといけないそうだ。父と姉たちも私に会いたがっているから、いつか家に遊びにきてほしいと言われて、大きく「うん!」と頷いた。
私が逃げ出したことで女王から酷い目に遭っていたらどうしようと不安だったけど、ティベリオがすぐに教会に保護するように手配したと聞いて、私の中の彼に対する評価が爆上がりした。
「エミリアとラザルスから助言してもらったんだ。彼らは素晴らしい人材だよ」
ティベリオは照れたように頭を掻いた。