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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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告白と失恋 ― ルキウス

*ルキウス視点です。少し時間が遡ります。



馬に乗って辺境伯の城まで向かう間、俺はずっと『何を間違えたのか?』と自問自答していた。


森の中でいきなりユリアが泣き出した時、情けなくもパニックに襲われた。


それまでは多少気まずい会話もあったにせよ、そんなに悪い雰囲気じゃなかったと思う。……そう思いたい。


ユリアが突然泣き出す前の会話を思い出した。


「……俺も頑張らないとな! 魔力も使えるようになったみたいだし、ユリアに誇れるような戦士になって、絶対にユリアを守るから!」


俺はユリアが精霊王の加護を貰えたことにも、自分の中に魔力があったことにも興奮していた。


「ルークにも魔力があったなんて! 本当に良かったね。私もまだ魔法の使い方で不慣れなところがあるから、一緒に練習しようか?」


でも、こう言った時のユリアの表情が……なんというか、子供の頃から見てきた心細そうな不安そうな顔つきになっていて俺は突然心配になった。また彼女を不安がらせるようなことをしてしまったんだろうか?


「ユリア……? 大丈夫か?」

「うん! 大丈夫だよ。なんで?」

「……なんか、無理してる気がして。何か不安なことがあったら、何でも俺に相談してほしい……。ユリアは俺にとって特別だから……」

「うん、ありがとう! 私にとってもルークは大切な家族だから。何かあったら相談させてもらうね」


……家族か。それだけじゃ物足りない。


どんどん欲張りになっているな、と自嘲する。


そんなことを期待できる立場ではないのに。


その後、あの口笛を吹いたんだ。ふと頭をよぎったメロディ。今まで聞いたこともないメロディだったので、自分でも驚いた。


そうしたら、突然ユリアが号泣したんだ。


何があったんだ……? 俺は何を間違えた?


***


その日、俺は今までよりもずっとユリアに近づけたと思って有頂天だった。


ようやく『ルーク』と呼んでくれた。


二人きりで森を散策できることも夢みたいだった。


……しかも、頭を撫でてもらった。彼女の方から俺に触れてくれたんだ。もう二度と髪を洗いたくない。


精霊王に会って……二人で池の掃除をするのさえも嬉しかった。ユリアと一緒なら何でも特別で楽しくなるんだ。


池に入る前に彼女が上着を脱ぎだして……今まで意識したことはなかったけど、シャツの上からでも分かる女性らしい豊かな曲線が目に飛び込んできた。……魅力的過ぎるだろう。そんな俺の内心も知らず、ユリアは無防備に足を捲りブーツまで脱ぎだした。


うわ……こんな姿を精霊王に見せちゃダメだ!


心の中でパニックになってしまった。彼女の無防備な姿は他の誰にも見せたくない。


俺たちは精霊王の森の中で、少し近づいた……はずなんだ。


それなのに……


*****


俺たちは宿で夕食を食べた後、二人だけで話をするために裏庭に出た。


「……さっき、俺が何かした?」


率直に聞いてみる。


「あの……森の中で俺が口笛を吹いたらユリアが泣きだした? どうして? あのメロディが何か意味があるのか?」

「……あのね。以前、私が前世で好きな人がいるって話をしたよね?」

「……うん」

「ルークが吹いた口笛のメロディがね。前世で恋人だった人がよく吹いていた口笛のメロディとそっくりだったの。それで、つい思い出して、涙が出ちゃって……」


はっ!? あのメロディが?


驚いて思わずユリアの肩を掴んでしまった。でも直感でそれだけじゃない気がする。


だって、その前から彼女は心細げな表情を見せていた。


「っ!? 本当か? でも……口笛を吹く前からユリアの様子はおかしかった。何か悲しそうというか……不安そうな暗い顔をしてたよ。無理に笑っている感じだった。お、おい……?」


俺の言葉の途中でユリアがまた泣きだした。


本当にダメな男だ。大切な女の子を笑顔にすることもできない。自分の不甲斐なさに腹が立つ。


自然と手が伸びて、彼女の頬を伝う涙を拭っていた。


「……あ……ごめ……ごめんね。手が濡れちゃう……」

「大丈夫だ。ユリアが思っていることを俺に聞かせて欲しい。ユリアを悲しませるようなことが何かあったのか?」


「ルーク、あ、あのね……ルークみたいな素敵な人に優しくされると女の子はみんなルークを好きになっちゃうんだよ。だから、好きでもない子にこんな優しくしちゃダメだよ」

「……? 何の話だ?」


今……そんな話をしていたっけ?


ポカンとしていたら、ユリアが明後日の方向を見ながら、早口で喋り出した。


「私ね……実はずっとルークが好きだったんだ。……男性として、っていうか初恋っていうか? あ、もちろん、今世での初恋っていう意味でね。でも、ルークには婚約者がいるし、告白しても振られるだろうなぁ、って思ったら悲しくなっちゃって。本当はそんな理由もあって泣いたんだ。だから、ルークは全然悪くないの。ごめんね。家族だと思っていた人間にこんな風に言われたら気持ち悪いよね。うん、分かっているから……。だから、ルークへの想いはもうきっぱり諦めるように、今後努力していくから。でも、まだちょっと辛いから……時間がかかるかも。だから、その……しばらく避けちゃったりするかもしれないけど、ごめ……」


……これは現実か? 俺は夢を見ているのか?


彼女の言葉を正しく理解できているのだろうか?


ユリアが……俺を……好きだって?! しかも、初恋!?


ずっと求め続けた彼女の心が自分にあると分かった瞬間、あまりの歓喜に全身が痺れた。


俺の方を決して見ようとしないユリアを俺は引き寄せた。


もう我慢できなかった。ユリア……ずっと愛しいと……ずっと抱きしめたいと思ってきた。


彼女を思いっ切り抱きしめる。華奢な体に愛おしさが増した。もう止められない。柔らかい体を自分の胸に押しつけるとその感触に体がカッと熱くなる。


彼女の肩に顔を埋めると良い匂いがした。まずいな。理性がぶっ飛びそうだ。


さっき、ユリアは俺への想いを諦めるって言っていた。


それは困る。


「……諦めないで……ほしい」

「何を……?」


えっと……さっき……俺のことを諦めるって言ってなかったっけ?


幻聴だったのか?


顔を上げると至近距離にユリアの顔があった。陶器のような真っ白い肌。大きな金色の瞳。ぷるんとした可愛い唇。思わず吸いつきたくな……ダメだ! 理性を持て! 理性を!


俺はただ一途にユリアに恋しているんだ。欲しいのは彼女の心だけだ。


そう自覚するだけで、顔が熱く紅潮するのが自分でも分かった。


「あ、いや、見ないで……くれないか。その……恥ずかしい」


ユリアはちょっと考え込んでいたようだが、何かに思い当たったのか、突然顔が真っ赤に染まった。可愛い……。


そして、両手で真っ赤になった頬を押さえている。


圧倒的可愛さ。


ユリアに対する想いをもう止められそうになかった。


「可愛い……」


そう呟くと俺はもう一度、力一杯ユリアを掻き抱いた。


「ユリア……俺もずっと……ずっとお前が好きだった。愛してる」


ユリアの細くて柔らかい髪に指を絡ませて、形の良い頭を撫でる。彼女の温かさを感じると、嫌でも体の熱が高まった。


「ずっとこうしたかった……」


もうこのまま死んでもいい。好きだ。愛している。ユリア。このままずっと二人で居たい。


「……ルーク……ルーク……ねぇ、じゃあ、モナさんは? モナさんとはどうするの? あの……お、お別れ……するの……?」


ユリアの言葉を聞いた瞬間、全身の血液の流れが止まった気がした。


そうだ……悪魔アモン。奴との契約は切ることができない。俺は一生奴に憑りつかれて生きていかないといけないんだ。ユリアをそれに巻き込む訳にはいかない。


「……ごめん。彼女と離れるのは無理だ……」


心が悲鳴を上げているのが分かる。胸が痛い。完全な絶望感に包まれた。


「……それは……狡いよ」


その通りだ。俺はお前の愛情に応える資格のない人間だ。


「ごめん……」

「あの、やっぱりルークへの想いはきっぱり諦めるから。しばらく、避けるようになるかもしれないけど……許して……」


ユリアの言葉の一つ一つが心にグサグサと突き刺さったけど、逃げるように走り去った彼女を追いかけることはできなかった。


*****


しばらく呆然と佇んでいた俺は、自分の顔が涙で濡れていることに気がついた。


情けないな。こんなに泣いたのは、父さんが死んだ時以来かもしれない。


気持ちが多少落ち着くのを待って部屋に戻ると、ユリウスが心配そうに迎えてくれた。


「……大丈夫か?」


ユリウスには包み隠さず打ち明けた。


黙って俺の話を聞いた後、兄さんは俺の頭をポンポンと叩いた。


「すまなかった。俺が悪魔と契約すべきだったんだ」

「いや、兄さん。そんなことない! 兄さんが悪魔に憑りつかれないで良かった。兄さんの幸せを犠牲にして、俺は幸せになれないから!」

「ルキウス、俺もまったく同じ気持ちだよ。お前の幸せを犠牲にするくらいなら、自分の命や魂を喜んで差しだそうと思っていたんだ」


静かに言うユリウスに俺は返す言葉を失った。


「……ごめん」


ユリウスは苦笑しながら頭をぐりぐり撫でると、俺を思いっ切り抱きしめた。


「謝るなよ。俺のことを思ってくれて心から感謝している。お前は自慢の弟で最高の親友だ。ただ、お前とユリアの二人が幸せになる道はないのかって考えてしまってね」


俺とユリアが幸せになる道……。


「ユリウスはユリアが好きじゃなかったのか?」

「好きだったよ。真剣に……。でも、彼女の俺に対する思いは純粋に兄を慕う妹のような愛情だ。それが今回の旅で良く分かったから。まぁ、失恋だな」

「……ごめん」

「だから謝るなって。俺がみじめになるじゃんか?」


苦笑いしながら、ユリウスは俺にウインクをした。


兄さんはやっぱり大人だな。とても敵わない。はぁ、と溜息をつくと、ユリウスは真剣な顔で俺の肩に手を置いた。


「ルキウス。分かっているか? お前は全てをユリアに話した方がいい。アモンのことも、モナのこともユリアに正直に全部話せよ」

「……話してどうなる?」


俺は苛立ちを隠せない。


「ユリアは悪魔のせいで気持ちを変えるような女の子じゃないだろう? 正直に告白して、二人で幸せに暮らすという選択肢はあるんじゃないのか?」

「あの悪魔が、俺の幸せを認めると思うか? あいつは確実に俺を不幸にする道を選ぶ」

「まぁ、それは……確かに……」


ユリウスは気まずそうに口籠った。


「……確かに、あの悪魔は厄介だ。俺が代わりに魂をやるからルキウスを解放しろ、と交渉したんだが……」


悪魔にそんな申し出をしていたとは知らなかった。


「あいつはなんと言っていた?」

「あんなに面白いおもちゃは俺じゃ代わりにならない、って嘲られたよ」


ユリウスは深く溜息をついた。


「その通りだ。あの悪魔は人の不幸や苦しみ、悪意、嫉妬、憎悪、敵意、そういった感情を楽しんでいる。俺とユリアが結ばれて幸せになろうとしたら、あいつはきっとユリアを害そうとすると思う」

「っ! ……それは……」

「あり得そうなことだろう?」


俺の問いにユリウスは暗い顔で俯いた。


「例えば、ユリアを殺して、自暴自棄になった俺を見て楽しむとか。そういう悪趣味なことをしそうだ。悪魔だからな……。それに腕輪を外すために悪魔と契約したことはユリアに知られたくない。彼女はきっと自分のせいだって、罪悪感を覚えるだろう。彼女の重荷にはなりたくないんだ」


俺の気持ちは定まっていた。ユリアは悪魔とは一切関与させない。


彼女には幸せになってほしい。


だから、俺がユリアから離れるしかないんだ。


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