告白と失恋 ― ユリア
ミネストローネスープは大変評判が良く、お婆さんにも声をかけて皆で一緒に食事をした。
「ふん! 悪くはないね」
唇をとがらせてそう言ったお婆さんに、嬉しくてニコニコ笑顔を向けると少し赤くなってもう一度「ふん!」と言った。
アルバーノさんが感心したように呟く。
「あれだけの材料でこんなに美味しい料理になるなんて……」
「ユリアは子供の頃から料理が得意なんだ。卵サンドなんて、ルキウスとラザルスと奪い合って食べてたよな」
ユリウスが得意そうに笑った。
ルキウスは依然として強張った表情をしていたものの、ユリウスに肩を叩かれて微かに口角を上げる。
「へぇ、ユリア、料理上手なんだ!? ここ、鶏も飼ってるから明日の朝、卵も手に入るよ。朝食にその卵サンドって作ってくれる?」
アルバーノさんの目は期待に輝いている。
「材料さえあれば喜んで」
アルバーノさんに目配せされたお婆さんは「卵なら好きに使いな!」と声を荒げた。
このお婆さんは口調こそ乱暴なものの、実は優しい人なんじゃないかな?
知らず知らずのうちに口元がほころんだ。
****
夕食後、私とルークは二人だけで話をするために裏庭に出た。
ユリウスが何か言いたそうにしていたけれど、結局何も言わずに手を振って見送ってくれた。
「さっき……俺が何かした?」
二人きりになるとルークは直球でいきなり本題に入る。
「森の中で俺が口笛を吹いたらユリアが泣きだした。どうして? あのメロディに何か意味があるのか?」
……これは、ごまかしようがない……かな。
ルーク、そして鴨くんに嘘はつきたくない。
正直に話したい。
でも、実はルークは鴨くんの生まれ変わりだって言うのは……どうなの?
もし、好きでもない女の子から
『あなたは前世で私の恋人だったのよ!』
って言われたら、どんな気持ち?
……って、いや、もうそれホラーでしかないから!
うん、鴨くんの生まれ変わりとは言えないな。モナさんに申し訳ないし、ルークにも余計な精神的負担をかけてしまうだろう。
私は心を決めた。
「……あのね。以前、私が前世で好きな人がいるって話をしたよね?」
「うん」
怪訝そうにルークが頷く。
「ルークが吹いた口笛のメロディがね。前世で恋人だった人がよく吹いていた口笛のメロディとそっくりだったの。それで、つい思い出して涙が出ちゃって……」
ルークは真剣な顔で私の肩を掴んだ。
「っ!? 本当か? でも……口笛を吹く前からユリアの様子はおかしかった。何か悲しそうというか……不安そうな暗い顔をしてたよ。無理に笑っている感じだった。お、おい……?」
……ダメだ。情けない。また涙が止まらなくなってしまった。
ルークがとても辛そうな顔をする。
ごめん……ごめんね。そんな顔をさせたくないのに。ルークは何も悪くないのに。
ルークの武骨な手が私の涙を拭ってくれた。
「……あ……ごめ……ごめんね。手が濡れちゃう……」
慌てて謝ると彼はとても優しい声音で返してくれる。
「大丈夫だ。ユリアが思っていることを正直に聞かせてほしい。ユリアを悲しませるようなことが何かあったのか?」
……罪な人だ。モナさんという、あんなに綺麗な婚約者がいるくせに何を言っているんだろう?
こんなに優しくされると女の子は勘違いしちゃうんだよ!!
だから、好きな子にしか優しくしちゃいけないんだよ!!
「ルーク、あ、あのね……ルークみたいな素敵な人に優しくされると女の子はみんなルークを好きになっちゃうんだよ。だから、好きでもない子にこんな優しくしちゃダメだよ」
「……? 何の話だ?」
本気でポカンとしている。全く自覚なしの天然誑しなのか!?
私はやけくそな気分だった。
ずっと鴨くんのことを考え続けて、求め続けて。
もしかしたら?と思った人がやっぱりその人で。
でも、その人には既に婚約者がいて。
私、何やってるんだろう?
でも、一つ言えることはもっと昔に告白していたら、もしかしたら……本当に僅かな可能性だけど、もしかしたら結果は違っていたかもしれない。
五歳までしか一緒に居られなかったとか、あの頃はルークに嫌われていると思っていたとか、言い訳に過ぎない。
……もう遅いけど。
でも、最後に正直に気持ちを伝えよう。
彼にとっては負担になっちゃうだろうけど……。許して。
「私ね……実はずっとルークが好きだったんだ。……男性として、っていうか初恋っていうか? あ、もちろん、今世での初恋っていう意味でね。でも、ルークには婚約者がいるし、告白しても振られるだろうなぁ、って思ったら悲しくなっちゃって。本当はそんな理由もあって泣いたんだ。だから、ルークは全然悪くないの。ごめんね。家族だと思っていた人間にこんな風に言われたら気持ち悪いよね。うん、分かっているから……。だから、ルークへの想いはもうきっぱり諦めるように、今後努力していくから。でも、まだちょっと辛いから……時間がかかるかも。だから、その……しばらく避けちゃったりするかもしれないけど、ごめ……」
ルークの反応を見るのが怖くて、そっぽを向きながら早口で捲し立てているといきなり強い力で引き寄せられた。
『……あれ、なんだ?』と思ったら、私はルークの逞しい腕の中に閉じ込められていた。
息が詰まりそうなくらいの力でギュッと抱きしめられている。
鍛えあげられた厚い胸に頭を押しつけられる。ルークの心臓が早鐘のように脈打っているのが分かった。
ルークは私の肩に顔を埋めている。彼のサラサラの髪が私の首にかかってくすぐったい。彼の熱い息遣いを耳元に感じて、私の体もカッと熱くなった。
なんでだ? なんでこうなった?
私はパニック状態だった。
「……ないで」
小さな声でルークが何かを囁いた。
「なんて言ったの?」
聞き返すと、益々強い力で抱きしめられる。
「うぐっ」っという呻き声を出すと、少し腕の力が弱まった。
「……諦めないで……ほしい」
「何を……?」
我ながら恥ずかしい。自分が何を話していたか、すっかり頭から飛んでしまった。
ルークが顔を上げて私を見た。顔が真っ赤になっている。
「あ、いや、見ないで……くれないか。その……恥ずかしい」
ルークがパニックになっている様子を見て、私は少し冷静になった。
えーと、私は何を言っていたっけ……?
諦める? ……ああ、そうだ。ルークへの気持ちを諦めるからって言っていたような……。
でも、それを諦めないで……っていうことは?
思い当たって、自分の顔にも急激に血が上るのを感じる。
両手で頬を押さえると顔の熱が伝わってきた。どうしよう……?
そんな私を、愛おしくて堪らないというようなトロリとした目で見つめるルーク。こんな甘い顔をする人だったっけ?
「可愛い……」
ルークはもう一度私を強く搔き抱いて耳元で囁く。
「ユリア……俺もずっと……ずっとお前が好きだった。愛してる」
あまりのことに私の心臓は跳ね上がった。
……ホントに? 本当に? ……本当にその言葉を信じていいの?
心の中では彼の言葉を信じたくて堪らなかった。ずっとずっと欲しかった言葉だった。
でも、私の頭の中の理性が囁くんだ。
……じゃあ、モナさんはどうなの? 彼女と別れて私を付き合ってくれるの? 彼女のことはどう思っているの? あなたは同時に複数の女性を好きになるような人だったの?
ルークは私の髪の中に顔を埋めて背中と頭を優しく撫でながら「ずっとこうしたかった……」と耳元で囁く。
耳の中に直接送り込まれる低音ボイスの振動はゾクゾクするような快感を引き起こすけれど、それに流されちゃいけないと私の理性は必死で抵抗した。
「……ルーク……ルーク……ねぇ、じゃあ、モナさんは?モナさんとはどうするの? あの……お、お別れ……するの……?」
それを聞いた瞬間、赤かった彼の顔がみるみる真っ白になった。血の気が引くってこういうことを言うんだな……。そして、その顔を見た瞬間に彼の答えが分かってしまった。
「……ごめん。彼女と離れるのは無理だ……」
前世の漫画みたいなガーーーーンという効果音をリアルに感じるくらいの衝撃を受けた。
やっぱりそうなんだ、と思うと、情けないけど……また、涙が溢れて止まらなくなった。
「……それは……狡いよ」
「ごめん……」
もう、ルークの顔を見ているのも辛い。
「あの、やっぱりルークへの想いはきっぱり諦めるから。しばらく、避けるようになるかもしれないけど……許して……」
辛うじてそれだけ伝えると、私は逃げるように自分の部屋に向かって走り出した。




