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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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トラキア領内の旅路

「ユリア、どうした? ……その顔。やっぱり精霊王の加護は貰えなかったのか? 気にするな。精霊王は気難しくて、ちょっとやそっとでは加護は貰えないと聞いている」


森から出るとユリウスが真っ先に出迎えてくれた。


顔を見たら安心して体の力が抜けてしまい、腕の中に倒れこんだ。


……そのまま意識を失ってしまったらしい。


目が覚めたら、私は馬車に揺られていた。


隣にはアガタがいる。肩を貸してくれていたようだ。


向かいにユリウスとモニカさんが座っている。


「ルキウスから聞いたぞ。立派に精霊王から加護がもらえたそうじゃないか? 良くやった。森の真ん中にだけ突然物凄い雨が降ってきた時は驚いたが……。心配したけど無事で良かった」


ユリウスは大きな笑顔を見せてくれた。


「あ、うん。ルキウスも手伝ってくれたし。運が良かったのよ」

「それなのになんで泣いてたんだ?」

「……」


何も答えられずにいるとモニカさんが助け船を出してくれた。


「淑女に不躾な質問をするものじゃありませんわ。女性にはふと泣きたくなる瞬間というものがあるのですよ。ね?」


私は黙ってコクコクと頷く。


ユリウスは釈然としない表情を浮かべながらも、それ以上は何も言わなかった。


「あの……この馬車はどこから?」


ユリウスは鳥を通じてラザルスと密に連絡を取り合っており、精霊の森に着くタイミングで辺境伯が出迎えの馬車と馬を送ってくれたそうだ。


小窓から外を見るとルキウスとファビウス公爵が馬に乗って馬車と並走している。


「……ティベリオ・トラキア辺境伯は聖女と話が出来るのを楽しみにしているそうだ」


ポツリとユリウスが呟いた。私は黙って頷く。


「それで精霊王との間に何があったか、話してもらえるかい?」


ユリウスが優しく尋ねてくれたので、何とか笑顔を作りながら頷いた。


精霊王の森での出来事を語り終わると、三人は感心したように大きく溜息をついた。


「……それは大変でしたわね。でも、やはりユリア様の知識は素晴らしいということが分かりました。無事に精霊王の奥方様をお助けできて良かったですわ」


モニカさんは興奮で赤くなった頬に手を当てた。


「でも、精霊王はまだ人間を信用できていない。ユリアの味方はするけれど、人間の味方はしない、ということだよな?」


ユリウスの質問に私はコクリと頷いた。


「ティベリオ様は、精霊王の森に侵入して池を破壊するなどという命令は決して出されないはずだ。……恐らくだが、女王か……鏡が仕組んだことだろう」


精霊王が人間を助けないように仕向けたわけだよね。やり方が汚いわ。


誰が犯人にせよ、この世界を滅亡させようという意思を感じる。絶対にそうはさせない。


「この国の旱魃の状態を把握したいの。不作で食糧が不足している村に食物を供給することが必要だと思う」

「外を見るとある程度分かると思うよ」


憂鬱そうにユリウスが言った。


外を見ると赤茶けた草原が見える。走る馬車の下には乾いた土埃が舞っていた。


……乾燥が酷すぎる。


「水……飲み水はどうなっているの?」

「村によっては厳しい状況だとラザルスが言っていた。辺境伯の城内には複数の井戸があるから城まで行けば大丈夫だが……。酷い状況の村もあるらしい。井戸や少ない水を巡って村人たちが争っているという噂も聞いた」


ユリウスの答えを聞いて私は考えこんだ。


……そうだよね。水を巡る争いは、前世でも発展途上国では頻繁に起こっていた。


「作物の収穫もできない状況よね?」

「ああ、辺境伯は今年の税は全て免除すると通告したが、それでも人々の口に入る作物は足りないだろう」


まず、飲料水・食糧問題を何とかしないといけない。


喫緊の課題が目の前にあることが有難かった。余計なことを考えずにすむから。


「途中、川を通ることがあるかしら?」

「ああ、城があるガリアに到着するのは明日か明後日になるだろう。その間に川がある……というか川があったところも通ると思うぞ」


ユリウスの答えに気持ちが沈む。


どうしたらいいんだろうか・・・?


私は茶色い地面が広がる大地を見つめ続けていた。


*****


その日の夜は小さな田舎町の宿屋に泊まることになった。


ティベリオ・トラキア辺境伯の侍従を務めているというアルバーノさんが、迎えにきただけでなく御者まで務めてくれていたらしい。


改めて初めましての挨拶と御礼を伝える。


アルバーノさんは領主の侍従なのにとても気さくな方だった。


「いやぁ、派手な美男美女ばかりで田舎町では目立ちすぎますねぇ!」


磊落にわっはっはと笑う。そういうアルバーノさんだってかなりの美形に入る。


「でも、ご安心ください。ここの宿屋は信用できる人がやってるんで安全ですよ」


案内されたのはその町の外れにある小さな一軒家だった。一見すると宿屋には見えない。


目立たないところに馬車を止め、家の扉をノックすると小柄なお婆さんが顔を出した。


「……あんたかい。アルバーノ。また厄介事を持ってきたね」


不機嫌そうな顔でアルバーノさんを睨みつけた。


「悪いね。またよろしく頼むよ」


アルバーノさんは気にする様子もない。


「まあいい。入んな」


お婆さんはハラハラしていた私たちを中に案内してくれた。


「突然申し訳ありません。お世話になります」


ユリウスが代表して挨拶したが、お婆さんはニコリともしない。


「部屋はアルバーノが案内するよ。食事は台所で勝手に作っとくれ。材料はあるものを使っていい。水は裏に井戸があるからね」


早口でそう告げると、そのまま姿を消した。


「りょーーーっかい!」


おどけながら敬礼をしたアルバーノさんが振り返ってにっこり笑う。


「部屋に案内しますよ」


階段を登りながら彼は頭を掻いた。


「……すみませんねぇ。聖女様や公爵様のようなやんごとなき方々にこんなボロい宿屋に泊まって頂くのは心苦しいんですが……」

「とんでもないです! 王都にいた頃に比べたらとても居心地の良い宿です! それに、この食糧難の時に材料を使って料理をしていいなんて、とても気前の良い方ですわ!」


私が本心から言いつのると、アルバーノさんはパチパチと目を瞬かせた。


ユリウスはクスクス笑いながら私の頭をポンポン撫でる。


「ユリアは王都では酷い生活をさせられていたからね」

「聖女様はご苦労されたんですね」


アルバーノさんの目がとても優しい。


「どうかユリアと呼んでください。様も要りません。呼び捨てで構いません」

「はい。では遠慮なく」


**


私とモニカさんとアガタが三人部屋で、男性陣はユリウスとルークが同部屋、ファビウス公爵とアルバーノさんが同部屋になった。


アルバーノさんは同部屋で恐縮していたが、公爵は気にしていないようだ。


この旅で、公爵は高位貴族にもかかわらず身分差別の意識がない人だと分かった。


本で読んだ知識だが、ザカリアス王国は歴史的に身分制度がそれほど厳しくはない。だから、平民出身のユリウスたちのお父さんも将軍になれたし、身元不詳の魔女が女王になれたりしたんだと思う。


それでも貴族の中には平民を下に見る人が多いだろう。公爵がそういう人じゃなくて良かった。


部屋で少し休んだ後、私は夕食作りのために台所へ向かった。


モニカさんとアガタも手伝ってくれるという。


台所に行くとアルバーノさんが途方にくれていた。


「あぁ、ユリア。ダメだぁ。ろくな材料がないんだよ」

「何がありますか?」

「麦と豆は結構ありますね。野菜は、甘藷さつまいもと玉ねぎとトマト。トマトは古そうだ……食べられるかな? あとニンジンの尻尾とか。ジャガイモのかけらとか、野菜の切れ端くらい、かな。それから、ああ、塩漬けの燻製肉も少しありますが……」


確かにトマトは少ししなびているけど、火を通せば大丈夫そうだ。煮込み料理がいいだろう。体が温まる。


ミネストローネスープがいいかな。麦と豆も一緒に煮込めばお腹に溜まる食事になる。昔イタリア人の知り合いから『ミネストローネスープは半端に余った食材を冷蔵庫から一掃するための料理』と言われたのを覚えている。燻製肉からは美味しい旨味が出るだろう。


私は大鍋を引っ張り出し、ミネストローネスープを作ると宣言した。


「みね……とろ……スープ?」


戸惑う面々にそれぞれ指示を出す。アルバーノさんには水汲みをお願いした。


アガタには野菜と肉をサイコロ状に切るようお願いし、モニカさんにはハーブと塩があるかどうか台所を探してもらうことにした。


私はその間に竈に火を入れる。


前世と違って魔法が使えるので大変便利。小枝や小さめの薪を入れて火をつけると、すぐに竈の中が赤々と燃えだした。今度は大きな薪をどんどん入れていく。うん、いい感じ。


アルバーノさんが水を汲んできてくれたので、豆と麦を洗ってしばらく水に浸けておく。


モニカさんは何種類かのハーブと塩を見つけてくれた。


うん、これは使えそうだ。


「ありがとう!」


アガタが切ってくれた材料と、豆と麦を浸けていた水ごと一気に鍋に入れ、水を少し足した後ハーブと塩を加えて竈にかける。


ちょっと時間がかかるかもしれない、と説明したら、アルバーノさんのお腹がぐぅーっと鳴った。


そうだよね。待っている間もお腹すくよね。


甘藷が沢山あったことを思い出して、甘藷をぽいぽいと竈に投げ込んだ。


本当はアルミホイルがあるといいんだけどね。


中まで火が通るように魔法で火力を調整しつつ、大鍋と甘藷の両方を調理していく。


しばらくすると良い匂いが漂ってきて、ユリウスたち男性陣も台所に現れた。


「いい匂いがするな? 何を作っているんだ?」


公爵が好奇心満々の目で尋ねる。


「えーと、夕食はミネストローネスープです。時間がかかりそうなので、おやつに早く準備できそうな甘藷を竈で焼いています」

「ほう!?」


公爵の眉毛が上がった。


……そろそろかな。


真っ黒に焦げた甘藷を竈から取り出し、魔法で皮を剥いていくと中から黄金色のホクホクのサツマイモが現れた。


部屋のあちこちから溜息が漏れた。みんなお腹空いてるよね。


アツアツの甘藷をみんなに配って、スープを待つ間に食べてもらうことにした。


ルークにも甘藷を渡そうとしたら首を振って断られた。


暗い表情をしたルークはすごく顔色が悪い。顔面蒼白ってきっとこういう表情に違いない。


「あ、あの……大丈夫? 体調が悪いの?」


声を掛けても、彼は黙って首を振るだけだ。


心配でどうしたらいいのか分からないでいると、ルークが小声で「二人だけで話がしたい」と囁いた。


……そうだよね。森の中でいきなり泣き出してわけが分からないよね。ルークには本当に申し訳ないことをしてしまった。


私は頷いて「夕食後に……」と返事をした。




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