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僕は悪魔の子  作者: 長月よる
9/15

8.指名依頼

 教会に攫われたリーシャを救出することに成功したレージは、ヒマーリやギルド関係者たちによる洗礼を受けた後、何とか抜け出して床に就いた。




 暗闇の中に明かりが灯り、そこに在るものを映し出す。

 そこは、角や尻尾が生えた者たちが城門の前を埋め尽くす光景。その先頭には僕と数名の幹部、その中でも際立って高級な白い貴族服を着た男が僕のほぼ隣に立った。

 男は良く通る鈍い声で何かを言っているが僕には聞こえない。だが、その好戦的な言葉に勇ましく、けたたましく反応する兵士たち――僕が瞬きをした瞬間、それらは原形を留めない血塗れの躯へと変貌する。



「――はっ!」


 咄嗟に勢いよく跳び起き、それが夢だったことを自覚する。背中に汗がべっとりと付いているのを感じ、気持ち悪さと引き換えに少しほっとした。それでも恐怖が未だ全身に広がっていく。

 周囲を見渡すと見慣れない場所で、そう思うとほぼ同時に昨日のことを思い出した。自分の手の届く範囲で、大したことではなかったが助ける事ができて、それとエミリアが――

 僕はそれ以上の思考を遮断して、ポーチから着替えとタオルを取り出した。汗を拭ってから着替えを済ませるが、それでも汗が止まらない。汗と共に昨日の自分の行動が意志とは関係なく思い起こされる。


――ありがとうございます。


 その時は涙が止まらなかったが、今では冷や汗が止まらない。今の僕にとってそれは、非常に恥ずかしい行動だった。

 パンパンと両の頬を二度叩いて思考を切り替える。そしてすっかり火照ってしまった頭と顔を冷やすために外の水浴び場に向かった。



 すっかり平常心を取り戻した僕は、水浴び場からそのまま食堂に来ていた。あまりお腹は減っていなかったが、それでも何か食べようと思ったのだ。それに昨日の宴会では見かけないものもあったため好奇心を刺激されていた。

 がらがらに空いている席に向かうが、途中で女将さんを見つけて声をかける。


「すみません女将さん」


 僕の言葉に、背を向けていた女将さんはくるりと僕に向き直る。そして、僕の顔を見るや否やニヤニヤと面白そうに笑みを浮かべる。


「あら、エミリアの彼氏じゃない。どうしたんだい?」


 どうやら女将さんの中では既に彼氏に認定されているらしい。こうなっては僕やエミリアがいくら否定したとしても無駄だろう。面白おかしく揶揄われるのが目に見えている。


「朝食を摂りたいんです。何か簡単なものをお願いできますか?」

「おう、任せときな!」


 女将さんは僕の肩を強めに叩きながら笑顔でそう言った。何故か安心して任せられるというか、期待できるというか、そんな根拠のない満足感のようなものを抱きながら席に着く。


 そう言えば、全く意識していなかったが、僕は女将さんに敬語を使っていたことを自覚した。基本的に、舐められないように強い口調で話すことを常としていたのだが、女将さんには何故だが敬語になっていて、しかも違和感がない。エミリアの時のような言わされてる感がなく、自然にそうなってしまっている。むしろ、女将さん相手に敬語にならない人間などいない――

 そこでこの宿に来た時のことが頭に浮かんだ。物怖じした様子の無いキーラは、結構すごい人間なんだという印象に塗り変わってゆく。


「お待たせ。すぐ出せるのはこれしかなかったよ。」


 不意に女将さんの声が聞こえたため、思考を急停止して対応をする。


「ああ……十分だよ。ありがとう」

「それなら良かった」


 女将さんは愛嬌のある笑みを浮かべて満足げに頷く。しかし、その顔は揶揄う時の笑みに変わり、小声で楽し気に話しかける。


「エミリアを頼んだよ……!」

「あ、ははは……」


 女将さんの無茶ぶりを受けて、僕は無難に愛想笑いをするつもりで苦笑いをする。そんな僕を面白そうに笑いながら女将さんは去って行った。本当に嵐のような人だ。

 そして、渡されたバスケットを見ると、そこにはまだ少し温かいパンが入っていた。目新しいものでなかったことが残念だが、食べてみるとモチモチでとても美味しく、僕は息吐く暇なく食べ終えてしまった。この宿に来て正解だったな、そんな余韻にしばらく浸るのだった。


 食堂で水を飲みながらしばらく座っていたが、ヒマーリが現れることはない。もう出かけたのだろうか、そんな考えが浮かんだ僕に駆け寄ってくる音が聞こえ、そちらに視線を向ける。すると、そこには快活な笑顔を浮かべる女将さんが居た。


「忘れてたんだけど、エミリアがギルドに居るから来て欲しいってさ!」


 もっと早く言ってほしかった、一瞬浮かんだそんな考えを吹き飛ばすほど豪快に笑いながら背を向ける女将さんを、何も言えず眺めるしかなかった。




 出入口の扉を開けると、爛々と照り付ける太陽に視界を奪われ、目が慣れて辺りが見渡せるようになったと同時に、扉の近くに居る一人の女性に意識が向いた。女性は、庶民的な布地のドレスのような服を着ているが、その美麗な姿勢から訓練されているのが見て取れる。

 周りから浮いた存在である女性は、僕に気づいてこちらを見た。しかし、この街に知り合いなどいない僕は、女性の横を通り過ぎようとするがこちらをジッと見てつめている。


「すみません」


 やっぱりと言うべきか、僕を呼び止め目の前立ち塞がった女性は、手元にある水晶のようなものを横目に見てから再び僕を見る。その水晶は少しだけ淡く光を放っていた。


「何かな?」

「失礼ながらレージ様、でしょうか?」


 女性が確認の言葉を口にした瞬間、否定して立ち去ろうかとも考えたが、周囲に女性の味方は見えないこと、その上で僕のことを知っており何か要件があることを考慮すると、一度話しを聴いてみてもいいかもしれない。何より、僕の知らないところで何かが進行しているような気がしてならない。少なくともこの人があっち側かどうかは知っておきたい。

 僕はしっかりと女性に向き直る。


「どうしてそれを?」

「私は、とある方から使命を受けてここまで来ました」


 “とある方”という言葉に僕の緊張感が急速に高まっていく。半歩後ろに右足をずらしていざという時に構え、彼女の次の言葉を促す。


「とある方?」


 僕がそれを聞くと、一歩近づいて命令するように強く言い放った。


「聖女様が貴方をお呼びです。私と共に王都の大教会まで来て頂きます」

「断る」


 「教会」の名前が出たことで、咄嗟に否定してしまった。「教会」と言えば昨日散々な目に合い、非常に印象の悪い組織だ。「聖女」が気になるところではあるが、正直いって今は関わり合いになりたくない。いや、その前から関わりたくはないと思っていたのだが。

 僕の返事を聞いて、女性の顔が赤く染まっていく。見てわかる、頭に血が昇っている。しかし、それを押し殺すように言葉を続ける。


「……聖女様のお言葉です。それを断るとは、大変失礼なことですよ……!」


 失礼と言われても言葉に困るが、せめて理由が分からなければ話しにならない。そう考え、彼女から情報を引き出すために、否定的な言葉を返す。


「失礼と言われてもな。そもそも、僕に何の用だ? それが分からなければ話しにならない」


 僕の煽るような言葉に、女性は憤慨しながら僕に言葉を叩きつける。


「貴方が知る必要はない!」

「じゃあ、話しはここまでだ」


 僕は憤る女性から身体を背け、ギルドに向かって歩き出した。女性は慌てて僕を追いかける。


「ちょっと!」


 しかし、これ以上は話しても無駄と判断した僕は、それを無視して歩き続ける。女性は追いかけるのを止め、怒りに任せて捨て台詞を吐いた。


「信じられない! 聖女様からのお言葉を断るなんて!」


 僕はそれでも無視を決め込んでいたが、彼女の大声に反応して取り巻きが増え始めたので、歩く速度を上げてギルドに急いだ。




 ラッシュが過ぎ、人通りの少ない朝の大通りを進むとギルドの建物が見えて来る。大きな扉をゆっくり開けて中に入る。室内は昨日と同じで閑散としているが、そこはまるで別空間のようで、ピリピリと緊張感が張り詰めていた。

 ギルド内の空気に驚きながらも目的の人物を探す。その人は入って正面の受付の前に立っていたためすぐ見つかった。僕はエミリアに声をかける。


「何かあったのか?」


 エミリアは受付に立つアンナと話し込んでいたが、僕の声を聞いてすぐに振り返った。その表情は話し込んでいた時と打って変わって優しいものになる。



「おはようございます、レージさん。待ってましたよ」

「おはようございます、レージ様。ちょうど良かった」


 エミリアと挨拶を交わすと、アンナがほっとしたような表情で僕に声をかけた。

 彼女は何か要件がある様子で、それを聴こうと近寄ったのだが、隣の食事処から軽い足音が響く。僕が音のする方を向くと、小柄な女性が満面の笑みを浮かべてこちらに駆け寄って来ていた。


「レージ!」


 彼女の強烈な好意にたじろぎながらも、僕はリーシャに応じる。


「あ、ああ。おはよう、リーシャ。元気そうで何より」

「あ、ありがとう……えへへ」


 彼女は照れて頬を赤らめ、僕に熱い視線を向ける。そのままじっと見つめるばかりで何も言わず、何とも言えない空気が流れる。僕は彼女の視線が熱すぎて逃げ出したい感情に襲われ、何とかして気を逸らそうとアンナの方を見る。幸い、彼女は苦笑いをしながら助け船を出してくれる。


「えっと、よろしいでしょうか……?」

「え、あ、はい! どうぞ……!」


 アンナが申し訳なさそうに確認を取ると、リーシャは勢いよく後ろに下がり、恥ずかしそうに俯いてしまった。遅れて食事処がら出て来たレイたちが、そんなリーシャを取り囲んで揶揄い始めた。

 それでも感じる視線が気になってしまうが、僕はアンナに向き直って気にしないことにした。そんな僕にアンナは一つの紙を提示する。そこには“依頼書”と書かれていた。


「実はレージ様宛に依頼が来ておりますので、ご確認をお願いします」

「依頼?」


 僕はその紙を手に取って内容を確認する。仕事内容は雑務の依頼で、報酬は昨日の討伐依頼より少ないが、それでも雑務にしては気前が良すぎることは分かる。ただの雑務にここまで払う依頼主は一体どんな人物なのかと思い、依頼者の欄を見ると、そこには“市民街区教会”と書かれていた。

 一体なぜ、昨日の今日だというのにこの依頼を進めるのだろうか。僕は教会の文字を見て露骨に嫌な顔をする。


「教会、ねぇ」


 依頼書から視線を外してアンナの顔を窺うが、意外にも彼女は昔を思うような、何か含みのある笑顔をしていた。

 彼女は僕に諭すように話す。


「昨日の一件はこちらでも把握しておりますが、信頼できる方からの依頼です。件のサンカ支部教会とは全然違いますよ?」


 アンナは優し気な笑顔を浮かべ、本当に信頼しているような表情だ。また、彼女のゆったりとした口調を聴いていると、何だかその通りなのではないかと感じてしまう。

 しかし、これだけでは首を縦に振る根拠としては弱い。そう考えていると、隣に居たエミリアたちも話しに入って来る。


「私も個人的に、ここの教区長様は信頼しています」

「昔、あそこのシスターさんにはお世話になったなぁ」


 僕が渋っていると、次から次へと根拠となるような話しが出て来る。なぜそこまでと疑問に思ったが、つまりは行ってこいと言っているのだろうか。

 僕は不安な心境のままエミリアを見ると、彼女は嬉しそうに笑って言う。


「大丈夫ですよ」

「はい……分かったよ……」


 未だエミリアの言う事には大人しく従わざるを得ない僕は、彼女の笑顔に従って教会の依頼を受けることにした。






 暫く一般市民の居住区を歩くと、遠くに質の悪い木材で出来た建物が並ぶ、スラム街のような場所が見えるようになった。そして、それよりも手前に、こじんまりとした三角の屋根が見える。どうやらあれが目的地のようだ。

 さらに近寄ると、ここは先のスラム街と居住区の真ん中に立地していることが見て取れる。


「こんな場所あるんだな……ん?」


 僕がスラム街を眺めていると、居住区と隣接した粗悪な建材の建物が金槌などの音を響かせながら解体されていた。よく見るとスラム街は建物の割に人の気配が少ない。それどころか、所々に解体された後が残っており、スラム街全体が縮小傾向にあるのだと推測される。


 僕がすっかりスラム街に思考を奪われていると、扉が重々しく開く音が風に乗って聞こえた。すぐに思考を中断して音の先に意識を向ける。そこには、修道着をきた中年くらいの女性がこちらを見ていた。


「レージ様ですね? こちらへ」

「あ、ああ」


 突然のことだったが、にこやかに笑う女性に従って教会の中に入った。中にはたくさんの長椅子が並び、奥にはめ込まれたガラスには、太陽のように白い丸が光を放っている様子が描かれており、そこに太陽光が差し込んで本当に光を放っているように見える。その白い丸はリーシャの帽子に合ったものに似ていた。

 僕が入り口でその幻想的な雰囲気を醸し出すステンドガラスに見入っていると、最前列の椅子から声をかけられた。


「こちらにいらして下さいますか?」

「ああ、分かった」


 神秘的で不思議な空間を歩く。声の主の所まで行くと、白髪交じりの年配の男性が朗らかな表情で僕に笑いかけた。違和感を感じ取った僕は、その男性に確認するために要件を聞く。


「えっと、依頼書には雑務って書かれていたけど――」

「――まあまあ、慌てないで。こちらに座って下さいますかな?」


 何となく話しの噛み合わない、いや、ちぐはぐに話しの主旨をずらされているような感覚を覚える。エミリアのような狡猾さは感じられないのだが、これを意図してやっている可能性もある。気を付けねば。

 少しその場で考えた僕だったが、素直に男性の言葉に従ってその隣に座った。後ろに居た女性は僕の隣に座ったせいで何となく圧迫感を覚える。

 僕の隣に座る二人のまじまじとした視線を受けながら、相手が話すまでじっと待つ。何故か観察されているようだ。


「実は今日お呼びしたのは――」


 黙って僕を見ていた男性が唐突に話しを切り出した。僕はそれに身構えながら耳を傾ける。


「――この老いぼれたちの話し相手が欲しかったからなのですよ」

「ふふふ、ですから肩の力を抜いて下さいね?」


 二人は楽し気にそう言った。あまりの衝撃に僕は絶句して、ただただ男性を見つめるしかできなかった。

 いや、流石にそれが本音という訳ではないだろう。恐らくこの二人は僕から情報を聞き出そうと考えているに違いない。少なくともただの雑談のためにお金まで払う必要はないだろう。

 クスクスと笑う二人を横目に、僕は気を引き締め直して男性を再度見る。僕の顔を見たためか、男性は一度頷いてから話しだした。


「私はここの教区長という立場にあります。この教会で慎ましく暮らしておりますが、こう見えてもその昔、神に仕える神族と呼ばれる方々と面識があるのです」


 男性、教区長はその朗らかな表情とは打って変わって、かなり真面目な声色で話しをするため、僕はただ耳を傾ける。


「今は、その神族の方々から拝聴した話しを総合した真実の神話を普及する活動をしています。ぜひ、レージ様にもこの神話を聞いて頂き、感想などあれば教えて欲しいのですよ」


 そう言った教区長は、静かに、瞑想でもするかのように目を閉じた。その姿は、まるで昔に思いを馳せるように、楽しそうだが切なく“神話”を語り始めた。


「私の語るのは定説の神話、つまり悪逆非道の魔王を倒し、勇者が、正義が勝利するといったものではありません。その遥か昔、真実の神話は純粋な思いが紡いだ物語なのです」


 口上にそう述べた教区長は、その昔に聴いた話し手の真似をするように話す。


 神話――それは勇者と呼ばれる建国の英雄が現れる遥か昔の話し。人は散り散りに暮らし、後に魔王と呼ばれる者が地上を支配していた頃、太陽のような輝きを放つ存在が生まれた。それが後に神と呼ばれる存在である。

 生まれたての神は、とある人間の青年と出会う。すぐに神と青年は仲良くなり、人と神は仲良くなった。しかし、地上を支配する魔王はそれが気に入らず、人族に攻撃をし始める。攻撃された人族を守ろうと神は魔王と対峙し、神を中心に人々は結束を図るようになった。

 神と魔王、人族と悪魔の戦いは、お互いに決定打が無く膠着状態となった。そこに現れたのが、神が呼び出したたち天使である。天使は神の名の下、龍の姿をした魔王と戦い、遂には人族に手が出せないほどに悪魔たちを退ける。この時に手に入れた土地が今の人族国家なのだ。


 ゆっくりと語っていた教区長は、大きく息を吐いて言葉を止めた。そして僕を見つめ、真面目な声色を止めて僕に話しかけた。


「その後は、勇者が神に力を授けられ、魔王を討伐するというものです。これも脚色されてはいますが、定説と大きく違わないというのが私の考えです。神族の長を見る限り、何処か決定的に違いそうではありますが。それで、今話した神話を聞いて、どう思われましたかな?」

「……え、ああっと……」


 完全に聴く態勢に入っていた僕は、教区長の振りにすぐさま対応できずに慌ててしまう。この教会では大きな存在感を放つ正面のステンドガラスに目を奪われながらも情報を整理する。

 特に何も感じなかったが、神は太陽のような輝きをしているらしいから、このステンドガラスは神をモチーフとしているのだろう。また、人族と悪魔しか話しに出てきていないが、この世界にはそれ以外にも様々な種族がいるはずだ。まあ、一部分を切り取っただけなのだろう。定説の方を知らないが、神話なんてこんなものか。

 後は――



「……最後に突然、天使やら龍の姿をした悪魔やら、ちょっと脈絡のない展開が気になったかな? そうなんだと言われれば何も言えないが、魔王は悪魔の王だろ? 龍の姿はおかしくないか?」


 何とか意見を捻り出していると、教区長は朗らかな顔を崩して笑った。僕がそれに驚いていると、彼は僕の疑問を手で制して説明する。


「いや失礼しました。先ほど真実の神話と言いましたが、実はこれも少しおかしい話しなのですよ。断片的でちぐはぐと言いますか……ですが、そうですか」


 僕は教区長の最後の言葉に、ドキリと心臓が跳ねるのを自覚した。今までと一転して、何かを確かめるように、確信したように低い声でそう言ったからだ。


「そう言えば、真実は皆知っている、という話しをご存じですか?」


 何が原因で、何を確信したのか分からず、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。そんな僕に、隣で楽し気に聴いていたシスターがウキウキしながらそう言った。僕の腕をギュッと掴んで振り向かせようとする。二人にかなり振り回されている僕は、驚きながらも対応する。


「い、いや、知らない」

「神は人々の心の中に居て、日常から夢などに出て語りかけている、というものだそうな」

「まあ確かに、何言ってるか分からないけど女性の声が聞こえたりはあるな」


 僕の肯定するような言葉に、シスターは目を輝かせて僕に顔を寄せる。最初の雰囲気とは全然違い、何だか非常に興奮しているようだ。見かけに反して若い印象を受ける。


「そうなのですね! 私も昔は似たようなことがあった気がするのです! やはり主は私たちの心の中に――」

「ははは……」


 語りだしたシスターに適当に愛想笑いで誤魔化しながら、助けて欲しい気持ちで教区長に視線を向ける。すると一瞬だけ難しい顔をしていたように見えたが、朗らかな表情で頷いて、僕に助け船を出してくれる。


「こらこら、その辺にしておきなさい」

「――あ、失礼しました。このような話しはなかなかできないものですから、つい舞い上がってしまいました」


 教区長に止められたシスターは、少し照れた様子でマシンガントークを止めた。おかげでホッと一息である。


 その後は、教区長やシスターによる神話の考察を聴き、たまに意見を出して時間を過ごした。天使は、二足歩行に見えた人や四足歩行に見えた人などが居て、具体的な形や正体が分かっていないだとか、魔王と龍を別に考える考察、現代の世界で最強を誇る龍こそが魔王の正体説など色々な話しを聴いた。だが、いくら考察しても分からないものもあり、膠着状態とは具体的にどのような状態だったかやその時に何があったのか、そして最初に神とあったとされる青年とは誰か、教区長はそれはそれは楽しそうに“分からない”と言っていた。


 個人的には、魔王と龍の関係が気になるところだが、恐らくその二つは関係していないだろう。よって、特に気になるものはなくなる。現状を有利に進める情報でもないし、頭の片隅にでも置いておこう。




「老いぼれの話しに付き合って下さってありがとうございました。レージ様」

「またいらしてくださいね。特に困りごとができた際はぜひ!」


 二人の笑顔に、僕は黙って頷いた。いい人たちだったことは良く分かったし、何やら詮索はしているようだが、ただの知的好奇心程度のようにも思える。話しも面白かったし、機会があったらまた行こうかな。

 僕は教会を背に、市民街を進む。空はオレンジ色に染まり、夕日が眼前で山に沈んでいく。それを見て、夕日綺麗だな――そんなことを考えていた瞬間だった。


「――あれは……」


 特徴的な気配、強い魔力、そして何より、幻覚系の魔法で隠しているが僕には丸見えだった。頭に生えるくの字に曲がった角に腰辺りから生える尻尾。そう、それは紛れもなく――


「悪魔……」


 夕日が沈み闇が深くなっていく。暗がりをこそこそと移動するそいつらを追って、僕はギルドへの帰路から外れていった。






 悪魔たちの目的地は、殆ど日の入らない狭い路地裏だった。袋小路になっており、何もないそこは人の寄り付かない絶好のポイントである。

 そこには既に四人の悪魔が居て、僕が追っていた悪魔が合流すると、すぐさま秘密の会議が始まった。息を殺して物陰から様子を窺う。


「どうだった?」

「だめだ。警備が固すぎる。時間がかかりそうだ」

「なら、大樹の森が優先だな」

「ガーベス様は既に大樹の森に?」

「ああ、と言ってもデータを取ったらすぐ出立されるようだが」

「なら行こうか。ここに居続けるのはリスクが高い」


 悪魔たちは恐ろしく低い真剣な声色で話し合う。しかし一人が少し声色を明るくして話し出し、それにつられてもう一人も嬉しそうな声で話す。


「そう言えば……見たか?」

「ああ、少し見ない間にあんなに――」


 しかし、それを制するように二人が話しを止める。


「喋り過ぎだ」

「行くぞ」


 悪魔たちがこっちに駆け足で向かってきたため、物陰に身を潜めた。悪魔は魔力に敏感だ。そのため、魔法を使うことなく僕は息を殺す。

 足音は近くを通り過ぎ、僕は走り去る悪魔たちの背を眺めながら先の話しに思考を巡らせる。何をしようとしているのかは分からない。しかし、何かが起きようとしているのは間違いないようだ。


 あの日の光景が闇に浮かび、あの森で過ごした虚無感が脳裏を過ぎる。逃げ出したことに向き合う時が来たと、僕は静かに覚悟した。

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