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僕は悪魔の子  作者: 長月よる
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5.波乱の全員集合

ギルドからの依頼でコウクリプという鎧を纏ったような魔物を討伐した僕たちは、討伐証明に必要な素材を回収し、サンカに続く街道を歩いていた。


「ふふ、レイさん、まだ恥ずかしがっているのですか?」


 エミリアは僕に抱えられているレイに微笑みながら話しかける。

 街道を歩いているとエミリアとフランは、僕とお姫様抱っこされているレイの事がどうしても気になるようで、かなりの頻度で視線を感じる。それに耐えかねたレイは僕の胸元に顔を隠してしまっている。だが真っ赤になった耳が隠れておらず、それがまた可笑しく映るのだ。きっと暫くはこの話題で持ちきりだろう。


「ん? あれは……」


 僕はニコニコと笑みを浮かべる二人から逃れようと意識を前へ向ける。すると坂になっている道の先に誰かの話し声が聞こえ、坂を登り切ったところでその姿を捉えた。

 僕が疑問を漏らすと、エミリアがそれに気が付いて答える。


「どうしまし……ああ、あれは私たちヒマーリの仲間ですよ」

「へぇ……」


 エミリアは僕の視線の先に居る女性たちを見てそう言った。仲間たちが見えたからだろう、少し安堵したように顔を緩める。


 しかし視界に映る女性の数は四人。四人全員がパーティーメンバーだとすると総勢七人になる。思っていたよりも多い。森であった彼女たちは四人であった事からもこれは大所帯なのではないだろうか。素直に色々不便そうな気がするが、こうやってパーティーを分けて行動すれば効率は良いのだろうか。

 こちらに居るレイとフランは恐らく実戦経験が浅く、だからこそ森で――幻霧の森の外側でああやって戦闘していたのだろう。あの辺は強い魔物は遭遇しなかった。


 だとすると、エミリアが新人教育に付き、こちらの四人は普通に活動していたと考えられる。見た目の印象もあって、あの四人は平均かそれ以上強いはずだ。特にその中の一人、意識が吸い込まれてしまうような漆黒の髪が目立つ、身長の低い女性は危険な感じがする。何というか、昔の自分と似た雰囲気を醸し出している……気がする。


 僕たちは四人組の近く――よく見れば最初にエミリアたちと会った場所のすぐ近く――まで来た。するとエミリアが僕の前に腕を出して制止を促したため、僕は驚きながらもそれに従う。

 僕が止まってエミリアに視線を向けるとエミリアが口を開くが、言葉が出るよりも早く黒髪の女性が静かに殺気を飛ばしながらエミリアに言葉を投げかける。


「エミリア、その男は……?」

「――私たちの仲間を紹介させてもらいますね」


 黒髪の女性は眉をピクリと動かし、表情をより険しくする。そしてエミリアを睨みつけるが、エミリアは一切気にすることなく微笑んだまま僕に視線を送る。エミリアに相手にされなかったためか、その鋭い視線を殺気と共に僕に向けた。

 このパーティー、本当に大丈夫なのだろうか。仲が悪いのか、それともただ喧嘩しているだけか、ひとまずは女性は無視してエミリアの話しを聴く。


「まず、真面目な彼女がローラ」


 エミリアの紹介が始まった。

 一人目は、栗毛色でフード付きの魔法服を羽織っている女性だ。全体的にゆとりのある服を着ているせいで筋肉量などからの判断はつかないが、その服装や武器の類を持っていないように見えることから魔法師である事と推察できる。


「その隣がリーシャ」


 彼女の服装は、確か法衣と言っただろうか。身を焦がすような白色の袴のような服に、上部分が大きい帽子を頭に被っている。いや、法衣とは違うか。

 髪の色や長さは帽子に隠れて見えないが、その服装、そして存在そのものが特別なものである事を強く感じさせる。帽子に描かれてる白くて丸い記号のようなものが気になるが……どこかで見たような気がするのだが思い出せない。


「そして彼女がアマリア」


 彼女は一人目のローラと同じで栗色の髪をしているが、体躯が非常に逞しく、身長は二メートルを超えていそうだ。その背には大剣を背負い、肩、腕、腹など所々を金属の防具で守っている。他は布地だ。

 それでいて筋肉もガチガチといったほどではなく、パワーと機動力を両立した前衛と見受けられる。


 そして最後、エミリアは微笑みを崩し、苦笑いをしながら最後の一人に目を向ける


「そして最後……なのですが」

「おいお前、死にたいのか」

「え?」


 最後になった黒髪の彼女は得物に手を当て、僕に刺すような視線を向ける。そしてドスの聴いた声で僕に問いかける。


「私の……私のレイに何をしているんだ!!」

「何って……あ、忘れてた」


 黒髪の彼女は短刀を抜刀して僕を怒鳴りつける。そして僕はその言葉でようやく、プルプルと震えているレイの事を思い出した。

 そう言えばお姫様抱っこしたままだった。この状態で仲間に会えばプライドの高い彼女が恥をかくに決まっている。……そう言えば女性は“私のレイ”と言っていたが、どういうことなのだろうか。


「レイ、私のってどういう……」

「おい、無視をする――」

「私はあなたのものじゃない!」


 二本目の短刀を取り出し近づいて来た女性に、レイが赤面しながら大声を上げる。すると彼女はピタリと止まり、目を見開き驚いてからオロオロと戸惑い始める。


「い、いやレイ――」

「しつこいのよキーラは!」

「がはっ!」


 レイの辛辣な言葉を聴いた彼女は、手から短刀を落とし、その場に崩れ落ちる。目には涙を浮かべていて、信じられないといった表情をしている。最初、自分と似た雰囲気を感じたと思ったが、気のせいだったかもしれない。

 地面に手を付くそれを見下ろしていると、エミリアは恥ずかしそうに口を挟む。


「彼女はキーラ。一応、ヒマーリの副リーダーです……」


 彼女の殺気を受け、実はかなり緊張していたらしい僕は、混沌とした空気の中で思考を巡らせる。

 彼女の殺気は本物だった。恐らくエミリアと同等クラスの人物である事は間違いない。そして感性がかなり変わった人物だという事も分かった。これからも彼女たちヒマーリと関わっていくには、キーラとの付き合いが重要になってきそうだ。


「はあ……弱ったな」

「大丈夫ですよ、私が何とかしますから」


 溜息を吐く僕は、エミリアに励まして貰いながら今後を憂うのだった。






 何とかその場が収まった後、僕たちは揃って街道を歩いていた。僕はレイを抱えたままであり、好奇の視線がこそばゆい。しかし、まだ納得のいっていないキーラは、未だに僕を睨みつけている。


「納得はしていないからな!」


 キーラは一転、エミリアを見てそう吐き捨てる。これで三回目だ。

 レイとフランの恩人である僕は、一時的な協力関係という形でヒマーリと行動を共にしている。エミリアは僕をチームに加入させることも考えていたようだが、キーラが大反対したためこういう形となった。

 キーラは、私のハーレムがどうと言っていたが、メンバーにまるで相手にされていなかった事から日常的にそのような言動をしていると見える。副リーダーと言っていたが、実力的な意味で努めているのだろうか。少なくとも補佐ができるとは思えない。


 キーラが僕と行動を共にする事に大反対する中、それを押し切ったのは意外にもフランだった。彼女の好意的な意見がメンバーたちを納得させ、キーラの主張を折らせたのだった。

 そんなことがあり、ニコニコと微笑むエミリアとフラン、鬼の形相を浮かべるキーラ、不貞腐れたような様子のレイに、苦笑いでお茶を濁すローラ、アマリア、リーシャ。その三人の中でもリーシャは若干懐疑的な視線を僕に向けている気がする。初対面なのだから当たり前だが、何か疑っているような、探ろうとしているような、そんな視線を僕に向けている。


「あれは……」


 サンカの玄関である門が見えたところで、銀色に輝く全身鎧を纏った者が二人見えた。彼らはこちらを気が付くとスタスタと近寄って来る。明らかに僕たちに用がある様子だ。

 彼らは、ある程度こちらに近づいたところで話し始める。


「リーシャ様、我ら聖騎士、お迎えに上がりました」

「……知りません」


 彼らは、隠れるように僕の後ろに居たリーシャを呼ぶ。しかしリーシャは顔すら向けずに知らないと答える。

 『聖騎士』と言ったか。聖騎士は確か『教会』とか言う組織が抱える部隊だったと思う。昔に厄介な人物として教えられた連中の一つだ。そう言えば、リーシャの帽子にある記号のようなものは、確か教会と関係があったと思い出した。


 彼らの思惑は不明だが、たった二人で来た事から、戦闘をしに来たわけではないと考えられる。現状では彼らが言うように純粋にリーシャを迎えに来たと考えて良いだろう。しかしリーシャは知らないと答えるという事は――訳アリの予感だ。

 リーシャの言葉に、聖騎士たちは構うことなく近づいてくる。チラッと後ろに目をやるとリーシャは顔を青くして震えていた。


――しかしそこに、ヒマーリでリーダーを務める二人が彼らの前に立ち塞がる。


「申し訳ありません。ギルドに話しを通しましたか?」

「それとも宣戦布告か? 受けて立つぞ」


 聖騎士の一人は鎧越しでも分かるほど動揺しており、もう一人の方に判断を仰ぐように体を向ける。すると、もう一人の聖騎士がその動揺を手で制しながら落ち着いた声色でエミリアたちに対峙する。


「リーシャ様は我々と居るべき方です。邪魔をしないで頂きたい」

「お話の続きはモンスターギルドで聴きましょう」

「……ちっ、行こう」


 聖騎士の高圧的な言葉に対し、エミリアは公然とした対応で拒否を示す。相手にすれば、人数からして戦って勝てる見込みなどないだろう。つまりエミリアの主張を受け入れざるを得ず、それに反するとすれば引くしかない。どちらにしろ聖騎士たちは折れる。

 聖騎士は鎧越しに一通り睨みつけた後、後ろを向いて歩きだしていった。しかし一度止まって体を半分だけこちらに向けた。


「一応来てやったんだから、我々に大人しく従っていれば良いものを。後悔することになるぞ……!」


 捨て台詞を吐いてすぐ去っていく。意味深な発言であるが、小物臭がプンプンするセリフではある。警戒するに越した事はないだろが、そこまでの危険性はないように思える。


 エミリアは聖騎士たちがサンカに入っていくのを見つめていたが、彼らが見えなくなるとこちらに微笑みを向けた。


「さあ、行きましょうか」


 すっかり嫌な空気になってしまった一行は、リーシャを励ましながら歩き出す。サンカに入ってからも執拗に周囲を警戒するリーシャを見て、僕は後で事情を聴いておこうと考えていた。




 ギルドサンカ支部に入った僕たちは、大人数で受付に立つのは迷惑という事で、戦果と聖騎士についての報告をする僕とエミリア以外の皆は食事処に向かった。本当は僕も食事処に行こうとしたのだが、キーラに来るなと言われたのと、エミリアが一緒に行こうというものだから彼女と共に受付のテーブルに立っている。


「聖騎士が……そうですか。後ほど教会に問い合わせておきます」

「お願いします」


 エミリアからの報告を受けたアンナは意味深に間を作って考えている。アンナとエミリアは事情を知っているようなそぶりを見せて真剣に思案していた。


 時刻はお昼前、何人もの冒険者と思しき人々が行き来し、受付のテーブルには等間隔で受付嬢が並んでいる。僕たちはその一番隅でアンナと話しをしていた。

 そんな物珍しい風景を何となく眺めていると、一人奥のテーブルで書類仕事をしているミリーと目が合った。ミリーは相変わらずの鉄仮面であったが、その視線には訝し気なものに感じる。僕にはその意味は分からないが、アンナやエミリアにでも聞けば分かるだろうか。

 僕は考え事で押し黙っているエミリアに小声で問いかける。


「なあ、あのミリーって言う人が変な視線を送って来るんだけど……」

「変な視線?」

「うーん……疑うような感じの目って言うか……」


 僕がそう言うと、エミリアは首を傾げる。流石にエミリアでも分からないか、そう考えて思考を切り替えようとした時、話しを聞いていたアンナが口を挟んだ。


「ああ、それは……レージさんが風属性の魔法師だからだと思いますよ」


 風属性……確か魔法の種類だったか。僕が風魔法と呼んでいるもので間違いないはずだ。そう考えて最初に登録書に記入した。

 しかし、風属性だと何かおかしいのだろうか。不思議に思った僕は、今度はアンナに疑問を向ける。


「えっと、アンナ。風属性は何かおかしいの?」

「はい、その、おかしくはないのですが……一般手に風属性魔法は弱い魔法という認識があるんです」


 アンナの説明を受けても良く分からない。魔法は技術や魔力量、詰まるところ使い手次第だ。魔法使いの強弱はあれど、魔法そのものに強いも弱いもないではないか。


「どうしてそんな認識が?」


 たまらずに僕は、苦言にも似た疑問を呈した。それにアンナは苦笑いを浮かべなが答える。


「今まで風属性使いの魔法師で戦闘に秀でた者はいないからです。そもそも攻撃にならないんですよね、風属性の魔法って」


 アンナの言葉を自分の中で咀嚼して考える。それはつまり、風魔法の技術や使い方が伴った人材がいなかったためという事だろうか。確かに、炎や水などと比べ、見劣りしているとは思うが。まあ、これ以上考えても仕方がないか。

 そこまで考えたところで、エミリアが僕を見つめてアンナに言う。


「その点、レージさんは例外的な存在ですね」

「と、言うと?」


 先ほどの空気から一転、エミリアは明るい微笑みを浮かべる。アンナはエミリアに疑問を浮かべながら見つめ、僕もそれに続いてエミリアに視線を移す。


「レージさんの風属性魔法がコウクリプを仕留めたからですよ」


 アンナは驚愕を顔に浮かべた後、理解し難いと言わんばかりの表情に変わるが、努めて冷静にエミリアに確認する。


「それは……信じ難いです。どういうことですか?」

「風の刃を作って切り刻んだのです。討伐したコウクリプから見て取れると思いますよ……フフ」


 それはもう楽しそうに声を弾ませるエミリアは、固まってしまったアンナを見て笑う。アンナはエミリアに視線が固まっていたが、気を取り直したのか急いで僕を見る。そして分かりやすく動揺しながら僕の身体に視線を這わせた。

 流石にくすぐったく感じた僕は、咳払いと共に話しの流れを断つ。


「んんっ、ただの慣れと経験だから。それよりも……そうだ。そろそろ宿を案内してくれないかな?」

「フフフ……まあ、そういうことにしておきましょうか」

「……でしたらもう暫くお待ちください。お持ち頂いたコウクリプの部位を鑑定した後、報酬をお支払い致しますので」


 この場から逃れる口実を思い出した僕は、エミリアに宿の話しを振る。エミリアは見透かしたように笑い、アンナは一礼してからその場を離れた。


 改めて実感したが、エミリアはやっぱり怖い。一体僕の何を知っているというのだろうか。少なくとも敵意はなく、それを公表するつもりもない様子。であれば今は大人しくしておくべきだろう。エミリアがボロを出すとは思えないし、やはりこれ以上は考えるだけ無駄か。

 受付の奥の扉に入って行ったアンナを待つこと数分、アンナは報酬を持って受付に戻って来た。


「お待たせしました。こちらが今回の報酬となります」

「ありがとうございます」


 アンナの持って来た報酬を受け取ったエミリアは、それを半分に分けて片方を僕に差し出した。


「ではこれを」


 僕はその行動に、驚きを隠せず報酬とエミリアに視線を往復させてしまう。


「えっ、多くないか?」


 困惑する僕の言葉にエミリアは、首を左右に振ってから答える。


「いえ、今回はレージさんの手柄が大きいです。それに私たちはお金には困っていませんから」

「あっ、そう。そういうことなら遠慮なく」


 エミリアの言葉に、警戒しながらもそれを僕は受け取った。そもそもエミリアがこう言っているのなら是非もない話しだ。それに、お金に困っていないという彼女なら、困っている僕に多めに渡すのは優しい彼女らしい自然な行動だ。

 実際には何処まで善意なのかは知らないが、今まで共に行動して恩を着せようとしているようには見えない。僕の力を知っているのではなく、存在や生い立ちに心当たりがあるのだろうか。だとしても、ここまで良くしてくれる義理はなさそうなものだ。しかし、何か知っているのは間違い。そう考えると人が良いだけなのか疑わしいが、純粋に優しくしてくれているように見えて、やっぱり分からない。


 不意に思考から意識が戻ってくると、エミリアが静かに微笑んで僕を見ていた。考え事をしている事に気づいて待っていたようだ。背筋が凍るような感覚を覚えながら慌ててエミリアに集中すると、彼女は面白そうに微笑しながら話しを再開する。


「では、宿に案内しましょうか」

「あ、ああ。お願いします」


 今のやり取りに失笑しているアンナを背に、僕たちは受付を後にする。向かったのは、ヒマーリメンバーが待つ食事処。ギルドと食事処の境界で、エミリアは一度僕に向き直って一言だけ言う。


「少し待っていてください。すぐに終わりますから」

「分かった」


 僕はその言葉に頷いて答え、エミリアはメンバーの下へ向かった。暫くその姿を眺めていたが、案の定というべきか、キーラが騒ぎ出し、こちらへ戻って来るエミリアの後ろに、殺気を撒き散らしながらキーラが付いて来ていた。そのおかげで殺気に気づいた冒険者たちが怯え、食事処とギルドは物々しい空気となってしまっている。


「お待たせしました……申し訳ありません」

「私も付いて行く」


 僕の近くについてすぐ溜息を零すエミリアと、レイのように手を出しては来ないが一挙手一投足まで見逃さんとする視線で監視するキーラと共に、僕たちはギルドを後にした。

 

 ギルドを出た僕たちは、お昼時で人通りの多い大通りを歩く。道沿いには道具屋や飲食店、防具店などが所狭しと並び、ギルドのすぐ近くとだけあって“冒険者割引”と書かれた看板が多く出ている。

 僕はそんな道を眺めていたのだが、キーラの視線が纏わりついて非常に鬱陶しく感じる。それが続いたため、いたたまれなくなった僕は、注意を逸らそうと二人に適当な話しを持ちかける。


「そう言えばさ、他のメンバーはどうしたの?」

「お前には関係ない」

「リーシャについて貰っています。本当は午後には別の依頼を受けようと思っていたのですが、今日はもう無理でしょう」


 一層の殺気を飛ばして僕の話題を切り捨てるキーラに対し、それを一切無視して丁寧に答えてくれるエミリア。その様子は、まるで正反対。それは陰と陽、もしくは太陽と月のようだった。

 しかし際立ったのは、キーラに対する普段からの冷たい対応だった。普段からメンバーを引っ掻き回しているのだろう。僕は視線を、そして殺気を向けられるたびビクッと反応してしまうが、エミリアや先ほどのリーシャたちは完全に慣れていて反応すらしていない。腕は立つのだろうが、やはり残念な副リーダーだ。


 それはともかく、そこまで怯えるほどとなると、リーシャと聖騎士――つまり教会との間にある確執が何なのか気になる。恐らく、メンバーは皆知っている上で対応している。しかしそれを僕が聞いてしまっても良いのだろうか。エミリアは僕に異常に優しいが、それでもおいそれと仲間のことは話さないだろう。それが秘密ともなればなおさらだ。

 ヒマーリの実情が分かった現状では、キーラはどうでもいいが、エミリアの心象を悪くする行動だけは控えねばならない。


 僕がリーシャについて聞こうか聞くまいか悩んでいると、エミリアが立ち止まったため僕も少し遅れて立ち止まり、意識が現実に戻る。

 エミリアを見ると視線が左に行っていたため、僕もつられてそちらに顔を向けると、そこには二階建ての建物があった。周囲と比較すれば中程度の大きさだが、花が飾られ他よりも安心感を漂わせていてる。玄関にある掛け看板には“憩いの宿 やすらぎ”と書かれていた。


「ここです」


 エミリアはそう言って一度、僕の顔を見てから宿の方に歩みを進め、それに僕とそのほぼ真後ろに居るキーラが続く。キーラが気になって仕方がないが、ヒマーリ内の習わし通り、努めて構わないようにする。

 

 宿の中に入ると目の前に受付があり、そこに恰幅の良い女性が立っていた。その女性は人当たりの良い笑顔を浮かべ、エミリアに気が付いて声をかける。


「エミリアちゃんお帰り! ……ん?」

「はい女将さん、ただいま戻りました」


 受付の女性――女将さんは、エミリアから僕に視線を移して一瞬だけ考えるように眉間に皺を寄せる。その後すぐに笑顔に戻ったのだが、その表情はニヤニヤとしたものになっていた。僕もエミリアもその視線に困惑していると、女将さんは揶揄うように言う。


「どっちの男だい?」

「え…い、いえそれは――」

「――そんなわけないだろう!!」


 女将の言葉に少し頬を紅く染めるエミリアが何か言おうとしたが、青筋を立てたキーラの怒鳴るような否定に遮られる。

 その言葉を聞いた女将は、面白そうに笑った。


「はっはっは、いやいやそうかい。それで、旦那は泊まりかい? 一部屋開いているよ」

「……じゃあそこで――」

「――女将さん、そこでお願いします」


 そこに決めようと口を開いた僕は、エミリアの言葉に遮られ思わずエミリアを見る。エミリアは変わらず微笑んでいるが、まだ少し顔が紅いままだ。

 エミリアは僕と行動を共にすることを望んでいる事から、きっと自分の目の届くところ、それもすぐ近くに僕を置いておきたいのだろうが、そこまで食い気味に来るとは思わなかった。もしかしたら、僕が考えている以上のことが起ころうとしているのだろうか。


 僕は驚いた表情でエミリアを見ていたが、女将さんの表情が気になり視線が移る。女将さんも驚いた顔をしていたのだが、またしてもニヤニヤとした笑顔を浮かべて揶揄うように視線が僕とエミリアを行き来する。


「ふーん。なるほどね……エミリアちゃん、おばちゃん応援してるからね」

「違いますって!」


 一気に羞恥に染まったエミリアの大きな声が室内に響き渡る。エミリアの声に、僕もキーラもエミリアを見て驚いた表情を浮かべていた。

 エミリアにこんな顔を、そしてあのような大声を上げさせるとは、この女将さん……何者。

 話しを進めてくれるエミリアが羞恥でそっぽを向いてしまったため、今度こそ僕が女将さんとの話しを引き継ぐ。


「あ、えっと、女将さん。一部屋おねがいします……」

「フフフ……あいよ」


 何となく萎縮してしまった僕は、宿泊料と引き換えに部屋の鍵を受け取る。それを見ていたキーラは、僕と同じく居心地が悪いようで、この場を離れるために口を開く。


「じゃ、じゃあ……行こうか」

「……はい」

「ああ」


 女将さんの視線を背に受けながら階段を上がり、自分の部屋の前までやって来る。そして、その隣に指を指したキーラが僕を見る。


「隣の角部屋が私たちの部屋、その正面が私たち以外のメンバーの部屋だ」

「お、おう」


 エミリアの雰囲気に呑まれた僕とキーラは、エミリアには触れず二人で話を進めていたが、エミリアが一度咳払いをしてから口を開く。


「んんっ……申し訳ありません。取り乱しました」

「あ、ああ。そうか」


 目の前の自分の部屋に逃げ込みたかった僕は、エミリアとキーラの言葉を聞いてから口を開く。


「じゃあ僕はこれで……」


 そう言って扉の鍵を開き中に入るが、当たり前のように二人は僕の後ろに付いて来ていた。まあ、階下で分かれずここまで来たのだから何かあるのだろう。


 思考を切り替えて部屋を見る。部屋にはベッドが二つ置かれており、それでも広く感じるほどには大きな部屋だ。二人用でも広く感じそうだが、それを一人で使えるのはありがたいと思う反面、少し落ち着かない。

 僕は腰に付けたポーチをベッドに置く。そしてそのベッドに座ると、その反対側に二人が対面して座った。


「少しお話させて頂けないでしょうか?」


 エミリアはいつもの微笑みを浮かべてそう言う。しかしその表情は少し暗く、真剣な声色が嫌でも重要な話しであることを伝えてくる。

 一方、キーラは足と腕を組んで静かに瞳を閉じている。彼女は聞く心づもりのようだ。


 拒否権などないも同然である僕は、腹を括って二人に対峙する。


「いいよ。と言っても答えられる事であれば」

「それで構いません。難しいことは聞きませんから」


 緊張感に包まれる宿の一室、分の悪い情報戦が始まった。

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