4.『モンスターズギルド・サンカ支部』
人族国家「ヒュラルド」の一部、城塞都市『サンカ』。レージはエミリアたちに連れられ、『モンスターズギルド・サンカ支部』に向かう。エミリアのお礼としておんぶに抱っこのレージは、エミリアの言うことに逆らう事ができずにギルドの中へと入るのだった。
ギルドに入った僕は、足を止めてその内装を眺める。正面には四方へ向かう人が見える広々とした中央スペースがあり、右側の壁には大きく沢山の紙が貼られた掲示板のような横長の板、左側には椅子や机が並ぶ食事処があった。しかし、その規模の割には閑散としている印象を受ける。
「ちょうど人が少ないタイミングでしたね。さ、行きましょう」
立ち止まってきょろきょろと内装を見ていた僕に、エミリアが声をかけ導くように先を歩きだす。僕のほぼ隣を居たフランも照れた笑顔を見せて歩き出した。僕もそれに続き、後ろを歩くレイも僕の後を付いて歩く。
進む先はギルドの最奥にある横に長いテーブルに立つ受付の女性だ。受付は時間帯のせいか、十人近く入れそうな長さのテーブルは誰もおらず、テーブルの向こう側にある仕事机に二人居るだけだ。
「アンナさん」
エミリアが受付の女性に話しかける。仕事をしている二人の内の一人――“アンナさん”と呼ばれた女性は、エミリアの呼びかけに反応して受付に立った。
「エミリア様、お待ちしておりました。それにレイ様、フラン様……そちらは?」
彼女は一通り見渡し、僕で言葉を止めた。当然だが、僕の事を彼女は知らない。ここもエミリアが何とかしてくれると信じて、黙って彼女からの訝しげな視線を受ける。
「彼はレージさんと言いまして……新しく、冒険者登録をして頂けますか?」
「……は?」
彼女は表情一つ変えずに、優しい微笑みでそう言った。その言葉に、僕の思考が一瞬止まる。お願いされたアンナは怪訝な表情で僕を見つめ、エミリアに質問で返す。
「……信頼できる方ですか?」
「ええ。私からの推薦という事で……如何でしょうか」
「なるほど、エミリア様からの推薦ですか……」
はっと意識が虚無から戻り、思考が止まっている間にエミリアとアンナの間で話しが進んでいる事に気が付く。これは結構まずいのではないだろうか。
まず、『冒険者』というものが良く分かっていない。分からないものに乗るのはリスクが高すぎる。次いでエミリアに推薦される事である。推薦という事はエミリアの責任の上で僕は活動することになるという事。よって、ますます僕はエミリアによって制限れさるという事だ。事はエミリアの機嫌次第……危険すぎる。さらに、エミリアパワーにより話しが進みそうな事もエミリアの力がとても大きい事を物語っている。
何とかしなければと思った僕は、エミリアとアンナの会話に割って入る。
「い、いや、ちょっとま――」
「――大丈夫ですよレージさん。私に任せてください」
「え、いや……」
危機感を持って会話に割って入るも、エミリアが僕の言葉を遮って優し気な笑顔を向ける。しかし、いくら対話でエミリアに勝てない僕でもここは引き下がれない。そう意気込んでいたのだが、僕の危機感すらも消し去るほどの慈愛に満ちた笑顔を前にして、言葉が出ずに押し黙ってしまう。エミリアを見て、交渉における駆け引きは言葉だけではない、そう学んだ僕だった。
僕がエミリアに完全敗北したところで、考え込んでいたアンナが明るい表情で口を開いた。
「分かりました、エミリア様がそこまで言うのであれば」
「やった! 良かったですね、レージさぁん!」
「ははは……そだね」
アンナのその言葉に、フランの掌が嬉しそうに僕の掌を掴む。もうどうにでもなれ、そんな心境で流れに身を任せることをにした。
「では、隣で登録に必要な手続きをお願いします」
アンナは僕に笑顔を向けてから、後ろで仕事をしていた女性に目配せする。女性は既に動き出しており、言われる前からその準備を始めていたようだ。アンナの目配せに頷いて答え、すぐにここから間隔を空けてテーブルに立つ。
「レージ様、こちらまでお願いします」
女性は一目でマニュアルの対応をしている事が分かるような冷たい声色で僕を呼ぶ。アンナの丁寧な対応からのギャップに、内心戸惑いながらもその声に従って移動した。
美人だが鉄仮面を付けたような表情の女性は、僕が到着したと同時に話しを続ける。
「こちらに必要事項を記入して下さい。もし字が書けないようでしたら代筆も可能です」
「いや、自分で書ける」
渡された書類に必要事項を記入していく。必須の項目は名前や年齢、剣士や魔法師などの役割といった程度で、必須ではない事項もあった。必須事項である得意属性の箇所には、炎・水・雷・風・土・聖の文字が並び、見慣れない文字に少し戸惑ってしまう。だがすぐに思考を再開し、属性は魔法の区分だろうと考え、『風』の文字に丸を付ける。
次いで出身地を書く箇所を見るが、それには任意の文字が見受けられる。各地を転々としているエミリアたちのような理由で住所など答えられないものがあるのは分かるのだが、出身地は必須事項ではないのだろうか。場所によっては信頼に大きく関係してくると思うのだが。
この書類の一番上には推薦の文字が書かれており、一定の信頼を保証している者用の申請書なのかもしれない。これもエミリアパワーなのだろう。有り難いと思う反面、末恐ろしい話しである。エミリア……どこまでの力を持っているのやら。
「これで」
「…承りました。少々お待ちください」
僕が手渡した書類に目を通す女性は、少し思うところがある素振りを見せてから奥の部屋に消えていった。登録作業をしているのだろう。
半分くらいしか記入していなかったが、ギルドはそれで良いのだろうか。モンスターを討伐するギルドのようだが、構成員の質や信頼が低くなってしまわないのだろうか。それでも構わないのだろうか。よく分からない。少なくともギルド内は整理整頓されており、掃除が行き届いているため、ならず者が居るような印象は受けない。
やはり、エミリアからの推薦という事実が大きいという事なのか。
少し手持無沙汰になった僕はそんなことを考えていたが、不意に隣の話しが耳に入りそちらに意識を向けた。
「そうですか……黄金の方がそのような事になっていたとは……」
「ええ、それと関係があるのか分かりませんが、一応お話しておこうかと思いまして――」
話の内容は全く理解できないものであったが、気になるのは“黄金の方”という言葉くらいだろうか。言葉だけの想像では金ピカな装備をしている人達に思えるが、実力者か金持ちか、あるいはその両方か。どちらにしろ、これだけでは分からない。
考え事も束の間、正面から足音が聞こえ意識をこちらへと戻す。登録が終わり、戻ってきたようだ。
「お待たせしました。こちらがレージ様のギルドカードとなります。以後、身分証の代わりに使えますので紛失することの無いようお願いします」
相変わらず事務的な対応をする彼女からギルドカードを受け取る。ギルドカードは鈍い銅色をしており、両面を見ても大した事は書かれていない。先ほどの手続きはあくまで書類上必要なだけだったのだろうか。
僕はそのカードを物珍しく感じ、まじまじと見つめていると彼女が事務的な説明を再開し、それを暫く聴いていると、彼女は軽く息を吐き捨ててから最後に早口で説明を終わらせる。
「それから、私の名はミリーと申します。以後カードを紛失した際などはモンスターズギルドまでいらして頂きまして、私の名前で問い合わせるか、直接私にお問い合わせ下さい」
それだけ言うと彼女は奥のデスクに戻ってしまった。今の説明だと、これからもお世話になるかもしれないのだから、もう少し親しくしても良いのではないだろうかと思う。まあ、そうならないことに越した事はないのだが。
登録が終わった事を聞いていたのだろう、エミリアが僕を見て微笑んでいる。どうやらこちらに来いという事のようだ。
「何かあったのか?」
僕はエミリアたちの所に戻りながらそう声をかけた。エミリアは微笑みを崩していなかったが、フランは少し緊張した様子で、レイは睨みつけるのとは違う気合の入った鋭い目をしている。しかしレイは、少し力み過ぎているように見える。やはり何かあったのだろう。
エミリアは穏やかに事情を説明する。
「実は幻霧の森周辺で『コウクリプ』というモンスターが出現したそうです」
「へー……」
そう言われても僕にはそれが何なのかは分からない。しかし彼女が言わんとしていることは何となく理解できる。
「そこには多くの初級冒険者も通る道があり、放置しては危険です。ですので――」
僕は彼女の言葉を遮って、彼女の言うであろう言葉を紡ぐ。
「――討伐、すると?」
「ええ」
彼女は僕の言葉を聞いて、一層の笑顔を浮かべてそう肯定した。それを見て僕は苦笑いを浮かべる。
エミリアが居れば大丈夫のはずだが、彼女のこの笑顔には裏があるのだということを先ほど学んだ。こんな話しをわざわざするのだ。そして、僕にこんな笑顔を向けるのだ。僕はこの彼女の笑顔に何があるのか――何をして欲しいのかを理解する。つまり――
「……僕はそれに同行すればいいのかな」
「はい、期待してますよ」
カウンターの反対側で心配そうな顔をするアンナを横目に、僕の初めての冒険が決まった。
「ではギルドからの依頼を改めて確認します」
サンカを出て幻霧の森へ続く街道を歩きながらエミリアは真剣な面持ちでそう言った。つい今朝会ったばかりだではあるが、いつもの優し気な微笑みは見られない。
僕はエミリアたちへの依頼に協力するという形で同行している。分かっていた事ではあるが、エミリアの信頼は非常に厚く、登録したての新米である僕が明らかに分不相応な依頼を受ける事が許可された。
具体的な場所を知らない僕は少し後ろからエミリア、レイ、フラン、の三人の後ろに付いて行く。
「依頼内容は幻霧の森周辺に現れたコウクリプの討伐です」
「コウクリプというと……」
エミリアの言葉に、フランは斜め上を向きながら疑問のような言葉を続けた。知ってはいるのだろうが具体的な事までは自信がないようで、説明を促すように言葉を詰まらせる。
その言葉にエミリアが答えようとフランを見るが、それよりも早くフランの隣を歩くレイがそれに答え、エミリアは少し驚きを浮かべる。
「コウクリプは茶色の体色をしていて、鎧のような硬い鱗を持つ。尻尾が長く、大きな体を使った体当たりや尻尾を使った攻撃に注意が必要だ。」
「ええ、その通りです。基本的には放置されますが、今回は冒険者も良く休憩に使う場所を占拠しているのだそうです。街道にも近いですから危険と判断されたのです」
レイとエミリアが丁寧に説明をしてくれる。だが、横顔しか見えないがレイの表情は一層強張り、声からも力みが聞き取れる。僕に向ける表情とも違い、何か因縁でもありそうな様子だ。
エミリアはそれに構うことなく説明を続ける。
「大人だと冒険者ランクで言うところのB、大きな個体はAにもなりますが、件の個体はCランク程度だそうです。落ち着いて戦えば勝てますので慌てずに対処しましょう」
エミリアの落ち着きのある言葉を聴きながら彼女を後ろから見つめていたが、話しが終わったため前を何となく眺めながら考えに耽る。
確か僕の冒険者ランクは、最も下で初心者の冒険者の証である『Gランク』だった。そして最高で『Sランク』になるのだとギルドの受付で説明を受けた。本来はランクに応じた依頼しか受けられないとの事なので、『Cランク』というのが如何に無謀な依頼かが分かる。
とは言っても、僕は戦闘で言えば恐らくかなりの上級者になるはずで、エミリアもそれを見越して連れて来たのだろう。やはり、それなりの活躍をしなければ怒られたりするのだろうか。では、立ち位置はどうしようか。
このパーティーのうち二人は前衛のため、僕は後衛に回る方がバランスが良い。まあ、そもそも森で今後は風魔法で行こうと決めたため後衛の方が向いているのだが。
後衛で活躍する事を決めたところで三人の足が止まった。タイミング良く目的地に到着したようだ。僕も思考を切り替えて戦闘に備える。
「この先の水の音が聞こえますか?」
「レージさん、この小高い丘の先が目的地、です」
エミリアが言う通り、せせらぎが芝生が綺麗に生えた丘の向こうから聞こえる。姿はまだ見えないが、両脇の平原を通る道から回らずに、この丘を登り切ったところから攻撃をすれば高所を取れそうだ。
しかしフランがガチガチに緊張していて、声を震わせながら僕に話しかける。気づけば僕のすぐ傍まで近づいていて、そのまま僕を盾にでもしそうだ。しかしコウクリプとかいう魔物は遠距離攻撃をしないらしく、そのため分散して戦いたいから離れてほしい。
だが、まずは相手を見てからでも問題ないだろう。それにエミリアがきっとどうにかしてくれる。
僕たちはそのまま丘の頂上まで向かい、魔物の姿を視界に捉えた。
「丸まって寝てるな」
「お、おおきい……」
フランは萎縮してしまっているが、三メートルに届かない位の大きさで、これでも小さい方なのだろう。特に体格で脅威が大きく変わる魔物は、小さいうちはかなり弱い。攻撃の殆どがその巨体を生かした攻撃になるため、それがない状況では大した脅威にはならないのだ。エミリアの言葉通り、落ち着いて戦えば勝てる。
「では役割をいま一度確認して――」
「――私一人で大丈夫!」
僕たちは攻撃する前に固まって最終確認をしようと集まった時、レイは単身で寝ているコウクリプに突進してしまった。
「レイさん!」
「ああ……全くもう」
フランが必死に呼び止めようとするも見向きもしない。エミリアは頭を抱えて溜息を吐いた。
正直、こうなるのは分かりきっていたことかもしれない。前兆は確かにあった。ただ、敵がそこまでではないため、見過ごしていたに過ぎない。恐らくエミリアもそうなのだろう。
コウクリプはネズミのような、頭が小さく胴体の大きい四足歩行の魔物だ。そして頭、背中、太い尻尾に至るまで鱗がびっしりと生えている。
レイはその鱗が生えていない、首筋に向かって細長い剣を突き立てる。しかし丸まって寝ているコウクリプには弱点部位が殆ど露出しておらず、僅かに出ていた鱗のないところに剣が刺さりはしたが、深くまでは入っていかない。骨にでも当たったのだろうか。
痛みからコウクリプは“フシュー”と悲鳴を上げる。それと同時に体を起こし尻尾をレイ目掛けて振り払う。レイは勢いよく刺した剣を引き抜くのに手間取ったため尻尾を躱すことができないと悟り、焦った表情で目を瞑った。
コウクリプの攻撃が近づいていく。僕は即座に魔法を展開しようとするが、それよりも早くエミリアの身体が眼前を移動する。エミリアは風のようにレイの隣に移動し、レイを抱えて大きく跳び退いた。その真下の空気をコウクリプの尾が切り裂いた。
「レイ、隙が多すぎですよ」
「あ……ありがとう、ございます」
エミリアによってレイは助かったようだ。レイは驚いたような顔をしていたが、次第に悔しそうな表情に変わる。
エミリアの俊敏性には驚かされたが、人ひとり抱えてジャンプするとは思わなかった。外見からはそのように見えないのだが、その服の下には無駄のなく鍛えられた肉体があるのだろう。とは言え、それだけではなく何か別の力があるのだろうが。
少し離れた場所に着地したエミリアは、レイの無事を確かめつつこちらに目配せした。恐らくフォローの要求だろう。少なくともそう解釈した僕は、慌てているフランに指示を出す。
「フラン、攻撃!」
「へ……は、はいぃ!」
僕は風魔法を使い、周囲の風を強風に変えてコウクリプの正面にぶつける。こうすることで相手の行動を制限するのだ。
次いでフランの魔力の集中を認識する。彼女の魔力は何というか、拡散というよりは密集、広範囲ではなく一部分への攻撃といった印象を受ける。
フランの魔力は魔法へと変換されて、彼女の頭上――振り上げた杖の先へと目に見える形になった。それは魔法の矢、赤色の魔法の矢が三本並び、彼女の振り下ろされた杖と同じ方向へと飛んで行く。そしてその矢はコウクリプの首元、先ほどレイが傷を付けた所へと正確に命中した。
「へえ……」
僕はフランの正確無比で独特な魔法に感嘆する。彼女は最初のイメージも相まってあまり戦闘向きの能力ではないと思っていたが、実際は弱点への一点攻撃に特化したものだった。その事に僕は驚いたのだ。
コウクリプは急所である装甲の無い部分を狙って攻撃する必要がある。それ以外の場所では、直接的な攻撃は受け付けないだろう。しかし彼女の魔法であれば効果的に攻撃が行える。これで全体への攻撃も行えるのであればかなりの戦力になるだろう。
フランの魔法の矢を受けて、コウクリプは唸り声を上げながらよろめく。僕はその首元の傷口へ重点的に強風を送り、その隙をさらに大きなものにしようとする。コウクリプは明らかに嫌がっており、前衛の動きの補助はできているだろう。
「レイ!」
コウクリプに意識を向けていた僕は、エミリアの叱るような声で集中が途切れた。狭まっていた視野は一気に広がり、いつの間にかレイがコウクリプに向かって走っているのを視認する。そしてそれに気づいたのは僕だけではなく、コウクリプもレイに視線を向けている。
「危ない!」
隣でフランが叫ぶ。視野が狭まっているのだろうレイは、コウクリプが尻尾を振り上げているのに構うことなく突き進む。コウクリプの方が圧倒的にリーチが長いため、レイの攻撃が届くことはないだろう。
「――くっ!」
レイの脇腹にコウクリプの尻尾が突き刺さる。レイは大きく吹き飛びながら芝生に鈍い音を立てながら転がった。レイは苦悶の表情を浮かべている。
しかし、コウクリプもレイの突進に慌てて攻撃を振っただけで、それは大して力のこもった攻撃ではなかった。それでも、レイが動けなくなるくらいには威力のある攻撃、レイはその場で蹲ったままコウクリプを睨みつける。
コウクリプは動けないレイに、尻尾を大きく振り上げる。
瞬間、エミリアがレイを庇うように立ち塞がり、剣を構えながらコウクリプの攻撃に備える。エミリアの魔力が急速に高まっていくのを感じる。
しかし、このままではコウクリプの攻撃が直撃し、両者共に大きなダメージを食らってしまうだろう。
「――切り刻め……!」
僕は反射的にコウクリプの周りにある風を魔法によって掌握する。一瞬の無風、突如として風の消える空間。しかし、次の瞬間にはコウクリプを中心として風の渦が発生した。
「きゃあぁ!」
フランの悲鳴を聞き流しながら、さらに部分的に風を圧縮していく。作るのは風の刃、範囲の中にあるモノ全てを切り刻む魔法。僕の得意魔法だ。
胴体、前足、後ろ脚、尻尾、そして首。あらゆるところに傷を付け続けるが、それだけでは致命傷には至らない。致命傷に至らしめるために、レイの付けた傷に重点的に風刃≪ふうじん≫で切りつける。十、百、千、幾重にも傷を重ね続け、遂には致命的な深さへと至る傷になる。
コウクリプは小さく唸り声を上げ、草原を鮮血に染めながら地に伏した。首から止めどなく血が流れる。
「すごい……」
「大丈夫?」
呆けているフランを置いて、僕はレイの傍に駆け寄る。レイは暴風に飲まれまいと踏ん張っていたが、限界を向かえ力なくその場に寝転がった。
僕は近くから今一度、無事を確認する。
「怪我は?」
「い、いや、大した事――」
僕の問いに彼女のは強がって見せるが、すぐに脇腹を抱えて顔を苦痛に歪める。しかし命に別状はないようだ。
そこにエミリアが心配そうに駆け寄って来た。
「レイ、良かった……」
「エミリアさん……申し訳ありません」
心から安堵しているエミリアに、レイは顔を逸らしてそう答えた。そして、誰もが沈黙し重苦しい空気が流れ始める。
道中でもそうだったが、レイは思い詰めている様子で、今回の依頼に何か急いている気がした。コウクリプに因縁でもあるのか、はたまた別の事なのか。それは僕にはわからないが、自分の中で葛藤があるのは理解できる。少なくとも僕に殺気を飛ばしていた時にはなかった感情だ。だが、焦っている時は大体自分を見失っている時だと思う。そして大体デリケートな問題だと思う。
エミリアはそれほど気にしていないようだが、この空気の中どうすれば良いか決めかねている僕の後ろに人影が差した。
「れ、レイさん。無事そうで良かったですぅ……!」
フランが息を切らせながら駆け寄って来ていた。ようやく我に返った様子だ。彼女の介入で少し気がまぎれた感じがしたので、思い切ってレイに話しかける。
「まあ、何だ。焦ってもしょうがないんじゃないか?」
僕が曖昧にそう話しかけると一瞬頬けていたが、レイは険しい表情で僕を睨みつけた。
「……っ、お前に、何が分かるの!?」
彼女は自分の感情をむき出しにして言葉を続ける。
「私は……私は弱いままじゃあだめなの! 強くなって私自身の価値を示さなければいけないの! デュラン家の恥さらしなんて言う奴を見返すために! ずっと訓練に付き合ってくれたお父様たちに報いるために!」
僕は、彼女の話しを黙って聴き入る。エミリアは事情を知っているのか少し俯いて難しい顔をしていて、フランはあわあわと慌てている。
レイは自分の価値を見出したいと言っている。僕もずっと昔、自分の価値を見出そうとしたことがあった。しかし見い出されたものは僕が望んだものとは真逆のものだった。才能とは得てして自分の望まないものなのだなと思ったものだ。
――ようやく自分の価値を見つけた時には、もうすでに手遅れだったな。
しかし彼女は違う。そうやって腐らずに努力を、挑戦を続け、とても良い仲間に支えられている。彼女は僕とは違う。
僕は諭すように、昔を思い出しながら口を開く。
「そういうのは気の持ちようだと思うな」
「……は? 馬鹿にしているの!?」
レイはさらに顔を赤くして、僕を睨みつける。エミリアとフランも意味が分からないのか、不思議そうな表情で僕を見る。
そんな三人を構わずに話しを続ける。
「これは僕の話なんだけどさ……昔、自分が嫌で変わろうとしたことがあってな」
僕が昔を思い出しながら語り始める。僕の発する雰囲気を感じ取ったのか、レイも怪訝な表情ではあるが静かに聴き始め、他の二人も興味深そうに耳を澄ませる。
「その時は周りに流されてばかりいたんだけど、それでもなりたい自分ってのがあって、でもそれはその時の自分とは真逆のものでな。自分はこうしたい! って思ってもそれは、そこでは許されないものだったんだ。だから変わることなくダラダラと真逆な自分を続けていたんだ。でもある時それを思い出させてくれることがあって、絶対に変わってやろうと思うようになった。できること、足りない事を慌てて始めたんだ」
心が壊れていたあの時、壊して壊して完全に自分が消えてなくなるのも時間の問題だったあの時、あの子を見て心を入れ替えたんだよな。
僕は少し表情を暗くして昔を懐かしむ。変わろうと、そして少しずつ変わっていった、だがその先にあったものは……。
「すぐには変われなかったし、それも完全に理想になることはできなかった。やりたかった事も結局は不完全な終わり方をしてしまった。僕は、失敗したんだ」
「……それで?」
レイは静かに聴いていたが、僕のあまりにも不甲斐ない結果を聞いてか、がっかりしたような表情を浮かべた。
僕は、そんな彼女に微笑みかけて、努めて明るい声色に変える。
「つまり、すぐに変わることなんてできないし、ろくな結果にならないんだよ」
「はあ……なによそれ」
レイはあからさまに溜息を吐いてがっかりして見せる。
そんな彼女に、僕の変われなかった反省点を伝える。
「まあ反省点としては、一歩引いて俯瞰して、できることをゆっくりとするとかあるけども、一番はやっぱり……一人で変わろうとしたこと、かな」
「……一人で?」
「そう」
レイは心当たりがあるのか、自らを省みている様子で視線を下げた。
しかしそれに構わずに僕は続ける。
「努力は一人でもできるけど、それでも一人では限界がある。きっと僕はその壁を越えられなかったんだ。だから、信じられる仲間がいる事は強い力になるんだと思うよ。それこそ人ひとりくらい変えてしまえるほどに……な」
僕はそう言ってレイの頭に手を置いた。彼女はされたことに反応できずに固まっていたが、すぐに照れながら僕の手を振り払った。
「や、やめ……やめろ! まったく……」
「ははは、調子戻って来たな。取り合えず帰ろうや。帰ってから仲間と反省点を話し合ってみろよっと――」
僕は言い終わると同時に、レイの肩と膝裏に手を回して持ち上げる。俗に言う“お姫様抱っこ”だが、彼女が照れて嫌がるだろうと分かっていてやる。
持ち上げられてから少ししてようやく状況を理解した彼女は、顔を赤面させながら手足を動かし僕に抗議する。
「なっ、やめ――」
しかし負傷しているため、身体を動かしたことにより痛みがレイを襲う。
僕はそんな彼女に得意げに言い聞かせる。
「どうせもう、まともに動けないだろう? 大人しくしていなさい」
「くっ……」
後ろから聞こえる暖かな笑い声を心地よく感じながら僕はサンカに向けて歩き出す。しかし……。
「あ、コウクリプ討伐の証明素材を剥ぎ取りますので少々お待ち下さい」
颯爽と歩き出していた僕にエミリアから待ったが入り、レイからの鋭い視線に顔を背けてその場に立ち止まった。




