3.『ヒマーリ』との邂逅
柔らかな明かりが瞼を超えて朝を知らせる。僕はその光に導かれるままに瞼を開き、そのまま体を起こした。
目元が濡れている事に気が付いて手で拭うと、少量の水滴が指にくっつく。どうやら泣いていたらしいが、何か嫌な夢でも見たのだったか。何か懐かしいものだったような、そうでもないような……どうだっただろう。
暫く見ていただろう夢を思い出そうと頭を捻るが、在っても掴むことのできない霧のような、ぼんやりとしたイメージしか湧いてこない。ただ、何か嬉しかったような、悲しかったような、そんな夢だった気がする。
分からないものについてこれ以上考えていても仕方がないと、頭をブンブンと振って思考を切り替える。今日はこんなことをしている場合ではないのだと、逸る気持ちをグッと抑えて、ひとまず日課を済ませるためにベッドから離れる。ただし、明日以降、ここには戻ってこないだろうからバケツやコップなどは全て仕舞って出る準備を整えていく。
今日もまた、外に出てすぐの岩で顔を洗う。あの時とは違って幼馴染と言える子から貰ったタオルを首に下げている。あの子は今どうしているだろうか、そんな思いに耽ってみるも、あの強かな性格ならばうまく立ち回っているように思えて、心配なんて分不相応なことを考えた自分に笑みが零れた。本当に一年もの年月が経ったのだと実感できるほど、自身の心境は大きく変化していたのだ。
家に戻り、昨日のうちに用意しておいた朝食を簡単に食べて、必要なものを大きめのポーチに入れていく。幼馴染から貰ったタオル、やる事がなくて暇つぶしで作ってみたポーション、実家を出る前に持たされていた水筒、それらを最初からこの家に置いてあった大きめのポーチに収納していく。また、ここに置いてあった、先日の彼女たちに似たような動きやすい服装に着替え、いよいよ出立の準備が整っていく。
準備を整えると一度、扉の前に立って部屋の中を見渡し、ここで暮らした記憶を呼び起こす。
初めてここを見つけて中に入ったあの時、一日中この中で寝転がっていたあの時、暫くしてようやく落ち着ける場所として生活できると実感した、あの時――
思い出したものを今一度胸に仕舞い直して、僕は扉を開けて外に出た。
外に出てこの家を見ると改めて昔を思い出す。最初は何故こんなところに家があるのかと疑った。周囲には見たこともない結界が張られていて、いかにも怪しい感じだったことを覚えている。
しかし家の周囲には苔むした地面があるだけで、人どころか動物の痕跡すらなく、中に入ってみても埃を被っているだけの廃屋に近いものだった。当時はそれが安心できるポイントになったのだが。
この家をどうしようか迷ったが、ここにこうしてあるという事は何か意味があるのだろう。僕が救われたように、また誰かのためになるのかもしれないと思い、このままにしてここを去ることにした。
僕は家に向かって黙祷を捧げる。
――今日までありがとう、行ってきます。
目を開けると同時に振り返り、勢いよく地面を蹴って霧に飛び込んだ。そして霧に消えた愛しの我が家を背に、笑みを零しながら前へと進んでいった。
目指すのは森を抜けた先にある人族国家「ヒュライド」だ。
濃霧で視界が効かない中、迫る木々を次々と避け、ものの数時間でかなりの距離を進んでいった。しばらく移動していくと次第に濃霧は薄れていき、今では殆ど霧が晴れたところまで来ている。この森は中心に行けば行くほど霧が濃くなっていくため、霧が晴れるという事はそれだけ外縁部に居るという事を示している。
枝葉から見え隠れする太陽の木漏れ日に、久しぶりで慣れない気持ちの高まりを自覚した時、獣の類とは違う音が聞こえ、その方向へと意識を集中させた。
「きゃああぁ!」
甲高い女性の悲鳴だ。それを理解してすぐにその場所に進路を変え、速度を上げて急行する。
霧が晴れると共に高くなった雑草をかき分けながら最短距離を突っ切り、草をかき分けた先の開けた空間にようやく、茶髪でグレーのワンピースのような厚手の衣服を着ていて、先端が内側に巻いている杖を持った女性の姿を視認した。
女性には、二足歩行で2メートルはあるトカゲが覆いかぶさるように襲い掛かっている。女性は杖をトカゲの口元に押し付けて何とか防いでいるようだが、長くは持たない。助けなければ。
そう考えた僕は、後先など考えもせずにトカゲに肉薄し、脇腹目掛けて拳を叩きこむ。
「しゃああぁぁ……!」
するとトカゲは唸り声を上げながら数メートル先の木まで吹き飛び、木にめり込む勢いで衝突した。そして弾かれるように地面に倒れこみ、血を流してピクリとも動かない。この程度の敵ならば当然の結果だろう。
僕はトカゲを仕留めた事を確認してから女性の方に近寄った。倒れこんでいる女性の傍らに膝をついて座り込み、女性の肩に手を回して上半身を起き上がらせる。
「大丈夫? 怪我は?」
「へ……あ、いいえ! 大丈夫です!」
女性は最初、こちらを眺めながら呆けていたが、すぐに顔を紅くして元気よく返事をした。本当に怪我などはしていないようだ。良かった。
そのまま女性が起き上がるのに手を貸した後、周囲を見回しながら索敵する。この手の魔物は群れを形成する傾向があったはずで、一匹いるという事は他にも仲間がいる可能性が非常に高い。背丈の高い草のせいで視界は利かないが、こちらに草をかき分けて向かってくる足音を耳に捉える。
その方向をジッと見つめること数十秒、大きく草を踏み倒しながら飛び出してきたのは、見惚れてしまいそうな深紅の長髪がひと際目に付く、僕よりも背の高い綺麗な女性だった。その女性は僕に気が付き一瞬身構えるが、先の女性と視界の端に入ったであろう仕留めたトカゲを見てすぐに構えを解いた。その姿に僕は、確実に強者の部類に入る人間である事を悟った。
遅れてその強者の後ろにやって来た、短い白髪で細長い刺突武器を下げている女性は、僕の姿を視認しすると鞘に収まっていた得物を抜いて先端をこちらに向けた。まだ何も分からない状況なのに、明らかな敵意を向けてくることに少し動揺してしまう。
「フラン、今助ける――」
「待ちなさい」
得物をこちらに向けたまま、その女性は僕目掛けて飛び出そうとするが、前に立つ深紅の髪の女性にすぐさま制止される。その制止に飛び出そうとした女性は困惑しながら抗議する。
「な、何故ですか!」
「私に任せてください」
「む……分かりました」
白髪の女性は一応納得したようだが、未だに得物を仕舞うことなく敵意と共にこちらへと向けている。しかしそれに構うことなく深紅の髪の女性が僕に歩み寄って話しかける。
「失礼しました。私はエミリアと申します。彼女はレイ」
エミリアと名乗った女性は、自身の胸に手を当て自己紹介した後、後ろの白髪の女性に手を向けた。そして意味ありげにチラッとトカゲの方を一度見てから話しを再開する。
「私たちの仲間を助けて頂いたようで、この度は本当にありがとうございました」
そしてエミリアは深々と頭を下げた。彼女の後ろに居るレイは、エミリアの視線を追ってトカゲが視界に入ったらしく、驚きを隠せないといった様子で殆ど棒立ちになってしまっている。
エミリアは少しの間下げていた頭を上げた後、僕を見透かすような、優しげに見えるがどことなく鋭く感じる視線を向ける。
「それで、貴方のお名前は何と仰るのでしょう?」
「え、あぁ、えっとレージです……」
彼女が発する得も言われぬ圧に、思わず敬語になって答えてしまう。そして言ってから今の発言は大丈夫だったかと冷や汗が噴き出てくる。
だが既に名乗った事のある名前、なおかつこの名前で何かを察することはないはずだから大丈夫なはずだ。覆水盆に返らずという。言ってしまった事は取り消せないのだから堂々としていれば良いのだと、自己暗示のように自分に言い聞かせる。
「……そうですか」
エミリアは何か心当たりでもあるかのように、意味深に間をおいてからボソッと返答をした。
本当に大丈夫なのだろうか。何かおかしなことをしてはいなかっただろうか。心当たりがないことが余計に緊張感を掻き立てる。
しかしエミリアは先ほどの間が嘘だったように、癒されるような優しい微笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「レージさん、ですか。……良い名前ですね」
笑顔の裏に見え隠れする何らかの思考にビクビクと怯えながらも、敵意の類は見て取れないことに安堵する。エミリアのその様子を見て、レイも敵であるという認識を改めてくれたようで、渋々といった表情で得物を鞘に納めた。
そんな中続く、エミリアと僕の何とも言えない見つめ合いを、僕の後ろに居る茶髪の女性の上擦った声が制止する。
「あ、あのぉ! た、助けてくれてありがとうございました! れ、レージさん……!」
キラキラとした期待の視線が僕に向けられている。その視線に若干威圧されながらも、エミリアとの間に漂った変な空気から逃がしてくれたことに感謝し、努めて優しい声で彼女の礼に答える。
「いや、別に大した事じゃあないさ。えっと……」
「……あ、えっと、私はフランって言います」
僕の意図を察してくれたフランは自己紹介をしてくれる。ただオロオロとした様は何というか、ハラハラするというか、心配になるというか。分かりやすいくらい新人といった姿だ。
それはともかく、エミリアの後ろの女性が気になるがそろそろこの場から離れたい。会話による駆け引きなど僕の専門外であり、精神的にとても疲れる。下手に情報を渡してしまう前に彼女たちには別れを――
僕がこの場を離れる算段を考えている所で、エミリアはまるでそんな考えなどお見通しと言わんばかりに、的確に退路を断つ提案を切り出した。
「フフ……そうですね。ですがこのお礼は是非ともさせて頂きたいので、一緒に街まで行きましょう」
彼女はフランの言葉に微笑んだ後、スッと僕の目の前まで移動して先にも増して圧のある笑顔を浮かべる。
おかしい。“よろしければ”などのこちらに気を遣う言葉がない。それどころか彼女の行動は強制にすら感じ、まるで絶対に逃がさないとでも言いたげである。それも笑顔で以て実行している。
「え、えーっと……」
思わず彼女から視線を外して距離を取りつつ、適当な言い訳を必死に考える。しかし、彼女の圧が想像以上に強く、冷や汗が出るだけで何も思い浮かばない。それでも必死に考えを巡らせていると、そういえば昔からこういったやり取りは苦手だったな、そんな記憶が走馬灯のように頭を駆け抜けていった。
僕が倒したトカゲの辺りに視線がいったところで、後ろから服を軽く引っ張られる。首を回して後ろを見ると、嬉しそうな表情のフランが居た。
「お礼させてください!」
そんなフランから苦笑いを浮かべながら視線を外しつつ、順調に退路を断たれていくことに危機感を覚えたため、最終手段として出会ってすぐに敵意をむき出していた白髪の女性に視線を向ける。しかしフイッと顔を背けられてしまい、取り合う気のないことを言外に伝えられてしまう。
だがその瞬間、不意に別の考えへと思い至る。
僕はこの先にある人族国家に行ったことがない。あくまで地図を見て確認したに過ぎず、このままでは何かと不便ではないか、と。であるならば、協力者というほどではないが、必要な事を教えてくれる存在が居た方が良いのは地名の理である。そして一応お礼をしてくれるというこの状況、これを活用しない手はないではないか、と。
僕は先ほどまで感じていた危機感を払拭し、むしろ堂々とした心持ちでエミリアをまっすぐに見つめた。
「だったら、一つ頼みたいことがあるんだが……」
「どういったことでしょうか?」
彼女は微笑みを崩さないまま、軽く首を傾げてそう尋ねてくる。その恐ろしく場慣れしている姿に驚きながら、真剣な面持ちを崩さないように言葉を続ける。
「その、実は訳あって人族国家に行ったことがないんだ。だから――」
「――分かりました。私でよければ是非」
僕の言葉を待たずに了承するエミリアに、僕は真剣な面持ちを保つ事ができずに絶句し固まってしまう。思考も一瞬止まってしまい、どうしようもない間抜けずらを晒した事だろう。
それはどういうことだろう。一体何を分かったと言うのか。まさか詳しい内容も言っていないのに即答されるとは思ってもいなかった。彼女の表情は一切変わっておらず、何も読み取ることはできない。いや、その微笑みを見ていると何だか遊ばれているような、揶揄われているような気さえする。
エミリアには勝てない、そんな事実を突き付けられた僕は、壊れた人形のように力の抜けて立ち尽くして彼女を見た。そんな僕を見て、エミリアはクスクスと笑いながら僕の腕を取って歩き出す。それに引っ張られる形で固まっていた僕は動き出した。
「さあ、行きましょう」
「えちょっ――」
そわそわしているフランと不満そうな表情で僕を睨みつけるレイを引き連れて、楽し気なエミリアに導かれるままに森の出口へと向かうのだった。
慣れない暖かな陽気と明るい日差しの下、僕はエミリアに手を引かれながら街へ向かって街道を進む。街道の右側には丘のように小高くなった野原があり、鮮やかな緑に白や桃色の花が彩を添えている。
「そう言えば――」
黙々と歩いていた中、エミリアが唐突に話しを切り出した。ちなみにフランはチラチラとこちらに視線を寄越すだけで何かを話す気配はなく、レイは後ろからジーっと僕の後頭部辺りを睨みつけている。一度視線を後ろに向けた時に目が合って、一段と険しい表情を見せた事から警戒心の高いことが窺える。
「私たちが向かっている街、城塞都市『サンカ』についてどの程度ご存じでしょうか?」
エミリアは変わらない微笑みで以て僕の顔を見る。僕はエミリアから唐突に話しを振られたことにより若干動揺しながらも何とか昔の記憶を引っ張り出そうとするが、先のやり取りで彼女に苦手意識が植え付けられており、情報を整理するのに時間がかかってしまう。
「え、えーっと……確か、対悪魔用の壁にして拠点だったか? 元々は魔物から身を守るためだとか何とか……」
「ええ。ですが今ではもっと多岐に渡って活躍しているのです。フランさん、レージさんに説明してあげて下さい」
「……ええ!?」
エミリアに無茶ぶりをされたフランは驚きを露わにして、あたふたとエミリアを見る。エミリアはその視線を構わずに微笑んでいる。観念したのか、フランは抗議にも似た視線を止め、こちらを見て恐る恐る説明を始めた。
「ええっと、城塞都市サンカはモンスターの氾濫や悪魔の進行を止めるために作られた都市、です。その、豊富なモンスターの素材とか森の幸が取れるので商業やギルドが栄えていて、最近ではトリエントやビルガルズとの貿易の拠点になっています。……こんな感じでいいでしょうか?」
「はい、良くできましたね」
フランの説明に満足したのか、エミリアはふっと優しく微笑んで見せた。それを見てフランはほっと胸を撫で下ろしている。
森から一番近い街である城塞都市サンカ。城塞都市という如何にも厳重そうな名前の響きが、僕の心に不安を募らせる。
もし、このまま一人で行っていたならば、最悪街の中にすら入れない事態になったかもしれない。エミリアたちに付いて行ったのはやはり正解だった。それでも入れるのか不安ではあるが、エミリアには何か考えがあるような様子だったから問題ないだろう。そう信じる。
そして道中、フランからの質問をのらりくらりと曖昧に答えていると、坂道を超えた先に石造りの立派な門が待ち受けるように構えていた。それを見て、人の造る物は立派であると思い知らされる。
「さ、もうすぐですよ」
エミリアが肩の先から流し目で僕を見て先を促す。僕は緊張から足取りをより一層重くして、威圧感を放つ鉄の門へと続く街道を歩み進める。そして眼前に迫る門の前に立つ、鉄製の鎧を身に纏う衛兵と思しき人間の近くで止まった。
衛兵は嬉しそうな声色でエミリアに話しかける。
「エミリアさん、お帰りなさい!」
「ええ、ただいま戻りました」
穏やかに受け答えをするエミリアは、一層の優しい雰囲気を身に纏って衛兵と話し始めた。
「衛兵さん、実はお願いがありまして」
「はい、どのような事で……」
衛兵はエミリアの後ろでその会話を見ていた僕に怪訝な表情で、僕に視線を向ける。僕は黙ってその視線を受けていたが、エミリアが話しを続けたため衛兵の意識が彼女に戻る。
「はい、彼――レージさんの身分証を作って頂きたいのです」
エミリアの言葉を聴いて、衛兵は増々訝し気に僕を見る。明らかに信用のない様子で、目の敵とまではいかないにしてもそれに近い視線に感じる。何か怪しい行動を取っただろうかと心配していると、エミリアが圧を強めて言葉を続ける。その光景には既視感があった。
「私が彼の身分を保証します。これ以上の理由が要りますか?」
「い、いえ! じゃあ君、こっちに来て」
それは一瞬だった。何かしたようには見えなかったが、何となくどういうことが起こったのかは分かる気がする。彼女に詰め寄られると色々受け入れてしまいそうになってしまう。……いや、受け入れてしまうの間違いだった。
ともかく僕は、エミリアの視界から消えた途端にぞんざいな対応をする衛兵の質問に答え、意外に情報量の少ない身分証明証を手に入れた。エミリア様様ではあったが、第一関門を突破したようだ。しかし、エミリアのある種の力の強さも驚くところではあるが、彼女がここまでしてくれる事に疑問を感じずにはいられない。何か裏があるのだろうが、それが分かるまでは警戒しておいた方が良さそうだ。
「あ、終わりました?」
「ふふ、そのようですね。では、行きましょうか」
僕が門に設置してある衛兵の詰め所から出てくると同時に、フランが杖を抱きかかえながら駆け寄って来た。その後には近寄って来ていたエミリアが声をかける。最後にレイが相変わらずの怖い顔で歩いて近くまで来た。レイの視線が少し鋭さを失っているように感じるが、ずっと険しい表情を保ち続けることに疲れたからだろう。つまり波風立てずにしていれば警戒心も解かれていくかもしれない。
まあ、そう簡単にはいかないだろうな、と思考にキリをつけて僕は先を歩くエミリアに従って城塞都市の門を通った。
門を抜けてすぐ、街の中は商店やそこに出入りする人や通りを通行する人で溢れかえり、幾分見ることのなかった活気のある光景に衝撃を受ける。
道行く人々は皆明るい表情で上を向いて生きている。街の玄関口である事を考えても、この街は栄えているのだと理解させられる。そんな華やかな印象を僕はこの街に持った。そんな僕にエミリアが言葉をかける。
「ようこそ、サンカへ! ……と言っても私たちも一時的に身を置いている身なのですが」
「へえ……そうなんだ?」
エミリアの歓待の言葉を受け、僕も何だか前向きで明るい気持ちが込み上がってくる。そんな心境で彼女の何気ない話しに反応を返すと、彼女も世間話といった雰囲気で応じてくれる。さらにその話しに乗っかってきたフランも交えて話しが盛り上がる。
何でも、彼女たちギルド―パーティー『ヒマーリ』の本拠地はヒュライドの王都になるが、基本的に様々な場所へと移動するパーティーなのだとか。そうやって枠に囚われないやり方をする事で仲間を増やし、二人で起こしたヒマーリは今では七人もの大所帯になったのだそうだ。
また、それぞれ様々な事情を抱えているのだが今では皆楽しそうにしている、と言った話しをした。途中、レイの過去の話しになり、トゲトゲしく皆と馴染もうとしなかったが、今では素直に好意を受け入れるようになり、それでもお礼が言えずにもじもじしている、という話しを聴けた。当然、僕を警戒して話しに入っていなかったレイだったが、それを止めるために雑談に入り彼女の険しい表情は完全に消えた。まあ替わりに、忘れろと圧をかけてくるようになったが。
そうやって話しをしていると、気づけば目の前には大きな建物が現れていた。太い丸太の柱が頑丈そうな威風を醸し出し、木製で縁に鉄が取り付けられている扉の横には、剣と魔法杖が交差した絵が描かれている看板が付けられている。
その建物に視線を釘付けにされている僕を横目に、エミリアがその建物に向かいながら僕の隣から話しかける。
「あれが今向かっている場所で私たちの所属する組織、モンスタズーギルドです」
「へぇ……ん?」
前々から“ギルド”とは何なのか気になっていたため都合の良い展開ではあるのだが、そんなことは彼女に話していない。そのため、何故ここに向かっているのだろうという疑問が湧く。そして彼女は僕への対応から考えて、何やら裏がある様子。
つまり、ここにわざわざ連れて来たという事には何らかの思惑がある可能性が高い。そして彼女に頼りきりの僕は、これを断る手段を持たない。ここに来る前に宿などに向かって貰えばまだ落ち着いて身の振り方を決められるのだが、雑談に気を取られていたためそこまで考えが回らなかった。
エミリアが僕の身分を証明してくれているため、僕は彼女の不評を買う行動はできない。この場を凌ぐ方法も考えている余裕もなかった。油断しないって決めたにも拘らず、既に取り返しのつかないところまで来てしまっている気がしてならない。
一瞬立ち止まって考えを巡らせた僕は、エミリアの優し気な微笑みに観念し、フランに急かされながらその建物へと入っていった。