聖女様の秘策
「聖女と第1王子が、共に此処にやって来ただと!」
その声に②は過呼吸を起こしそうになって視界が歪み、後ろへたたらを踏んで倒れ込みそうになった。慌てた駄犬が傍に駆け寄り、支えながら報告する。
「貴族の騎士以外、ほとんどの青・赤・白の平民騎士が此処に集まっています。酷く汚れているのが地下通路から出て来た騎士達で、汚れの少ないのが勤務に付いていた者達です」
「・・どう言う事なのだ」
「今回の聖女の拉致事件に、直接には係わってはいなくとも、心情的には賛成の者達でしょう」
・・聖女を拉致する事に、つまりは第1王子と娶せる事に・・ひいては第1王子の王太子擁立に賛成な者達なのか!②は目の前が真っ暗になって血の気が下がり墜落した様な心地がした。
「オオォォォ・・・」
突然オレンジ色に染まった、憎い奴らが叫び出した。
バルコニーに聖女が登場したのだ、第1王子の腕に軽く手を掛けエスコートを任せている。麗しの顔は薄く微笑みを貼り付け、曖昧なアルカイックスマイルで固まっていた。目の前にいる②には目もくれずに、真っすぐにバルコニー中央を目指して歩いていく。
第1王子はチラッと②に目を遣ると、機嫌よく優越感に浸りつつバルコニーの中央に立った。後ろに控える貴族達や、王宮の関係者、侍従達・・そうしてバルコニーの下に屯している平民騎士をグルッと見回すと鷹揚に手を上げ騒ぎ声を止める。
「その方らに重大な発表が有る、聖女様に関する事である」
マイクを使った様な大きい声が響き渡る。この場にいる者達以外にも、王宮中・・延いては王都中に己の声を聞かせ、この婚約を既成事実化する為に第1王子は拡声の魔術具を使い発表をする心算のようだ。
☆ ☆ ☆ ☆
離宮の女官長にも(未だにお茶を啜っていたが)声は聞こえた。
あの声は第1王子・・そうか第2王子は負けたのか。これではいよいよ、私も身の振り方を考えねばなりませんね。女官長は、ゆっくりと立ち上がった。
☆ ☆ ☆ ☆
神殿の神官長、神官達にも声は届いていた。
神殿長は、午前中の就任式の後始末に追われ、まだ王宮に行っていなかったのだ。
聖女様に関する事で、神殿・神官長に話が通っていない事に憤慨し、急ぎ王宮に駆け付けようと馬車の準備を急がせる。
「王宮に、王子達に聖女様を奪われてはならない。聖女様は神殿のものだ!」
聖女様・・年若い女性神官達は、涙が溢れそうになっていた。聖女様は普通の方法で王宮に招かれた訳ではない、それがどう言う事か一番解っていたのは美しい容姿の女性神官達だっただろう。聖女様でさえ、こんな扱いをされるのか・・・と。
☆ ☆ ☆ ☆
王都の住人たちは、突然降って沸いたキザッタらしい声に驚き慌てたが。聖女様に関する事と聞いて、王子との結婚に関する事だと思い至った。
どっちが勝った?1か2か?配当はいくらだっ!
・・・此処では、賭けの対象でしかないらしい。
王子達の顔も見たことが無いのだから、致し方の無い事だろう。
☆ ☆ ☆ ☆
そして詩乃はやっとの事で、王宮の王子の部屋に辿り着いたところだった。
『はぁ~~疲れたぁ』
階段を上り続けたのが、地味にキツかった、もう脹脛はパンパンだ。
『いやぁ~それにしても、趣味の悪い部屋だねぇ』
思わず部屋の中を見回す、ネットで見たような東欧の宮殿の様だ。
およ・・・「なにこれ?」
詩乃が不思議に思うのも無理ない、そこには数人分の空っぽの服が散らばっていたのだから。
「中身は何処にある?何故服だけ?ひ~ふ~み~8人分の服か、うへぇ下着まであるよ」
・・・まさか、王宮をマッパで歩いているとか?
・・・男物の服に女性の下着?ガーターベルトもどき?網タイツ??
意外な場所で思いがけずに、自分の趣味を披露してしまった人物がいる様だ。
「何がなんだか、異世界って訳解んね~~」
まぁ、いいや。深く考えてもしょうがない。
そう思って走りだそうとした時、壁の近くに倒れている少女を見つけた。
「神官服?何で神官が王宮に・・聖女様の拉致に巻き込まれたとか?」
慌てて傍に寄り呼吸を確かめる、良かった、弱いけど息が有る。
でも、どうしよう・・・手当の方法が解らない・・・。
詩乃は<空の魔石>を二つ取り出すと、パワーストーンを造り出した。
「ラブラドライト」傷や打撲などを癒し痛みを取り除く、呼吸が浅くなっている時には石を胸元に当てると効果的。
「アズライト」癒しの石。心身のストレスに効果が有って疲労回復に一番だ。
出来たパワ石を神官の少女の胸と頭の近くに置く、どうぞ、少女が助かりますようにと願って。
『聖女様、巻き込まれ友の会、会員番号2番だね』
詩乃と一緒だね友達になれそうだ、そんな事を考えていたら、ネチッこくも鼻に付く、気障ったらしい声が聞こえて来た。
****
「今日ここで、皆の者に発表するのは、私と聖女様の婚約が調ったからである。聖女様はこの私、シータマラート・ア・イクル・ランケシの手を取り。本日、妃に成る決断を下した。皆の者は、この婚礼を受け入れ祝福するように。聖女様こそ、未来のランケシ王国の国母に成るに相応しい女性だ。意義はあるまい、不服の有るものは此処に出てまいれ」
第1王子は二人で並び立とうと、エスコートしていた手を引き寄せようとして・・あれ?いない。①王子は前ばかり見ていて気が付いていなかった様だが、聖女は王子の手をすり抜けて、そ~~っと後ずさりしながら一人下がっていたのだ。
聖女様は離宮に居る時に、詩乃から合気道の<痴漢から身を守る十の方法>を習っていた。相手を投げ飛ばすほどの腕前は、残念ながら身に付かなかったが、掴まれた手を離す事くらいなら出来る。相手が油断しているのなら尚更簡単だ。
①王子の手は聖女を掴もうとして空を切った、聖女は何処だ、私の隣に居たでは無いか!慌てて振り向くと、聖女はいつの間にか移動していて王妃の隣に佇んでいた。薄ら笑い・・いや、儚い笑みを浮かべて。
王妃も困惑して、まじまじと聖女を眺めている。
『どういう事だ!』
いつも澄ましていた➀の顔が鬼の形相になっている、顔を急に激しく動かしたので、化粧がひび割れ亀裂が入って破片が幾つかパラパラと落ちている。
①王子は後ろに控えている筈の、ヴィとジャンビを睨んだが・・そこに居るのはジャンビのみで、既にトンズラしたのかヴィの姿は無い。
『どういう事なのだ!!!』
混乱の極みの王子に冷たい声が掛かった。
「聖女様に誘惑の魔術など効かぬ、魔術師長であるこの私が許しはせんからな」
銀色の長い髪を風に靡かせながら、何故か空から滑空して魔術師長が登場して来た。
なかなか派手な登場の仕方だ、しかしその人望のなせるせいなのか歓声は無い。
「第1王子シータラマート様、禁術である「誘惑の魔術」を聖女様に向かってかけた罪、軽いものでは済まされませんぞ」
銀ロンの指先は魔力を集めているのか、青く光りバチッバチッと派手な音を立てている。静電気体質なのか・・冬場は大変そうだ。
「何の事だかサッパリ解らんな。そんなことより、一国の王子に向けて魔力を向けるなど、不敬の極みではないか!近衛兵!この者を拘束し牢へと送れ!!」
逆切れした①が騒ぎ出す
【この模様は、拡声の魔術具を使い、王都中にお送りしております】
①はそんな仕込みの事など、すっかり頭の中に残っていない様だった。
「何故動かぬ!早くあやつを拘束をせぬか!」
・・だったら、あんた自分でやればいいじゃん・・
近衛兵達(貴族出身者)は心の中でそう思ったに違いない、誰が好き好んで最強の魔術師と言われる<聖女に片思い中の男>に、手などを出そうと思うものか。
クールにしていたつもりの銀ロンの恋心は、周囲にはバレバレだった様だ。
王子と魔術師長を遠巻きにして近衛兵が壁を作り、魔術師達は結界を張りだした。あの魔術師長の力が暴走したら、この辺一帯王都中焼け野原になってしまう。
『如何にか穏便に済ます事は出来ないか・・誰か、どうにかしてくれ・・』
成り行きを傍観していた平民の騎士達まで、魔力の圧と緊張で動けない、②に至ってはただの屍の様だ。
・・・その時だった。
「そうとも、彼女に触れて良いのは、この私だけだからね」
第1王子の気障ったらしい声が、バルコニーに響いて来たのは。
その場にいた全員が驚いて声の方を振り向く、其処には聖女様が見慣れぬ魔術具を持って立っていた。
「やめろ、今すぐそれを止めろ!」
①王子が、聖女に詰め寄ろうとして魔術師長に弾かれ、吹き飛ばされて結界に激突して崩れ落ちた。近衛兵がすぐに動きだし、楽そうな➀の身柄を拘束し、直ちに何処かに連れ去って行った。
聖女様の持つ不思議な魔術具から、あの王子の部屋で話された、会話の一部始終が流れ出し聞こえて来た。皆驚き、声を出す事も忘れて聞き込んでいる。
=今、神官の少女が➀王子に弾きとばされた=
聖女様の傍に恭しく近寄った魔術師長は、不思議な魔術具を見て頷くと、何か魔術陣を展開してその小さな画面を大きく拡大し王宮の壁面に映し出した。
「ふぇ~。プロなんちゃらマッピングみたいですね」
気が付くとオマケの小娘が、何処から湧き出たのか、聖女様の隣にいつの間にか立っていた。何故か平民の子供の様な小汚い服装をしているが、黒目黒髪なので誰も何も注意出来ない。
「スマホ、こっちの世界に来ていたんですね。良いなぁ~、ガラゲーだったからかな?私のは駄目でした」
いまだガラゲーとか、本当マジあり得ないぶつぶつぶつ・・。
危機感も無くのんびりと話してる。
「神官の子は生きています、一応手当もしてきました」
「ありがとう」
2人はコソコソと話す、しかし聴衆は初めて見る大画面に釘付けだ。
王宮の壁面は今や陰謀の佳境に入っていた、魔術師達が聖女様に向かって魔法陣を放ち呪文を唱えだしている。
「きゃぁぁぁ・・・」
「イヤァーー」
「ウボァーー せ い じょ さぁまーーーーっ」
聴衆から悲鳴が上がる、平民騎士達も吠えている、聖女様~聖女様が危ない~!
遊園地のヒーローショーでは無いので、正義の味方など現れ様が無い。
しかし・・変だ・・悪の手先、魔術師達の様子がおかしい。
苦し気に胸を押さえ、徐々に魔術を放つ手が下がって行く。
「お・おうじ・・さま。だめ・・で・・す、魔力が・・はじかれて・・」
「ええい!情けない!魔力を振り絞れ、最後の一力まで放つのだ!おめおめと引き下がったら、お前たちの家族がどうなっても知らんぞ!!」
苦し気に後ろに下がろうとする魔術師達を、①は持って居たミスリルの杖でバシバシと打ち据える。魔術師達は一人、また一人と塵になって消えて行き、最後の一人が消え去ると聖女様を包む魔術陣がカッと輝いた。魔術師達の服だけが残された部屋は、静まり返って➀達の息の音しか聞こえない。
部屋にいる誰もが何も言えないまま、様子を伺っていたが。
やがて・・。
聖女様はそっと眼を開くと、ゆっくりと起き上がった。
滑らかな動きで、腹筋のみの力で起き上がった様だ、結構鍛えているのかもしれない。しばらく長椅子の上で静かに佇んでいたが・・王子の方を振り向くと・・悲し気に微笑んだ。
「おおぉ!成功だ、誘惑の魔術にかかったぞ!」
小躍りして喜ぶ①王子、腕を組んだまま不敵に笑うヴィ、下を向いたまま動けないでいるジャンビ。
三人三様の姿が、王宮の壁面に映し出される・・その後の出来事は見ての通りだ。
「聖女様には、この私が自ら開発した<抗誘惑の魔術陣>を刻んだピアスをして頂いていたのだ。あのような愚かな魔術師など、何人挑んで来ようと百人だって大丈夫だ」
何気に自慢こいているよね銀ロン、あの魔術師達はあんたの部下じゃぁ無いのかね?そう思ったのは詩乃だけではあるまい。
「魔術師にとって、禁術はいかなる事が有ってもやってはならぬ技。それが解らぬようでは、魔術を操り魔術師を名乗る資格など無い」
「・・家族を人質に取られていても?聖女様を人質に取られていても?」
あんたの監督不行届きでもか?ちょっとイラッと来た詩乃は意地悪な質問をした。
「当然だ・・・」
苦し気な顔で、それでも銀ロンはプロ根性が有るのかそう言いきった。
その様子を聖女様は微笑んで聞いていた、彼女がどう評価するのかは解らんが。
王妃様は、これで大穴は無くなったわね・・と、オッズの計算をしていた。
全てが終わると、王宮の壁に映し出された映像も消え静寂に包まれた、誰も何も言わない・・平民の騎士達も空気を読んでいるのか沈黙を保っている。
王妃様が扇子を軽く動かすと、①王子の後ろに控えていたジャンビも近衛兵に拘束された。彼は辛そうにしてはいたが、何処かホッとしている様にも見えた。
「一人、足りないじゃん。あいつぅ・・」
詩乃は鞄に残る最後の<空の魔石>を掴むと、
「ヴィの髪の毛は、一生蛍光色のオレンジ色に輝いているといいよ」
と叫んで、防犯カラーボールを空に投げ上げた。
・・・何処まで飛んで行ったのやら・・・。
その日以来、行方をくらましたヴィだったが・・。
いつの頃からか、僻地の冒険者ギルドに腕のいい新人冒険者が現れたそうだ。
なんでも、そいつの髪は・・蛍光色に輝く鮮やかなオレンジ色だったと言う。
ヴィさん退場です、彼はヘイトを稼げたでしょうか?




