86 糸を使った意図
「二人ともすごい強さだったな。
いったい誰に教わったんだい?」
エリッタがジキル達に話しかける。
「エリザさんよ。
孤児院で私達の面倒を見てくれた人なの。」
パメラが答える。
「昔は俊影のエリザって呼ばれていたらしい。
クルデウス師匠とパーティーを組んだこともある元冒険者なんだ。」
僕が補足する。
それを聞いたエリッタがガクガク震える。
「俊影のエリザって、あの伝説の?」
エリッタはそう言って驚いていたけれど、いったいどんな伝説なんだろう?
僕は二人にエリザさんからどういう教えを受けたのか聞いてみた。
僕がまだ希望の家を出る前からジキル、パメラ、カシムの三人はエリザさんから言われた通り、とにかく体を鍛えた。
当時、僕は魔術師志望だったので不参加だ。
ちなみにエリザさんの主力武器は糸なのだそうだ。
だから洋裁担当だったんだなあと、今更ながらに納得する。
そして僕が旅立った後、エリザさんが三人に神の残滓の使い方を教えた。
使い方のレクチャーというような生やさしい内容では無い。
三人は神の残滓を纏った糸で体中を貫かれ、三日三晩死の淵を彷徨ったらしい。
体の鍛練は、単純にそこで死なないようにするためだけのものだったようだ。
生きていることを後悔するような猛烈な痛みが体中を走り続けたという。
「もし体の自由が利いていたら、間違いなく自殺してたわ。」
そうパメラが言う。
恐ろしいにも程がある。
「私とカシムは泣き叫ぶことしか出来なかった。
でもジキルは違ったのよ。
あんな状況で体の自由も利かないのに、私やカシムに笑顔を向けようとするのよ。
私たちを励ましているつもりだったみたいね。」
パメラがあきれ顔でジキルを見る。
その半端ではない精神力、真似できる気がしない。
僕はジキルに尊敬の眼差しを向ける。
「いや、僕も必死だったんだよ。
でも二人が辛そうだったから、なんとかしなくちゃと思って。」
自分が追い詰められている状況で他人のことを心配するその性格、覚醒とかしているし間違いなく勇者だ。
このレベルが勇者の条件だと考えると、僕は試しの剣を抜ける気が全くしない。
地獄の三日間に耐えた三人は、見事に神の残滓を会得した。
その後ジキルとカシムは剣、パメラは糸を武器として扱いを覚えた。
そして冒険者家業を始める。
三人は魔物退治や遺跡の探索、ダンジョン攻略を次々と達成した。
「ジキルは最初は私より弱かったんだけど、突然覚醒しちゃったのよ。
今じゃ全然勝てなくなっちゃったわ。
悔しいけどさすが勇者候補ね。」
そういうとパメラはパンをかじる。
「覚醒?」
僕が聞く。
「なんというか、神の残滓が自由に扱える感覚があるんだよ。
思った通りに力が流れる上に、力を使ってもほとんど消耗しないんだ。
少し前に蜥蜴種の罠にかかって、絶体絶命のときに突然そういう感覚を掴んだんだ。」
ジキルは覚醒型の主人公のようだ。
最後に見た戦いはチートクラスの強さだった。
たぶんリプリアより強い。
僕は、二人がここに至るまでの過程を聞くことにした。
エリザさんが相変わらず無双だった。




