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ワンオフカード2

「それで、お前らはどこから聞いてたんだ?」


 三人も休憩ルームへと入り、長椅子に座りながら状況を整理する。


「えっと、アンティルールで戦ってほしいとか、タッグでその人と戦ってほしいって辺りかな?」

「つまり、重要な所はほとんど聞いちまったってことだな」


 佳奈美の答えに大和は再び額を押さえながら唸る。


「だ、だって気になりますわ! 澄があんな乙女な顔で男の人に迫る事なんて、今まで無かったことですわよ! 誰だって気になりますわ!」

「え? えぇえええ!?」


 澄は乙女な顔と言われて、顔を真っ赤にする。そして、休憩ルームの外で広がっている憶測を聞いて、さらに顔を赤くした。


「そ、そんなことじゃないのに……」

「しょうがないよね。みみみって意外と有名人だし、今までも結構告白とかされたでしょ?」

「え、ええ。それはそうだけど」

「その告白を全部断ってきた鉄壁のみみみが、まさか新入りにいきなり告白まがいの事をしてるんだから、興味持たれるのは当然だよね」


 佳奈美はうんうんと頷きながら、真っ赤になった澄とため息を付いている大和を見比べる。


「けど、実際はなんか厄介なことになってるみたいですわね」


 このまま佳奈美に話をさせていては、事が進まないと、千華が口を挟み、話しの軌道を元に戻す。そこに和馬も素早く重ねてきた。


「まさか正人さんが澄の御兄さんだったなんて」

「有名人なのか? ランカーだったみたいだけど」

「有名も有名。正人さんって言うんだけど、その人がこのゲームセンターのランキング一位なんだよ。苗字は知らなかったけど、まさか水上だったとは。私も予想外だよ」

「…………マジか?」

「マジだ。最近ここに来ないと思ってたら、そんなことになってたのか」

「正人さんの一番のレアカードってあれですわよね?」

「ああ、間違いない。あれだな」


 千華と和馬はお互いを見て頷く。


「あれって?」

「ワンオフカードです」

「ワンオフって、あのワンオフカード!?」


 その言葉に、大和は思わず息を飲む。WFのユニットカードには、世界で一枚しか作られなかったカードが何枚かある。そのカードらのことを総称してワンオフカードと呼んでいるのだが、それは長い間WFをやっている大和でも見たことが無いカードだった。


「あ、あの、ワンオフカードは取られてないわ」


 しかし、二人の考えを否定するように澄が口を挟んだ。


「あら? でも正人さん、いつもデッキにワンオフカード入れてましたわよ?」


 世界に一枚だけしかないカードだけに、その効果は強力な物ばかりだ。デメリットのない強力な攻撃方法や、サポート、武器などがカードになっていると言われている。実際に正人もそのカードを使ってランキング一位にまで登りつめたのだ。


「あのカードは今、私の手元にあるの」

「みみみの!? もしかして正人さんが?」

「ええ、自分は自分の実力で勝負したいから、このカードはお前が使えって」


 そう言いながら、澄は持っていたトートバックの中からデッキケースを取り出し、さらにその中身のカードを一枚取り出す。

 特殊な加工の施された豪華な絵に、普通のユニットカードの枠が白色なのに対して、ワンオフカードの枠は黒色に塗られ、名前の部分は金色に輝いている。


「これがワンオフカード。見せてもらってもいいか?」


 思わず手が伸びそうになるのをグッと堪えて、大和は澄に尋ねる。澄はどうぞと言って大和にそのカードを差し出してきた。

 そのカードを慎重に受け取り、自分の顔の前へと持ってくる。


 ユニット名。極限の聖なる領域

 効果・発動後、一分間相手からのすべてのダメージを相手に反射する。「極限の」と名の付くカードはデッキに一枚しか入れられない。


 そのカード名は確かにワンオフカードであることを示す「極限の」という文字が入っていた。ワンオフカードにはその全てに「極限の」という文字が入っており、共通の効果として、一枚しかデッキに入れられないのだ。

 しかし、その効果はあまりにも強力で凶悪。その一枚で戦況を大きくひっくり返せるだけの力を持つカードであることは間違いない。


「これがワンオフカード」

「強ぇよな。問答無用で反射ダメージとか、こっちは逃げるしかなくなる」

「確かにな。まあ、手段が無いわけじゃなさそうだけど」

「そうなのか?」

「確証はないけどな。まあ、その話は置いておくとして、ワンオフカードが取られてないなら、何で澄は正人さんのカードを取り返したいんだ?」


 ワンオフカードが取られていないと言うことは、多少は痛いだろうが、それほど辛い事でもないはずだ。ワンオフカード以外のカードは大量生産されているのだ。カードショップを数件回れば、取られたカードも売っているはずである。デッキが弱くなってしまったと言うのなら、また買い直せばいいのだ。


「それは……それは兄に、もう一度WFをやってもらいたいからよ」

「どういうことだ?」

「兄は負けて以来、WFを辞めちゃったのよ」


 澄の言葉に、大和以外の全員が驚いた。ランキング一位がWFを辞める。ランカーを目指している人にとっては、ランキングに入る可能性の出来るまたとないチャンスだが、同時にランキング一位と二度と戦えなくなってしまうと言うことだ。強敵を求める嗜好の多いランカーたちにとって、それは忌むべきことなのだ。


「確かにワンオフカードは無事だったわ。でも、取られた兄のカードは、兄がWFを始めて最初に当てたレアカードだったのよ。規約違反のアンティ試合をした上に、負けて思い出のカードまで取られた兄は、すっかり自信を無くして、めっきりカードにも触らなくなってしまったわ」

「つまり、そのカードを取り返して、お兄さんにもう一度WFに復帰して欲しいと?」

「そうよ。昔兄が私を誘ってくれたように、今度は私が、兄をWFに誘いたいの。兄が一番楽しそうに笑っているのは、WFをやっている時や、デッキを考えている時だったから。正直、今の兄は、笑っていてもどこか辛そうで、見ていられないのよ」


 澄は悔しそうに唇をかみしめる。

 自分の意思で辞めるのなら後悔は無いかもしれない。しかし、自信をなくし、罪悪感から辞めることは、心にわだかまりを残す。

 確かにそんな状態では、他のことを楽しむことすらできないだろう。


「お願い! 私と一緒にタッグを組んで! そして、あの人たちから兄のカードを取り返してほしいの!」


 澄は大和の方を向いて、再度深く頭を下げる。

 しかし頭を下げられる前から、すでに大和の心は決まっていた。


「ああ、その頼みは受けよう」

「ありがとう、師匠!」

「私たちも行くよ! ね?」

「おう、そんな許せない奴らがいるなら、一発ガツンと言ってやらなきゃな!」

「わ、私も行きますわよ! そんな話を聞いて、放っておくことなんて出来ませんもの」


 話しを聞いてしまった三人も、それぞれに参加を表明する。

 そもそも戦うのは大和と澄なので、観客にしかならないのだが。


「澄、どうする? こいつらも連れてっても大丈夫か?」

「ええ、知り合いの方がいた方が心強いわ! 以前は兄と二人だけで行って、怖い人に囲まれて正直不安だったから」


 試合中、兄はカプセルの中に入ってしまう。つまり澄は外で一人残されることになってしまうのだ。しかも場所はビル地下の不良が集まりやすいような場所。もちろんそこにいる人物も、普通の中学生である澄には、怖そうな人という印象しかなかった。そんな人たちに囲まれていては、不安でまともに応援も出来ないのは当然だろう。


「じゃあこの四人で乗り込むってことで決定だな! んじゃいつ行くんだ? 明日か? なんなら今日でも――」


 ノリノリな和馬に、大和は呆れながら口を挟む。


「話を聞いてたんじゃないのか……今の澄の実力じゃ、試合に負けるどころか試合すらしてもらえない可能性があるんだぞ。まずやることは澄の強化特訓だろ」


 アドバイスをしたとはいえ、いまだ澄のプレイングは素人だ。その実力は澄の言う通りお察しレベルで、とてもじゃないが一位を倒せる相手と戦えるものではない。

 一位を倒せるレベルとは言わないまでも、上位陣とまともに勝負ができるレベルにはなるひつようがあるのだ。


「澄、期限はどれぐらいある?」

「正直あまり無いわ。取られたのが半月前だし、私があの人から譲歩してもらった期間は一か月だけ。それ以降はカードが売られたり、交換に出されたりするかもしれないって」

「やっぱりか。アンティのカードの末路なんて大抵そんなもんだしな」


 奪われたカードが奪った相手にとって特に必要なカードで無かった場合、そのカードは価値があれば売られ、価値が無ければ欲しい人物に交換材料とされる可能性が高い。事実、その人物もそうすると公言している。


「なら後半月。みっちり特訓するしかないな」

「微力ながら協力しますわ!」

「私も協力するよん」

「もちろん俺もな」

「ならとりあえず、問題点を洗い出すためには澄に試合をしてもらおうか」

「それなら私とみみみで試合しよう! 私はⅢレアだし問題ないよね」

「お願いね、佳奈美」

「まっかせっなさい!」


 大和たちは休憩室の扉を開け、WFの機材がある場所に戻った。



 澄と佳奈美の試合は接戦の末、澄の勝利となった。

 しかし、カプセルから出てきた澄の表情は暗く、大和たちの表情も芳しいものではなかった。


「ま……負けた。Ⅲレアを使ってる私が、Ⅱレアのみみみに負けた……」


 自分が格上だと思っていたのに、敗北を期した佳奈美はカプセルから出てきて呆然としている。しかし当初、大和と千華の予想では、澄と佳奈美の試合は、デッキの改良もあって、カードを取り返したいと意気込みのある澄の圧勝に終わると思われていた。しかし実際は、接戦の末の勝利。その上、実戦を想定したユニットにワンオフカードを使っての勝利なのだ。これでは、ランキング一位を素の力で倒せる相手に勝つことなど無理だろう。


「師匠的にはどうだった? 今の試合」

「正直言えばかなり厳しい。ユニットの選択はまあ妥協点だが、戦術の組み立てや、ウォーリアの操作がおぼつかな過ぎる。これじゃユニットを効率よく発動できたとしても、操作と戦術で負ける可能性が高い。タッグ戦は片方が負ければほぼ勝利が決まる試合だからな。俺だけが強くても意味が無いし」


 先ほどの試合。戦闘開始と同時に、澄が正面のビルに突っ込みダメージをくらう醜態を見せ、全員が頭を抱えたのを皮切りに、佳奈美に先に発見され、先制攻撃をくらう、驚いて意味のないユニットを発動させてしまう、大切な場面で攻撃の指示を間違えるなど、致命的なミスが多すぎたのだ。それでも何とか勝利できたのは、ひとえにワンオフカードの力だろう。

 佳奈美が調子に乗って、ユニットカードを発動させまくり、攻撃力をひたすら上昇させた必殺技を澄のウォーリアにぶつけようとしたタイミングで、何とか極限の聖なる領域を発動し、そのダメージを全て佳奈美に反射したのだ。HPを三分の二以上減らす大ダメージを受けた佳奈美のウォーリアは、その衝撃でビルに突っ込みさらにダメージ、そこに澄が追撃をかけ、戦況を返すためのユニットも無く、あえなくHPをゼロにされたのだ。

 相手がどんなユニットカードを使っているか知っているのにもかかわらず、大ダメージの攻撃を与えようとした佳奈美の完全なプレイングミスによる自滅である。それで何とか勝利できた澄のプレイングもお察しだ。


「ですわね。初心者とどっこいどっこいですわ」


 千華の言う通り、これならアクションの上手い初心者にも負けかねないレベルである。

 しかし大和には分からなかった。どうして澄はこれほどまでに下手なのか。


「なあ、澄はどうしてこんなに下手なんだ? 結構長い間やってたんだろ?」

「た、確かに登録したのはもう四年ぐらい前よ。ただ、私は兄の試合を見ているだけのことが多くて、ほとんどプレイ自体はしてなかったのよ」

「確かに最近まで澄がプレイしているところはほとんど見ませんでしたわね。私が誘っても断られてしまいましたし」

「そう言えばそんなこと言ってたな」


 澄と千華の言葉に、和馬が何かを思い出すように顎に手を当てながら話す。


「みみみ、正人さんが来てる時はよく見かけたけど、一人でいることって見かけたこと無かったし、それ以上に試合してるところも見たことないかも」

「野良試合はほとんどやってなかったわ。ここで初心者や兄に誘われた時に、少しやっていたぐらいね。変な目で誘って来る人も多かったし」

「なるほどな」


 それを聞いて、大和は再び考え込むように顎に手を当てる。その仕草を見て、澄は不安げに尋ねた。


「あの、やっぱりダメかしら?」


 先ほどの試合を見れば、誰だってタッグを組むのは嫌になる。大和もそうだろうと考え、澄は問いかけていた。


「いや、別にタッグを組むこと自体は構わない。けど、やっぱり試合をする以上はいい試合をしたいからな。澄にはしばらく集中特訓をしてもらう。もちろん俺がコーチだ」

「じゃあ私も一緒にトレーニングしてほしいな!」


 素早く手を上げたのは、佳奈美だった。


「せっかく大和先輩が直々に教えてるって言うのに、ただ近くにいるだけじゃもったいないし。みみみに教えるなら一緒に教えてもらっても邪魔にはならないよね?」

「別にかまわないけど、澄の強化はかなりスパルタになるぞ? 期限が半月あるっつっても、急ぐことに変わりはないんだからな」


 期限が後二週間と決まっているのだ。それを一日でも過ぎれば厄介払いのように安値で売られる可能性もあるし、元々交換の交渉が決まっている可能性も否定できない。

 そのことを考えれば、猶予は実質一週間程度と言うことになるのだ。


「もちろん分かってるよ。それぐらいしないと、すぐに強くなんてなれないしね。それに、同じレベルの人がいた方が、比べながら成長できると思うよ」


 佳奈美の意見に、大和は確かにと納得する。

 同じレベルのライバルがいると言うのは、どの世界でも成長に重要な要素となることが多い。成長する可能性があるだけで、邪魔になることは無いのだから、いても問題は無いだろう。


「分かった。なら佳奈美も一緒に訓練だな。けど、今日はもういい時間だし、そろそろ帰らないと」


 カードショップに寄って来たせいで、さほどゲームで遊んでいる時間は無かった。千華との一戦や、澄の試合を見ているだけでも、時間は過ぎてしまうのだ。


「とりあえず今日はこれで解散だな。明日は二人とも朝からで大丈夫?」


 運のいいことに、月曜日からはゴールデンウィークで学校が休みになる。土曜日の明日と合わせて約十日間の休みが取れることになるのだ。それを訓練に当てれば、学生としては相当な時間が取れることになる。


「ええ、私は大丈夫よ」「私も大丈夫だよ」


 二人はすぐにうなずいた。そしてなぜか和馬と千華の二人もうなずく。


「俺も大丈夫だぜ」

「みなさんが来るのに、私が来ない理由はありませんわ!」

「千華は色々協力してもらえるから助かるが、和馬お前は邪魔するなよ」

「俺だけ扱いひどくない!?」

「役に立ってないのはお前だけだからな」


 澄は自分の実力を伸ばすために訓練に励む。佳奈美はそのライバルとして共に成長することになるだろう。千華はランカーとして実力もあることから、澄に付きっきりで指導するときは佳奈美と指導を頼もうと大和は思っていた。しかし、和馬だけは特に役割が決まっていない。正直なところ、居ても居なくてもあまり変わらないのだ。


「お、俺だって飲み物とかで協力できるぜ」

「そうか、ならお前には明日から俺達のパシリを頼む。とりあえず明日は朝から場所取り頼むな」

「やっぱり俺の扱いだけ酷い!」


 大和の言葉に、和馬が頭を抱え、それを見た三人が笑う。


「じゃあ俺は訓練メニュー考えるから帰るわ。お前らはどうする?」

「俺はもう少し残って遊んでく。試合まだ一回もしてないし」

「私も残るわ。デッキ変えたんだし、動かしたい。少しでも練習したいし」

「みみみが残るなら私もね」

「私はお暇させていただきますわ」


 まだ今日一度も試合をしていない和馬ともう少し練習したい澄が残ることを選択し、それに同調した佳奈美も残ることにする。千華だけが帰る選択をした。


「あいよ。じゃあ出口まで一緒に行くか」

「そうですわね。しっかりエスコートすることですわ」

「ゲーセンで何言ってんだ……」

 三人に見送られながら、大和は千華と共にゲームセンターの出口に向かった。


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