ワンオフカード1
「先輩、ずいぶんといいタイミングで助け舟出しましたね」
佳奈美は、和馬を横目で見ながら、澄と一緒に歩いて行った、大和の背中を見送る。
「そりゃ、今の雰囲気見たら、乙女の味方としては手を貸さずにはいられないっしょ」
「お、そういう言葉が出て来ると言うことは、もしかして先輩も同じこと考えてます?」
和馬の言葉に、佳奈美が口元に笑みを湛えながら、和馬の考えを聞く。和馬はそれに一つ頷いた。
「当然だろ。落ち着かない目線に緊張で僅かに頬を赤くしながら、人の多いところでは話したくない内容。そしてついさっきの素晴らしいとしか言いようのない戦闘。あれを見たら、そうとしか考えられん」
「やっぱりそう思っちゃいますよね! では早速」
「何がさっそくですの?」
二人の後を追いかけようとした佳奈美の襟をグッと掴んで、千華が止める。
「千華さん苦しい……」
佳奈美が腕をタップするのをみて、千華が襟から手を離すと、佳奈美はぜーぜーと大げさに息を吸いながら千華に振り返った。その顔はなぜ止めるのかと責める顔だ。
「千華さんも気にならないの!」
「気にならないと言ったら、嘘になりますわ。けど澄が秘密にしたいと言うのなら、そこは黙って待ってあげるべきではなくて?」
実際、千華も先ほどの澄の態度には気になる物があった。女の勘ではないが、何か重大な事を打ち明けようとしているのは確かだ。確かにそれは気になるし、大和がどういう選択肢を選ぶのかも気になりはするが、知られたくないという澄の意思を無視するのはどうかと思う。
控えめに言っても澄の容姿は良い部類に入る。そして今までは見ているだけだったWFを最近頻繁にやるようになって、周囲からも目を向けられることになり、澄自身は気づいていないが意外と注目されているプレイヤーでもある。特にそのデッキの作り方は、上級者であればあるほど興味をそそられるのだ。今ゲームセンターの中は、二人がどうなったのかを知りたい人間でいっぱいだろう。
しかし、だからこそ、動いてはいけないのだ。動けば堤防が決壊して水があふれ出すように、全員が動き出してしまう。
もじもじしながら、必死に自分の欲求に耐える千華に、佳奈美が追い打ちをかけてきた。
「大和先輩のこと、気になってるんでしょ?」
「な、何をいってるんですの!」
「試合中もニコニコしながら喋ってましたもんね。千華さんのそんな顔久しぶりに見た気がしますよ」
「だ、だからなんだと言うのかしら!? 試合を楽しむのは普通のことですわ!」
否定しながらも、千華の顔は真っ赤になっていた。それを見て楽しむ佳奈美と、見て見ぬふりをしている和馬。和馬としては、友人を気になっているどうこうと言っている女子たちの会話を聞かされているだけなので、微妙に居心地が悪い。
「いいのかなぁ。もし大和先輩がみみみのことをオッケーしちゃったら、みみみの指導に付きっきりになっちゃって、さっき約束してた千華さんとは試合いは、なくなっちゃうんじゃないかなぁ?」
ゲームセンターの中で千華の耳元でささやく佳奈美。しかし、その声は千華の耳に嫌と言うほど入って来てしまう。
「彼女がいると、他の子は近づけなくなっちゃうもんねぇ。大和先輩って結構顔も良いし、あんなカッコいい試合見せられたら、女性プレイヤーは皆惚れちゃうだろうし、競争率高そうだよねぇ。もしかしたらゲーセン事態に来なくなっちゃうか――」
「そ、それはダメですわ!」
佳奈美の煽りにとうとう負けて、千華が声を上げる。それを聞いて、佳奈美はしてやったりと笑みを浮かべた。声を上げてしまった千華は、顔を真っ赤にしてその場に俯く。恥ずかしさにプルプルと震える方に連動して、ツインドリルの髪が小刻みに揺れていた。
「見に行ってみましょうよ。ちょっとだけ、部屋の外から覗くだけですから」
「す、好きにすればよろしいのではなくて! 私は、佳奈美が何か変な事しないか見張っておきますわ!」
「ふふ、そう来なくっちゃ。と、言うことで、先輩も行きましょう!」
「佳奈美ちゃん、結構えげつないね……」
追い込み方の一部始終を聞かされてしまった和馬には、佳奈美の笑顔が黒く見えて仕方が無かった。
澄の横についてやって来たのは、ゲームセンターの隅に設置してある休憩ルームだ。全体的に白で塗装されたプレハブ小屋で、中にベンチと自販機が並んでいる。その横にはもう一つ、喫煙ルームも設置してあった。
ゲームセンターにしてはタバコ臭くないと思っていた大和だったが、それで納得がいく。ディメンジョンは学生が多くいる為、全面禁煙となっていたのだ。
休憩ルームに入れば、ゲーム機から垂れ流される騒音が一気になくなる。防音加工を施されたこの部屋は、ゲームセンターで唯一普通の声量で会話できるスペースだった。そして運のいいことに、休憩ルームには誰もいない。内緒話にはうってつけの場所となっていた。
自販機で適当にミルクティーを買って、大和は澄に渡す。澄はすぐに財布を取り出し、お金を払おうとしたが、それぐらいいいと言って、自分用に買ったコーヒー缶を開けた。
澄もありがとうと言って、ミルクティーを一口含む。
「さて、んで俺に話って? 後喋り方はいつもので良いぞ。澄の敬語はどうも背筋が痒くなる」
「う……わ、わかったわ。じゃあ単刀直入に言うわね。私とタッグを組んで戦ってほしい相手がいるの!」
澄はギュッと目をつぶりながら、缶を握りしめてそう切り出した。
「タッグってのは、WFでってことだよな?」
「ええ、WFのタッグ戦に私をパートナーにして一緒に戦ってほしいの」
ただそれだけでは終わらないだろうと、大和は予想する。ただタッグを組んでほしいと頼むだけなら、さっきの場でもよかったし、それ以前に自分じゃなくてもいいからだ。
自分じゃなければならない理由。それを聞かない限りは、返事はしない方が良いと考えた。
「理由を聞かせてくれるか? 何か事情がありそうだけど」
「……ええ、全部話すわ」
澄は何か辛い物に耐えるように一度俯く。そして顔を上げてゆっくりと話し始めた。
事の発端は今から半月前。
その日、このゲームセンターに見慣れない顔の人たちが来た。時間はまだ学校がある時間で、人の姿は少なく、その集団は学生服やパンク系の服を着た人たちで、危ない雰囲気も相まって、すこし目立っていた。
その集団は、まっすぐにWFの場所まで来て、適当に遊び始めた。そしてしばらくして、学生服を着た、その集団のリーダーらしき人が、今この場にいる人の中で一番強い奴は誰かと聞いてきた。その問いに答えたのが、澄の兄だ。
「兄さんがいたのか」
「ええ。けど私と兄さんが兄妹だって知ってる人はいないわ。顔もあんまり似てなかったし、ここじゃほとんど喋らなかったから」
「何でだ?」
「ここでWFをしている兄さんはあんまり好きじゃなかったの」
そう言って顔を逸らす澄に、なにか個人的な感情が含まれるのだろうと考えた大和は、深く立ち入るのを辞めておいた。
澄の兄もこのゲームセンターのランカーで、その場で一番順位が高かった。
リーダーはその人物に対して野試合を挑んだ。試合はかなり拮抗していたが、勝負の大詰めでリーダーが突然降参し、ゲームを中断してしまう。何事かとカプセルから飛び出した澄の兄にリーダーは、決着はついたから帰ると言った。
しかし、その試合は観覧モニターで見ていた誰もが接戦でいい試合だったと思えるものだったのだ。もちろん澄の兄も、強い対戦相手との戦いで心が躍っていたらしい。しかし、そのリーダーは勝負がついたと勝手に試合を中断し、帰ってしまったのだ。
それが澄の兄は許せなかった。
だから澄の兄は、彼らが拠点にしているゲームセンターを探し、今度は自分がそこに勝負しに行った。
澄も一緒について行ったらしいが、そこは繁華街のビルの地下にあるゲームセンターで、普通の学生が来るような場所では無かった。
しかし、そこにリーダーの姿もあった。澄の兄はすぐさまその人物の下まで行き、勝負を挑んだ。だが、リーダーは拒否した。
「一度戦った相手と二度も戦う気は無い。ただしこちらの条件を飲むのなら戦ってもいい」
と言って――
その条件は何なのかと問う澄の兄に対して、リーダーは冷たい笑みを浮かべながら、《アンティルール》を持ち出してきた。
そこまで聞いて、大和の表情は険しいものになる。
アンティルールとは、賭け試合のことだ。お互いが試合前にカードや金銭を決め、勝利した方がその全てを手に入れる。日本では、賭博罪の対象となるため、禁止されている。もちろん、日本発生のゲームであるWFでも公式にアンティルールを行うことを禁止していた。
しかし、禁止したからといって無くならないのだが犯罪だ。こっそりとやる輩は必ず現れてしまう。そこは仕方がないにしても、店側がしっかり取り締まれば、そのような行為はほぼなくなるはずなのだが、店側も客確保の為に、見て見ぬふりをしてしまう所もあるのが現状だった。
「兄は、その試合に完敗したわ」
澄が話を続ける。
お互いが持っていたユニットの中で、一番値打ちの高いユニットを賭けて試合をした。そして以前の接戦が嘘のように完敗した。
カプセルを出てきた澄の兄は悔しそうに唇をかみしめていた。澄はそれを試合に完敗して悔しいのだと思っていたがどうも様子がおかしい気がした。だからどうしたのか問い詰めようとしたが、兄は結局何も言わなかった。そして、アンティルールに則って澄の兄は、自分の大切にしていたデッキのユニットを抜かれることになる。
そこまで話せば、大和も澄の頼みを推測するのは簡単だった。
「つまり、俺に取り返してほしいと」
「ええ。でも、その人は、私に戦ってほしければタッグマッチにしろと言ってきたわ」
「なぜ?」
「多分、私が弱すぎるからだと思う。兄こそⅤレアのウォーリアを使うランカーだけど、私はお察しの通りプレイングが下手過ぎて、まともに勝ったことも無いぐらいだから。ウォーリアもまだⅡレアだしね」
その男の行動原理には、強い奴と戦いたいという気持ちがあるように、澄は感じた。だからこそ、他のゲームセンターに来て、一番強い人物を指名した。そして、相手にならないような人と戦うならば、面倒くさいが金になるならと、仕方なく戦っているように見ていて思ったのだ。
「だから、俺とタッグを組みたいってことか」
自分は弱い。だから少しでも強い人とタッグを組んで、勝てる可能性を少しでも上げたい。そもそも、相手はある程度の実力がある奴でなければ、勝負もしてくれないのだから、澄の選択は正しい。ただ気になることが生まれた。
「初めて会った時の後、澄が俺を師匠って呼び始めたのは、近づきたかったから?」
貫との試合を見て、大和が強いことは澄にも分かったはずだ。そして、今日の相談をしたかったからこそ近づいたのか、それとも純粋に戦い方を教えて欲しかったのか。今の話を聞いては、前者としか思えなくなってしまう。
しかし、澄は大和の言葉を聞いた瞬間、缶から紅茶がこぼれそうな勢いで立ち上がり、大和を睨みつける。
「違う! それだけは絶対に違うわ! 私は強くならなきゃいけないの! 誰かに助けてもらうだけなんて、絶対に許せない! 私は、自分の力で兄さんのカードを取り返したいの! そんな甘い考えで師匠に近づいたわけじゃない!」
その威勢に、大和は思わず澄を見上げたままポカンとする。そしてプッと吹き出した。
「な、なによ」
「いや、悪い悪い。思わぬ真剣な答えが返って来てな。そうか、強くなりたいか」
「ええ、兄さんほどとは言わないけど、まともに戦えるぐらいには強くなりたい。そうならなくちゃ、あの人はきっとタッグでも戦ってくれない。だからお願い師匠、私を鍛えて! そして私と一緒に戦って!」
真っ直ぐに大和の目を見る澄。その視線を受けて、大和は考える。
大和自身、アンティルールは嫌いだ。規定以前に、純粋に試合を楽しめなくなるからだ。
アンティルールは試合の緊張感を増すことは出来るが、それで試合が楽しくなることは無い。負けていれば、取られる恐怖から焦りが生まれてプレイが雑になるし、勝っていれば勝っていたで、その状況を維持したくなり、プレイが慎重になる。どちらにしろ、面白い試合が生まれる可能性はゼロに近いのだ。
WFの一プレイヤーとして大和は、そのリーダーとやらに一言申してやりたかった。
「ふむ」
澄からの頼みを受けようとして、視界の隅に何かが映る。視線だけを動かせば、ドアの影から三つの目が覗いているのが見えた。
大和は、はぁとため息を付いて、残っていたコーヒーを一気に飲みほし、缶の中を空にする。そして空の空き缶を扉に向けて思いっきり投げる動作をした。
突然の事態に、扉に隠れていたメンバーが慌てて扉から離れようとする。その拍子に一人が躓き、もう一人を巻き込んで、扉へと倒れ込んだ。
二人の体に押され、扉は勢いよく開く。そして唯一倒れずに立っていた人物は、大和とバッチリ目が合うのだった。
「あ、えっと……オホホ」
千華は乾いた笑いをしながら、驚いて扉を見ている澄に手を振る。澄もそれにつられて手を振り返していた。
大和は、巻き込むように倒れた二人の前に仁王立ちになる。
「お前ら……盗み聞きって最悪だぞ」
「よ、よう大和。き、奇遇だな」
「偶然私たち休憩室に入ろうと思ってたのよね」
二人は冷や汗を流しながら、正面に腕を組んで立つ大和を見上げている。天井の光が大和の目元を隠して、非常に怖かった。
「言い訳はそれだけか?」
『ごめんなさい』
二人に出来るのは、素直に謝る事だけだった。




