エピローグ
「兄さん、今ちょっといいかしら?」
澄は家に戻ってくると、早速兄の部屋をノックする。返事はすぐに帰ってきた。
「いいよ」
扉を開けると、学習デスクに向かっていた。そこには数冊の教科書やノートが開かれており、勉強中だったことを澄に教える。
「ごめんなさい、邪魔しちゃったかしら?」
「ちょうど休憩にしようと思ってたから良いよ。それよりどうしたの?」
「兄さんに渡したいものがあって」
澄が自分のポシェットの中からデッキケースを取り出すと、正人は目に見えて眉をしかめる。今の正人にとってカードに関連する物は、嫌な記憶を思い出させるだけのものでしかないのだ。
それは澄も承知しているはず。だからこそ、これ見よがしにデッキケースを取り出した澄に疑問を持つ。
「兄さん、私あの人たちと戦ってきたわ」
「あの人? ……まさか!」
正人が勢いよく椅子から立ち上がる。回転式の椅子は、その勢いでぐるぐると回った。
「ええ、兄さんが負けたあの人」
「大丈夫だったのか? 何かされたりは? いや、なんであんなところに行ったんだ! 一人では絶対に行くなって言っただろ!」
「別に一人で行ったわけじゃないわよ! 心強い仲間も沢山いたわ」
「でもあそこは危険な場所だ。もし澄に何かあったりしたら僕は……」
正人は頭を抱えて再び椅子に座りこむ。あのゲームセンターには男性ばかりいた。それも危なそうな雰囲気を纏った人たちばかりだ。自分は男だから、カードを取られるだけですんだが、澄は女の子だ。それも中学三年生の少しずつ成長がみられる時期に入っている。そんな子がそんな所へ行けば、何をされるか分かった物じゃない。もし澄に何かあったら、正人は正気でいられる自信は無かった。それほど澄のことが大切なのだ。
「大丈夫よ、実際何も無かったし」
「そう言う問題じゃ……はぁ、それでなんであの場所にいったの?」
澄がゲームセンターに行ってしまった物はしょうがない。見たところ何もされてはいないようなので、正人は詳しい事情を聴くことにした。
「分かってるでしょ? 兄さんの取られたカードを取り返すためよ」
「澄じゃ彼の相手にならない。そもそも試合すらしてもらえなかったんじゃないかい? 戦ってみると分かるんだ、彼は本当に強い。それこそこの町で一番だと言ってもいいぐらいだ。そんな相手が殆どWFをプレイしたことも無い澄と戦う訳がない」
自分もトッププレイヤーとしてディメンジョンで君臨してきたから分かることだった。しかし正人の言葉に澄は首を横に振る。
「言ったでしょ、心強い味方がいたって」
「もしかして千華のことかい? けど彼女だって僕よりは弱いんだよ」
「最初は千華さんに頼もうと思ってたわ。けど、ディメンジョンでもっと強い人を見つけたの。その人に協力してもらったわ」
「もっと強い人?」
「ええ、つい最近ディメンジョンに新メンバーが参加したの。その人が千華さんを倒せるぐらい強い人だったの」
「そうか、そんな人が来たなら、ディメンジョンは安泰だね」
正人はそう言って笑う。その笑みに澄の感情はいい加減限界に来た。
「ねぇ、いい加減にしない?」
「何をだい?」
「その悲しそうな笑い方。見ててイライラするのよ! WFに未練たらたらじゃない! そんなんじゃ受験勉強したってまともにできる訳ないでしょ!」
「なにを……」
澄の言葉は適確に正人の心を抉った。今開いている教科書やノートも、二時間前から全くページが進んでいないのだ。WFを辞めた心残りが、正人の感情に歯止めをかけていた。
「だから戻ってきて! そんな兄さんは見ていたくないの! WFをやってはしゃいでる兄さんをもう一度見せてよ!」
「でも僕のカードはもう」
「だから私が取り返してきたって言ってるでしょ!」
デッキケースからカードを取り出し、正人の前に突き出す。正人は澄の言葉を聞いて目を丸くし、そのカードを見てポカンと口を開けた。
「こ、これ」
「そうよ! 兄さんの使ってたカードよ!」
澄はそれを机の上に置く。
「これで兄さんがWFを辞める理由は無くなったでしょ。なら戻ってきて。私はディメンジョンでみんなと待ってるから」
澄はそれだけ言い残すと部屋を出ていく。残された正人は、机の上に置かれたそのカードを呆然とした表情で見ていた。
「僕が……僕がもう一度WFを」
静かに呟いた言葉には、どこかわだかまりが残っていた。
ワンオフカードを賭けた戦いから一週間が経過した。あれ以来、玲人からは何の連絡も無く、ワンオフカードを狙った新たな動きもみられない。
そして大和は、いつも通り和馬と一緒に、学校が終わると直通でディメンジョンへとやって来ていた。
そこでは今まさに試合が行われている。モニターに映っているのは、見慣れた澄のウォーリア白魔女フィナと佳奈美のウォーリア、聖騎士アーサーだ。
画面の中で互いに互角の試合を繰り広げている。そしてカプセルの中にいる二人の表情は非常に楽しそうだ。
そして観覧モニターの前には、大分覚えてきた常連とは違う顔が一人いた。目が僅かに隠れる程度の茶髪と、白い肌、その整った顔立ちは、どこか優しそうな印象を与える。そしてその眼は真剣にモニターを見つめ、戦闘の行方を見守っている。どことなくフィナがピンチになるたびに体が反応している気がするのは、気のせいではなさそうだ。
「なあ、あの人ってもしかして?」
「ああ、久しぶりに見るな。あの人がディメンジョンの元ランキング一位、水上正人さんだよ」
一か月以上プレイしない期間が開いてしまったため、ランキングに変動が起きており、現ランキング一位は千華のものとなっている。
それでも周囲から集まる視線には、尊敬の物が多いのを大和は感じた。それだけ慕われていたということだろう。
「やっぱりか。ならあの反応も頷けるな」
兄だからこそ、妹のピンチには体が反応してしまうのだろう。しかし、ディメンジョンに出てきたと言うことは、澄は上手く兄を説得できたと言うことなのだろう。そう考えて、大和はホッと胸を撫で下ろす。
そして試合の決着が着く。今回の勝者は佳奈美だった。
「勝った!」
「うぅぅ……二連敗……」
いつものように元気いっぱいでガッツポーズを決め、観客たちに手を振っている佳奈美と、カプセルから出てきて落ち込む澄。だが、澄もその表情には笑顔が入っていた。
「つ、次は負けないわ!」
「何度でも相手になるよ!」
「とりあえず、澄も佳奈美も順番は守るべきですわよ」
ヒートアップする二人を止めるのは、苦笑する千華だ。
「いいライバルなんでしょうけれども、すこし白熱し過ぎですわね」
「すみません、熱くなりすぎたわ」
「ごめんなさい! 次の方どうぞ」
澄は千華の言葉に、己の額に手を当てて反省する。佳奈美は後ろに控えていた人に順番を譲る。順番が回ってきたプレイヤーは「いいよ」と言って笑いながらカプセルの中に入っていた。その笑顔を見て、澄が恥ずかしさのあまり真っ赤になる。そこに、澄の兄が近づく。すると澄も気付いて兄の元へと速足で近寄って行った。
「兄さん、ごめんなさい、負けちゃったわ」
「ううん、澄も佳奈美ちゃんも素晴らしい試合だった。正直、ここまで強くなってるなんて思わなくて驚いてるよ」
正人はその姿から想像できる通りの優しそうな声で、澄の頭を撫でながら答える。
それを聞いた澄は嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見ていた佳奈美が、大和と和馬の存在に気付く。
「大和先輩、和馬先輩、来てたんですね!」
そう言って駆け寄ってきた佳奈美に、大和は「調子いいな」と声を掛ける。
「今は二連勝できてますけど、その前は二連敗でしたからね。まだまだどっこいどっこいと言った所です」
「けどプレイングは確実に上達してきてる。この調子で二人が争って行けば、ランカーも夢じゃないんじゃないか?」
事実、澄と佳奈美のランキングは、最近うなぎ上りに上昇していた。二人で戦う時はいつもイーブンの試合をしているが、オンラインのマッチングを行うと、必ずと言っていいほど勝利しているのだ。この辺り、すでに澄と佳奈美が他を圧倒するだけの力を持っていることを証明していた。
「うん! 私もみみみも、今はランキングに乗ることを目標にしてるからね!」
佳奈美は大和の答えに自信満々に答えた。そこに、少し遅れて大和たちの存在に気付いた澄が正人を伴ってやってきた。
「師匠、こんにちは」
「おう、惜しかったな」
「悔しいですけど、次は負けないわ」
「その意気だ」
澄と簡単に言葉を交わし、隣の正人に向き直る。
「初めまして。澄の兄の水上正人です」
「葉山大和だ。よろしく」
「話は澄から聞いてます。その節はずいぶんとお世話になりました」
「いや、俺もなんだかんだ言って当事者だったからな。感謝はいらない。それより、復帰するのか?」
大和の関心は過去のことよりも今のことにあった。玲人のせいで、本当だったら新人歓迎のイベントで戦う予定だったランキング一位との試合を逃しているのだ。ここで復帰するのであれば、ぜひ戦いたい相手の一人である。
「はい、澄がわざわざ危ない橋を渡って取り返してくれたんです。それに答えないと兄として情けなさすぎるからね。かなり情けない姿はもう見せちゃったけど、これ以上酷いのは見せられないよ」
「そうか、なら近いうちに勝負してくれるか?」
「別に今からでも構わないけど?」
大和の近いうちと言う言葉を聞いて、正人はデッキを取り出しながら尋ねる。しかし、大和は首を横に振った。
「ブランクのある相手と戦ってもな。俺としては、あんたの全力の状態と戦いたい。もしそれにこのカードが必要なら、もちろん返すぜ?」
そう言って、今度は大和がデッキケースを取り出し、そこからワンオフカードをチラッと見せる。
「なるほど。確かに僕にもブランクがあるからね。なら、試合はまた今度と言うことにしよう」
正人の言葉に、一瞬でも試合を見られるのかと期待した周りからため息が漏れる。そこに、大和の聞きなれた声が響いた。
「なら大和、俺とやろうぜ」
その声は、トレーニング用に設置されたカプセルから聞こえてきた。そちらに顔を向ければ、そこには一週間全く連絡のなかった玲人の姿があった。
相変わらず髪は金髪で、ピアスなども付いており不良っぽいが、その笑みは前とは違い晴れ晴れとしている。その様子に大和はホッとしながらも、なぜこんな所にいるのかと疑問を持つ。
「お前は!」
しかし、正人はそうはいかなかった。一度はカードを取られた相手だ。簡単に警戒を解くことなどできないだろう。
「おっと、そういやぁ挨拶がまだだったな。ここのランキング一位だったんだっけ? ならこれからよろしくな」
「どういう意味だ?」
玲人の言葉の意味が分からず、大和が代表して問いかけた。それに玲人は簡潔に答える。
「俺もここに拠点登録したってことだ。今度からは、俺もここのランキングマッチには参戦することになるからな。あ、安心しな。もうあんなつまらない賭け試合はしねぇからよ」
「なっ!?」
「なるほどな」
玲人の答えに正人も千華も、澄や佳奈美たちも驚き、大和だけが納得した。
去り際、玲人は「またな」と言っていたのだ。ならば、近いうちにまた顔を出すことは分かっていた。そして、玲人が出て来るとすればゲームセンター、それも大和と戦える場所に限る。
必然的に、その場所はここしかなかったのだ。
「今度からは俺と玲人もランキングマッチで一位を狙う。いつまでも寝ぼけてると、一瞬で追い抜くぞ?」
「俺も大和もつぇえぜ。精々足掻いて見せな」
挑発的に言葉を放つ大和と玲人。それを受けて、正人の表情は驚愕から次第に笑みへと変わって行った。
「なるほど、なら僕もここの元ランキング一位として情けない姿はさらせないな」
「兄さん頑張ってね! 師匠、相当強いから」
澄が兄を応援し、
「大和、さっさとグータラ眠っていた正人なんか追い抜いて、私の所まで登ってきなさい」
千華が大和を挑発する。
「俺は大和を応援かな?」
「和馬先輩はもう少し自分も頑張るとかしましょうよ……まあ、私もですけど」
和馬は佳奈美と共に肩を落とし、
「ハハッ、ここのゲーセンは最高に楽しめそうだ」
玲人がカプセルの扉から大きく笑った。
それを見て大和は思う。
この町に戻ってきたことは、正解だったと。
「いいだろう。なら俺が全員倒して、ここのランキング一位になってやる!」
引っ越す前の約束を守るため、今のゲームを最高に楽しむために、大和は高らかに宣言した。
とりあえずここで終了です。
続編のストーリーは考えてありますが、特に手は付けていません。様子を見ながら続きも書くかは決めたいと思います。




