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31.第二の難問 3

 衣装室が被害者が殺された場所ならば、展示室は被害者が最後に訪れた場所である。ケプトはこの扉の先で、僕に一枚の紙切れを手にこんなことを言った。


『お前のような罪人が来るのを待っていた。頼みがある』


 不可解な話だ。僕の正体にどうやって気がついたか。天野ヒトミだとわかっていて、なぜ近づいてきたのか。何の話をしたかったのか。


 ケプト・ルーゼンから言葉が返ってくることはない。そういう意味では、渡そうとしていた紙は遺言だったのかもしれない。


 放火魔、菅原コウ。日本を恐怖に陥れた罪人の二度目の人生は終わりを迎えた。同じ罪人である僕を見て、何を伝えたかったのか。


 オルタに反旗を翻そうとしていたのか。それとも、前世の話か。僕と放火魔を繋げた『詐欺師』に関することなのかもしれない。

 後者ならば、紙の所在がわからないのは最悪な状況だ。手紙の内容次第では、僕が天野ヒトミだとバレてしまう。


 だからと言って、手紙を最優先で手に入れようと動くこともできない。被害者の遺品から物を盗もうとするのは、証拠を消そうとする加害者の動きだ。


「ヤユ? 入らないの?」


 不思議な様子で僕を見てくるソクラに空返事をしつつ、展示室の扉を開く。無いものは無い。『怪盗』でもないのだから、被害者の遺品を盗むことだって僕にはできない。

 大丈夫。手紙が転生者に渡らなければ何も起きない。僕はケプトを殺していないのだから、堂々としていればいいのだ。


「む」


 展示室の中の先客、シン・テーゼが冷徹な目線を飛ばしてくる。地下への階段に足を一歩踏み入れた彼の様は、ケプトに呼び止められた昨夜の僕たちのようだった。


「スタウ家の娘か。まだこんな危険な場所に残っていたとはな。人が死んだというのに、危機感のないやつだ。悪いことは言わない。家に帰れ」


「素性もわからないおじさんに心配される義理はないわよ。危険ってわかってるなら、あなたが帰ればいいじゃない」


 「ねえ、ヤユ」と僕を見るソクラだったが、先程まではシンと同じ意見を持っていたので肩をすくめる。


 シンは動く気配のないソクラに呆れたように、深いため息を吐く。僕らのことなんか気にせずに地下に行けばいいものを、何故か彼は階段を登り、勇者の剣に手をかけた。


 地面に突き刺さった鞘から三割ほど剣を抜き、手を光らせる。地下への階段を隠すように半透明の壁が現れ、数秒後には実体化していた。何事もなかったかのように、シンは壁に寄りかかった。


 昨夜の謎がもう一つ。ソクラもまた、地下への行き方を知っていた。彼女は魔力石を利用して隠れていた階段を暴いていたが、不思議な話だ。

 細かい魔力操作が苦手だと言ったのは彼女である。それなのに、勇者の剣を触るなり地下への階段を暴いた。魔力石を用いたのは適量の魔力を注ぐためで、ギミックに対する解答を出すのが早すぎる。


 彼女に問いただすことをすっかり忘れていた。

 それは、ソクラも同じだったらしい。彼女は僕と同じ台詞を、何故かシンにぶつけた。


「偽造魔法を仕掛けたのはシンさん、あなたなの?」


「俺が地下への階段を隠す意味がないだろう。それどころか、偽造魔法の停止方法まで教える義理はない。スタウ家の娘、お前の方こそ、偽造魔法を仕掛けたんじゃないのか」


「意味がわからないわ。何であたしがそんなことをしなきゃ行けないのよ」


 「ねえ、ヤユ」と再び僕を見るソクラ。どちらかというと、この内容に関してもシン・テーゼと同じ意見なのだが。

 いや、違う。僕は偽造魔法を解く方法を何故知っているか、という疑問を持っているが、魔法使いの二人はその次元にいない。

 

 二人は、根本的な話をしていた。


「待て。シンさんもソクラも、何で他人が偽造魔法を仕掛けた前提で話しているんだ。地下への階段を隠していたのは、魔王城のギミックじゃないのか?」


 僕の問いに、シンは嘲笑うようにこちらを見た。何もわかっていないのかと、見下すように。

 だが、仕方がないことだ。僕は魔法が使えない。それだけじゃなく、魔法使いだけがわかる感覚的なものも発達していないのだ。


「魔法使い共。僕にもわかるように説明しろ」



 順を追って説明されると、ソクラに感じていた違和感が払拭された。同時に、それを上回る違和感が一つ生まれた。


 天国の魔王を討伐したとされる勇者の剣。これには扉を隠す壁を作る偽造魔法以外に、もう一つの魔法が仕掛けられている、らしい。


 蓄音の発展系、脳内に声を響かせる発声魔法。発動条件は手で触れること。

 無機質な、男とも女とも取れる声。それは、展示室にかけられた偽装魔法の解除方法を告げる。

 

 鞘から剣を三割ほど抜き、決められた魔力量を流し込むと、地下への階段を隠す壁が消滅する。再び同じことをすると、壁が現れる。


 地下を隠すギミックがある分にはいい。問題なのは、その解き方をスイッチの役割を持つ剣に搭載したことだ。


 宛ら、業務用のパソコンのパスワードが、机のメモ帳に書かれているようなものだ。偽造魔法の意味が全くない。


「家主のオルタ・ルーゼンがわざわざ声を仕掛けるとも思えない。スタウ家の娘じゃないのならば、そうならば、双子か、ダルフ国の王族か……。偽装魔法すら、最初から魔王城にあったものか定かではないな」


「招待客を呼んだ後に、地下への階段を隠したってこと? なんのために?」


「知らん。闇の深い、信用のできない連中だ。関わるつもりはないが、目的くらいは知っておきたいところだな」


 僕らの隣に立ち、ソクラと同じように剣を睨むシン。


「僕からしたら、シンさん、貴方が何をしているか教えて欲しいものですけどね。第三の難問を解いているのか、殺人事件を解決しようとしているのか」


「何を言ってるんだ? 殺人事件は魔王案件だ。どうして俺が手をつける必要がある?魔王退治は魔王討伐戦線の仕事だろうが」


「……」


 ポーカーフェイスを貫く。彼は、僕が魔王討伐戦線だと見破ったわけではない。僕と面識があるわけじゃないのならば、気がつくわけがない。


 人を殺す魔王が現れたのならば、討伐戦線が対処するだけ。一般常識としての話だ。そんな僕の内心を聞いたかのように、シンは頷いた。


「安心しろ。お前らのどちらかが魔王討伐戦線だとしても、俺は驚かない。寧ろ、責務を全うしろと叱咤激励したいところだ」


「貴方、何なんです? ティール・オキニの付き添いにしては、商人らしくないですし。魔法学院の関係者だったりするんですか?」


「俺は自分が商人なんて一度も言っていない。お前らが勝手に補完しただけだろう」


 確かに、人を惹きつける見た目をしているティールに対して、無精髭を生やした老人のようなシンに誰も関心を向けなかった。ティールが転生者ならば、この会に出席するための数合わせとして浮浪者の魔法使いを雇ったように見える。


 だが、寧ろその逆だ。シンがいるからこそ、ティールが呼ばれた。数合わせはティールだった。


「俺は魔法学院第七教授が一人、シン・テーゼだ。異端文化、異世界の研究を行っている」


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