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ページ4 五層重ねのグラタン(後半)

 神殿の地下階段にて、身を潜めていたノルは立ち上がる。

 遠くで響く甲高い声。子供たちに追いかけられたノルは安全な場所探してここまでやってきた。


「ふいー、疲れた」


 子供というのは容赦がない。

 思い切りノルの身体を掴んでくるし、耳に優しくない音量で騒ぎ立ててくる。

 ノルはトボトボと地下へと続く道を降りていく。

 冷たい床。薄暗い天井。お化けでも出そうな階段を降っていくと、ひとつの扉の前に出た。


(──倉庫か?)


 ノルが前足を戸板に添えると、キィィ……と蝶番ちょうつがいが軋む音と一緒に扉が動いた。

 鍵がかかっていない。

 不用心だなと思いながら中に入れば、そこはやはり倉庫だった。


 ロゼの店内──ホールと同等くらいの広さの倉庫はなるほど、葡萄酒の貯蔵庫(ワインセラー)か。


 樽に染み付く紫色のシミ。年季の入った樽がいくつも並んでいる。

 そのすき間を縫って歩くと、ふと、この部屋には不釣り合いな、蜂蜜色の結晶を見つけた。ひし形の、人間の手のひらサイズくらいの。


「……魔石……いや水晶か?」


 なぜ、ワインセラーに?

 保管するなら、それこそ普通の倉庫に置けばいいものを。


「もしかして、置くとこ間違えたとか?」


 誰かうっかりさんがいたのかもしれない。

 ノルはとことこと室内を探索する。

 今度は大きな緑の石を見つけた。

 近づいてみると、石ではなく、それが何かの卵だと解った。


「鳥、の卵か?」


 卵の表面に前足を置くと温かい。そのうえ中からなにやらごそごそ聴こえる。


「え、なになになに? まさかの生きてる系!?」


 ノルはパッと卵から離れた。


(いや待てよ? ワインセラーに鳥の卵? 百歩譲ってコイツを育てているとして、このでかさはないよな?)


 ノルと同じ大きさの卵。

 普通に考えてあり得ない。それこそ巨鳥ならともかく、この大きさは……。


「うーん……しかもなんか禍々しい気を感じる……」


 あまり近づきたくない。

 そう本能が訴えている。

 とりあえず薄気味悪いので、ここを出ようと思ったところで、ノルを呼ぶ声が聞こえた。

 ロゼだ。料理とやらが終わったのだろう。

 ノルは急いで、地下室を出た。


 ◇ ◇ ◇


「ノルさんはわたしの隣にどうぞ」


 ロゼに促されて、ノルは椅子にぴょんと飛び乗った。

 木製の長テーブル。同じく、長椅子。

 とても厳かな神殿とは思えない華やかな飾りにノルは食堂を見渡した。

 色紙を切って輪っかにして繋げた飾り。花壇から摘んできたのだろう、美しい花々がより一層食卓を華やかにしている。

 子供たちと神殿で働く神官たちが集い、わくわく顔で神殿長を見ている。

 神殿長の女性がアルバに目で合図をする。

 アルバが立ち上がり、グラスを片手にその場の全員に告げた。


「さあ、今日はグラタンパーティーだ。腹いっぱいになるまで──いや、動けなくなるまで、各自思う存分飲み食いしやがれ!」


 わーっと歓声が上がり、葡萄ジュースの入ったコップがぶつかりあう。

 それが合図となって、グラタンパーティーが始まった。


「うま、うめぇな! ロゼ、お代わり!」


 ノルがスタートダッシュよろしく、五層のグラタン(以下、ミルフィーユグラタンと表記)にがっつき、小声でお代わりを要求する。

 ふたりが座っている場所は長テーブルの端っこ。

 本日の主役となる子供たちとは距離があるし、神官たちも目の前の料理に釘付けだ。

 なにより机と椅子の高低差があるため、グラタンにがっつくノルの姿はギリギリ見えない。

 だから、気にせずがんがんいく。

 端から見たらドン引きされそうな光景だが、ノルは気にしない。


 しかし、その一方でロゼは気にしていた。


(ノルさんのがっつき具合がすごいです……)


 一心不乱に食いつく姿は料理が美味しい証拠だ。それは嬉しい。だが、口のまわりがべっとべと。

 正直マナー的にも絵面的も考えものだが──


(まあ、気にしても仕方がないですね)


 あとで拭いてあげよう。ロゼは目の前に切り分けられたグラタンを見つめる。


 下から黄、緑、黒、赤、オレンジ。

 五色の平板パスタに挟まれたミートソースとホワイトソース。

 上にはたっぷり粉チーズ。

 ロゼはナイフを使ってひとくち大に切り分け、フォークで刺して口に運ぶ。


「──っ、おいひい……!」


 ひとたび噛めば、まろやかなホワイトソースとガッツリ風味のミートソース。

 層が分かれていることで、口の中でプチりとパスタが弾ける度に、ふたつのソースが混ざり合い、極上の味を奏でている。


(やはり、ダブル使いは最強……)


 ロゼはごくんと呑みこみ、思う。

 実は、常々思っていたのだ。

 一般的に魔法を使う時、炎なら炎のみを具現化させる。あるいは他の属性なら風や水、中には氷など。

 ひとつの魔法で、ひとつの事象のみを引き起こすのが最も基本となる魔法の使い方だ。


 その理由は、まあ、大抵の魔導師がひとつの属性しか使えないからだが、複数の魔法を使える場合は合わせて使ってもいいのでは? とロゼは思うのだ。

 火と水。土と風。

 なんというか、ほら。一度にふたつの魔法が使えたら、なんかカッコいいじゃないか。

 もちろん三つ四つと重ねてもいいが、あまり混ざり過ぎても逆にスゴさがない。やはりふたつがちょうどいい。そうだ! いっそ複合型の魔法を作ろう……!


 そう思ったロゼは以前、彼女の師匠せんせいに話したことがあるのだが、あまりオススメしないと返された。

 なんでも、それをやると現場が混乱するからとか言っていたが、よくわからない(結局やらなかった)。


 ともかく、そういうわけでダブル使いというのは総じて優れているのでは? とロゼは思っていたわけだ。

 だから、ミートソースとホワイトソースを融合させたミルフィーユグラタンは最高の出来になるはずだ。よし、作ろう!

 そうして完成した料理は極上の味。これぞ、まさに新境地!


(やはり、わたしの理論は完璧だったようですね……!)


 ロゼは改めて自分のひらめきに自画自賛した。すでに存在する料理だということはいったん忘れて。


「うまいだろ?」


 隣に座るアルバが尋ねてくる。ロゼは満面の笑みで返した。


「はい! とっても!」


 こうして、本日の依頼は笑顔溢れる宴とともに終了した。


 ◇ ◇ ◇


「あのあとグラタンパーティーは大いに盛り上がりをみせた。限界まで食事を腹に詰めこみ、酒が呑める者は酔い潰れるまで酒を浴び。そうして子供たちと神官たちが寝静まった真夜中のこと。アルバは神殿内部の廊下を歩いていた。

 ──かつん、かつん。

 草木も眠る、静かな時間。中庭を一望できる渡り廊下に出た。

 月を覆う雲が開いて、優しい光が彼女の頭上に降り注ぐ。

 儚く、淡い、それでいて白さを帯びた静謐せいひつな佇まい。

 昼間とはまた違う輝きを見せる金色の髪を揺らして、彼女は歩みを進める。やがて辿り着いた先は……」


「──おい」


「ん?」


「さっきから後ろでなにひとりでぶつぶつ喋ってたんだよ、テメェは」


 アルバが振り返る。ノルは柱の陰から飛び出し、彼女の横に移動した。


「いや、ちょうど絵になる場面シーンだったから、ナレーションでもつけておこうと思って」


「それは褒めてんのか? バカにしてんのか、どっちだ?」


「褒めてるんですぅー。ほれ、ちょっとした遊びだってーの、さっさと行くぞ」


 氷のように冷たい眼差しなど無視して、ノルは前方にぴしりと前足を向ける。


 実は先刻、ノルが地下室で見た大きな卵。あれは先日出会った魔獣の卵だったらしく、アルバに伝えたところ、彼女はこう言った。


『神殿内部に悪事を働く馬鹿がいる』


 話によると、以前からフィーティア機関の規律を破る馬鹿がいる。

 彼女はひとりで内密に探っていたそうだが、やっと証拠が出てきた。

 これは早々に捕らえなければ。

 ちょうどこちらには魔導師が二人もいるし、よし、今夜決行だ!


 などという、突然のバトル展開に驚くノルであったが、ロゼは何故かやる気に満ちていた。

 理由を訊ねると、『この前は情けないところをお見せしてしまったので、今回は活躍したい』とのことだった。

 そういうわけで、ノルたちは宴が終わったあと、悪党捕縛のために密かに動いていた。


「──ここか」


「ああ」


 ノルはごくりと喉を鳴らす。

 祈りの間。

 その名の通り、神──精なるものに祈りを捧げる祭壇の間。

 これからここで、大仕事が待っている。ノルは横に立つアルバに再度問いかけた。


「準備はいいか? 一応作戦を確認してお──」


「開けるぞ」


 静かに扉が開かれる。

 古い神殿を思わせる広間。部屋の両端には水が流れ、中央には赤い絨毯じゅうたんが。

 その先、蝋燭ろうそくの灯りに照らされて妙齢の女性の背中が見える。

 膝を折り、祭壇に向かって祈りを捧げる様子は、まるで神を崇める敬虔な信徒のようだ。

 妙齢の女性──神殿長が振り返る。


「あら、こんな時間にどうしました、アルバ。あなたもユノヴィア様に祈りを?」


「いえ。わたしは聖国の出身ではありませんので」


 入口に立つアルバを見て、神殿長は一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みで招き入れてくれる。

 アルバが一礼してから広間に入る。卵を神殿長から見えない背中いちに隠して歩く彼女のあとをノルもついていく。


「そうでしたね。こちらでは自然の神々に感謝の祈りを捧げる信仰でしたね」


 神殿長が微笑むと、アルバは机に例の卵を置いた。


「これは……」


 神殿長が驚いた顔をする。


「鳥の卵……でしょうか? 随分と大きいですね、これをどこで──」


「地下のワインセラーから──見つけた」


 敬語を外し、ぶらっきぼうな口調でアルバが言葉を遮ると、神殿長の顔に緊張が走った。


「以前からこの神殿では魔石の横流しが密かに行われていた。帳簿の改竄かいざん、報告書の虚偽。その他にも色々と不信な噂もあった。ゆえに、わたしは本部から内偵を命じられて、この支部に赴任してきた」


 アルバが神殿長を見据えて言い放つ。


「──あの魔獣を仕入れるよう命じたの、テメェだろ?」


 神殿長の顔から笑みが消えた。


「悪いな。すでに密猟者の口からネタは上がってる。あえて魔獣の移送を見逃すことで、あんたを問い詰める算段だったんだよ」


「…………」


「──まぁ、途中でヘタ打って魔獣が逃げ出しちまったんで、現場押さえようにもどうすっかって頭抱えたもんだが……ご丁寧にコイツを保管してくれてて助かったよ。おかげであんたを捕らえることが出来る」


 アルバが肩をすくめて言うと、神殿長はぎこちない笑顔を浮かべて返した。


「いきなりどうしたのですか、アルバ。そのような言いがかり……危険な魔獣を王都に招き入れるなど、神に誓ってあり得ませんよ。それにそうする理由もありません」


「はっ! おおかた貴族のお偉いさんあたりに魔獣が見たいーとでも言われたんじゃねぇの? 流石にそのまま売るようなバカはしねぇとは信じたいが、まあ、どうだかな」


「……そうですね、そのようなことをすれば、間違いなくその方も、相手方の命も消えてしまうでしょうから」


 神殿長が卵に目を向ける。

 どう切り抜けるかと考えているのだろう。

 数秒ほど間があったあと、「証拠は」と呟いた。


「仮に、先ほどあなたが述べていた魔石の横流しや魔獣の密猟があったとして、なぜわたしを疑うのですか? 他の者でもあり得ることでしょう?」


「なに、簡単なことさ」


 アルバは涼しい顔で「あの地下室」と繋げた。


「元々、あそこはワインセラーではなくチーズ用の工房だった。理由は分かると思うが、作ったチーズを売って、神殿の経費に充てるためだ。それをあんたが来てから工房を無くして葡萄酒ワインの貯蔵室に替えた。以来、あの部屋にはあんたくらいしか出入りしないそうだな」


「……っ、それは……」


「で、そこにあった魔獣の卵。そいつはあんたが置いたものだ。もしくは部下に指示して運ばせた。じゃなかったから、どっか別の場所に持ち込むだろうよ。──ああ、他の誰かが自分に罪を着せるため、って反論するつもりなら止めたほうがいいぜ」


 口を開きかけた神殿長を制して、アルバは続ける。


「神殿内の記録を見る限り、前々から不正があったのは事実だが、あんたが神殿長に着任してからひどくなった。証拠ならそれで十分だ。あとは本部の執行官が判断するだろ」


「………っ!」


 顔を歪めて歯噛みする神殿長にアルバは訊ねる。


「──でだ、大人しく投稿する気はあるかい? 婆さん」


 それが合図となった。

 突然、神殿長が駆け出し、広間の入り口に向かって走る。そして振り返り、叫んだ。


「清廉なる水霊ウィスカよ! 我が元に顕現し、悪しき魔精ましょうを射貫き討て!」


 高く掲げられた指輪まどうひんが光る。


水神の弓(アルク・アクア)!」


 神殿上の頭上に大きな水弓すいきゅうが現れる。

 びゅんっと風を斬って一対の矢がアルバを襲う。

 しかし彼女は横に飛んで避けきると、髪をひと撫でして告げる。


ひかりに敵対する者に女神のいかずちを──雷槍(タランス)


「きゃあ⁉」


 甲高い悲鳴と共に神殿長の前に雷撃が落ちる。それで怯んだのか、彼女は扉を出て逃走した。


「……ったく、くだらねぇ悪あがきしやがって」


 パリッと稲妻を走らせ、魔獣の卵を焼き焦がすアルバにノルは尋ねる。


「いいのか? あのまま逃がして」


「大丈夫だろ、あとは篝火かがりの魔女さんが何とかするさ」


「だな」


 ふたりは扉の先に視線を向けた。


 ◇ ◇ ◇


 神殿長は走った。息を切らし、全力で。怪物アルバから逃れるため、疾走した。


(あの娘、数年振りに戻ってきたと思ったら、まさか監視者だったとは……!)


 ──監視者。

 大きな組織に不正は付き物。ゆえに内部の動きを監視し、執行官に告げる役割を持つ役職だ。それがまさか、あの娘とは。


「っ……」


 掠めた雷撃が肌を焼いた。右腕が痺れるように痛い。彼女は顔を歪めて思い出す。

 昔から、さとい子供だった。

 元は貴族の令嬢で、忍び込んだ賊に家族と従者を殺され、裏の市場へ流されたところを救出されて、この神殿へとやってきた憐れな娘。


 最初は娘の境遇に同情して、当時まだ神殿長補佐だった自分は彼女の世話をあれこれ焼いた。

 いつも俯いていて、表情も暗く。まわりの子供たちとも馴染めていない彼女をよく心配したものだ。


 しかし──あれは怪物だった。


 子供ながらに光魔法らいげきを操り、大人の魔導師をも圧倒する力。それでいて時折こちらを見透かすような眼をしてくる、子供らしくない子供。

 それが次第に堪らなく怖くなっていった──


「……っ!」


 神殿長は立ち止まる。

 前方、神殿入口には魔女がひとり。

 アルバが連れてきた魔導師が立ち塞がる。

 彼女はこちらに杖を向け、静かに告げた。


「もしも、このまま大人しく投稿してくださるなら、わたしは慈悲を持って、あなたに冷たい眠りを与えましょう」


 ですが、と彼女の唇が動く。


「逃げるというなら、全力で。灼熱の鞭をお届けします。──さて、どちらをご注文ですか?」


 ごくりと、唾を呑み込み、神殿長は口を開く。


「そこを通しなさい!」


 指輪を高く掲げると、「残念です」と聴こえた。


「あなたに熱き薔薇のお届けを──炎の薔薇(ロゥゼ・メーラ)!」


 少女の姿が炎に揺らぐ。四方から火の鞭が飛び出し、敵を捕らえる。

 身じろぎひとつできない中で、神殿長のまぶたが落ちた。


 ◇ ◇ ◇


 後日。料理工房にてミルフィーユグラタンを作っていたロゼの元にアルバが訪ねてきた。


「よぉ、この前はご苦労さん」


「アルバさん、こんにちは。何かご依頼ですか?」


「いや、依頼つうかこの前の礼に来た。ほらよ」


「わぁ! おいしそう!」


 差し出された箱を受け取り、ロゼの表情がパッと明るくなる。

 ノルも彼女の肩に飛び乗り、箱を確認すると、苺のパイ重ねの(ミルフィーユ)ケーキが入っていた。


「よぉ、アルバ。なかなか気が利く差し入れじゃないか」


「テメェにじゃねぇよ、ロゼッタに持ってきたんだ」


「ほほう? いつの間にか呼び捨てに……」


「なんか言ったか? うさぎ」


「ノ・ル・さ・ん! ノルさんだから! 何度言ったら分かるんだよ!」


 冷めた瞳で見下ろすアルバに叫ぶと、ノルの隣でロゼが首をかしげる。


「ところで、あのあとはどうなったんですか?」


「神殿長は本部に連行されたよ。代わりに別のやつが来た」


「へぇ、今度はどんな奴なんだ?」


「真面目でいいやつだよ。わたしの分まで仕事やってくれるし、今日も書類の山を預けてきた」


「それ、押し付けてるって言わない?」


 先日の一件で、アルバは神殿長の補佐に昇進したらしい。

 元々彼女はユーハルド支部の出身だが、その才から本部に移動し、監視役として派遣されて戻ってきたそうだ。今後はこちらに長くいる予定なのだとか。


(ふむ、口は悪いが面倒見よし、ルックスよし、魔法もそれなり。まぁ、ぎり合格ってところだな)


 だいぶ上から目線でアルバを評するノルだが、ロゼに友だちが出来るのは素直に嬉しい。

 ロゼは『フィーティアの人間はちょっと』と話していたが、少なくともアルバは好意的に見える。

 その証拠に今回の一件で『ロゼッタさん』から『ロゼッタ』呼びになった。

 おそらく一緒に料理を作って、キャッキャウフフな女子トークでもあったのだろうとノルは推測する。


(仲良きことは美しきかな)


 ノルは深く頷き、ロゼから預かった絵日記にグラタンの絵を描いた。


「お、それ、この間のやつか」


 カウンターと厨房の間にある棚テーブル。

 出来た料理なんかを置く場所だが、そこには先ほどロゼが作ったミルフィーユグラタンが置いてある。

 小皿に取り分け、これから食べる予定のものだが、それにアルバが気付き小皿を持ち上げた。


「──ああ、はい。せっかくなのでまた作って……って、アルバさん⁉」


 なんと手掴みである! 

 豪快にバクりとひとくち。先日あれだけ綺麗にナイフとフォークを使ってケーキを食べていた人物とは思えない。

 流石のノルもあんぐりと口を開けていると、アルバがワルイドに笑う。


「ちょうど腹減ってたんだ。これ、もらうぜ?」


「ええっ……、そういう場合はちゃんと『食べていいですか?』って聞いてからにするものですよ、ノルさんじゃあるまいし」


「まさかの飛び火!」


「わりぃわりぃ。でもこれ、うまいぜ? ──つーわけで、こっちの皿も貰った」


「ああ! それはわたしの分の! 駄目です、お返し下さいーっ!」


 皿を取り合うふたり。


(おーおー、何だかんだで、仲良くやれてるようじゃねーの)


 強引な少女に困惑するような、怒ったような横顔。それを見て、ノルは思う。

 自分は単なる星霊せいれいだ。

 傍にいることはできても、あの子の機微には気づけない。

 だから人間の友人(アルバ)がいれば、内なる彼女の孤独やみに光を与えてくれるだろう。

 それこそ、篝火かがりびのように──


「ノルさん! アルバさんを止めて下さいっ」


「んぉ⁉」


 ノルが我に返って前を見ると、こちらに向かってくるアルバの姿がある。

 手には食べかけのミルフィーユグラタン。

 そのままノルの横を通り過ぎ、玄関まで走って、くるりと振り向くと、


「ご馳走さん、また来るぜ!」


 最後のひとかけらを頬張って、アルバは笑って帰っていった。

こちらは今回新たに追加したお話でした。

次回「春のロールキャベツ」

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ロゼの師匠の物語はこちら↓

ゼノの追想譚
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