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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ(五月一五)
本編

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ページ2 ホットジンジャーとミートグラタン(後半)

「はあ……、まさか家宝のブローチを手放すことになるなんて……」


 宝石店から出てきたロゼは深いため息をついた。


「いいのかあれ、ひいばあちゃんの形見なんだろ?」


「そうですけど……。この際、四の五の言ってられませんよ」


 青薔薇を形どった、髪留め。

 代々ロゼの家に受け継がれているもので、彼女が幼いころに母親から受け取り、ブローチとしてマントにつけていた。

 それを手放した。

 借金の返済に充てるためだ。

 ロゼは両手を組んで、ぐぐっと身体を伸ばす。


「──ま、惜しんでもしょうがないです。それよりこれでひとまず今月分の支払いはなんとかなりそうですし、あとはシュクレちゃんを探すだけですね」


 猫を探して西へ東へ。

 当然ながらそうそう都合よく捕まえられるはずもなく、あれからふたりは連日ネコ探しに明け暮れていた。


「ノルさん、腹減ったー」


「ですねぇー。夜はジェシカさんのお店のパンでいいですか? 今ならまだ開いて……」


「──あら、魔導師のお嬢さん?」


 突然かけられた声にロゼが振り向くと、先日依頼に来た老婆が買い物かごを片手に近づいてきた。


「ああ、ええっと……?」


「セリカよ。大丈夫? 頭にクモの巣がついているわよ」


「……あはは。ちょっと、狭い通りなどを通ったものですから」


「まあまあ。もしかして、シュクレちゃんを探してくれて?」


 老婆改めてセリカが、ロゼの頭に手を伸ばしてクモの巣を払ってくれた。


「ごめんなさいねぇ。少しお転婆な子だから、見つけるだけで苦労するでしょう?」


(少し?)


 少しどころか、お転婆すぎて手に負えないような気がする。現に飼い主であるセリカのところにも帰ってこないのだ。

 しかし、それを言うわけにもいかないし……と、ロゼは愛想笑いを浮かべて返す。


「いえいえ。とても可愛い猫さんでした。一度だけお会いすることが出来たので、次はきっとセリカさんのところにお連れしますね」


 そう言って、軽く会釈をしてセリカから離れようとする。だが、引き留められる。


「──ああ、待って。ロゼッタさん、いまお腹は空いているかしら?」


「……? ええ、はい。空いていますよ」


 本音を言えば、ぐーぐーだ。

 町中をあちこち駆けずり回ったせいで、空腹を通り越して胃痛すらしてくる。早く帰って何か食べたい。

 出来れば焼きたてのパン。

 表面パリパリ、中はふわっふわ。

 かぶりついて小麦の味を噛みしめたい。

 ロゼの頭の中はパンで埋めつくされた。

 しかし、


「それならちょうどいいわ。これからミートグラタンを作ろうと思うのだけど、良かったらうちで食べていかない?」

「行きます」


 グラタン万歳。

 カメパンを押し退け、ロゼの頭の中は瞬く間にグラタンに占拠された。

 ちなみに彼女の家に向かう途中で、『ひとりだけずりぃぞ!』とノルから小声で文句を言われたが、聞かなかったことにした。


 ◇


「ここよ」


 歩いて十分程度でセリカの家についた。

 思ったよりも近い。

 まあ、元々この近隣でシュクレちゃんを捜索していたのだから当然か。

 ロゼはセリカに案内され、門扉をくぐる。

 ごく普通の民家。

 てっきり、この区画に住んでいると聞いたから大きな屋敷を想像していた。

 中に入ると、ロゼは驚いた。


光蝶スピルがたくさん……」


「少し待っていてね」


 居間に通されたロゼは庭に釘つけになった。

 色鮮やかに咲き誇る春の花畑。

 そのまわりを飛び交う金の蝶たち。

 とても幻想的で、まだ出てきて間もない故郷の森を思い出す。


 よく手入れされた庭だった。

 花壇のほかにも菜園や、手作りっぽい木製のブランコが置いてあり、光蝶スピルが手すりに止まって羽を休ませている。


 室内を見れば、色褪せた調度品。おそらく長いあいだ使われてきたのだろう。

 棚の上には乱雑ながらもホコリが被ることなく小物が飾られており、住人であるおばあさんが日頃からきっちり掃除しているのが見て分かる。

 

「あ、あの絵……」


 揺り椅子に座る老婆の絵。その膝の上には丸まる子猫が描かれている。

 おそらくセリカとシュクレちゃんだろう。


 ロゼが絵画の前で足を止めると、鈴を鳴らしたようなきれいな声がかかった。


「それ、おじいさまが書いた絵なんですよ」


 テーブルの上にカチャリと置かれるティーカップ。


「いっらしゃいませ、お客様。祖母が無理を言ったようで申し訳ありません」


 十代半ばくらいの少女だ。

 さらりと揺れる赤みを帯びた焦げ茶の髪。大人びた印象の彼女はサラだと名乗った。セリカの孫だそうだ。


「ゆっくりしていってくださいね」


 それだけ言うとサラはセリカの手伝いに入った。しかしすぐに戻ってくる。


「おばあさまに、お客様の話し相手をするようにと言われてしまいました」


「はあ」


 心なしか気落ちした様子でサラはソファに腰かけると、ロゼの服装を見て「魔女さんですか?」と小首を曲げた。


「はい。王都の北の通りで小さな食堂をやっています。魔女の仕事もまあ……裏メニュー的な感じで依頼を承っていますので、サラさんも何かあればご依頼ください」


「魔女の食堂……。つまり、トカゲやコウモリがお皿に乗って出てくるんですね!」


「え?」 


 なぜに?

 この子、アタマ大丈夫ですか?

 浮世離れしたお嬢さまの発想にちょっと付いていけないロゼは困惑しながら答える。


「ふ、ふつうのご飯ですけど」


「そうなんですね! どんなご飯を出すんですか?」


「オムライス、ですかね」


「うんうん」


「あとは、ナポリタンを始めとしたパスタ料理とサンドイッチなどもお出ししています」


「おお! ほかには?」


「ほか? ……ええっと、各種ドリンクメニュー、以上です」


「え? それだけですか?」


 きょとんとした顔で「少なくないですか?」と返された。

 おそらく彼女に悪気はないのだろう。素直な感想だ。

 悪意のない毒舌。

 これ厄介である。

 ロゼは口元をヒクヒクとさせて微笑んだ。


「いま、新しいメニューを考案中なんです。わたしはハルーニアの出身ですから、ユーハルドのみなさんが好む料理の味を研究中でして」


 もちろん嘘だが。

 ユーハルドにいるあいだは便宜上そういうことになっている。

 ちなみに通行証も偽造。

 大叔父エルフィードの犯行だ。


「味の好みですかー。そうですねぇ、好みの味は人によって異なりますからなんとも言えませんけど、わたしはワクワクする味が好きですね!」


「ワクワクする味?」


 なにそれ。


「こう、『わぁ!』ってなる味です! お料理でいうとお子様ランチみたいな味ですかね」


「お子様ランチ? それは一体どういう……」


「知らないんですか? オムライスとナポリタンと……、それからエビフライなどが乗ったワンプレートのお料理です。お店によってお皿の中身は変わりますけど、小さな子しか食べられない特別なご飯なんですよ」


「へぇ……。オムライスにナポ……え?」


 全部乗せ? 量多すぎでは?

 ロゼが怪訝な顔をすると、サラは「違いますよ」とクスリと笑って説明した。


「それぞれ少量ずつ乗っているんです。小さなお料理が集まるワンプレート。一度に色んな味が楽しめて、見るのも食べるのもワクワクするんですよ」


「へー」


「──懐かしいわねぇ。サラさんったら、お店に連れて行くといつも『お子様ランチ!』と言って譲らなかったのよね」


 こうばしい香りがして顔を上げれば、グラタン皿を持ったセリカが苦笑しながら、ロゼの前にグラタン皿を置いた。

 おいしそうなミートグラタンだ。

 ふつふつとチーズが泡立ち、野菜と肉のうま味を閉じ込めた、こうばしい香りにロゼは唾を呑みこんだ。


「そういうおばあさまだって、大人も頼めたらいいのにーって仰っていたじゃない」


「あら、そうだったかしら?」


 頬を膨らませるサラに微笑み返すと、セリカはミートグラタンに目を落として昔を懐かしむように言った。


「そういえば、死んだ主人もいつもこれを頼んでいたっけ」


「亡くなったご主人、ですか……」


「ええ。二年前に肺の病でね。先に逝ってしまったのだけど、あの人、ミートグラタンが大好物だったのよ。外でも家でもいつも無言でねぇ。黙々と食べたあとに『うまかった』って最後に一言だけ返してくれるの」


 それでね? とセリカは優しく目元を和らげる。


「わたしったらつい嬉しくて、一時期毎日のようにグラタンを出していたら流石に他のものが食べたいって、呆れた顔をされてしまったことがあるのよ」


「そうなんですか。とても仲のよいご夫婦だったんですね」


「ええ、とっても」


 噛みしめるように頷くセリカを見て、素直に羨ましいなとロゼは思った。


「──って、ごめんなさいね。つまらない話を聞かせちゃったわ。はい、スプーン」


「ありがとうございます」


 セリカが対面に座り、使い古された銀食器スプーンを渡してくれる。

 ロゼはミートグラタンを観察した。


 蓋のように覆いかぶさるとろけたチーズ。適度な香ばしいお焦げがまた食欲をそそる。


  (ミートグラタン。以前本で読みましたが、たしか豚のひき肉を使ったトマト味のグラタンでしたか……)


 初めて見る。

 しげしげと眺めてから、スプーンでひとくち大にすくうと、チーズが伸びて糸を引く。

 そのまま口の前に持っていき──ぱくり。


「~~~~~~~~っ⁉」


 火傷した。仕切り直して、


あふくて(あつくて)、味がよく分かりません、が……でも)


 口に入れた瞬間、トマトの酸味を感じた。次に塩気。

 あまりの熱さにハフハフと口を動かせば、粗く挽かれたひき肉が、舌の上でつぶさを主張してくる。


(水をっ──)


 と、コップに手を伸ばして止めた。熱いからこそ、グラタンはおいしいのだ。

 次第に下がる口内の温度。じゅわりと肉のうま味がやってくる。

 そして、この甘味は玉ねぎだ。

 丁寧にみじん切りにされた玉ねぎが、粗いひき肉の食感を引き立てている。

 それからクリーミーなホワイトソース。

 うまい。文句なしにうまい。


(むむ、これはほうれん草ですね……)


 どうやら普通のミートグラタンと見せかけて、中にほうれん草が入っているらしい。くたっとした食感の中に、わずかにシャキシャキとした歯触りを感じる。

 さらに──


(この、パン、ふわっふわ……)


 おそらくセリカが焼いたものだろう。

 表面の薄皮は、パリッ。中はふわふわ。

 焼き立てでしか味わえない、蒸気を含んだほのかなしっとり感。

 小麦の甘味と豊かな香り。

 先ほどロゼが食べたいと想像していたパンそのものだった。


(やはり、ユーハルドのパンはおいしいですね)


 故郷のパンは固かった。

 ざらついていて、穀物臭いのだ。

 それが師匠に連れられ、ユーハルドに初めて来た時、柔らかいパンを食べてひどく驚いたものだった。

 ロゼが食事に夢中になっていると、セリカが微笑ましいものを見るような目で訊ねてきた。


「お味はどうかしら?」


「おいしいです!」


 即答だ。力強く答えた言葉にセリカが目を丸くして、やがて嬉しそうに破顔した。



 ◇ ◆ ◇



 おいしいミートグラタンをいただいたロゼの傍らで、ノルは食後の眠気と戦っていた。


(ねむ……)


 ロゼとセリカが談笑している。セリカの話によれば、あの猫──シュクレちゃんはセリカの夫が亡くなる前に連れてきた猫なのだそうだ。

 肺を病んでしまい、残りわずかな寿命。

 遺す妻が寂しくないよう、ご主人は自分の代わりに拾った子猫に彼女をたくした。


「なのにねぇ。あの子ったら、いつも外ばかり……。そんなところも主人と似ていて、困った男の子だわ」


 セリカがため息をつく。……え?


(は? へ⁉ あの猫……、オス⁉)


 稲妻に撃たれたみたいな衝撃だった。

 だっておま、シュクレ『ちゃん』って……。

 ノルはおののき、ロゼを見上げる。平然とした様子でセリカの話を聞いている。


(おまえら……、紛らわしい呼び方すんなよ……つか、そうなると)


 昼間の会話もこうなるわけだ。


『遊んであげますわっ!』→『いっちょからかってやるぜ、ひゃっはー!』


 勝気なお嬢さま猫とのラブコメ(?)展開から一転、うさぎ狩りを企むヤンキー猫さんとの熾烈なバトルものになってしまうじゃないか! 

 どうしてくれるんだ、この誤解釈!

 などと、ノルは心の中で叫んだが、当然ロゼにもセリカにも伝わらない。


 その折、窓の外で何が動いた。


(んん?)


 白いふさ毛の尻尾。窓からちょこっとだけ見えるそれは──


(ロゼ! ロゼ! シュクレくん!)


 ノルは勢いよくロゼの足を頭突いた。ロゼが目を丸くして下を向く。

 セリカが居るので喋れない。

 ノルは前足をばたばたとさせて、ことの次第をロゼに伝えた。

 その意図に気づいたロゼが立ち上がる。


「ロゼさん?」


 セリカが不思議そうに首をかしげる。

 ロゼがふっと目を細めて外を見る。

 暗闇。すでに日が落ちた暗がりを、白い綿毛が移動する。

 ノルもその姿を確認したところで、身体がふわりと軽くなる。


「ノルさん、お仕事ですよ!」


(──へ?)


 ばんっと、勢いよく放たれる窓。

 流れる動作でロゼが投てきポーズ。

 そのままシュクレくんに向かって魔球ノルを、投げつけるっ!


(のわぁああああああ──────────⁉)


「お得意の頭突きをっ!」


 うしろから声が追随する。

 いや、それやったらシュクレくんが怪我するけど⁉


(くそっ、あとで覚えてろよ、ロゼ!)


 ノルはくるりと空中で一回転。着地に合わせて、土の魔法を発動させた。


「これでも食らいやがれ!」


 前足でバンっと地面を叩くと、土が波打った。瞬く間に標的の足場が隆起し、白猫を覆い尽くさんとばかりに天高く伸びあがる。


「……ふっ、さすがは俺。華麗なる土魔法だぜ!」


 にゃーんと、猫かごならぬ鳥かごから、抗議めいた鳴き声が上がった。

 かくして、探し猫はセリカに引き渡され、初の依頼は達成されたのであった。



 ◇ ◇ ◇



「──では、シュクレちゃん探しはこれで終了ということで。またのご依頼をお待ちしております」


 金貨を握りしめ、ほくほく顔でロゼが言った。


「ええ、ありがとうねぇ。とても助かったわ。それにしても、魔導師さんはやっぱりすごいのね。あんなびっくりな魔法は初めてよ?」


「いえいえ、あのくらいどうってことはありませんよ。初歩中の初歩ですから!」


(……………………)


 どの口が言っているのかな?

 ノルは遠い目をした。


(つか、こいつ、なんもしてなくね?)


 ミートグラタンを食べていただけである。なぜか誇らしそげに胸を張るロゼを見やり、ノルは彼女の足元で嘆息した。


「それでは、わたしたちはそろそろ……」


「ええ、もう暗いから気をつけてね。それからまたおねが……ごほ、ごほっ!」


 急にセリカが机に手をついて咳きこんだ。

 サラとかいうセリカの孫が慌てて祖母の背中をさすっている。


(うん? どした?)


「だ、大丈夫ですか⁉」


 ロゼが慌てて駆け寄りると、セリカは少し困ったように笑って言った。


「大丈夫よ。最近もまた寒かったから……風邪かしらねぇ」


(ふむ……)


 季節は春のはじまりだ。冬を越えたとはいえ、まだまだ空気は冷たい。この寒さで風邪でも引いたのかもしれない。


(……いや、肺、か──?)


 ノルの頭にひとつの懸念がよぎる。

 さきの話。二年前に肺を病んだ夫。


(まさかな……)


 そう思ってノルがかぶりを振ると、ロゼは何を思ったのか、セリカに台所を使っていいかと訊ねた。


「おい、なにするつもりだ?」


「いえ、咳といったら、やはりこれかなと──ああ、ありました」


 ロゼは棚からショウガパウダーを取り出した。ついでに蜂蜜も。どうやら今朝飲んだあれを作るらしい。


「ホットジンジャーか。なんだってそんなもん。飲みたきゃ、店に戻って作ればいいだろ?」


「ふっふっふ、実はですね? ショウガと蜂蜜は喉にいいんですよ。身体も温まりますし、これを飲んで風邪もサヨナラです」


「ほーん。優しいのな」


 さっき俺のこと、投げ飛ばした癖に。


「もちろんですとも。なんたってわたしは篝火の魔女。寒さで冷えた身体も、ぽっかぽかです!」


「それは何かの決め台詞なのかな?」


 ホットジンジャーが入った木のコップに手をかざしてロゼが目を閉じる。念じるようになにか呟くと、ほんのわずかに湯面が煌めいた。


「いまのは?」


「ちょっとしたおまじないです。どうか病が早く癒えますように──と」


 少し切なげに笑ってから、居間に移動して、ロゼは優しい笑顔を浮かべてセリカにコップを手渡した。


「ホットジンジャー。寒さで冷えた身体を温めてくれる優れものです」


 ──風邪の引きはじめに、一杯いかがですか?

〈借金返済まで残り金貨97枚〉

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