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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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ページ11 爽やかミントティー(後半)

 葉っぱの入った水差しと、なにやら皿を乗せた盆を持っている。

 テーブルにことりと置かれる皿。


 ドーナツだ。


 ショコラの生地に木の実(ナッツ)が練り込まれていておいしいそうだ。さらには表面。あかいショコラで半分覆われ、見た目も華やかだ。

 ノルはちらりとグラスを見た。透明な器につがれた小さな葉入りの飲み物。


「おま、これ……。もしかしてミントティー?」


「当たりです。実はさきほど作っておいたのですよ。掃除が終わったらお茶にしようと思いまして」


 ロゼがミント入りの水差しをテーブルに置いて着席する。


「うーむ……この状況でミントティーか……」


 水面に浮かぶレモンの輪切りとミントの葉。複雑なやつが出てきた。


(だが、まあ……)


 これはこれでおいしいか。ひとくち飲めば口の中がスッとするし……と、ノルは机に跳び乗った。


「ふむ、しかしミントティーにショコラドーナツとは、なかなか味のある組み合わせだなぁ」


 さきほど話に出ていたショコラミントというやつか。ノルがしげしげと観察すると、ロゼがピンッと人差し指を立てた。


「はい、本日のおやつです。ちなみにそのドーナツは、さきほど帰ってくる途中で立ち寄ったお店のものですね」


「あれな、キャラメル蜂蜜がけマシュなんとかっていう限定品があるドーナツ屋な。近所の店の」


「そうです。前にノルさんがひとりで食べてしまった、あのドーナツ屋さんのものです」


「うぐ……蒸し返すなよぉ、あの時はごめんて」


「ふふふ。食べものの恨みは恐ろしいのですよ? ──では、いただきましょうか」


「おう、んじゃま、さっそく──」


 ぱくり。

 ノルはドーナツにかぶりついた。適度な甘みとカリカリとした木の実(ナッツ)の食感。ずしっと重い食べごたえ。これは腹にたまりそうだ。


(やっぱりうめぇなぁ……)


 ノル自身はパンのようなふわふわとしたドーナツのほうが好きなのだが、これはこれでうまい。

 二個も食べれば、かなり満足するだろう。一気に食べ進め、半分に到達したところで、


「ん、んん……?」


 なんか酸っぱい?

 もうひとくちかじると、甘さの中に広がる爽やかな酸味。


(なるほど)


 木苺ラズベリーか。

 表面半分にコーティングされた、美しい光沢を放つ真紅ルージュのショコラ。どうやらベリーの果汁を混ぜたものらしい。

 最初は木の実(ナッツ)の香ばしさを楽しみ、途中からは木苺ラズベリーの風味をプラスして。ひとつでふたつの味が楽しめるとは、よく考えられた商品ドーナツだ。なにより見た目もお洒落だし。


(やべぇな、あの店)


 毎日行列ができるほどの人気店なだけはある。うちも見習いたいものだ。閑散とした店内を見て、ノルは乾いた笑みをこぼした。

 そこで、ロゼが拗ねた様子でグラスを前に押し出した。


「ノルさん。お茶も少しは飲んでくださいね? せっかく作ったのですから……」


「んほ? ふまん(すまん)ふまん(すまん)ふぐ(すぐ)のむほ(のむよ)


 ごくんとドーナツを飲みこみ、ノルはグラスに顔を近づける。涼しげな、スッとした香りが鼻を突き抜ける。

 ぴちゃりと小さな舌をつけると、わずかに蜂蜜が入っているのか、ほのかな甘みを感じる。


「うまいな」


「ですねー」


 正面に座るロゼがグラスを動かすたびに、からんとからんと心地のよい音が聴こえてくる。氷がグラスにぶつかる音だ。

 うん、なんだろう。この感じ。

 綺麗になった店内で、そよそよと少し生ぬるい風に耳を揺らしてロゼと一緒にお茶をする。この静かな時間。


(落ちつくわぁ……)


 ノルは目を細めてティータイムを満喫した。


(……それにしても)


 ぷかぷかと水差しに浮かぶミントの葉を見てノルは思う。


「なぁ、ロゼ」


「なんですか? ノルさん」


「さっきはとくに何も聞かずに雑巾かけてやったけどよ。なんでヒンヤリ草の精油を使ったんだ? 普通に掃除するだけでいいだろ。綺麗になれば、奴もいなくなることだし」


「ああ……」


 ロゼはからんとグラスを揺らして天井を見上げる。いつもの彼女の癖だ。なにかを思い出すときはよく上を向くのだ。


「ジーは、ヒンヤリ草の香りを嫌がるそうですよ?」


「ほう、そうなのか?」


「ええ、効果のほどは……えーと、まぁまぁ? らしいのですが、ジー避けにはそれなりに使える品だそうです」


「なんだ、えらく曖昧じゃないか。前になんかの本で読んだーみたいな感じか?」


「いえ。以前、師匠ししょーが話されていたので」


「ああ、あのオレンジ好きのお師匠さんな」


「そうです、オレンジ好きの師匠です。それで師匠は植物にも詳しいそうで、前に故郷でジーが大発生したときに前長老おじいさまへ対処法を伝授なされていました」


「お前のお師匠さん、魔法の先生じゃなかったっけ?」


 ノルの中ではもはやオレンジのイメージしかないロゼの師匠だが、どうやら魔法以外にも豊富な知識を持ち合わせているらしい。

 ロゼが楽しそうにくすりと笑ってグラスに口をつける。


 そういえば、よくロゼの話には師匠の話が出てくるが、あまり興味がなかったので聞いたことがなかったなぁとノルはふと思った。


(ふむ……)


 ロゼのお師匠さんか。ここはやっぱり、美人で巨乳な色っぽいお姉さんだろうか?

 ノルはさっそく聞いてみた。


「どんな奴なんだ、そのお師匠さまとやらは。やっぱりロゼよりも美人なのか?」


「おや、急にどうしました、ノルさん。もちろんわたしのほうが美人ですけど……」


「自分でいうんだ」


 予想はしていたけれど。

 ノルが呆れた眼を向けると、ロゼは「冗談です」と咳払いをした。


「そうですねぇ……美人かと聞かれると、師匠は男のかたですし、また少し意味合いが違うかと」


「えっ、まじ? 男なの?」


「ええ、大人な感じの、静かな男性です」


「ほう……。てっきり、魔女のお師匠さんだっていうから、自然と老婆か美人な姉ちゃんを想像していたんだが……。だってほれ、一緒に住んだりとかするだろ? 小間使い的な感じで」


「うーん……それは無いですね。師匠は野宿派みたいでしたので、よく湖のそばで火を焚いて生活してましたよ」


「やっぱりおまえのお師匠さんって、かなり変わってるよな」


 野宿派ってなに?

 ノルが呆れた声で返すと、ロゼはノルの頭を撫でて少し切なげに笑った。


「まぁ、わたしは別に師匠の正式な弟子というわけではありませんから、ノルさんがイメージしているような師弟の形とは、すこし違うかもしれませんね」


「そうなん?」


「ええ、わたしが勝手に『師匠ししょー』と呼んでいるだけで、師匠自体は弟子を取らない主義らしく、名前か、先生と呼ぶようにとよく呼び方を訂正されました。実際、魔法を教えてくれたのもほんの短い期間でしたし、前長老おじいさまが亡くなってからは村にも来なくなりましたから、それきりです」


「ほーん……じゃあ弟子っつーよりまさに『教え子』って感じなんだな。その期間、魔法をちょこっと習ったーみたいな」


「ですね。もともと友人である前長老おじいさまに御用があっていらしていたみたいですから、そのついでに魔法の指導をしてくれたようなものですし。そのあとは、ひたすらひとりで魔法の猛特訓の日々でした」


「したんだ、猛特訓」


「しましたね、こう、どかーん! と木をぶっぱなしたり」


「森に優しくあげて?」


 ロゼが微笑み、ドーナツに手を伸ばす。それをちらりと見てノルが言う。


「ちなみに、俺とセンセーどっちがかっこいい?」


「ははは……。比べものにもなりませんよ」


「やべぇ、その苦笑が心にくる!」


 ノルの繊細な心は傷ついた。

 そっと涙をぬぐって、ずずっとミントティーをすすった。


(ねむ……)


 まったり。のんびりと時間が流れていく。

 今日は依頼もなく、店の掃除をするだけの何もない一日だった。けれど、たまにはこんな日があってもいいだろう。

 からんころんと揺れる氷の音を聴きながら、ノルはそっとまぶたを閉じ──ようとして無理だった。


「おや、あれは……」


 ロゼの呟きとともに、カサカサと床を移動するなにかの音がした。

 なんだ?

 穏やかな時間を邪魔されて、ノルは胡乱うろんな眼差しを床へと投げる。そこで時がとまった。


 え? 白いあれがいる。


「どうやら窓からいっぴき、入ってきてしまったようですね」


 ロゼが椅子から立ち上がり、ほうきを片手に奴に近づいた。

 そのまま軽く床を撫でるとカサカサカサ! と、疾風のごとき勢いで壁をつたって奴が天井へと移動した。

 やがてぴたりと止まると、ノルの鼻先にぽとりと落ちてきた。


「──☆&◇♯◆□%⁉」


「ふむ。相変わらず、すばしっこいですね」


 ロゼがなにやら感想を言っている。しかし、ノルの耳には入らない。

 目の前に、じっと佇むジーがいる。

 なぜか身動きひとつ取らずに自分と向かいあっている。怖い。ホラーだ。はやく逃げないと。でも足が動かない。

 互いに時を止めたまま、そこにロゼが歩いてくる。


「ノルさんてば、また気絶でしょうか……。まったく本当に情けないうさぎさんですね」


 ロゼがほうきを奴に向けたその直後。


「うぎゃああああああ!」


「きゃあああああああ!?」


 ジーが羽根を広げ、ノルが驚き、ロゼに向かって跳びはねる。

 その拍子にジーがロゼの顔に飛んできて、悲鳴をあげた彼女が呪文を叫ぶ。


「内からぜろ! 忘却の光ラディス・オヴィリーオン‼」


 刹那。店内中に光が走った。


「なっ──⁉」


 耳をつんざく大音量。

 閃光せんこうの中で、ノルが薄くまぶたを開けると宙に吹っ飛ぶジーがいる。

 机が割れ、ぱりんと飛び散るガラスの破片。

 木っ端みじんになったジーを見届けあと、まぶしい光が収束して残っていたのは倒壊したロゼの料理工房アトリエだった──


「ちょ……おまっ……これ……」


 焼け焦げた店内。

 まさかの惨事にノルは絶句した。

 天井が消え、空が見え、ぱらぱらとちりが落ちてくる。青くて綺麗な空だなぁ……なんて現実逃避をしているあいだに、真横に柱が降ってきた。

 どしんと耳を突く音を鳴らして灰塵かいじんが舞う。


「……………」


 すすだらけの格好で、口をぽかーんと開けてロゼが棒立ちしている。

 やがて、ひくりと頬をひきつらせ、彼女はつぶやいた。


「あ、はは……。さすがはシショー考案の殺戮さつりく魔法。すさまじい威力ですね」


 そのまま、ばっとしゃがんで空へと叫ぶ。


「ぬがぁ──────────っ!」


 かくして、ロゼの宣言通り店内に蔓延はびこるジーたちは、いっぴき残らず彼女の手により駆逐された。めでたしめでたし。


「──いや。これ、このあとどうするの?」


 ぽつりと落ちたノルの呟きは、灰と一緒に夏の空へと消えていった。

次回「三種のきのこのチーズリゾット」

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ロゼの師匠の物語はこちら↓

ゼノの追想譚
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