雇われフェネックは見舞う 2 side G
「しかし、後ろから見ても横から見ても、笑いを誘う恰好だな、それは……」
「えー、でも、らくちんだしおはなしもできるよー」
『キュァー』
≪REC≫
ハムッサからイーデの村まで、直線距離にして5日ほどだ。
途中でドゥーベとズィッタを繋ぐ街道を横切ることになるが、商人や冒険者が踏み均した道が細いけれども存在するので、べつに道なき道を進むわけではないから問題無い。
相変わらず人気が無くなると、勝手にバッグから出てきては飛び回る黒チビが、レイシュの周りをしきりと飛び回っている。
だが、気持ちはわかる。
黒馬にまたがって順調に進み、休憩地や途中の野営地で荷物を置いた際に、取り出した道具を使うレイシュが、どうにも面白いのだ。
出発する際、魔物の解体を手伝っていた漁師達が餞別だとくれたものがあった。
大きな魔魚を獲った際に船からの上げ下ろしで使う丈夫な網を、レイシュ用に加工し直したらしく、明るい青で編まれ直した可愛い色合いとなっている。
重さを軽減する魔法陣が模様みたく縫い取られたそれは、一見幅広の紐が着いた、普通の背負い袋のようだが、全面部分に大きな穴が2つほど開いている作りだった。
今現在その袋の中にはケートスが入り込み、穴から両前ヒレを出して、ご機嫌で何事か鳴いている。
網の中に入った魚達を10分の一ほどの重さに軽減し、水に強くて、魔魚が暴れても破れないほど丈夫、という漁師秘伝の陣をこうもやすやすと漏らしていいのかとも思うが。
本人達はレイシュが早速使った姿を見て、膝をつくほどに喜んでいたから、まぁいいのだろう。
「ケーちゃんを抱っこしてたら、たびではあぶないからね、こうしてれば軽いし、手もつかえるし、べんり!」
『キュァーッ』
ケートスの釣果扱いに、まったく疑問をもっていない2人に生ぬるい視線を向けながら、グレンは休憩の終わりを告げた。
「もうじきに着くぞ。この坂道を登り切って、少しばかり下って川を越えたら見えてくる。人が出てくることもあるから、黒チビはそろそろ戻っておけ」
「はぁーい! ダーちゃん、バッグに入ってぇ」
≪了解≫
ところで、あっさりと収納されたこいつは、生き物は入れられないというマジックバッグにのうのうと出入りしているのだが、魔道具だから平気なんだろうか。
生き物枠ではない扱いなのか。グレンの疑問は尽きない。
◇
「まちが……いいにおい……」
「そこら中に果物畑があるからな」
馬に乗る際は、背負い紐を腹の前に回したレイシュを、これまたグレンが抱き込むというスタイルが定着している。
イーデの村の入り口で見張りをしていた自警団が、笑いを耐えている姿が目に入るが、グレンは何も言わずにゴールドのタグを見せて通過した。
「さて。この町はな、ギルドも無いし近くに強い魔物が出るって場所でもないから、ちゃんとした宿屋が無いんだ。その代わりにそれぞれの農園が部屋を貸している。金を払ってもいいし、料金分の畑仕事を手伝うのでもいいんだが……どうしたい?」
「はたけしごと! やってみたい!」
「だろうな」
基本的に、行く先々で見るもの全てになにかしら興味を持っているレイシュだ。
この村のやり方を聞けば、そっちを選ぶだろうとは思っていた。
「じゃあ、俺が前に世話になった婆さんの農園に行くか。小せぇ畑だけどな、美味い酒を造るんだ。果実水の元も少量だが作ってたぞ」
「いくー!」
馬から降りて、レイシュと手を繋いで歩く。
民家より畑が目に付くような村でも、ケートスを背負って歩くレイシュは人目を集める。
立ち止まって凝視する村人に、笑顔で手とヒレを振る子供と幼獣は、ここでもやはり笑顔で受け入れられていた。
「なんだか、荒れてんな」
「ここー?」
村でも外れの方に位置する、こじんまりとした柵に囲まれたブドウ園に足を踏み入れて、グレンは呟く。
そこは、王都を出てすぐ、しばらくヒューゴとあちこちをうろついていた時に、金もなくその日暮らしで腹を空かせていた2人が辿り着いた場所だった。
「ああ。婆さんがまだおっ死んでなけりゃあ、泊まれるはずなんだが…」
「なんか……くらいよぅ……」
レイシュの言う通り、畑のすぐそばの林が勢いよく葉を茂らせ、農園全体が陰ってしまっている。
そのせいか、畑もどことなく元気がない。
隣接した家も、人のいる気配はあるが、話していても家人が現れることもなく、しんとした空気のままだ。
「この時間なら、畑をいじってると思ったんだがなぁ……おい、婆さん! いねぇのか! ドナ婆さん! いよいよ死んだのかっ?」
「あっ、グレン、おうちにかってにはいっちゃ……」
鍵のかかっていないドアを開け、ずかずかと侵入していくグレンの後を、ケートスを背負った姿のレイシュがあわてて追う。
家に入ってすぐはちょっとしたスペースがあり、農具などが雑然と置いてあった。その先の正面と向かって右手にドアがあり、左手には上下に階段が伸びている。
そのうちの右手側の部屋を、ノックもせずに開けたグレンに、すごい勢いで何かが飛んできた。
首を振るだけでよけた物体が、壁に当たって、クワン、と高い音を立てて落ちる。
カラカラと地面に転がったのは、真鍮のカップだ。
こわごわ拾い上げたレイシュが、手近な場所にあったテーブルにそっと乗せていた。
「生きてんじゃねぇか。こっちは久々の客だぞ、物投げるなよ」
「……なんだ、グレンかい。どこの盗っ人かと思ったよ。ぶしつけな奴だね、寝込んでるのが見てわからないかい」
「外の畑も荒れてたが……どうかしたのか」
カーテンを引いたままの部屋は薄暗かった。
3年ほど前に酒を買いに来たときは、手も口も良く動くばあさんに、さんざん畑仕事を手伝わされた物だったが。
「どうしたもなにも、腰をやっちまったのさ。恥ずかしいが、もう私も年だからね。収穫と醸造には甥っ子達が手伝いに来るが、畑仕事が間に合わない。今回は駄目だねぇ…隣の木が伸びてきちまって、実が育たないんだよ」
ベッドに上半身を持ち上げたドナばあさんと話していると、背後から服の端を引っ張られた。そうだった。
「おい、その話は後で聞くが、今日は宿を頼みに来たんだよ。連れもいる。2り……1人と1匹だ」
「こ、こんにちは!」
『クルォッ』
「おやまあ! ……まぁまぁまぁ! ずいぶん可愛らしいお客さんだこと! なんだいグレン、あんたの子かいっ?!」
グレンに半分体を隠しながら、レイシュが挨拶をしている。
多分、カップを投げられたのが怖かったのだろう。
 




