訳ありフェネックは忍ぶ 1 side G
結局寝ることもなかった宿を1日で引き払い、ヒューゴの家に転がり込んで3日目。
このかん、アーレンからの鳥待ちという事情もあったが、最初にドゥーベール渓谷に足を向けた以外は特にこれといった活動はせず、もっぱらヒューゴの家、もしくは街の散策などをして過ごしていたグレン達である。
それというのも、なんだかんだで魔の森でレイシュを拾ってからこっち、ろくにこの世界について教えた事が無いことに気が付いたためだ。
もちろん、最初はちいさな迷い獣としか思っていなかった存在が、異界産の神の眷属だなどと逆立ちをしても思う訳がないから、当たり前と言えば当たり前である。
そういうわけで今までは向かう先の観光程度の事しか話していなったけれど、これからの事や、この幼獣を取り巻く現状を考えたところ、一般常識くらいは叩き込んでおいた方がいいのではないか、と大人2人の中で話がついたのだ。
幼児の姿で街に出すのは少し心配もあったが、獣型では入れない店もある。
結局、大量に得た聖魔石に物を言わせ、レイシュを人型にした後に姿変えのブレスレットで目と髪の色を変えて、ヒューゴと同じ赤髪に緑眼をした親戚の子、という設定に落ち着いた。
グレンは自分と同じ色を希望したのだが、それなりに有名な男が見慣れぬ子供を連れていれば、いらぬ噂になるとヒューゴが却下したのだ。
「お前が連れ歩きたいだけじゃねぇのか……?」
「事実、この街に慣れているのは長く住んでる俺の方だ。これでも研究棟以外ではたんなる一般人だからな。適材適所だろ。グレンは大人しくギルドにでも行って情報収集してくればいい」
「すごーい! ぼく、ヒューゴと同じになっちゃったぁ」
憮然としながら問いかければ、しれっとした顔で言い返される。正論だった。
姿見に人型の姿をうつして自分の髪を引っ張っぱり喜んでいるレイシュは、先日グレンが大量に買わされてきた服を身につけている。
買ってきたのはグレンだが、10着以上もある上下の中から、ああでもないこうでもないと言いつつ着替えを合わせたのはヒューゴだった。
瞳の色よりも濃いグリーンの短めポンチョ。太めのリボンを首元で結ぶタイプで、首元でフワフワ揺れる赤髪が映えて愛らしさが際立っている。
下に着た柔らかなクリーム色をした膝下のチュニックからは、薄いグレーの短いズボンが覗く。
足首までのショートブーツも、これまた深い緑に染められており小さな足に似合っていた。
確かに、適当でいいかと思っていたグレンよりも、よっぽど可愛く着付けられているものだから文句も出ない。
女児に見えなくも無いが。
「……これ、誘拐されないか?」
「クソ魔道具もついているし大丈夫だろう。さて眷属様。街では様付けはできないから……そうだな、レイとでも呼ぶか」
「ぼく、れい。わかったー」
「よし。レイの設定はこうだ。家庭の事情で、遠く離れた別の街から俺のもとに預けられた、親戚の子供な。父親が病気になっちまって、母親がその面倒を見るため、子供まで手が回らない。そこで俺を思い出した。そこそこ栄えた街で、それなりの仕事を持ち、一人暮らしを満喫している生活に困っていない親戚。チビ1人くらい容易に養えるはず。鳥を飛ばして聞けば、簡単に了承された。では早速と預けられたが、その実態は……、ってな感じでどうだ?」
「ふおぉおおお! よをしのぶ、かりのすがた!」
「……あん? ……まぁそれでいいか。そうだな、世を忍ぶ仮の姿だから、本当のお前はバレちゃいけない。神の眷属だという事も、もちろん獣になれる事もだ。秘密にできるか?」
「ぼくしってるよ、せいぎのみかたは正体がないしょだもんね! ひみつにするよ!」
「……不安しかないなオイ。しっかり見てろよヒューゴ」
「うーむ、俺もちょっと心配になってくるな。なぁけん……、いやレイ。お菓子をくれるとか言われても着いていくなよ?」
「だいじょぶだよ!」
◇
「それでね、おみせにはいって、お菓子を買ったの! おじさんがね、かわいいからおまけだよって、2つもつけてくれたよ!」
「そうか。良かったな」
「そのあとに、いちば? に行って、いろんなものを見たよ。きれいな布とかね、へんな形の瓶とか、おやさいも変ないろがいっぱいあってね、くだものもね、知らない形で、なにかなって見てたら、おばちゃんが、いっこいっこ切って食べさせてくれたの!」
「そうか……」
「おひるはね、かふぇ、に入ったんだ! パンケーキがね、ふかふかでおいしかったの!かふぇのおにいちゃんが、アイスを大もりにしてくれたんだぁ」
「ほう…」
帰ってきて早々に、きゃぁー、と頬を押さえて喜びながら、本日の行動を逐一報告してくるレイシュに相槌を返してやりつつ、グレンはヒューゴを横目で見やる。
「いやー、俺もここまでとは思わなかった。オッソロシイ保護者とクソ魔道具が控えていると知らなきゃ、赤髪緑眼白い肌に、顔の造りもこんなだろ。目立って目立って……老若男女ことごとく引っ掛けてくれてよ……。最初は手を繋いでたんだが、コイツ自体がフラフラする上にあっちからこっちから声かけられちまって、しまいにゃ抱えたまま帰ってきたんだよ。いやー疲れた疲れた」
「……変な奴は近づかなかったろうな?」
「一応目は配っていたけど、好意的は奴ばっかだったと思う。まぁ……鼻息荒い方の変な奴は、睨み効かせておいたけど」
「! そんな奴がいたのか! 誰だ?! ちゃんと始末したか?」
「いや知らねぇよ。撒いたし。っつかお前も毒されてんぞ。殺意高すぎだろ。……しかしどうすっかな、金の使い方は教えられたから、当分は出るのやめとくか?」
「たった一日でここまでとなるとな……ここには資料も山とあるから、部屋から出ずに教えられることは教えるか」
「それが良さそうだな。あー、神の眷属ってからには、なんか人目を惹く変なモンでも出してんのかねぇ」
「関係ないだろう。レイシュは元から可愛いから仕方ない」
今日の戦利品だという品々を、これまたグレンが買ってきた小さめのマジックバッグから次々と取出し、ひとつひとつ楽し気に説明しているレイシュ。
棒付きの飴に始まり、わりと高めの果物、鮮やかな色合いの小さな手拭きが数枚、リボンに木彫りの髪留め、麻ひもで巻いただけの小さな花束。……まて、その花束は商品じゃないだろう明らかに! 誰だ渡したのは!
「あん? 花か? それはあれだ、眷属様より少し年上くらいの子供がな、渡すだけ渡して逃げちまったんだよ」
「……男か?」
「あー、うん。……ま、青春の思い出ってことで。知らぬが花だな」
「……はぁ。先が思いやられる」
幼獣姿だろうが人型だろうが、レイシュは眼を離せないことには違いがないのだと、グレンは早々に諦めたのだった。
 




