張り切りフェネックは進む 8.5 side A
あの人は今、他Ver.
いつも通りに荒くれ者達で賑わっているギルドで。
今日もアーレンハーディは額に青筋を立てながら、書類整理の合間に依頼者をさばき、くだを巻く酔っ払いを叩き出し、事務仕事に精を出していた。
そこへ、ひとりの事務員がメモを片手に寄ってきた。
「副ギルド長、鳥が届いていますよ。個人宛で、色は赤です。ギルド長室に届けてあります」
「個人向けで赤? ……わかりました。すこし席を外しますね。時間もちょうどいいので、これから昼に入らせてもらいます」
「はい、いってらっしゃい。カウンター変わります」
伝言をしてくれた事務員に後を託し、席を立ったアーレンは足早にギルド長室に急ぐ。
魔道具の鳥は色や見た目の種類で、ある程度の内容が推測できる。
青は家族間の連絡やご機嫌伺い、世間話程度のもの。
緑は主に仕事用で、私用には使われない。
そして赤の場合、私用かつ緊急の場合に利用される。
ちなみに、仕事上で緊急の鳥は黄色である。
「今の時期で緊急となると……グレンですかね」
手紙を読む前からほぼ当たりをつけて、アーレンは呟く。
あの愛らしい幼獣に、なにか起きたのだろうか。
ギルドの仕事の合間に迷い獣探しの依頼が来ていないか、見かけない旅行者や国外の者が来ていないかなどを調べていたのだが、ピンとくる情報はまだ得ていなかった。
「ひとつ、うっすらと関係のありそうなモノは無くも無いのですが……」
カウンター脇の廊下を過ぎ、階段を上がった2階奥がギルド長室である。
すでに数年はギルド長が戻っていないため、アーレンの2つ目の執務室と化していた。
事務員達も、何の疑問を持たずに副ギルド長の仕事をギルド長室に日々運び込んでいるほどだ。
重厚なドアを開けて室内に入り、執務机に置かれた鳥に魔力を流す。
封を解除して現れたのは、思った通りグレンからの手紙だった。
「やはりレイシュ君についてでしたか。おや、飼い主探しはもういいと? ……どういう……」
読み進めていくうちに、アーレンの秀麗な面に深いしわが寄る。
2、3度文面を読み直して内容に十分理解が及ぶと、深いため息をついて、眼鏡を外した。
頭痛まで感じ始めた眉間をもみほぐす。
「緊急どころか……極秘の内容じゃないですか。紫で飛ばすべきですよ、これは……」
あまり詳しくは書けないが、との前置きの後に続いたのは、300年以上生きてきたアーレンでさえ聞いた事の無い、荒唐無稽に過ぎる話だった。
「聖魔石の取り込みに人型への変化……喋る魔道具……そして、神、ですか……」
有り得ない話だと、切って捨てる訳にはいかなかった。
なぜなら、全くの別方向からこの話に真実味を帯びさせる出来事があったのだから。
きっと、書かれている事は全てでは無い。ぼかされている部分もあるはずだ。
執務机に凭れ掛かり、アーレンはしばし思考を巡らせる。
つい最近の話だ。
グレンとレイシュ君の為に、多方面に手を広げ情報を探していた時の事。
ファッジのギルドに、いささか異質な客が訪れたのである。
旅慣れした薄汚れた装束に無精ひげ、幾日もかかった依頼をようやく終わらせたのだ、という風体の3人組は、ごく自然な様子でギルドの扉をくぐり、併設された酒場に紛れていった。
その場の誰が見ても、依頼帰りか魔の森に潜っていた冒険者だと思うだろう自然さだった。
アーレン以外であれば。
「彼らは間違いなく神殿騎士……それも白竜以上でしたね」
その場に馴染むよう気配をぼやかせる技術や、音を消す足の運び、死角を真っ先に探す視線等は、高位者の護衛に慣れたものに共通する動きだ。
アサシンも似た動きをするが、彼らは更に気配を極限まで消し、そもそも顔を見せないよう人前には出てこない。
それから、食事前の短い祈祷。言葉は発していないが、最初に食べる食物を額前にかかげ、一瞬目を閉じるしぐさをした。あれは神殿での祈りを簡易にしたものだ。
極めつけは、腰に下げられたメダイヨンである。
簡単な装飾で偽装されているが、その中の一つに、確かに月桂樹の冠を被った竜がいた。
「冒険者の動きを探っているようでした。酒場での情報収集のあと、職員に話を聞いていましたからね」
自分達は初めてファッジに来た、魔の森はどういう所だ、最近入った冒険者はいるか、参考に話を聞きたい……
そのようなことを聞かれたとカウンター業務の職員が言っていた。
基本的にギルド職員が冒険者個人の情報を他人に漏らすことは無い。依頼内容に関わってくるからだ。
とはいえ、酒の席で口が緩んだ冒険者達にまでそのルールが浸透している訳も無く。
あいつが居た、あのグループが入った。誰が何を狩ってきた…などと、耳を澄ませていれば、おおよそ掴めることもあるというもの。
近い時期に魔の森に入っていた冒険者の名前をいくつか拾い、満足したように出て行った3人の姿が、アーレンの記憶に違和感と共に残っていた。
情報と情報の糸が縒り合わさっていく。
「神殿が人探し……ですか。レイシュ君が目的なのは、間違いがなさそうだ」
とはいえ、今アーレンが読んだ以上の情報は何処にもない。グレンとヒューゴなら間違いなく回避に動く。
彼ら3人は、探している目的の人物がまさか人型ですらないなどと思ってもいないだろう。
「王宮と神殿の情報……これも伝えた方がいいでしょう。彼らの聞いた冒険者のなかに、グレンの名前もありましたからね」
どちらに味方するかなど、迷う事すらない。
権力に与することなく独自の勢力を保つのがギルドだ。
彼らがアーレンのお気に入り達に牙を剥くなら、それ以上の爪でもって戦うだけである。
「さて、老骨に鞭打って働きますかね」
楽しそうに微笑んで、アーレンは手の中の手紙を、灰も残さず燃やしたのだった。




