甘ったれフェネックは振り回す 5 side A
アーレンハーディ・フォーサイスは、このファッジの街の荒くれ共を、実質支配下に置いていると言っても過言ではない人物だ。
御年312歳、この街の副ギルド長として腰を下ろし早80年。
どんなに粋がった冒険者でも、駆け出しの頃、いや、下手をするとぴいぴい泣いていた赤ん坊の頃から知られていては、逆らうことなど出来ようはずがないのである。
アーレンは流れるような金髪を三つ編みに結って片側に流し、縁無し眼鏡から冴えた翠眼をのぞかせている痩身で、さすがエルフの血を引くが故の美麗さを誇る。
しかし、なよやかな見た目に騙され舐めた態度をとると、それはそれは恐ろしいお仕置きが待っているのだ。何と言っても、アーレンはプラチナランク所持者であるからして。
ちなみに獲物は鋸刃のツインダガーで、バリバリの近接戦闘派である。元アサシンなのではとの噂に真実味が帯びる武器選びである。当然魔力値もSだから、遠距離で極大魔法をぶつける事も容易だ。
しょっちゅう旅に出かけて塒に居ないギルド長の代わりに、実質的な運営を一手に引き受けているギルドの№2の名は伊達では無い。
さて、今日も今日とて抑揚の乏しい硬質な声で指示を出し、依頼に来た客を捌き、昼間から酒を呷りたむろっている邪魔な冒険者を、絶対零度の視線で凍えさせたりと忙しく過ごしていたアーレンは、ふと、新たにギルドの扉を開けて入ってきた人物に気が付き視線を向けた。
雑に斬られた黒髪に碧の隻眼。鍛えられた長身を簡素なマントで覆い、悠然とたたずむ男。
時を同じくして、ギルドにいた冒険者達も新たに入ってきた男の存在に気付き、挨拶とばかりに殺気を投げる。
一瞬後、複数個所から放たれたそれらに対し、全方位に向けて威圧し返すと、何事も無かったかのようにひょうひょうと歩を進める男にあちこちから声が掛けられた。
「ようグレン! 最近どうだい」
「よぉ。どうもしねーな」
「グレンじゃねぇか! 魔の森に入ってたのか?」
「ああ、依頼でな」
「おお、隻眼の! 新しい武勇伝は仕入れてねぇのか!」
「酒でも奢ってくれんなら話してやるよ」
「まだ一人でやってんのか! ウチに来いよ。歓迎するぜ」
「気楽なのがいいんだ」
「おぉい、こっちで飲んでいかねぇか!」
「完了報告が先だ。通してくれ」
高名なゴールドランクの登場に、興奮して話しかける有象無象を淡々と躱して、カウンターへと向かってくるグレン。そういえば指名依頼を受けてファッジを出てから、2週間以上経っている。
事務机でこなしていた仕事を切り上げて、アーレンは自らカウンターに立った。
「グレン。お疲れ様です。報告ならこちらへどうぞ」
「おう、頼む」
数々の偉業によって早々にプラチナへランクアップ出来るのにも関わらず、自由が無くなるからといつまでもゴールドに甘んじている男は、受ける依頼が特殊な物ばかりのため、昔からアーレンが専属で付いている状態なのである。
「今回は貴方にしては時間がかかりましたね。何かありましたか?」
「あぁ……まあ、ちょっとな」
「……?」
「依頼とは関係ねぇし、魔の森に異変があったわけでもねぇよ。拾い物をしただけだ」
「拾い物、ですか」
あまり無駄口を叩かないが、仕事の際にはハッキリと話す男にしては珍しく歯切れが悪い。
「まぁ、それはいい。報告頼む」
「そうですね、すいません。こちらの書類を確認してもらってサインを……はい。結構です。素材の内容が内容ですので、引き渡しは解体部屋で行いましょう」
「それで構わない」
「ではこちらへ」
違和感はあるが、被害が無い限りは個人の事情に深入りしないのもギルドの掟だ。
まぁ、何かあれば言ってくるだろう。グレンはその辺りの判断は間違えない男なので心配はない。
依頼票を探し出し、完了報告書、素材の買取表、受け渡す金額の領収証などを一纏めにして抱え、カウンター横にある通路からグレンを先導して奥へ向かう。
突き当りにあるドアを抜けた先が、ハンス・リーが根城にしている解体部屋だ。
ギルド1階の半分ほどを占めるこの場所は、入ったドアとは逆側に大きな跳ね上げ式の扉があり、外から直接素材が持ち込める造りになっている。
室内の半分が水場、残り半分を作業台で埋められており、その台の前に立っているのがハンスだ。
グレンより更に頭一つ分大きな熊獣人で、冒険者だったが10年ほど前の戦闘で片足を負傷し、義足になった事から、冒険者を引退してここで働く様になった。
元シルバーランクだが知識が豊富だったため、今では解体が天職だと笑っているけれど、引退の原因となった魔物を見る目が恐ろしいと、素材を持ってきた冒険者が青ざめている姿をよく見かける程度には、未だ恐れられているようである。
「よう! グレンじゃねぇかぁ! 今日も大物かぁっ?」
「煩いですよハンス」
そんなハンスも、グレンが顔を出すときは機嫌がいい。たいがい大物を狩ってくるからだ。
雑に結ばれたウェーブの強い黒髪を揺らし、巨大な包丁を片手に近付いてくる。
小さな黒い丸耳も、髪にまぎれて機嫌よさそうに揺れている。
「ジャイアントワームが3、ナイトハルピュイア、バシリスクとブラックドレイクが1ずつだ」
「おお! 魔の森か! ハルピュイアはよく見つけたなぁ」
「木に登ったまま3日は粘ったぞ。長老樹狩りのがマシだなありゃあ」
「はっはっは! あそこへ行ってそんな悠長な事言ってられるんだから、大物だよお前さんは!」
だが、今日はどうやら勝手が違ったらしい。
ご機嫌だったハンスは、グレンが獲物を出そうとマジックバッグを下ろした次の瞬間、オーガのような形相へと変わり食って掛かった。
「! おいグレンッ! テメェ、なに解体部屋に生きたモン連れ込んでやがんだあッ?! 腹にいるモン、とっとと出しやがれぃ! 息の根止めてやる!」
『ピャインッ?!』
なんだ今の鳴き声は……
聞き間違えかとグレンを見れば、額に手を当てて溜息をついていた。
マジックバッグから離した片手は、なにかを守るように腹回りをさすっている。
ハンスの指摘通り、そこになにかがいるらしい。
「どういうことですかグレン。今の鳴き声は一体……」
「……はぁ。もう、バレてるなら隠さねぇよ。だがハンス、俺にならともかく、いきなり殺気を飛ばすなんてどういう了見だテメェ。次やりやがったらシメるぞ」
「何を甘っちょろい事いってんだぁ?! 舐められねぇようにするのは魔物相手に当たり前の初手だろうが。魔獣は殺す、魔物も殺す、そんで仲良く素材行き。それが解体部屋の鉄則だぞ!」
他人にあまり注意を払わない、良く言えば寛容、悪く言えば無関心なグレンが、明らかにハンスに苦言を呈している姿に、アーレンは内心首をかしげる。
懐に潜ませたなにかは、そこまで大事なモノなのだろうか?
ハンスの殺意が高めなのはいつもの事だからスルーだ。というより煩い。
「ハンス、ちょっと黙ってて下さい。それで、グレン?」
「その前にまず約束しろ。脅すな。大声出すな。怖がらせるな。無理なら今すぐ帰る」
「……貴方の態度を見る限り、悪いものでは無い様ですね。……約束しましょう。ほら、ハンスも」
「チッ、何だってんだ一体……わぁったよ! 約束してやらぁ!」
随分と大切に扱っているようだな。
ハンスがイライラとしているのを尻目にアーレンはと言えば、グレンのもの珍しい態度に、わりと好奇心を刺激されていた。
もともとハーフエルフはエルフほど故郷に執着も無いため郷をでる者が多く、かつそこそこ長寿な種族ゆえに、研究者や探索者になる者が多いのだ。アーレンも御多分に漏れずその素質があった。
そこへきて、グレンの聞いたことも無いような優し気な声に、いっそう期待に拍車がかかる。
「レイシュ、大丈夫だ。今のは悪くねぇよ。怒ってないから泣くな」
『……キュゥゥ……』
「怖くねぇから、顔、出してくれるか?」
『……フキュン』
そして、その後。
アーレンは、天使を見ることになる。




