甘ったれフェネックは振り回す 4 side G
新キャラ、ぼつぼつ出していきます
マントの中、腹の前に下げていた袋が大仰に跳ねた。同時に、聞き逃せないほどの高い悲鳴が漏れる。
まぁ……今のはしょうがねぇ。
ハンスの鼻の鋭さを甘く見ていたグレンの落ち度なので、飛び跳ねた後にプルプルと震え出した……たぶん、間違いなく、泣き出したであろうレイシュは悪くない。
「どういうことですかグレン。今の鳴き声は一体……」
「……はぁ。もう、バレてるなら隠さねぇよ。だがハンス、俺にならともかく、いきなり殺気を飛ばすなんてどういう了見だテメェ。次やりやがったらシメるぞ」
「何を甘っちょろい事いってんだぁ?! 舐められねぇようにするのは魔物相手に当たり前の初手だろうが。魔獣は殺す、魔物も殺す、そんで仲良く素材行き。それが解体部屋の鉄則だぞ!」
「ハンス、ちょっと黙ってて下さい。それで、グレン?」
「その前にまず約束しろ。脅すな。大声出すな。怖がらせるな。無理なら今すぐ帰る」
「……貴方の態度を見る限り、悪いものでは無い様ですね。……約束しましょう。ほら、ハンスも」
「チッ、何だってんだ一体……わぁったよ! 約束してやらぁ!」
ファッジの冒険者ギルドに立ち寄った際、ほぼグレンの専任になっている副ギルド長のアーレンハーディ・フォーサイスが、縁無しの眼鏡を光らせて近付いてくる。
ハーフエルフのこいつは、静かそうな見た目に反して好奇心が強い。面倒くさい事に、ずいぶんと奴の興味を引いてしまったようだ。
その横では熊獣人のハンス・リーが、身の丈程の片刃の解体包丁を握ったままふんぞり返っている。怖がらせるなと言ったが、血糊の染みが消えない前掛けを付けっ放しな時点で、怖がられる事が確定な気がしてきた。
半分諦めの境地に至りながら、着ていたマントをそっと肩口に避ける。
現れた震えっぱなしの布袋の上から、小さく丸まった背中あたりを撫でてやり、蓋を止めているボタンを外して、まずは開けずに声をかけてやった。
「レイシュ、大丈夫だ。今のは悪くねぇよ。怒ってないから泣くな」
『……キュゥゥ……』
「怖くねぇから、顔、出してくれるか?」
『……フキュン』
しばらく待っていると、もぞもぞと腹の辺りで起き上がる気配がした。
鞄の蓋をぺらりと捲ってやれば、恐る恐る現れる白く小さな顔。
大きな三角の耳は、怯えてますと言いたげに垂れ、大きな琥珀の瞳は涙が零れ落ち、今にも溶けてしまいそうだ。
『……キュン』
広い解体部屋に、か細い鳴き声が小さく響く。
「ッ、これは……!」
「なん……っもぐごぉ!!」
眼鏡の奥の翠眼を見開いたアーレンハーディが、咄嗟に隣のハンスの口を叩きつけるように塞いだ。
懸命な判断である。
その間にグレンは布袋に両手を差し入れて、フワフワの幼獣を抱え上げた。
丸く膨らんだ尻尾を避けて片腕に尻を乗せ、両前足の下をくぐらす様にもう片手を差し込み支える。
正面から2人が良く見えるように位置を調節して一言。
「レイシュだ」
『キュウン』
◇
さて。場所をアーレンハーディの執務室に変えて、仕切り直しである。
魔の森での素材集めが済み帰ろうとしたが、気になる違和感があった事、森を探索してもこれといった異変が無かった事、その代わりにレイシュを拾った事。
そして、レイシュと出会ってからの事までを掻い摘んで説明し終え、出された紅茶を飲みようやく一息つく。
その間にお茶請けの菓子を皿に山ほど貰い、さっきまでの怯えをスコンと忘れたらしい幼獣が、腹が膨れたのかグレンの膝から降りて、今度はソファに興味を示しだした。
「……」
「……ッ! ふぐ……ッ、むッッ!!」
アーレンハーディが厳選したらしい来客用ソファは、すべらかなオーク材の手摺と、濃紺の天鵞絨が貼られたマットが座り心地の良い逸品だ。
トコトコと座面を歩き回ったと思えば、瞳を輝かせて楽し気にマットの上で跳ねているのを、先ほどからアーレンハーディが無言のまま凝視している。
ついでに、解体はとりあえず後回しということでなぜかハンスも付いてきているが、こちらは解体部屋で口元を塞がれた時に消音の魔術を掛けられたらしく、何やら無音で喚いているが静かなので許容範囲である。
「そういう訳で、コイツの飼い主を捜してやろうと思っている。次はドゥーベの街に向かう」
「……事情は解りました。確かに鑑定してみても、全く脅威には成り得ないランクですね。ドゥーベと言うとヒューゴ・ネイサンですか」
「ああ、ヒューゴなら、何かしら解る事があんじゃねぇかと思ってな。探査魔法も得意だし」
「彼も腕は一流なのですがね……もう少し人間性を身に着けてくれれば…」
「むぐッ……、ふむーーッ」
「それにしてもフェネック、ですか。私も聞いたことがありません。見た目は……狐、でしょうか?」
「多分な。雑食だし。ただなぁ、飼い主がよっぽど良いモン食わしてたらしい。下手なモンやっても食わねぇ」
「良いもの……茶菓子は気に入ってくれたようですが」
話の内容を解っているのか、呼んだ?とばかりに首をかしげてレイシュが戻ってきた。グレンの膝に小さな前足をかけてよじ登る姿を、やはり正面に座るアーレンが凝視している。ついでにハンスも。
「……ずいぶん貴方に懐いていますね」
「んー、多分だが、俺はコイツの飼い主に似てんじゃねぇのか」
「おや、そうなのですか?」
「ああ。街中でも、何かに反応してんな、と思って視線の先を見てみりゃあ、短い黒髪で体格の良いヤツがいるんだ。肌もわりと黒い」
「黒髪……」
「ふぐぅッ!」
アーレンは、三つ編みに束ねて右肩に流している自分の長い金髪を摘まみ、残念そうな溜息をついた。
逆に、きつめのウェーブが入った短い黒髪を雑に括っているハンスは、黒目を輝かせて前のめる。
表情は正反対ながら、言わんとする事が同じ2人に思わず声をかけた。
「いや、こいつ割と人の話解ってっから、言えば行くと思うぞ。嫌じゃ無ければ」
「!」
「ふーッ!」
気持ちは解る。
さっきから目の前をトコトコピョンピョンやっているレイシュは、はっきり言って凶悪に可愛い。
甘い物を貰って機嫌の良さに拍車もかかり、耳も尻尾もピンと上向き、ふわふわ揺れている。宿で洗ったばかりの純白の毛皮が、極上な手触りなのもグレンは実感済みだ。
「おい、レイシュ。2人がお前に挨拶したいんだと」
『フキュウ?』
「行ってくるか?」
膝の上で丸まっていた幼獣に声を掛ければ、グレンを見上げたアンバーが、きょとりと正面の2人に向き直る。
慌てて居住まいを正して胡散臭い笑みを浮かべた2人が、このギルドで最も逆らってはいけない人物達だという事を欠片も知らないレイシュは、それから何度かグレンと2人を見比べたのちにスクッと立ち上がった。
『キュゥーン』
「!」
「!」
グレンの膝の上から身軽にローテーブルに飛び乗り、更にそこからアーレンの膝へと飛び移る。
端正な顔に喜色を浮かべたアーレンと、愕然と顎を落とすハンス。多分、敗因は血糊の付いた前掛けだ。
「は、じめまして。レイシュ君」
『クゥン』
「私はアーレンハーディ・フォーサイスです。ここの副ギルド長をしています」
『キャウン!』
「……とても、手触りが良いですね」
「さっき宿で洗ったばっかだからな」
「ふぐぅ……ッ」
恐る恐る差し出した手にするりと頬擦りされて、アーレンの背後に、見えない花が咲き乱れた気がした。




