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飛ばされフェネックは彷徨う 4

グレンにはキュンキュン鳴いてるようにしか聞こえてません。

 


 短い黒髪に浅黒い肌をした長身の男。それは、この右も左も解らない森の中で、レイシュがそのがっしりとした背中に飛びつくには十分過ぎる理由だった。


『ダーカ!! やっぱり来てくれた! 探してたんだよぅ! あのね、ぼく、どうしよう、人型になれなくてね、』


 がはっと前方で何かを零す音がしたが、気にも留めずに身体全体を擦り付ける。


『それでねそれでね、ダーカの力が無くなっちゃって、でもぜんぶじゃないんだけど、でもね、暗いしこわいし疲れちゃって、あ、そうだ大変なの、()()()()が……え、だれ!?』


 一生懸命に今までの現状を訴えていると、分厚い背中がぐるんと捻られ、碧い眼とがっつり視線が噛みあった。

 あおいめ! うそ、ダーカじゃない!!

 相手も切れ長の眼を大きく見開いているが、レイシュの驚きは比べるべくも無い。

 さんざん歩き回って疲れて怖くて泣いた後、ようやく大好きな存在に会えたと思って抱き着いたのに、それがまさか、知らない人だったなんて。

 助走をつけて駆け上った崖から叩き落とされた気分である。

 必死で振り絞っていた最後の力も抜けて、しがみ付いていた布地からずり落ちる。そのまま重力に従って、レイシュはぺしゃりと地面へ墜落した。もう立つ気力も皆無だ。


「ケホッ……。はぁー、本当に何なんだお前。こんな危険な森で……まさか、迷子か?」

『それ、ぼくが聞きたいよぅ……』


 ゆっくりとしゃがみ込んでレイシュを覗き込んでくる男は、正面から見れば、流石にダーカと間違いようがなかった。

 黒髪と濃い色合いの肌、引き締まった体つきは似ているけれど、瞳の色は碧いし、何より右っかわは眉上から頬まで走る痛そうな傷で閉じられて、片方しかない。服の間から見える胸元も腕も、傷が一杯だ。


「……もしかしなくても、飼い主と間違えたか、俺を」


 そんなこと、あらためて言わなくてもいいじゃないか。レイシュが今こんなにも悲しんでいるというのに。

 興奮するあまり止まっていた涙が、男の心無い言葉によって再びぼたぼたと零れだす。今日一日で泣き癖がついてしまったのか、流れ出すと一向に止らない。


「お、おい! 泣く事ねぇだろうが! ……ッチ、まいったな……」


 もし、ここにいるのがダーカならば。

 泣き出したレイシュを見ているだけでほうっておくなんて、絶対しないのに。

 すぐに駆け寄って抱き上げてくれて、いなくてごめんって謝ったあと、たくさんたくさん撫でてくれるのに。

 そうじゃなければ、ふかふか暖かな胸元に包み込んで、寝てしまうまでずっと毛繕いしてくれるのに。

 安心感を求めて己の尻尾をかかえ込み、きゅんきゅん泣いていると、前に立つ気配がのっそりと身じろいだ。


「おら、もう泣くな。連れて行ってやっから。えーと、レイシュ?」

『ぼくのこと、しってるの……?』


 名前を呼ばれ、思わず顔を上げる。大きな手がうかがうように差し出されていた。乗っていいのかな。

 レイシュは基本、人型の身体は乗り物だと思っている。座っている背中を見れば肩まで駆け上がるし、胡坐をかいていれば膝に乗りあがる。寝ていればお腹の上に乗る。うん、正しく乗り物だ。

 その中でも、自分を運んでくれたり高い高いをしてくれたり、美味しい物をあーんしてくれたり、心行くまで撫でてくれるダーカの手は一等好きだ。

 そんなわけで、自分の目の前に出される手は、すべからく乗り物と判断するようになっていたため、見知らぬ場所で出会った見ず知らずの男の手にも、当然戸惑うことなく乗り込んだ。

 しかもこの手も、持ち上げたレイシュの喉元をくすぐり前足をむにむにと揉みこんでくるので、自覚のある甘ったれが少し前までの泣きべそ顔をとろかせて、もっと撫でてと催促してしまうのは仕方がないことだった。


「しかし……俺の他に誰かいたか? お前みたいのが一人で迷い込む訳ねぇしな、索敵に掠りもしないなんて、隠密でも使ってんのか? まさか、朝からの違和感の原因はソイツか」

『ぼくがいたでしょ。ずっと一匹だったよ、()()()()は持ってないけど……』


 少ししか撫でてくれない手にじれて、目の前の胸板に顔を擦り付ける。

 乾いた汗と、重みのあるスパイシーな匂いがぶわっと鼻先に届いた。ダーカの清涼感のある匂いとは違うけれど、これはこれで落ち着く。

 そして、力強く鳴るしんぞうの音と暖かな胸元は、長時間一匹で彷徨っていたレイシュを安心させるには十分な効力があった。

 知らず、縮こまっていた尻尾が揺れだす。


「おい、お前の事だぞ……って、うん? 何だコレ」

『……なぁに-?』

「なんだ、背負い袋か? 飼い主が持たせたのか。似合ってんぞ」

『うん、ダーカが作ってくれたの。いいでしょ』

「……? なんだこれは……」


 しばらく背中がごそごそしていると思えば、不思議そうな声が聞こえた。

 気になって顔を上げると、なんと、太く長い指にレイシュの大事な相棒がつまみあげられているではないか!


『あっ、だめ! なにするのー!』


 一瞬で我に返り、あちこち向きを変えてキッズケータイを見ていた男の手から、ストラップを咥えて取り返す。そのまま胸元を蹴りつけた反動で飛び降りて、素早く1メートルほどの距離を取り、小さな牙を剥いて唸りを上げる。

 これは、ダーカとの大切な繋がりなのだ。取られてなるものか!


『ぐるるるるぅ……!』


 ケータイを前足に抱え込み、耳を倒して、震えながらも威嚇の姿勢を見せる幼獣に男の眼が丸くなった。


「……あー。すまん。……大事なモンなんだな?いきなり取った俺が悪かった。驚かせたな。もうしねぇよ」

『ウルルル……』


 ゆっくりと地面に膝を付いて頭を下げて見せる男に、レイシュは迷う。

 たしかに、見ていただけで壊そうとした訳でもなかった。取られてしまうと思っただけで。


「本当だ。仕舞ってやっから。……ほら、持ってこい」

『……うー、ホントに取らない?』

「取らねぇよ。約束する」

『……むぅ。ちゃんと、しまってよね……』


 おずおずと近付いて、相棒を横に置き、男まであと一歩のところで背中を向けて座り込む。ちゃんとリュックが覗ける位置だ。


「お前、もしかしてとは思ったが、本当に言ってる意味解ってんだな……」

『あたりまえでしょー』


 首を限界まで横に向けて、浅黒い指がそっとキッズケータイを取り上げ、リュックにしまい口紐を引く所まで見届けてから、ようやく安心して男の足元に近付いた。

 本当は、離れるのが嫌だったのだ。焚火は男の向こう側にあるし、こっちはもともとレイシュが走ってきた方向だ。暗くて怖い嫌な場所しかない。

 もう一度、ゆっくりと抱き上げる腕に、今度こそ大人しく身を任せる。

 やわやわと頭を撫でられて、レイシュは大きな瞳を細めほっと息を付く。このまましばらくはこの膝の上から動きたくない……


「ほら、仲直りだ。肉食うか?」

『おにく! たべる!』


 ガバリと飛び起きる。食い気優先だった。





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