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飛ばされフェネックは彷徨う 3 side G

 


 グレンダルク・ハワード――――グレンはその日、朝から妙な胸騒ぎがしていた。

 指名依頼の内容である魔物の素材は昨日までに全て揃え終わっており、さて夜も明けたし適当に魔物を狩りつつ戻るかと、思っていたのだ、先ほどまでは。

 テントから出て辺りに軽く索敵を放っても、引っかかるものは何もない。しかし、空気が重いというか圧を感じるというか、とにかく何か異変が起こる前触れのような……言い表せない違和感に、帰郷の予定を押して『魔の森』の深部へと向かうことにした。

 グレンは冒険者だ。鍛えられた長身と雑に切られた黒髪の、浅黒い肌にはいくつもの傷跡が走る、歴戦の、といっても差し支えない。その、鋭く切れ上がった深い湖のような碧の独眼が、辺りを油断なく見回した。

 こういう気付きは大事にした方が良いと、長年培ってきた勘が強く訴えてくるのだ。

 野営をしていた場所は森の中腹あたり。そこを過ぎれば深部、更に行くと隣国とを隔てる巨大な山脈の麓に出る。よほどの強者か自殺志願者でもない限り立ち入ることの無い、魔素に満ちた天然の要塞だ。国境にもなっている。

 干し肉と固く焼かれたパン、葡萄酒で簡単に朝食を終え、昨日汲んでおいた水で口を漱ぐ。

 魔物避けの付いたテントを畳み、毛布や焚火に使用した道具などをマジックバッグへ雑に突っ込んで斜め掛け、傍らに置いてあった大剣を背に負って、腰に差した威嚇用の短剣の位置を調節し歩き出す。

 こういう時は無駄に歩き回っても意味がないうえ、虱潰しに探索する機動力も足りないので、グレンはいくつかのポイントに絞って確認することにした。

 強い魔物が生息しているため、限られた者達しか立ち入ろうとしないが、それでも大まかな地図も分布図も公表されている。

 闘争心を剥きだしにして襲い掛かってくる魔物もいれば、攻撃しない限り目が合っても相手にしない魔物も居る。単独だったり群れていたりと、個々に特色があるのだ。

 そういった、人間よりよほど感覚が鋭い魔物の動きを確かめていけば、何か解る事もあるだろう。


「……よし。とりあえず、水場の近くから行ってみるか」


 草地にうっすらと残る獣道にそって歩く。

 野営をした場所は近くに川もあり程よく開けており、襲撃があればすぐに気付けて、かつ迎撃のしやすい立地を選んでいた。逆に言えば、人目に付きやすく隠れるのには向かない場所なため、魔物の分布からはずれている。

 蛇行する川の側を進み、ちょうどカーブとなり流れが緩んだ箇所を重点的に探索する。緩めの地面についた足跡に不審な点は無い。

 そのまま上流へと向かいながら、ロックモルットの住処を探す。

 モルット種は様々で、害のない小さなものは街中にも出没し、ゴミを漁っていたり下水道に住み着いていたりもする。魔の森に生息しているのは人間の膝丈ほどのロックモルット、主に洞窟にいる小型で羽根が生えたダークモルット、最大サイズかつ肉食のゴルモルットなどだ。

 どの種も群れで活動しており、臆病な彼らは何か異変があると真っ先に住処を移動する習性を持つ。上流の岩場を住処としているロックモルット達が呑気に岩を齧っているのを確認してから、方向を変え樹海へと踏み込んでいく。

 樹海でも浅い箇所にいるのは、比較的若いトレント種だ。栄養となる魔素の取り込みを地面からだけで賄えきれず、日に当たる必要があるらしい。

 長老樹と違い魔素を求めて若木は良く動くので、魔素だまりを探すときは動いているトレントを追うと見つかる事も多いが、今日は日光浴をしている枝ばかりのようだ。

 水場から離れるにしたがって大型かつ肉食の魔物が増えてくる。襲ってくる筆頭は、ライバーンの亜種である地這い竜、頭の左右にある固い巻き角を振りかぶって突進してくるキラーブルガ、殺した冒険者の武器を携えたオーク種など。

 今日は間引きや素材回収ではなく探索が目的なので、なるべく気配を薄くしてやり過ごすが、見つかった時は先手必勝とばかりに一撃のもとに屠っていく。

 せっかくの獲物は無駄にする気も無いので軒並みマジックバッグ行きだ。

 暗さを増した木々の中、シュルシュルとごく微かな摩擦音を立てて枝を伝い此方に向かってきたグリーンサーペントに、素早くナイフを投擲する。切れ味のいい刃先が過たず眉間を貫き動きを止めたところで、すかさず大剣を抜き放ち首を切り落とす。

 知らぬうちに背後から襲われ毒牙にかけて獲物を丸呑み、という凶悪な魔物だが、グレンにかかれば敵ではない。成人男性の胴回りほどの太さに5ルーメ越えの身は、皮と牙、毒袋は素材に、肉は食材になる良い獲物だ。

 丁度良く腹も空いてきたところだったし、ここらでいったん探索を切り上げて飯にするかと、グレンは手早くグリーンサーペントを捌いて火種を取り出したのだった。




 ◇




「うーん、異常無し、か?」


 大剣で木を切り倒して椅子代わりにし、適当な枝に差して焼いた魔物肉に持参した香味を振ってかぶりつきながら、グレンは一人ごちる。日の出からおよそ2刻半ほど歩き回り、いくつかの魔物や場所を見て回ったが、どれも空振りに終わっていた。

 しいて言うならば、魔の森にしては魔物の湧きが鈍かった、だろうか。いつもならば同じくらいの時間をさまよっていれば、倍ほどの収穫があったはずだ。


「かといって、それがどうしたと言われると、どうもしないんだが。多いなら問題だが、湧きが少なくて困る事もねぇしな……群れの動きにも別段これといった変化も無かったし」


 感じたはずの違和感自体が勘違いだったのだろうか。いや、しかし……

 ブツブツと呟きながら肉を咀嚼していたその時だった。背中に勢いをつけて投げたボールが当たったような軽い衝撃が走ったのは。


「グッ……、がはっ?!」


 痛さは皆無だが、驚いた拍子に飲み込みかけだった肉の塊が喉に詰まり、変な音を立てた。慌てて水袋を取り出して口に含み、詰まった肉ごと流し込む。その間にも襲撃をかけてきた何かは、グレンの背中に引っ付いたまま何事かを喚いている。


『キューッ、キュイキュイ! クルルルッ、フキュンッ!』

「ごほっかはッ……な、んだ、お前は……」

『キュン、キュ……キャヒンッ!?』


 いきなり背中に攻撃を喰らったかと思えば、見たことも無い小さな獣が張り付いていて、必死に何かを訴え鳴き出した。かと思えば今度は、人の顔を見るなりいかにも驚愕、という感じに眼を見開いて硬直している。

 まったく意味がわからない。


「ケホッ……。はぁー。本当に何なんだお前。こんな危険な森で……まさか、迷子か?」

『……キュゥン……』


 張り付いていた背中から地面にズリ落ちて、不格好な姿で固まっていた獣に、グレンは目線を合わせるようにしゃがみ込む。剣を向けないのは、敵意も殺意も感じないからだ。

 そしてその情けない様子を見て考えるに、一番、有りえなそうでいて有りそうな事は。


「……もしかしなくても、飼い主と間違えたか、俺を」


 話しかけてみると、蜜飴みたいな目玉があっという間に潤み、ぼたぼたと大粒の涙を零しだした。当たりらしい。


「お、おい!泣く事ねぇだろうが! ……ッチ、まいったな……」


 ここは魔の森の中でも深部に近く、強い魔物がうじゃうじゃと生息している場所だ。こんな吹けば飛んで行ってしまいそうな、ろくに魔力の無い獣がいたら、半刻経たずに餌になって終わりである。

 まさか、幻術を駆使する妖魔のたぐいが騙くらかそうとでもしているのか。

 改めて疑ってかかって見てみても、グレンの両手に乗りきってしまいそうな幼い体躯と、ほぼ同程度のサイズの柔らかそうな尻尾、顔より大きな耳をぷるぷる震わせながら、キュイキュイと胸に刺さる啼き声を出す小動物は、脅威のきの字も見当たらない。

 念のため鑑定をかけてみても、「種族:フェネック、name:レイシュ、age:1」としか出てこない。フェネックが何かは知らないが、魔力値はF、体力値もF。ライトやウォーターなら3回で尽きるし、5歳児にも劣る体力だ。

 しかし、一応は高ランクの冒険者である自分に、気配を察知されずに激突してくるなんて芸当は、よほど高等な隠蔽でも使わない限り出来ないはずなのだが。

 逆に、弱すぎるがゆえに索敵の網をすり抜けたのだろうか?


「……はぁ、しょうがねぇ」


 ついには尻尾を抱え込み、丸くなって全身で泣き出してしまった幼獣を、見捨てていくほど非情にもなりきれない。拾う以外の選択肢があったら、誰か教えてほしい所だ。


「おら、もう泣くな。連れて行ってやっから。えーと、レイシュ?」

『フキュゥ……?』


 言葉が解るのか、手を椀状にして差しだせば噛むことも無く大人しく乗ってきた。人馴れしている証拠だ。

 なぜこんな場所にいたのかは疑問だがやはり使役獣……いや、ペットだったのだろう。というか想像以上に抜群の手触りだ。思わず無心になって撫でてしまった。薄汚れているのが心から惜しい。


「しかし……俺の他に誰かいたか? お前みたいなのが一人で迷い込む訳ねぇしな、索敵に掠りもしないなんて、隠密でも使ってんのか? まさか、朝からの違和感の原因はソイツか」

『クルルルル……』


 抱えた胸元に頬を擦り付けスンスン匂いを嗅いで、機嫌よく尻尾を振っている幼獣に、呆れ混じりの苦笑が浮かぶ。さっきの大泣きは何だったのかと思うほどの寛ぎようだ。というか人の服で顔を拭きやがったなコイツ。


「おい、お前の事だぞ……って、うん? 何だこれ」

『クゥン?』

「なんだ、背負い袋か? 飼い主が持たせたのか。似合ってんぞ」

『キュン、キュー……』


 指先に感じた違和感にまじまじ見れば、前足2本に紐を通して、背中側に袋を背負っていた。暗い森の中、逆立った毛に埋もれて気付かなかったようだ。

 グレンの片手を広げたほどしかない布製の背負い袋は、これまた可愛らしい色合いのクックの雛を模したような模様で、入口を紐で締めている造りだった。

 手作りだろう細やかな造作に、何気に質の良い布地。飼い主の溺愛加減が窺えた。

 サイズ的に大したものは入っちゃいないだろうが、何かしら手掛かりでも見つからないかと紐を引いて、破かないようにそっと指を突っ込んでみる。


「……? なんだこれは……」





ちなみに鑑定の範囲:種族、名前、年齢、体力値、魔力値くらい。属性やスキルなんかは自分しか見られない。ラベルの無いペットボトルに何ℓ入っているか解っても、紅茶か麦茶かリンゴジュースか判別付かないのと同じ感覚。

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