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飛ばされフェネックは彷徨う 2

 


 2時間も進まないうちに、レイシュは精根尽き果てて再び木の根元にうずくまっていた。


『ひっく、ぅえッ……ふきゅん……キュィィ……』


 このままでは体中の水っ気が抜けてしまうんじゃないかって位には泣き通しである。

 一応、レイシュなりの考えがあったのだ。明るい方に向かって進もう。そうすれば森を抜けられるはず、と。

 みっしりと生えた木々は、それでもかすかな明かりを遠くに宿していた。だから、そこに向かえば少なくとも森は終わりという事で、ダーカが探してくれているかもしれない、と希望があったのだ。

 しかしその希望は儚くも潰されることになる。


『なにこれぇ……きのこ……』


 明かりが増す場所に喜び勇んで駆け寄ったレイシュは、眼に入った光景にびっくりして足を止めてしまった。

 聳えたつ岩場を背にして生える、獣型の自分よりもなお大きなキノコの群生。それらが傘を揺らすたび、パフパフと光る粉のようなものを噴き出していたのだ。

 当然辺りはいまだ深い森の中である。これが1つ目のつまづきだった。


『……いいんだ、たまたま、こっちが出口じゃなかっただけだもん』


 しょんぼりと耳を垂らし、向きを変える。今来た方向と岩壁しかないこの先には、どうやら外への道は無さそうだ。だから、そこから垂直方向へ進むのだ。きっと、明るい所に出られるハズ。

 苔むした倒木に手足をかけて必死によじ登り、さいせん箱にぶらさがっている綱のような蔦に顔を叩かれながら、一歩一歩進む。ここは隅々まで走り回っていた鎮守の杜と違い、そもそもの木が大きい。

 力無く地面をする尻尾が、胴体ほどもある木の根に引っかかり、動き辛いことこの上なかった。


『……あれ、そういえば、人型になればうごきやすいんじゃない?』


 小さな幼獣姿でちまちま歩いているからいけないのだ。もちろん人型だって大きくは無いけれど、身体に絡まる草をどけたり、邪魔な蔦に攻撃される前に手で払う事くらいは出来る。

 なんで早く気付かなかったのか。


『んもう、ぼくったら!』


 間が抜けている自分に腹を立てながら、レイシュは力を使う。もう、自分一人で姿を変えられるのだ。

 出来るようになった時には、ダーカが大きな丸いけーきを買ってきてくれて、いっぱいいっぱい褒めてくれた。


『えい!……えい!……、……ぇ?んっと、……あ、あれ……?』


 嬉しかった過日を思い出しながら、変化の力をふるったはずだった。それなのに、一向に人型に変われない。

 慌てて体内に満ちている力を探す。

 ダーカに力を譲られた当初なかなか扱いに慣れなかったとき、焦れば焦るほど力はすりぬけてしまうから、まずは落ち着いてみろと言われた事を思い出し、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせたのだ。

 それなのに。


『ない……なんで?なんで、ダーカに貰ったちからが無いの……』


 いくら探っても、変化するには足りない、ほんのちょっとの力しか感じ取れないことに愕然とする。

 おもえば、この見知らぬ場所に落ちた時も、そういえば直前までレイシュは人型だったのだ。たるとに向かってフォークを掴み、いざ食べんとしていたのだから。なんで獣型に変わっていたのだろう。

 意味の解らない初めての事柄に、レイシュは呆然と立ち竦むしかなかった。これが2つ目のつまづき。


『……そうだ、リュック……』


 のろのろと顔を上げて、この異常事態の中、変わらず背中に背負っていたヒヨコ型リュックを下ろす。

 こうなっては、唯一、ダーカのいるあの神社との繋がりを残すリュックが、レイシュにとって命綱のように思えてきた。

 紐の部分を踏んで、窄まった入口に鼻先をつっこみ、器用に巾着を広げる。

 ハンカチにウエットティッシュ、アメちゃんとおべんと、お財布に救急箱に、マイボトル、御守り。一番上には相棒のキッズケータイ。ちゃんと全部そろっている事に心底安堵する。

 ストラップの部分に噛みつき、他の荷物を落とさないよう、ケータイだけを引き出して。真っ暗な画面にドキドキしながら、教わった通りのボタンを長押しした。


『えっと、でんげんを入れて……』


 ピコンと陽気な音をたてて、小さな液晶画面に明かりが灯る。久々に見た白い光に、レイシュは懲りずに涙ぐんだ。もう少しでダーカの声が聞ける。

 怒っているだろうか。心配しているだろうか。「今どこにいる」って聞いてくれて、「すぐいくから動くな」って言ってくれるんだ。

 だから、レイシュは安心して待っていればいい。

 そんな夢想をする子狐を嘲笑うように、現実は無情だった。

 液晶画面の右上、でんぱのところにあるバツ印に、レイシュは瞳を見開いてわなわなと震える。


『け、けんがい……、ッ……ふぇ、ふ……ふわぁあーーーーん!!』


 これが3つ目の決定打となり、僅かに残っていた気力も、根こそぎ奪われてしまったのだ。

 そうして、たこのように根が張り出している大木の下で、リュックを抱えてうずくまりどれくらい時間がたったのだろう。

 大声で泣く気力は残っていないけれど、悲しみとか怖さとか寂しさがごっちゃになって、涙は次から次へと落ちてきてすすり泣くのを止められない。

 ヒクヒク戦慄く喉は痛いし、泣き続けの眼は腫れぼったくて見えにくいし……


『ふっく、……ィ、ック、キュ……キュン、……ん?』


 そんな時のことである。

 ぺしゃりと倒れていた耳がピンと立ちあがった。つんと尖った鼻先がヒクつく。今までに無かった変化を、繊細な器官達が捉えたのだ。

 レイシュの、人間界

『お肉が……やける、におい……』


 ということは、つまり。


『……ひとだ! ひとがいるっ!』


 あわてて抱えていたリュックを背負い、匂いを辿って一目散に駆け抜ける。

 火事場のなんとやら、疲れ切っていた身体の痛みも今は何処かへ吹き飛び、だたひたすらに足を動かす。

 邪魔な根も、固くて鋭い葉も、自分より大きな落ち葉も踏み散らし、蹴とばして。


 そして、進んだ先に見えたものは。


『ッ、ダーカーーーー!!!』









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